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赤い絨毯は私を軽く沈み込ませ、王の権力をそれとなしに伝えてくる。私もまさか報告を通したその日のうちに謁見の間に通されるとは思ってもみなかった。通常であれば報告が通るまでに数日はかかるところだ。
それにしても私と王の二人きりというのは明らかに意図されたもので違いない。
「して……報告があるそうだが、申してみよ」
「まずは偉大にして敬愛なる我が王に拝謁させていただき感謝いたします。 …では、王の貴重な時間を浪費するわけにはまいりませんので、報告にうつらさせていただきます。 第59階層の大穴には幾つかの結界が張られており、優秀な他三名の助力を得ることでそのうちの一つ目を解除することに成功いたしました。 そして私どもは見たのです……」
私はもったいぶるようにして言葉を濁し、視線を上げずに王の機嫌をうかがった。ただ話すだけではだめなのだ。私たちの功績を最大限に報告しつつも、王を退屈させてはならなかった。しかしながら宰相か誰かは知らないが報告はいっているいるだろうから、誇張した報告も控えねばならない。
「それは私が見た景色か」と、いうのは王の言葉。それに対する私の言葉は決まっていた。王は一つ頷き、準備を進めるよう伝えておくと仰った。
そして会話の内容は唐突に変わる。私の好ましくない方向に。
「それで? 神剣はいつになったら返してくれるんだ?」
玉座と私が膝をついている場所とでは距離があったが、彼女の瞳の色を私ははっきりと視認していた。赤い双眸は私を見ていて、このまま外れるということもなさそうである。
私は少し遅れて返事をした。
「……この戦いが終わればお返しいたします」
「ずっと持っていても構わんのだぞ? 貴様ほどの魔術師は私が即位してから見たことはない。 我が知らないだけかも知らぬがな。 ああ、何も言わんでよい。 ここには二人しか居らぬゆえな」
「私はこの戦いが終われば神の御許に行こうと考えております。 実は先日、神の使いと思われる死した王が私に語ったのです。 『いつになったら死ぬのだ? 貴様の仕事は終わったはずだ。 いつまで生にしがみついておる』と。 私も孫に会い、覚悟を決めました」
王は眉を下げて怪訝な表情を浮かべたが、私が嘘をつく理由もないために表情を戻した。彼女はそれからしばらく何も発さなかったが、やがてぽつりと呟いた。
「私は誰の指示も…」
それは誰かに聞かせるためのものではないのだろう。私もそれが分かったからこそ、気遣ってとぼけるしかできない。
「王よ、何よ仰いましたか? お疲れではありませんか?」
「……ああ、仕立て屋に頼んでいた防寒具が完成したのだ。 それで少し忙しくてな」
「では完成されたのですね。 私はまだ拝見しておりませんが、王の威光をしかと知らしめるには良いかと」
「討伐に参加する者には王城に来るように伝えておけ、そこで調整をさせよう。 人数も増えてしまったからな……、招待した家数こそ把握しているが、何人出すかまでは指定していないのだ」
「私の方で伝えられる限りは伝達しておきましょう。 いくつか洩れる部分もあるでしょうから当日にも防寒具を何着かご用意いただければ」
それに王は返事を返さなかった。だがそれは無言の了承であり、決して悪いものではない。私も分かっているからこそ何も思うところはなかった。王の機嫌がそこなわれなければそれでいい。
一人で王と対峙させられた時には何事かと思ったが、機嫌が悪くないのであれば問題もないだろう。いや、二つ聞きたいことはあるものの、この場でそれを言い出していいものかどうか。この場は謁見の間であり、観客が居なくても王の独壇場であることに変わりはないのだ。
「……なんだ、言いたいことがあるならば聞くぞ?」
私は膝をついているというのに、王には隠せなかったらしい。仕方なくというのとは少々異なるが、せっかく得た機会だ。私は口を開く。
