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夜矢ギルドの当主に会うのに、難しい手順は必要ない。人目を気にしながら路地裏の靴屋に行くこともないのだ。もっとも、その方法を知る人間は少ないのだが。夜矢ギルドの当主の顔を知っていればそんなに苦労することもないものの、やはり権力の壁が邪魔をする。
表の顔があってこその裏の顔。光が満たす時間があれば、星が輝く時間がある。
つまり、彼にも表の顔があるということ。
「待っていたよ、トレミー・ウォード。 歓迎、と言いたいところだがそうもいかなくなってね。 わざわざ公務を早く終わらせて待っていたのだよ。 まぁ、中に入るといい。 以前よりは歓迎できるだろう」
多くの参列者の中に紛れて青い装束に身を包んだ男は私に向かって静かに語った。地下で会った時の彼とは全く違い、纏う雰囲気や印象が表の人間だと私に伝えてくる。
私が見上げた上にあるのは、横に長い白と青の建物。規則正しく同じ形を繋げた建物はプレイテリアだけでなく、他国にも広がる宗教の総本部。神殿だ。
彼は足早に通路を歩き、私も置いて行かれないように人々を追い抜きながら奥へと向かう。人気のない場所を目指しているのだろう、次第に私服の人間の姿は見えなくなり、騎士や修道女が多く見えた。横によけ、私たちに頭を下げるのをあしらいつつ、更に歩く。
窓はなくなり、通路は自然と暗くなる。計算されて設計されたであろうことは間違いないため、この通路の先には何かがあるのだろう。だが最奥までたどり着くことはなく、不自然に設けられた一室の前で彼は止まった。
「散歩は終わりか?」
「そうだな。 とりあえず席に着きたまえ」
その部屋は通路と違い、明かりが取られていた。水をどこからか引いているのだろう。部屋の天井には丸いガラスがはめ込まれ、その上に水が溜まっていた。
「ほお……歓迎されるには少し暗いかと思ったが、いい部屋じゃないいか」
「これは違和感なく再現しているに過ぎない。 実際には存在しえない偽物なのだよ」
「…盗賊にあるまじき素直さではないか? もう少し警戒した方がいい」
私の言葉に彼は薄っすらと笑みを浮かべた。私はこう言いたかったのだ、自らの先天性技能ないしは手札を明かすには早い、と。手品とて種が分かってしまえばそれはただのままごとでしかないのだ。分からないからこそ美しいと感じ、畏怖の念すら抱くのではないか。
「いいや、構わないのさ。 私は英雄殿のおかげであるものを手に入れられたのだから」
「王との話を聞いていたのか……、誰の気配もなかったが」
「方向性の違いさ。 万能になるか、一を極めるか。 その利は時と場合によって異なるものだ。 だが仲間が居るのであれば一を極めた方が賢いに決まっている。 その点で私は大きく前進した、王の助力というね」
国ではなく王と言えたのは、彼が正しく状況を理解できているからであった。メリット、デメリットもきちんと考慮していることだろう。
私は彼の秘密の一部を王に密告し、地位を脅かす邪魔者でしかない。余計なことを口にしてしまったのだ。それでもこうして私と対面しているということはメリットの方が大きいということではないか。無論、私自身後ろめたい気持ちはあるが、王に忠誠を誓う者であればあの場で真実を話さないという選択肢はない。ただ、そのきっかけを表情に出してしまったのが悪かった。
「余計なことを口走ったのは謝罪しよう。 ……それでだ、私がここに来た理由は言わなくても分かるだろが、もう一度言わせてもらおう」
謝罪を口にした私にたいして、彼は表情を変えず、何も口にすることはなかった。この件は既にその段階にはないのだと言われているかのようであった。これ以上は何をしても無駄だと悟った私は、本来この場を訪れた目的を告げる。
