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冷たい風を切って大穴の深部へと落ちていく。それは私だけではない。大穴の四方に映る、無数の白い点。他の参加者も無事に飛び込めたようった。
「トレミー・ウォードの名において眩き星降りの神に願い乞う! 我らは空の民! 天翔ける翼を与え賜え!」
私含む周囲の人間の背に光の玉が生じ、やがて弾けて翼へと変化した。透明な黄色のそれは粒子を吐き出しながら、私たちの体を支える。
白い点は次第に二つにまとまり、私が足場を得る頃には大きな一つの集団となっていた。底から見上げる大穴はとてつもなく大きく、また深かった。
見上げた結界はすでに修復が始まり、歪んだ景色しか目に移ることはない。討伐が終わってもう一度結界を解き直す余裕があるとは思えず、そもそこまでの人員が生きているとは考えにくい。もしもの時は私が運ぶしかないだろう。
ちょうど天井と結界のさかい目からは湧き出るように水が落ちており、そのおかげで光源は保たれている。一切隙間のない石畳みは人が通らないことに加えて、製作者の技術力の高さを伝えていた。
「魔術師は索敵を急いでくれ! いっかい陣を敷こう!」
聖剣を持った男が周囲に呼びかけた。降りて来る途中に納刀せず、抜き身でそのまま持ち歩いているのは怠慢の表れか。
「いや、魔術師を休ませて全員で索敵すべきだ! 魔術師は魔力回復に努めてくれ! 前に出れる者は集団から見える位置に! 常に移動しながら魔王を探す!」
聖剣使いの案を遮った私は周囲から好奇の目を向けられるが、彼らは聖剣使いの案ではなく、私の案に従って動き始めた。
聖剣使いの男は私に恨めしい視線を向けるものの、こんな考えるまでもない場面で間違った指示を出されて黙っている私ではなかった。
「相手は魔術を使って来るかもしれない! 魔術師は対魔術防御の準備を!」
私が続けて指示を出していると、近くに寄ってきていたルースも声を出した。いや、これは宣誓と言うべきか。彼が夢見た護国の英雄。その一歩を踏み出したのだ。
「私はルース・ウォード!ウォード家現当主である! こちらは我が父、トレミー・ウォード! 簡易的な指揮系統ではあるが、構築に協力する者は集まってくれ!」
聖剣使いをものともしない、気合いとやる気に満ちたその声は全員に届いたことだろう。単純な人数だけ見るのなら、今回集まったのは前回の魔王討伐よりも多い。王が地下迷宮に入ってきて地上に向けて演説をし、王都に住まう民全てが魔王討伐のことを知っている。周辺国家のことを考えない無謀な行動ではあるが、そこは調整をしているのだろう。
つまりはだ、ルースは名を残すために頭を回している。父親である私が言うのもおかしいが、ルースは頭がまわるぞ。何か特別な剣を持っている訳でも無い。何か大きな力が振るえるわけでも無い。彼が持っているのは、揺るぎない覚悟だった。
今後のことも考えるのであれば私は裏の方で魔王討伐だけを考えていればいいのだろう。そう思った矢先のことだ、聖剣を持った男が私たちに絡んできたのは。
「俺の名はディオスだ! ウォード家とか言ったか、そんな落ちぶれた家に第一次魔王討伐に参加したトレミーだと? ほらを吹くのも大概にしたらどうだ。 それに俺は王より聖剣を預かっている!」
注目が集まった事で一旦は小さくなったかに思われた声は、最後に再び大きくなった。自分でなければならないと、自分がやるべきだと、そう息巻く姿は勇ましい男に見える。だがそれは、中身の無い上っ面だけの男のやることだ。しかし、それをあえて口に出す必要は無い。
「残念だが私は神剣を持っている……、戦士であるならば剣働きで示すべきではないのか?」
私がラシェットを腰から引き抜いた所で誰が理解を示すのかは知らないが、彼が聖剣持ちであることを前面に押し出してくるのであれば、私にもそれ以上のものがある。それに、戦士が後方に居たとして、いったい何が出来るのと言うのか。
鈴の音と共に刃の無い刀身を表したそれに一同が視線を向けるが、魔力を十分に吸い上げていない現状ではただの祭具にしか見えないだろう。実物を見た事があるわけでもなし、誰も分かるわけがないだろうと踵を返した私を待っていたのは、冒険者ギルドの代表たち。
「大将は流石だなー、俺、あいつには間違ってもあんなこと言えないぜ」と、ザラが笑えば、ティガが彼について語る。
「あいつは剣聖一歩手前の腕前で、どこぞの食客としてプレイテリアに来たらしい。 ……力量はあるようだが、性格に難ありだな」
「聖剣に認められたというのも少し怪しいかも知らないわ。 だって彼からは魔力を感じないもの。 とても彼が聖剣に認められたとは思えられない…」
更にはエクレールも加わり、ディオスの不評を耳にしていく。
「聖剣と纏めてもその実態は未知数だ。 変に偏見を持たない方が良いだろう。 極端な話し、酒場の親父も選ばれる可能性はある。 人間と同じ、好き嫌いがあるだけだ」
反対意見を述べてはみたものの、私の中では三人の意見の方が強い。だが、あまり彼を軽視し過ぎるのも危険であった。限界の突破と言っても程度が分からないためだ。
私は、私を嫌う神剣に手をやり、ディオスを一瞥した。奇しくも彼とぶつかった視線で、彼の瞳から感じられた感情は怒り。それは何に対して向けられているのか、安易に想像は出来るものであった。私はこれに屈してはならない。あのような感情に信念として掲げたものが負けてはならない。であるならば、やることも自然と決まってくるだろう。
簡易ではあったが、周辺探索は終了した。その間に魔王らしき存在が姿を見せることはなく、また魔物の姿を確認した者も居なかった。
「不思議な場所だ……、60階層は守護者が居ない階層なのか? ……何のために…魔王が居るからというけでもあるまいし」
神殿であろうこの階層は、見事な装飾以外に特徴があるわけではない。だからこそ、勘ぐってしまう。思わず考えてしまう理由というのはそれだけでは無い。次の階層へと続く階段、もしくは、何処かへつながる通路が存在していなかったのだ。終着点であるならば何かが存在しているというのは妄想のし過ぎだとでも言うのか?
神殿の入り口が見える位置で待機している現状は短いようにも、また長いようにも感じられる。皆もそうなのであろう、少しずつではあるが、話し声が聞こえて来るようになった。それを緊張感が足りないと言うつもりは、私にはない。警戒しながら話すことは別段難しくもない。
魔王が現れるまで時間はさほどかからず、それは電撃的なものであった。
「『隔て』!!」
咄嗟に引き抜いたラシェットを構え、私は攻撃の正面に回る。
幾つもの支柱をなぎ倒し、石畳を喰らう攻撃の正体は――渦を巻く巨大な風の塊だ。




