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魔王討伐  作者: 三化月
安楽
15/27

16

 王にせかされ、招集を受けた自身のことを上の人間だと思い込んでいる奴らが私の足元に居ると思うと、少しばかり楽しくなった。プレイテリア王都領土内には居ないのかもしれないが、それでも喉のつっかえはましになった気がした。

 そんな私の代わりに盛大に声を上げるのはこの館の主。プレイテリアにおいて一番有名であろう教会関係者だ。

 「お久しぶりでございます、神官長様」

 「今は枢機卿だよ……、トレミー……。 …それも町のはずれれのな……」

 いつくたばってもおかしくない、椅子に腰かけた、いや、椅子に座らせられたかつての神官長は威光や覇気をどこかに忘れてきたらしかった。

 神官団を治めていた彼が今は孤児院とは名ばかりの箱に収められているのだ。なんとおかしな話もあったものである。

 開かれた木窓からは日差しが床に線を引き、優しい風が室内を舞う。こういう老後も悪くはないのかもしれない。だが、生憎と私にこの場所は少し静かすぎる。友の声が聞こえる場所でなければ。戦の気配が肌を刺す場所でなければ。

 「……教会に居たからこそ私は生きてるが………長生きするものではないな…貴様も、そう思うだろう」

 「ええ、まったくです。 この世界は私には痛すぎる」

 「私もだ……体が悲鳴をあげるんだ。 ボケていないのが幸いか」

 いいえ、神官長。貴方さえも寄る年波には勝てないようですね。私は湧き上がる微笑を抑えて考えていた。

 そう待たせることはないでしょう。それどころか、私の方が早いのかもしれません。

 彼と同じ椅子に腰かけていた私も、本来であれば目の前の偉大なるご老人と何ら変わらないのだと。耳に届く子供たちの声を護る、一人の老害に過ぎないのだと。

 人払いをお願いしておいたはずだが、子供の無邪気さには敵うわけもなしか。

 「せんせーーー!」

 「きゃーーーーぅ!」

 いい声だ。私は神官長と顔を合わせて微笑んだ。こんな時まで笑みを隠す理由もなかった。

 私は立ち上がり、扉を開いて子供たちを引き入れる。

 「ほら、君たちが敬愛する先生はここだぞ」と。随分と昔に我が子へと向けていた声そのものが思うままに出たかは分からかったが、効果はあった。

 目についた曲がり角から最初に出てきたのは赤い髪の少年。彼は私の顔を見て少し勢いを緩めてしまったものの、子供持ち前の剛毅でもって私が開いた扉の中に入った。

 「では私はここで失礼します。 年寄りの楽しみを奪うのは忍びないのでね」

 「…わめいとれが……貴様も私の生徒だろうに」

 「そうですね、忘れもしませんよ。 貴方はよき師であり、また、よき道しるべであった。 私は貴方様を忘れることはないでしょう。 またどこかで会いましょう、先生」

 「うむ」

 彼は小さく頷くだけで、それ以降、私に向かって話すことはなかった。死に絶えたのではなく、現在のかわいい若葉を愛でているのだ。

 その様は戦い果てた戦士が、思いもしなかった新天地に居るようだった。なんにせよ、神官長は人前で公文書を読みこそすれ、説法を行う機会はもとより少ないのだが。まあそれも良しとしよう。

 彼は私の先生であったが、王にわざわざ直訴したわけではなかった。であれば、教会の人間を信じる価値も出てくるものだ。少なくともウォード家を支持する人間がそれなりの地位に存在しているということだから。

 扉を出て振り返り、子供にたかられている神官長――今は枢機卿だったか――に最敬礼し、喧騒から一人離れていく。外へと向かう途中に出会った、肩で息をしているシスターたちは子供たちを抑えられなかったことを恥じていたが、私は構わないと首を振る。いい時間を過ごさせてもらった。


 人の営みが詰め込まれた王都に戻って来た。私が作った中でもほどほどの薬を売り、路銀を手に入れれば、向かうのは23‐7ダンジョン。つい先日向かった地下迷宮である。

 フィロウがつつがなく報酬を払ってくれたため、冒険者たちも正常に回り始めていた。その正常の中には貴族や騎士といった見慣れない存在も多くいるためか、冒険者ではない民衆もちらほらと姿を見ることができる。だがそれは静かなもので、地位の差がはっきりと空気を仕切っていた。

