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私はどうにか風を跳ね除けたが、一発で終わりだと誰が決めたのか。間髪入れず、容赦のない二度目の暴力が吹き荒れる。
「――の名において深き森の神に願い乞う! 狂乱を鎮めし盾をここに!」
二発目ともなると魔術による防御も合わさり、先程よりも軽く払うことが出来た。軽くといっても、私が魔術を使うことが出来ないほどに強力なそれは、腕の芯にまで衝撃を伝える。何度も受けるのはよくない。
「射線から離れろ! 父上! もうしばし耐久を!」
ルースからの声が聞こえ、間もなく三度目。ラシェットを握り直し、魔力を通してのこれは上手く弾き返すことが出来た。蛇が這ったような痕の先、この場よりもいくらか暗い神殿内部に、間違いなく魔王が居る。
「――――!」
神殿内部から音の残響。はたして、何と言ったのか。私には全く聞き取ることが出来なかった。しかしてそれは、私に馴染みのあるものであった。あれは魔術詠唱に違いない。
極細の剣の糸。例えるならこれだ。視認すら難しい、魔力の流れが私の体を撫でた。王からいただいた帝王白のコートが裂ける。肉体にも傷が入っていることだろう。
弾かれるように跳ね上がった私の両腕。脚は腱を切り裂き、堪らず膝をつく。
そうして訪れる四度目の風。
修復を始めた肉体に鞭を打ち、剣を眼前にかざす。が、私の後方から放出された光の奔流が暴力の塊をかき消した。
「お望み通り剣働きしてやったがどうだ? トレミーさんよ」
背面に立つ男――ディエスは剣を体の中心に下ろし、柄に両手を重ねた。彼の表情は歪んでいる。
「先代の剣を真似てるのかもしれないが、あいつのはもっと洗練されたものだ」
先代……、私が知っている剣聖のことだろうか。剣聖一歩手前の実力があるという彼は、剣聖のことを知っているのかもしれない。
「……最期に立ってた人間が勝者だ」
「そりゃそうだな」
彼の返事は抑揚のない小さな声であったが、私にははっきりと聞こえていた。それは諦め混じりの声にも聞こえたが、私が何かを言うことは無い。
ただ立ち上がり、ひたすらに戦うのみ。傷も癒えた。この場は魔力が多い。私には有利に働くはずだ。
「火線! 神殿入口に集中ーー!」
ルースのものではない男の声。続く魔術の破裂音は、神殿の一部を崩壊させるまでに至った。人数が多くなればそれだけ魔術の規模も大きくなるのは当然の理。それも、一人一人が優秀な魔術師なのだから、この威力も妥当であった。
しばしの静寂。土煙が立ち込め、神殿の輪郭を隠した。
「なんだあれは……」という、ディエスの呟きに私は息を飲んだ。
土埃の切れ目から覗く、巨大な鳥類の姿に私は咄嗟に天井を見上げた。
「しまった……」
天井は高く、空間は広い。大穴を落ちてきた私だからこそ分かる、十分な旋回可能空間。
私よりも先にルースが声をあげた。。
「対空防御!」
魔王が鳥なのか、それとも別に術者がいるかは分からない。ただ、声に合わせて無意識の内に魔術を使ったのだけは理解出来た。
上空から降り注ぐ大量の羽は私たちが張った防御をいとも簡単に突き破り、地表へと真っ逆さまに降り注ぐ。魔術を使っていない、単純な攻撃を魔術で防ぐのは難しかったのだ。あのような魔物は今まで見たことも聞いたこともない。魔力を有していながら、魔力を用いた遠距離攻撃をしてこない者など……魔王たる由縁がそこにあるというのなら、彼らはどこからやってくるのか。
ディエスの光線によって被害は最低限で済んだが、私たちも全くの無傷ということもない。間に合わなかったものも中にはあり、切り傷を負う者が多数、死者数名を出していた。