「機会をいただき感謝いたします。 なぜ、私は王とすぐに面会ができ、こうして二人で居るのでしょうか。 親衛隊であったり下人など顎で使える人間は巨万といるはず。 私を信頼してくださっているのか、はたまた………。 なんにせよ、私は過去の人間でございます。 王への中心など遊び盛りの遊女よりも低いことでしょう」
あえて伏せた部分にすら王は何も反論することはなかった。それは私が続く言葉を言えたことから分かる。だが続く言葉も孕む危険は同等。不敬罪で処されても何も言い返すことはできない程の内容である。
しかしながら我が王は、怒るどころか、その整った綺麗な顔に喜色を浮かべていた。
「なに簡単なことだ。 貴様を疎む人間は多いというだけさ。 不老不死の賢者。 この肩書だけで十分だろうがな、上層部の人間は恐れている。 目に見えぬ何かを。 それは我も知ることではないが、何か思うところがあるのだろう。 実際、私が密かに招集状を贈らねば貴様はこの場にいなかった」
その言葉は私を驚かせるのに十分であった。私は王のため、国のため、民のために戦った人間なのだから、彼らには私を敬いこそすれ、恐れるなどということはあってはならない。願望が含まれていないと断言はできないが、何か私から顰蹙をかうような出来事をしかけた覚えはなかった。
であるならば、問題があるのは彼らの方だと考えるのが妥当ではあるか。
「矮小なる私ごときが王の目に留まった光栄を感謝いたします」
「それは私に言うべき台詞ではないな。 進言した者が居るのだ。 恐れを知らぬ勇者が私の寝室に入り込んで告げおったからには、それに見合う対価を払わねばならないだろう? だからこそ、無駄骨になるかもしれないと書状を出しもしたし、こうして優秀な魔術が割れの前に居る。 …余裕ぶっておれば苦言を呈されたが」
「それはまさか……、参加人数を増やされたことと関係が…」
王は笑って「そのまさかさ」と、仰った。私は頭の中で王の寝室に入り込めるような人間を探したが、そんなもの片手の指で足りるほどしか知らなった。そも、その指も半分程度しか使わないのだが。
「恐れながら、…その人物の名前を教えてはいただけないでしょうか。 私の知古であってもそのような芸当ができるのはほんの一握りなのです」
王の顔は貴様もできるだろうと語っていたが、私はそれに気づかぬふりをして彼女の言葉を待った。素直に教えてくれるとは思っておらず、何か情報だけでも得られるのならばそれでいい。
もう一度戦場に立つ機会を与えてくれた人間のことを何も知らないというのは気が引けたのだ。
「その男は自らをオペラと名乗った。 大盗賊の長を名乗るとは大した気概だが……、身体的特徴を私が一切覚えていないその手際を考えれば妥当なのだろうな」
「…………」
「貴様、何か知っているのだろう? 自身で言うのもなんだが、我はそれなに学を修めている。 だが貴様のことは文書の中の一文でしか知らなかったのだ。 当時最強の魔術師だ、と。 その人物が生きていることを知っている人間など少数も少数。 心当たりがあるのだろう?」
たしかに私はオペラという名前に聞き覚えがある。それどころか、そのオペラと実際に会ったことすらある。しかして、そのことを王の前で言うべきか否か。
彼は、彼らは尊敬に値する人物であることが私を留めるのだ。だが条件を付けてであれば、神でなければ解けないような制約を設ければ……。
王が知るべき情報である。私たちが隠しておかねばならない情報である。天秤の傾きは……。
「分かりました。 王名にて事実を公言せず、また存在を迫害せず、その存在を人知れず助けることを誓っていただけるのであれば、お話しさせていただきます」
「では誓おうではないか」
決断は即決だった。ともすれば、この方が後腐れが無くてよいのかもしれない。
天に向かって声高らかに王名でもって述べられた王を見上げ、私も口を開く。
「オペラとは私ども貴族のうちの一家が元締めの組織の棟梁の名前。 いうなれば、プレイテリアを陰から支える支配者。 大盗賊オペラを始祖とし、今なお活動を行う義賊であります」
その組織とは…夜矢ギルド。私も情報を買った、地下街の住人。私とはまた異なる夜の住民である。




