14
マリーが語る処刑された王の話は、まさしく彼の王の話だと思わせるような何かがあった。史実と現実とがどれだけ違っているかによるが、さほど違いはあるまい。
竜人の巫女の四肢を切断し、傷を治したのちに彼女と子をなした。
小神が暮らす森に親族や家来を幽閉し、神と契約を交わした。
有名な航海士のパトロンとなり、未知の領域であった海の情報をもたらした。
これを聞くだけでも賢王であると分かる。だが当時の人間には怪しく映ったようだ。同時期に弟を暗殺したことが民衆に広がったのも印象を悪くした。
兄は県剣技に優れ、弟は知識人であったと記されていたらしい。どこかの場面で兄と弟のなり変わりがあったのだろう。でなければ彼の王が魔術の心得があるとは言うはずがない。
「興味深い話だった。 ありがとうマリー」
「いえ、私もお爺さまとお話しできて嬉しいです」
紅茶を口に含み、笑みを浮かべるマリー。会話に参加していないクレープさえもどこか嬉しそうであった。孫と会話できるこのひと時を惜しんでいるのかもしれない。
「…お爺様? わたくしも会話に混ぜていただいても構いませんか?」
おそらく私の背後には屋敷内を走り回っていたフィロウが居るのだろう。現に、今まで笑っていたマリーの笑みが氷ついていた。
「遅かったな」と、振り返って言った私にフィロウは遅れた理由を律儀に教えてくれた。
「お爺様からのメイドにことごとく邪魔されましてね……。 減給をちらつかしても効果がないものですから困りましたよ」
「私が魔王討伐に向かう際に王からいただいた資金に加えて、私の方でも資金繰りをしてある。 我が軍の防備は完璧さ」
「流石…と素直に言えないのが悔しいです」
彼女は肩で大きく息をし、持ち上げていたドレスを勢いよくおろした。女としてそれはどうかと思ったが、それを私の口から漏らすことは許されない。この場にはフィロウだけでなく、クレープも居るためである。
彼女も私が何をしたのかはさっきのやり取りで分かっているのだ。私の妻だからと言って毎度毎度立ててくれることもなかった。
「で、…薬の件だな。 あれは王族にでも売ってくるといい。 身内で使いたいならそうすればいいし、もしもの時のために保存しておきたいのならばそうすればいい。 金銭さえ用意できれば、だが」
「選択肢などあって無いようなものではありませんか……。 ウォード家の全財産をもってしても買えませんよ」
「なに、私は冒険者に支払う分の金さえ用意できればいいんだ。 招集があった冒険者ギルド三つに支払っておいてくれ。 なんなら別のものを用意してもいい。 私は市勢を分からないのでな、その辺りは何が適当か教えてくれ」
フィロウは私の言葉に頷き、メイドに言付けを頼んでマリーの隣に腰かけた。
こうして孫が二人並ぶと顔が似ているように見えなくもない。いや、マリーは私の直系ではないのか。だがそんなものは関係無いだろう。血縁だけを重視する時代は変わろうとしているのかもしれない。
フィロウの夫、ゲーラも表に立てる血筋ではないのだ。クレープがたしかに家は続くと言ったのだから、夫である私が率先してその言を信じるべきだった。
「そうだな…せっかくフィロウも来たんだ。 聞きたいことがあるんだが教えてくれるか」
質問形式で彼女に問うたが、これは否定を許さない質問であった。
「ウォード家は私以外に招集されていなかったはずだが…、どうして王からの催促状が家に来たのか教えてもらおうか」
そう、私はこれが引っかかっていたのだ。招集された中にウォード家の人間が居れば性を名乗った時点で私が気付くはずだ。ウォード家の名を出して何か不都合があることもあるまい。むしろ有利に立ち回ることができてもおかしくはない。
そもそも招集を受けていないか、ウォード家の人間だと名乗っていないか。そのどちらかであろうと考えていた。
