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魔王討伐  作者: 三化月
安楽
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15

 あまり進んで行きたいとは思えないような、暗く、冷たい部屋。本来であれば湿気がこもっているような場所であるものの、フィロウの魔術によって空気の入れ替えが行われていた。

 ここは地下室。後ろめたいことに使う部屋ではないが、大空に広がる夜を知っている私からすると、こんな劣化した、密閉された夜は嫌いだった。昔はそんなことを思わなかったのだが。

 「フィロウ、もういいだろう」と、私は隣に立っている彼女に告げた。冷やしすぎると彼女の体に変な負荷がかかるかもしれない。

 ゲーラもフィロウの肉体改造に了承し、私との契約に賛同した。彼も彼女の肉体改造を私とともに行うのだ。繊細なバランスの上にある人間の肉体と、その上に描かれた魔術回路。ただでさえ困難な作業であるのに、今回はフィロウが身ごもっているのも心配要素として挙がってくる。使える人間を使わないわけにはいかなかった。

 「光は白く、世界は色を取り戻す。 我は鏡海の灯」

 私は魔術で光を灯し、暗かった地下室を照らしていく。それは四角い部屋で、部屋を構成する石材が光を受けて灰色が広がっていた。中央には大人が一人横になれる程度の台座があり、四隅には拘束具が設置されている。もちろん、手足を縛るためのものだ。

 「では、各自準備を進めよう」

 用意するものは簡単、清潔な布と魔術的処置を施した水のみ。魔術師の家系であれば簡単に手に入る。


 「お爺さま……、お願いいたします」

 青い布が敷かれた石台に裸で横たわるフィロウに私は頷いた。彼女の乳房はつんと天井と向き合い、解かれたクリーム色の髪は頭上へと伸びる。

 四肢を台座へと拘束された彼女は高名な画家が描く絵画よりも、有名な著者が記すよりも官能的であった。

 「ゲーラ、霊薬を塗ってやれ。 施術を始める」

 「…はい」

 私と彼自身、補助のためのメイドが数名だけとはいえ、自らの妻の裸体を他人に見せるのは抵抗があるのだろう。彼の返事は少しばかり震えているようだった。私が居なければ事態が進まないため、彼には申し訳ないがこのまま進めるしかないのだ。

 彼は霊薬を掌に広げた。私がクレープに使ったものよりも粘着質ではなくとも、粘り気は十分にあるそれは無償透明だった。こねられた霊薬から空気が抜ける音が数度地下室に響き、ゲーラはフィロウの体に手を伸ばした。

 「……んぅ…っ」

 人肌にまで温められた霊薬の感触に驚いたことによって出た嬌声にも似た声に私は顔をしかめた。孫とは言っても彼女とは今日初めて顔を合わせたのであって、私の肉体は全盛期のものである。それでも血のつながりからくる背徳感、罪悪感によって、私は爺としての面目を保っていた。

 媚薬でも塗っているかのような雰囲気ではあっても、霊薬はたしかに効力を発揮する。

 フィロウの体から浮き上がってくる、血管に似た全く別の何か。これが魔術師を魔術したらしめる要因。魔術回路だ。

 「ここからは苦痛を伴う、マリー、猿轡さるぐつわを。 私の魔術回路を基本形とし、彼女が持つ回路が拒絶反応を示さない程度に矯正していく。 そこから、将来、ゲーラの回路に繋がるように基礎的な部分を作る。 ……ここは君に任せるぞ」

 白い肌に浮かんだ光の線に私は右手の指を向けていった。左手には神剣を持ち、少しでもフィロウの肉体を護ろうとしたのだが、彼女に神剣を扱うに相応しい適性があるかどうかは私には分からない問題だった。私は魔力で無理やり抑えているだけであったが、そんなものでは神剣も力を貸してくれるはずもない。もし彼女が私よりも神剣に愛されるのであれば、いくらかの身体強化を施してやりたかった。


