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指定の位置に走り出すのは私だけではない。この後のことを考えるのであれば体力は温存しておいた方がいいのは当たり前だが、王の前で時間を掛けるのは愚策であり、この、参加者が纏っている空気も崩れてしまうだろう。であるならば、意識は高く保ったまま、迅速な行動が求められていた。
帝王白のコートを着た無数の人影が地を蹴り、風のように駆けていく。特殊な貝殻から作られるその白は淡く光を放ち、まるで星々のようであった。この数の帝王白を用意するのに、いったい幾つの貝が使われたのかは想像するだけでも頭が痛くなる。
そして、悩みの種でもあった結界については既にその全容が知れているため、結界解除に当たる魔術師全員のタイミングを合わせられるかが問題である。
「トレミー、頼むぜ!」
私の横から大きな声が掛かった。声の主はザラ。冒険者の彼は笑いながら走っており、調子はすこぶる良さそうに見えた。フィロウに届けさせた報酬が気に入ったためにこうして笑みを浮かべているのか、はたまた別に理由があるのかは私に分からないが、コンディションが良いのであれば私からは何も触れないでおこう。
私は彼の言葉を手を上げて受け止め、その間も走り続ける。コートに着られているザラがここにい居るという事は、エクレールは別の場所に居る筈だ。こんなところから心配していたのではどうしようもないものの、それでも頭の片隅の方で彼女のことを考えていた。過去の二の舞にはさせてはならないと、そう強く思いながら。
「騎士隊! 魔物を近づけるなよ! 術師隊は結界解除を最優先に!」
穴の対面から聞こえて来た若い男の声。拡声器を使って私の前まで届いた声の主の手には、離れた場所からでも分かるほどの光が握られていた。光――否、それは聖剣だ。エクセレジオーネと呼ばれるそれは、持ち主の全ての限界を突破させるという能力を有す、光の剣だった。
各々がやることを理解しているというのに声を張る彼は、私にとって邪魔な存在でしかない。作戦を理解できない愚鈍な者は、そもそもこの場に呼ばれていないだろう。王が危ない中来ているために、ただ目立ちたいだけであるのならば、早々にこの場から引いてもらう方が好ましい。
結界解除の人員に誘われたのか、今まで見た事が無いような数の魔物が現れ始めたことで彼の声は聞こえなくなったが、今度は戦闘音が私たちの邪魔をする。全てはタイミングが肝心だ。閃光矢が放たれて数秒後、私含む魔術師は一斉に詠唱に入る。
「私は黒馬の騎士。 有るべきものを奪い、術を無くすもの。 手には天秤を持ち、眼前の景色を塗り替えんとせしもの。 黒衣は翻り、飢餓をもたらそう」
「私は青馬の騎士。 数多き闘争を誘い、破滅をもたらすもの。天より降りし死人を従え、愛する者を引き裂くもの。 死と腐敗を撒き散らし、灰燼に帰さん」
「私は赤馬の騎士。 築きしを崩壊させ、流血の泉に浴すもの。 戦場を愛し、また迫害される、果て無きを彷徨うもの。 鎧の軋みは心の軋み、戦火は果て無く広がる」
「私は白馬の騎士。 深淵に潜みて、偽りの平和を享受するもの。 眼光は鈍く、地上を俯瞰して刺し射貫くもの。 勝利の上の勝利こそ、求むべき頂の光景なりや」
寸分たがわず、隊を二つに分けて行われた詠唱は、見事一発目で成功した。結界が無くなった事によるものか、更に冷気は強く私の体を撫でる。だが、これは作戦の序盤に過ぎない。ここでためらう者は居なかった。王とその守護を残して私たちは大穴へと走り出す。振り返ってはならない。止まってはならない。結界がいつ元に戻るかは分からないのだから。
私たち魔王討伐隊は大穴へと飛び込んだ。