「現王即位記念日に合わせて魔王討伐を行う。 招待を受けた参加者は王城に出向き、その意を伝えるよう。 抜かりなく行われるように」
「王命、しかと受け取りました。 神官長レチタヴィーオ・アリアの名において遂行させていただきます」
この瞬間の彼はまさしく神官長であった。さきほどまで持ち合わせていた少しの軽薄さはなりを潜め、威厳にあふれていたのだ。そうか、今はレチタヴィーオが神官長になっているのか。ならば引き継ぎを行った時に…、いや、それ以外にも私のことを知る機会は多くあったのだろう。
「そうか……、では私は用も済んだし失礼させてもらうとしよう」
「もう少しゆっくりしていったらえどうだい? つもる話しもある。 それに、英雄殿との会話をこんなところでやめてしまうのは惜しいのでね」
「つもる話しだと? たしかに貴方との接点は少なくはないが、会うのは二回目だ」
「なに、私は真実を語るだけさ」
真実、そう口を開いた彼の纏う空気がまた変わった。神官長ではないこの感覚は夜矢ギルドで会った時の空気と限りなく似ているが、それだけではない何かが彼を取り巻いているように感じられた。
それに伴ってこの部屋も変わる。天井にはめられていたガラスは姿を消し、輝く水が天井から降り注いだ。自身の体に結界を張った私はその推移を見守る。変に逃げようと思うことはない。
部屋はすぐに水で満たされた。だがその水も抜け始めた。地面が吸収しているかのように吸い込まれていく大量の水の行き先を考えるが、この部屋が実在しない部屋であることを思えばこの思考は無駄なのだろう。
天井は綺麗に切り取られ、光が降り注いでいる。レチタヴィーオは目の前から消えており、上へと誘われていることがうかがえる。行くしかないか、なにせ扉が消えているのだ。行くしかない。
宙を飛び、天井を抜けた先にあったのは大きな杯だった。私の何十倍もある金色の杯にはなみなみと水が注がれていた。杯を見下ろす形となった私に声がかかる。レチタヴィーオだ。
「この部屋は実際にある場所なのだよ。 さきほど歩いた通路の先がここだ」
「ほお、神殿にこのような杯があるとは初めて知ったな。 私は一般信徒よりも深い立ち位置に居たと思うが……、そういう場所か」
「英雄殿がどう思っているかは私には分かりかねますな。 秘密の場であることは確かでありますが。 ああ、気にしないでください。 別に見せて何か悪いことがあるわけでもないのです。 この杯は神が創ったと聞きますが、能力は単純にして明快。 他者の罪を自らが背負い、洗礼の儀によって洗い流すことにあります」
私が思うこのような場所というのは、まさしく彼が言ったように、教会の秘密の場所ということ。あの杯が何をするものかは聞いた通りだが、神が創った時点でそれは人の手に余るものである筈なのだ。隠されているのにはそれで納得できるとしても、彼が話の場にここを選んだこと、そして私を連れてきたことが分からなかった。
「私は思ったのですよ、それはもうある日突然に。 流された罪はどこに行くのか……、普通に考えれば杯の創り手である神の元に行くのでしょうが、…そうではなかった」
杯の上に張り巡らされた通路を渡りながら、彼は私を見た。それはまるで私に続きを促せと言っているようでもあり、ただ私を見ただけのようにも感じられた。
「ではどうなったのだ。 どこに行っている」と、結局には言ってしまう自身の口が憎たらしいものの、レチタヴィーオはこれを待っていたらしい。
「宝石になっていたのだよ。 教会の収入の大半はそこから来ている。 だが、単に売ってしまうのは面白くない。 だから私は考えた……」
彼は通路を渡り終え、杯の淵に立った。
「罪を内包した宝石から、その罪を知る方法はないかと。 そして見つけたのだ」
その時、杯に満たされていた水の輝きが増した。何かが始まろうとしている。これがレチタヴィーオが言う真実だとでも言うのか?
光は私の視界を塗りつぶした。




