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気が付いた時、私は謁見の間に立っていた。どうしてこんな所に居るのか、という野暮な考えは抱かない。レチタヴィーオの言う話しが始まったのだ。
よくよく目を凝らしてみれば、ここは私の知っている場所であった。これはまた随分と面白いものを見ているではないか。私の知っている場所とまったく同一のものはプレイテリアには既に無いのだから、笑わずにはいられない。
「私の過去でも見せているのか!」
私は姿の見えないレチタヴィーオへと叫んだ。笑えて来る。どうしようもなく喉から笑いがこみあげて来る。だが、これは善の感情からでは湧いて来るものではなかった。腹に渦巻くのは形容しがたい、どす黒い何かである。
少しして、謁見の間には多くの人間が集まってきた。そのどれもに私は面識があり、やはり既に死んでいる者達ばかりだった。謁見の間の左右を埋め尽くす見識人たちが何かを言っているのは分かったが、その言葉は私にはまったく理解が出来なかった。ただ確かに言えるのは、誰も私を視認できていないということ。
ここは何処だ。私の知っている場所ではない。
「王がご到着されます! 皆様、静粛にお願いいたします!」
小間使いの言葉に場は静まる。私にも彼の放った言葉が分かったことは何か意味があるのか。なんにせよ、この場は動いている。ならば坐して待つしかないだろう。
私が知っている先代の王が玉座に座り、場は緊張感で包まれた。彼は何も言うことは無い。誰かを待っているようだった。
その正体は私も知っている人物で、朝のうちに面会した人物でもあった。
「神官長!?」と叫んだ私だが、この声は届くことは無い。枢機卿となった筈の彼が私の前に立っていた。彼も私の記憶にあるままに、そこに。
彼も私には気付かず、そのまま王へと報告を始めた。
「魔王討伐より戻って参りました。 神官長を務めています、ケィン・ハンドルでございます。 私以外の勇者は全員死亡致し、始剣ヴィータは海鏡の中へと消え、鏡剣ラシェットは破損し、能力を失ったために教会にて厳重に保管しております。 白槍アクナも詳細は分かっておりません。 ……このような多大な犠牲を払ってではありますが、私どもは魔王を無事に討伐致し、プレイテリアの平穏を取り戻すことに成功いたしました」
なんだ………、魔王討伐から帰って来ただと?どうなっている。これは私の過去ではないのか?この時には私は死人になっているのは間違いなく、この国にも居なかった。私の記録であるはずがない。
であるならばこれは……なんだ。この歪められた報告はなんだ。
「映像の方は提出しておりますので、私の口からではなく、そちらをご覧になるほうが早いでしょう」
「うむ…魔王討伐ご苦労である。 神剣を二振り失ったのは痛手であるが、それも致し方なし。 貴殿らは最大の仕事を成しえたのだ、胸を張るがいい。 映像記憶法具については我が方でも確認しているが、この場に集まった者たちにも見る権利がある。 どうであるか」
「勿論、構いませぬ。 我らが英雄の勇姿、とくとご覧くださりませ。 もしも次があるのであれば、この情報はプレイテリアにとって大きな糧となるでしょう」
そこで一つの法具が運ばれてきた。映像記憶法具だ。この流れからして、魔王討伐を記したものだろう。私がついぞ見ることが出来なかったものをこの目で――。
序盤は私の知っている通りの映像だった。
私と他の魔術師が協力し、死者の力を借りて様子を窺い、少しして鏡剣を持った剣聖が立ち会う。だがその映像も私が神官長を庇った所から狂いだした。私が死んでからだ。それはまるで私が自らに掛けた禁呪を隠すかのよう。いや、教会からすれば隠したいのだろう。永遠の命を手に入れた国がまともな国になるわけもないし、教会側からしたらこの情報は独占して自分たちで活用すべきだと考えてもおかしくはない。
考えている間にも映像は進んでいく。私の瞳は確かに映像を見ている筈であるのに、何も映していない科のごとく脳が処理をしなかった。
最後は剣聖と騎士団長が魔王と刺し違えて終わった。本当ならば私が殺したというのに。私は、私が背負うべき罪から逃れているように感じられて嫌だった。彼等から託されたと、そう勝手に思っている私の信念が見つけた逃げ道のようで嫌だった。
都合のいい情報を見せてレチタヴィーオは真実だと言うのか。こんなもの認めない。これが真実だなんて。私を否定するようなことがまかり通るだなんて許せるわけがない。
「さて……どうだっただろうか。 これが枢機卿が残した罪の宝石。 彼が隠しておくべきだと教会上層部に告げ、正しい歴史を捻じ曲げた瞬間さ」
いつの間にか戻っていた。私は杯の中に肩まで浸かり、足元には赤黒いシルエットが見える。
「これが真実だと? …こんなものが真実であっていいわけがない! 教会に属していようと、私は王に命を託して戦った戦士だ! ……こんな、こんな不遜が許されるはずがない!! これは侮辱であるぞ!」
「だが君は死んだ身だ。 今更遅いんだよ。 確かに私たちは王に忠誠を誓っている……、しかしだよ、私は同時に教会員でもある。 神が王権を渡した人間は王になり、神剣を渡した人間は剣となった。 それと同じように権利があり、そして教会がある。 信者の誰もが神の膝元に憧れる。 その目には王ではなく、神が映っているのだよ」
私は杯の中から飛び出し、鏡剣を彼の眼前へと刺し向けた。水を吸って重くなった衣服も、天を衝くような怒りの熱も感じない。あるのは殺意。魔力の風だった。
「先導者あっての我ら! 剣あっての我ら! 信仰あっての我ら! 支え合ってこその我ら! それが人間ではないのか!!」
「だがそう上手くは回らないのが人間だと思うがね。 私たちは複雑に出来ている。 欲がある。 道が分かれてしまうのは仕方がないことだ」
「だからこその教会であって、貴様の技能ではないのか! 何のために神が能力を授けたのか考えてみろ!」
「王と巫女。 相反するものを繋ぎとめるために私は居る。 そんなこと分かっているのさ。 あまりにも単純だ。 人は生まれながらにして役割がある。 戦士、魔術師、聖職者…しかしだ、路肩の人間にはそれはあまりにも退屈すぎる。 なぜ、のけ者にする。 答えは簡単、必要ないからだ。 だからこそ人々は何かに成ろうとする。 例えば……不死者。 使命の為に死んでも戦う人間は信者からすれば魅力的な存在だろう」
彼は私の体に目を向けた。魔力が無駄にあるだけの死んだ体。無理矢理動かしている偽りの命だ。
「だから禁呪を隠したというのか。 たしかにあれは公開すべきものではないだろう。 だが記されるべきものであるべきだ。 禁呪があるのは誰かを護るため、非常時に使うためであって、己の私欲のために使われるものではない」
「その通りだ。 英雄殿の息子もそう思ったのだろうな。 ウォード家のみに公開された本物の映像を見て彼は自らの娘の回路を弄った。 禁呪を使えないようにだ。 私も手を尽くしたが、しばらくすればプレイテリアは二分されることだろう。 王権派、神権派と言った所か」
フィロウの不思議な魔術回路は仕組まれたものだった…?では私は大変なことをしでかしたのではないか。混乱する私にレチタヴィーオは語り掛ける。彼へと向けていた剣は力なく下ろされていた。
「息子殿が禁呪を使えないふりをし、外からの血でもって血を薄めなければ現状より酷くなっていただろう。 それも貴方のせいで泡になってしまったが……、まあ、これは私の方で上手く隠せる。 で…真実を聞いた感想はどうだ? 英雄殿」