 「あれ…トレミー!」

 「ん? ……ああ、エクレールか」

 食料を補充できたのか、彼女のギルドも併設された待合室にあった。私は待合室に用事もないので気づかなかったが、はたして私の姿は目立つのだろうか。どこにでもあるような顔というわけではないものの、遠目で分かるような顔でもなかった。

 「ギルドはもういいのか」

 「ええ。 私、あんな大量のお金見たことなかったものだから驚きはしたんだけど……兵站管理者が泡吹いて倒れたのよ。 それ以外は面倒な仕事が少し増えたくらいかしら」

 「他のギルドも同じだろうよ。 ここでギルドを潰すわけにはいかんのでな。 もっとも、商才のあまりない王都の商人からすれば嬉しい悲鳴だろうが。 出来る奴はぼろ儲けだろうよ」

 エクレールは笑って私に同意してくれた。三ギルド分の食料、消耗品を補おうとすれば物の流れは自然と早くなる。耳が早い商人であれば潜っている間に必要な物資をリストアップし、王都に運び込むのは難しいことではない。兵站管理者と言ったか、その人物の仕事でもあるのだが。

 「今日もこれから潜るのか? いや、もう昼時を過ぎているな」

 「そうね、情報を集めにきただけよ」

 「そうか。 …そうだ、君に渡したい物があったんだ。 大きいものだがいいだろうか。 武器なんだがようやく修復が終わったところでな……鍛冶屋に持って行かなければいけないが、このままでも十分に使える」

 「武器? 私は魔術師よ。 それこそ魔術が付与されたものでなければ碌に使えると思えないのだけど……そもそも持ち上げられるかも怪しいし」

 「それは問題ない」と、私は彼女に告げ、収納法具から細長い布袋を取り出した。その中には槍が入れられており、外見だけでもある程度の姿の推測がついた。

 これはエクレールの母、クレアが使っていた白槍アクナを改修したものであり、彼女が持っていなければならないものだ。私は一人をこれを見たとき、何を思ったか、懐に収めたのだ。剣聖が持っていた神剣、鏡剣ラシェットと共に。本来であれば国に返すべきであるものである筈なのにだ。

 遺品だと思っていたのかもしれないが、彼ら彼女らが置いてきたものに、捨ててきたものに託した想いを踏みにじっているのではないかと自問する日々だった。しかして手放せないのだから私もたかが知れている。

 「それは? 袋から出さなくても感じる魔力量からして高名な法具なのでしょうね」

 「知らないのか? クレア、君の母親が使っていた槍だ。 君の家系が祭っていた神具に近しい法具。 銘は白槍アクナ。 天下三名槍の一つだ」

 私はそう言って革袋から槍を引き抜いた。使用者のもっとも扱いやすい重さ、手触り、重心、長さを変える魔術が施され、魔術媒体としても優秀なほっそりとした白い槍。どこぞの開祖の骨を素材として使ったというのはクレアの談だが、それが本当であるかは私には分からない。

 エクレールの指の一本一本が感触を確かめるようにゆっくりと折り曲げられ、全部の指が槍を引き付けたあとでもう一度手に感触をなじませた。その様子を見と届けた私は槍から手を放した。

 見たところ、相性は最高。問題は気持ちか。

 「………これは、記憶?」

 「どうした、何が見える」

 「槍をふるってきた人の記憶……想いは色……、味方は白で…敵は黒…。 頭に…なんて言うんでしょう、浮かんでくる明瞭な夢、みたいな」

 そんなもの私は感じなかった。これは彼女だけが、彼女だからこそ見えたのだろう。正当な持ち主に戻ったのだ。

 神剣ほどではないが、なんとも主人を選ぶ槍だったな。今まで悪かった、貴様も本来の持ち主に持たれて正しい使い方をしてもらえればいい。

 この場に居れなくなった私は一人で地下迷宮の入り口に立った。人知れず吐いた溜息を腰に下げた剣が聞いているのなら、もう少しだけ私に力を貸してもらいたい。魔力だけで抑え込めている現状は納得できるものではないのだろうが、私には力が必要なんだ。

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