「参加する人間を見て教会側から王へ進言があったようでして、わたくしどもの方にも招集が来た次第であります。 せめてウォード家の人間を呼べ、と。 王はお爺さまが居るのだからと返事を返したそうですが、ウォード家は大規模な魔術を扱う家ということでお爺さまの他にもう一人と…」
教会側からの圧力……神官長か。他の人間ということもあるが、いまはそういうことにしておこう。
だがこれはいい流れだ。たとえ教会側の圧力があったとしても、魔王に勝てるのならばそれで構わない。ウォード家が呼ばれたということは、他の同格の家系も呼ばれている可能性が高いということだ。招集を受けて最初に集まった広場で教会の人間が多い感じたのは無理を通したのではなく、今回の魔王を懸念してのことだったのだろう。
「ウォード家は後方支援の魔術に少しづつ進路を変更しているとはいえ、まだそれも進み始めたばかりです。 ですから当家からはゲーラにお願いをすることになりました」
「……それは真面目に言っているのか? 跡継ぎは相談するのが決まりだがせめて子を仕込んでから………おい、まさか孕んでるのか?」
「報告が遅れてしまいましたが」
私はテーブルに肘をつき、頭を抱えてクレープを見た。彼女は私の視線を受けても何も言うことはない。それどころか、私の手を横から覆った。前からこのことを知っていたのだ。
フィロウは頬を染め、自らの腹を撫でている。それは喜ばしいことであり、私からも惜しみない賛辞を贈らせてもらうことはやぶさかではない。
「……だが、私は言わせてもらうぞ。 クレープなら事の大事さが分かっているはずだろう。私の子はある程度成長していたし、年齢だって今のフィロウと変わらない。 今とは状況が違うんだ。 フィロウ、お前だって分かっているはずだ。 ゲーラをこの時期に戦地に向かわせてもし死んだらどうする……、血筋を取り入れるためだけに彼を我が家に取り入れたわけではないだろう? 彼には悪いがもし血だけがほしかったのであれば、もう少し穏便にすべきだ。 それに暗黙のルールというものもある」
「お爺さまはやはり記録にある通りですね。 ……気高く、当時最高峰の魔術師トレミーは死してなお魔王に立ち向かい、見事討伐を果たした。 彼はその後記録から消えるが、我々の危機には必ず現れるだろう。 彼は死を超え、力をもって夜を従える」
「なんだそれは」
「お父さまが記した伝記ですよ」
あいつは何をしているのだろうか。こんな末代までの恥を残すぐらいであれば当主としての仕事を果たしてほしかった。私が早い段階で退いたのもあるが、フィロウが30近い年齢になるまでは家主としての仕事をすべきなのだ。魔術の研究をするなとは言わないが、そこまで急いで進めても器となる肉体が持つはずがない。
「……まさか………、フィロウ、息子が進路を変えて研究を始めたのはいつだ。 私が居なくなってからとは言わないよな?」
「その通りですよ」
「通りで……、フィロウが私の残した魔術を使えないはずだ。 下手に手を加えなどするから禁呪が使えなくなる…。 最悪だ、まさかここまで愚息だとは思わなかった。 ……フィロウが私を呼んだ理由が分かった気がするよ」
「お察しいただけて幸いです。 それで…後からの肉体改造が可能かどうかをですね」
「出来はするが……お前は妊婦なんだ。 最悪、お前の子供は魔術が一切使えなくなる可能性がある。 ……その分、うまくいけばメリットもある。 ゲーラの魔術を扱え、私と同様に偏った魔術も扱え、後方支援の魔術をも扱えるかもしれない。 子供を見捨てずに最後まで育てられるというのであれば了承してもいい…もちろん、魔術による拘束を受け入れるというのであればだがな」
フィロウは少し考えていたようだが、ゲーラと相談するために一度待ってほしいと言われた。これは私も反論することはない。
しかしながらこの話、本当は結果が決まっており、確認を取りに行くための時間稼ぎではないかと思っている。でなければ彼らが私の前に現れることはなかったろうから。




