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私は息を漏らすように言葉を吐いた。
「信じられるものか……、教会は…」と。次の瞬間、私は彼に叫んでいた。
「信じられるものか! 教会はそこまで腐敗していない! 王が世界を映し! 巫女が言葉を伝える! そうやって国は、国が成り立つのだぞ!? 巫女が居る限り教会は国と共にある! なければならない!」
王の先天性技能、千里眼のように、巫女も似た性質を持つ。この二つが分かれるなどあってはならない。理を真ん中から引き裂くようなものだ。自らの役割を理解できる人間であれば、このような無茶はしない。国の崩壊だけでなく、世界のバランスを崩しかねないから。
「巫女もそれは分かっている。 その周りが許さないだけでね。 最初の魔王討伐からことは始まったらしい。 らしいというのは私が見ていないから便宜上使っているだけで、書類は残っているとも。 話がずれてしまったが、当代の当主はどこもかしこも若い者ばかりだ。 30年も生きていない」
彼が長く言葉を継げるのは、私を落ち着けるためであろうか。情報を並べ、考えさせるためであろうか。かっとした頭は次第に冷めていった。
「……粛清があったとでも言うのか」
「あれは狩りだよ。 魔王に通じていたとして多くの者が内密に殺された。 私が思うに、…ああ、これは独り言だ、他言は無用で頼むよ。 でだ、魔王の出現はバランスが崩れたからこそ起きたのではないかと思っている。 都合が良かったのではないかな? ウォード家の不死化の禁呪に魔王討伐が続いた。 ただ彼らにとって誤算だったのは君が死んでしまったことだ。 そのてん枢機卿はうまく君の死を偽装した。 左遷されてしまったが、時間を稼ぐことはできた」
枢機卿が情報を改竄し、更に教会側が王に報告するために手を加えた?でなければ辻褄が合わない。だが彼にこの手の才能はなかったはずだ。誰かが手を貸さなければこのような大がかりなことはできないだろう。
「先代オペラ……そうか、あいつは私とも面識が……。 ははっ、私がしてきたのは余計なお世話だったのか。 いつまでも私が生きているままだと、…分かっていたというのに、私はこの目で見たのだ。 すでに私が居るべき世ではないと……、それなのに…このざまだとは」
だからこそレチタヴィーオが私を知っている。真実を知っている。
魔術の行使が緩くなったのか、私の足は再び杯に注がれた水面に着いた。私はそのことに気づかず、乾き始めていた装束を再び水に浸した。
ああ、私はなんてことを……。
「英雄殿の忠誠心は素晴らしいものだ。 私だって君と似たような立場ならそうしただろう。 だが、私には私の役割がある。 だからこそ、予見し、手を打ってきた。 プレイテリアでの情報戦において、このオペラに敵う者がいるとすればそれは神だけだ。 しかしだ…、何事にも不測の事態というのが私を苦しめる」
腕が水につき、私はそこでようやく自らが沈んでいることに気が付いた。杯の、彼とは対面に飛び、地に足を付けた私は健全な思考を取り戻しつつあった。
「そこで英雄殿の手を貸してもらいたい」
その言葉はすんなりと私の中に入って来た。
「王の即位記念日から少しすれば巫女が港町の視察に行くようになっている。 魔王討伐からの復興を見たいということだが、実際には新たに本殿を移そうとしているのは目に見えている。 巫女もまだ年若い」
「オペラが現れるとでも言いたそうな口ぶりではないか」
「噂話では、なんでも彼は天からの使いを連れているそうです」
噂話だなんて馬鹿馬鹿しい。実際、そういう風になるのだろう。私が手伝おうと、手伝いまいと、盗賊オペラであればなんだって軌跡を見せる。
「そうか……」
まあ、私も手を貸すのは悪く思わない。もし本当に魔王の登場が世界のバランスが崩れることで起こるのであれば、手を貸してくれるのは私だけではないだろう。
実際、王には魔王討伐の光景が神から見せられている。少なくとも、介入する必要があるということだ。
「これは噂話で本当に不確定要素が多いが……、神の使徒と会った人間が存在するようだ」
私の言葉に彼は眉を動かした。レチタヴィーオ、君は何を考えている。私には分からない。最強の魔術師と呼ばれたって、蓄積された血でなる私と違い、君は目まぐるしく変わる世界の中に君は身を置いている。それは私以上の知識を持っていることで間違いない。
「…私はここで失礼させてもらうとしよう。 話さないといけない人がいるのでね、少し準備をしなければ」
「………帰り道は分かるかな? なんなら私が送ろう」
「ではお願いしようか」
私は今回の魔王討伐で手を引くつもりだ。もし巫女を襲うときに私が居るのだとすれば、それは私では何か。もしかすれば、私ではなく、彼の王が居るのかもしれない。
それはそれで楽しそうだ。彼は私よりうまくやるだろう。
世界が寝静まるころ、魔力は天へと回収され、人々は地に伏す。
私はプレイテリア近郊の草原に出て、魔術を天へと放った。攻撃のためではなく、祈りのための魔術。
天へと尾を引く光。中心は氷で構築された光の箒。こんな魔術を使ったのは初めてだった。
「そうだな……その魔術に名をつけるならほうき星と言ったところか」
その声は私のものではなかった。一度耳にしたことがあるこの声は…彼の王のもの。地に視線を向ければ、いつの間にか現れていた。
「また会えて光栄です。 遥か遠国の王よ」
「世辞は要らぬ。 用もなく我に火花を散らして無事で済む筈もなかろうにどういう了見か」
「私は秤を戻したいのです。 ですが、その時には私という個は存在していないでしょう」
「我に人の世に介入せよと、そう申すのか。 人の世は人の手によって運営されるべきであり、神の介入は最小でなければならない。 であるならば、貴様がやればいい」
「私は居ないと……」
彼の王が一つ指を鳴らすと、草原であったこの場は断頭台へと姿を変えた。首を切られるその瞬間を見守る市民の視線だ。
ギロチンの歯が下され、誰かの首が転がった。民の姿は見えないというのに、歓声ばかりが聞こえてくる。だが、歓声の内容は私には理解できない。この感触は知っている。罪の宝石を除いた時の感覚であった。
「これは我の罪だ」と、王は言った。王の罪。いぶかしむ私に彼の王は続ける。
「我はある日、世界の一端を見た。 千里眼が発動したのだ。 我は国を護るために奔走した。 そのつもりだ。 血を浴び、不評を被り、罵声に耐えた。 結果がこれだ。 そうして我は王権を神に返した。 我が王権は借り物であったのだ」
行き過ぎた解釈、介入は自らだけでなく、国を滅ぼすというのか。
「ではどうしろと…私は居ないのです!」
「貴様の死体は天へと昇っている。 神の所有物ということだ。 我は御許へ王権をもって監視者となった。 最強の魔術師なのだろう? 功績などいくらでも稼げるはずだ」
「魔王討伐の功績でもって、慈悲を賜れというのでしょうか」
「そう言ったつもりだが分からなかったのか?」
彼は私の前から消えた。彼の王の立ち位置が私には分からなかった。
そもそもとして、神の使徒というのが分からない。教会の書物にはそういう存在は書かれていないのだ。天が、神が使徒を持つのには私が知らぬ理由があるのだろう。