 私の指先に集められた魔力が彼女の回路に触れた瞬間、フィロウの口から悲鳴が漏れた。猿轡さるぐつわをしていても、その声は声であることに変わりない。

 私にできることと言えば、少しでも早く施術を済ませること。集中しろ。


 頬を伝う汗をマリーが拭い、私は焦らず急ぎながら回路を切り取っていく。余計な分配線を区切り、本来あるべき姿へと戻していった。私のものを原型としているだけに、比較的簡単ではある。だがそれは比較的というだけで、時間がかかればそれだけ私とフィロウの流す汗は増えていく。

 「……ふぅ……、ゲーラ、準備を……繋がりを持たせるんじゃないぞ、動かない部屋を作る感覚だ」

 「はい…」

 ふと横に視線を向ければ、今まで見ているだけであったゲーラも汗をかいていた。失敗してしまえば魔術が使えなくなるかもしれないという恐怖。平民上がりからしてみれば、それは再び落とされる恐怖と対面しているのかもしれない。

 孫夫婦に与える試練にしてみれば、これ以上ないほどに難しい。……お願いだ、乗り越えてくれ。

 精神面の疲労で数歩下がった私を支えてくれたマリーに感謝しつつ、右手に持っていた神剣を体の中心に、地面と垂直に立てた。直接的に触れていた存在だけを対象にするのではなく、この部屋に居るすべての者を対象にする。空間の支配を可能とする鏡剣だからこそできる荒業。私の負担は増えるが、私からのささやかな贈り物だ。受け取ってくれ。

 「………」

 無言なままに吹く魔力の風が地下室を満たした。掌は柄と木の根のようなもので固定され、私の魔力が神剣を通して吐き出されているのだ。

 「……これがお爺様、……英雄の力」

 それは誰の言葉だったのだろうか。なんにせよ、フィロウの声は静かになり、施術は何の問題もなく終了した。

 「フィロウ、ゲーラ、よくやった。 これで終わりだ。 マリー、フィロウの体を冷やすなよ。 問題はないと思うが何かあれば私を呼ぶように。 皆、ご苦労だった」

 そこからは皆、糸が切れた人形のように動き出した。釣られていた糸の一本が切られただけで、彼らを支える糸はその他にも多くある。だからこそここで終わるわけもなく、何事もなく歩んでいけるのだ。

 ああ、平常とはかくも美しく、失われてはいけないものだ。私はこう思う。

 自らを縛る糸など、必要最低限だけで構わないではないか。身に食い込むほどの複雑さにあって人が人たりえるのは難しいのだから。

 「お父様に言わないままに進めてよかったのですか? こう言ってはなんですが、今の貴方に発言権はあってないようなもの。 ……良くも悪くも、過去に縛られている………、縛られすぎている」

 「私でなくとも、君も魔術師ならわかるんじゃないか? この気持ちが。 これはゲーラ、君も通る道かもしれない。 死んだら人間それまでだ」

 「無論、何事にも例外というものは存在するがな」と、私は自嘲気味に笑い、更に続けて言葉を重ねる。

 「子供の成長を最後まで見ることができないというのは悲しいことだ。 ましてや、息子は私のせいで暴走してしまった」

 人間は過去に生きるものだ。過去の積み重ねで私は構成され、確定された未来を取り込む。

 私の目が届く、脳が処理できる、ほんの少しの確定した未来は今もこうして過去になっていくのだから、過去こそが私の証明。全てで違いない。

 ああ、人間に「今」だなんてありはしないとも。今考え付いたそれを理解するころには、もう過去だ。今なんてありはしない。知覚できる一瞬に人間の体は反応できない。精神でさえも。ありとあらゆるものを置き去りにしていく。

 私は置いて行かれた人間だ。過去に生きる人間だ。だからこそ…、この過去にあふれた時間こそが生きていると思える場所だった。だがそれももう少しすれば終わるのだろう。

 縛られ、釣られ、操られるのは私だけでいいのだ。過去に伸びた糸はほころび始めている。それが私にはよくわかっていた。

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