「負傷者を後ろへ!」
広がり始めた混乱をルースが押しとどめたのもつかの間、もう一度巨鳥が羽を降らせてきた。ディエスがもう一度迎撃を行った時、私は何か引っかかりを覚えた。最初に私たちを襲った風はどこに行ったのか。そして、かつての魔王討伐で私が死ぬことになった原因を。
「…ルースッ!」と、叫ぶやいなや私はラシェットを鳴らして彼の元へと飛んだ。咄嗟の移動でぐらつく視界の中、魔力感知だけを頼りに見つけた違和感に私は身を晒す。
白い靄がかかったかのような目の前を、血の粒が飛んでいく。体を引っ掻いた三本の線から飛び出た血液に誰かの驚きの声が聞こえたが、それが誰のものなのかを理解する前に目の前を紫電が薙いだ。この光を私は知っている。白槍アクナ。エクレールが放った一撃だ。
骨を噛み砕くような音を立てて進む紫電は、何かに防がれたように私の前で不自然に縦へと流れを変えた。地に伏し始めた体を必死にコントロールし、見たものは、紫電を追いかけていたのだろうザラが見えない相手へと剣を振り抜いた姿であり、まるで舞踏会にでも参加するかのような見事に黒い衣装に身を包んだ女だった。
宙へと浮き上がった彼女は私が聞いたこともない言葉を操り、魔術を唱え始めた。私では間に合わない。ディエスも巨鳥の攻撃を防ぐので手一杯だ。他の魔術師は未だ理解できている者が少ない。見えないということがこれほどまでに致命的だと、対処法を教えてくれる人間など少ないのだ。
だがこの場に見えないことを探るのに長けていた人間が居たことは私だけでなく、ザラにとっても幸運であった。魔王の背後から降ってくる一つの影。先天性技能なのだろう、誰かも視認することが出来ない影の塊は、魔王の背後から攻撃を行った。何をどうしたというのは分からなかったが、魔王が遠くへ飛んで行った事実だけが分かればそれでいい。
「防がれた! どうなってる…流されたのか?」
影の声がすれば、人物像がはっきりと見え始めた。情報収集に特化した冒険者ギルドのマスター、ティガが影の正体であった。
「ありゃ、風じゃないか? …俺も振りが少し押し返された。 ったく面倒くせぇ」
ザラが背後へと飛んで行った魔王へとむきなおり、ティガの質問に憶測を返す。魔王が風の鎧を着ているというのは説得力のある仮説だ。初撃も風の攻撃であり、私を裂いた見えない刃も風であったためだ。
いち早く事態を把握した魔術師によって放たれた魔術が円を描くように魔王の周囲で弾かれ、騎士、聖騎士問わず、鋭利な網に引っかかったように鎧に傷跡を残すのも見ればこの仮説もいよいよ正しいだろう。士気を上げるなら今だと、ルースが大きく声を張った。
「魔王は風を使う! 姿こそ消えようが、貴様の魔術は我々には効かぬぞ! 風の障壁とて完全に防げるものではない!」
それに呼応するように多数の声が上がり、勢いはまさに天をつかんばかり。ディエスが巨鳥に張り付き、傷こそ負わせていないが完全に封殺出来ているのも大きかった。
しかし、私たちの有利は唐突に終わりを迎えた。魔王が唱えた魔術は、おそらく召喚の類い。巨鳥を呼び出したのと同質のそれで現れたのは、片腕の黒髪の人間だった。
男は魔王と何言か会話を交わし、腰から闇を集めたような刀身の剣を引き抜いた。途端に肌を刺す魔力を、私は知っている。あれは…神剣だ。
空間を引き裂く、極大の炎。男が造作もなく振り抜いた神剣から放たれた熱線を防がんと、私が持つ神剣をもってして無理に空間を歪める。神剣と神剣。とてつもない力の衝突の余波がは両陣営人を吹き飛ばした。




