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私の孫だという彼女の顔を見つめるが、自分の子供の顔すらまともに分からない私に彼女の言葉を判断できるものは何一つなかった。
「……だからなんだ。 私の孫だと言っても年齢の計算が合わない。 女性に歳を聞くのは失礼だが…ここはあえて聞かせてもらおうか、当主殿」
「ふふふ……流石、とでも言わせていただけましょうか。 疑ってかかるのはいいことです。 いつまでも現役でいらっしゃる…貴方がわたくしのお爺さまでよかったと思いますわ。 もちろん、心の底からね」
彼女は笑うのをやめない。私の神経を逆なでしているのか、そのような性格なのか。少しばかり育て方を間違えたように思ったが、これはこれで愛嬌があっていいのではないか。
「私も君のような子が本当に孫なら子供を褒めないとな。 ……で? 歳はいくつだ」
「14ですよ、お爺さま」
「そうか……、随分と早めに嫁をとったのだな」
「貴方様がお父様に手紙を残したのでしょう? 魔王を討伐した後に送ったものか、その前に記したものかはわたくしには分かりませんが」
「そうだな」と、懐かしく思い出した私は飲み物に手をつけた。怪しむと表立って言っていても、すでに私の中に彼女を疑う気は失せていた。手紙のことを知っているのは限られた人間だけであったし、そこまでいくと私との関係も親密で、信頼に足る人物であると証明することができる。
彼女も同じように飲み物に手をつけ、濡れた唇を指先で隠して笑った。
「それでだ……私の孫であり、現当主であれば禁呪を使うのに何も苦労はないはずだが…? 魔術回路はたしかに私が息子に引き継いだはずだ」
「ええ、お父様はたしかに使えましたよ。 肉体改造も欠かさず、英雄である父をいつか超えてやる、が口癖のよくできた方でした。 ……ですがわたくしに問題があったのでしょう。 基礎的な魔術はお父様を超えたのですが……」
「禁呪が使えない、か。 いや、その様子では禁呪だけでなく大規模な魔術全般が使えないのだろう」
同じように笑う彼女はどこか悲し気だった。魔術師として大規模な魔術に特化しているか、基礎的な魔術に特化しているかは主戦場によって変わる。私の家系は大規模魔術に改造方向をもっていっているため、こういう変化は誰かの意図があってこそのものであるに違いなかった。
だがそれを彼女に言ってもいいのだろうか。黒幕は間違いなく私の息子なのだから。
「本家に向かおうか、なに、私も一度帰っておきたかったんだ。 こんな私を本家に招くことに当主の君が許してくれるのならの話だが」
「ええ、よろこんで。 ウォード家は魔王討伐の英雄にして私のお爺さま、トレミー・ウォードを歓迎いたします。 お父様も喜ぶことでしょう」
まさかこのような形で帰ることになるとは思わなかったものの、せっかくの帰省なのだから、形はどうあれ喜ぶべきことなのだろう。
我が家の繁栄を喜んで。再び魔王討伐に呼ばれた我が家の信頼を裏切らないように、できることはなんだってやってやるとも。
本家に向かうために私たちが話していた店を出ると、どういうわけか目の前に馬車が止まっていた。
「わたくしが呼ばせていただきましたの。 それとわたくしのことはフィロウとお呼びくださいませ」
「いや、当主は君だろう。 かしこまることはない」
馬車に私を先に乗せようとしたフィロウを制し、私が代わりに扉に手をかける。彼女が話し始めてから空気になっていたゲーラも私に遠慮しているようだが、気にすることはないと先に腰かけさせた。
…ふむ。これはそういうことかな?
「ゲーラ、君はフィロウの夫か?」
馬車に乗り込んで開口一番に私の言葉は場を凍らせたようだ。別におかしなことを聞いたわけでもないため、この予想はあながち間違いではないのだろう。
ウォード家に向かう馬車の中で、ゲーラの汗が見えた。私が感じる温度はあてにならないのだが、フィロウを見るに汗をかくほどに暑いということもなかった。
「お爺さま、何か問題でもありますか?」
「フィロウ、君には聞いていない。 まあ、その様子を見れば非難されているのは分かるがな。 私はゲーラに聞いているんだ」
黙り込んでしまったゲーラからフィロウに視線を向けたのは失敗だった。私が認めないとでものたまうと思ったのか、今までの柔らかい声から鋭い声へと一瞬で豹変したのだ。しかし、これは家の存続という意味で当主に対して口を出すことが可能である。
私も最初から否定するつもりはなく、彼の口から何か言葉を聞きたいと思っていた。
「……私は歴史のある魔術師の家系ではありません」と、どうにか口にしたゲーラは再び口を開いた。今度は私の目を見て語る。
「魔術に関する先天性技能を持って生まれた祖先から隠れながらに引き継いできたのが私の魔術です。 お爺さまの前で言うのは憚られるのですが……、貴族に消されないようにひっそりと生きてきました。 扱う魔術も準禁呪級……下手に立ち回ればお家取り潰しもあり得ます」
「この場にいるということは力量は認められているということだろう。 ならば私から言うことはないだろう。 それよりもだ。 どんな魔術を使うか聞かせてもらえないか? 出来れば術式も見せてもらいたい。 そうだな、家に行くのだからそこで披露させてくれ。 誰にも見られない結界なら任せてくれ、たしかうちの人間に結界が得意なやつが居ただろう」
「……お爺さま…もうすぐ到着しますので少し控えていただければ」
魔術師であれば自らの知らない魔術に対して少なからず好奇心を抑えられないものだと思うのだが、フィロウは違うのだろうか。いや、少なからず好きどうしということであれば互いのことは分かっているのだろう。
私の婚姻は禁呪の関係もあって王側の人間との政略結婚であったため、フィロウのような愛のある婚姻関係は私としてはぜひとも成し遂げてもらいたかった。私の妻も魔王討伐に向かう前の最後の日には泣いてくれたのだ。何もかもが悪いことばかりではないのは分かっていても、やはり自分の意思で生きてもらいたかった。
「……それで、ひ孫はできそうか?」
「お爺さま!! お願いですから……」
どうか神よ、赤面する彼女らに幸せを運んでくださいませ。
私が久しぶりに目にしたウォード本家は簡単に外装を改装していたものの、決して記憶にあるもので相違ない。そして、おそらく私に向かって走っているのだろうメイドたち。老婆と言っても過言ではない年齢もそろそろ近いだろうに、元気に庭を駆ける姿はフィロウを驚かせるのに十分だった。
「何事ですか!?」と、私とメイドを交互に見やる彼女に私は簡単に説明した。
「全員私の代からのメイドだ……まさか全員そのまま雇用しているとは思わなかったがな」
「お父様が英雄を支えたメイドだと手放さなかったもので…」
私が知っている息子と彼女が語る息子には多少の差異はあるが、そのおかげでこうやって再び会うことができたのだ。嬉しくない筈がなかった。
「どうしたお前たち、しばらく見ないうちに随分と老け込んだではないか」
「…トレミー様は相変わらずの美青年ですね」
「あぁ…、トレミー様……私はっ、この家に仕えられてこれほど嬉しいことはありません……」
「おいおい、皆、泣くことはないだろう? 私の家はここなのだからいづれ帰ってくるのは至極当然のこと。 また会えてうれしいよ。 相変わらずお前たちは変わらない美しさを持ってるよ」
「………ありがたいお言葉ですが、それは奥様に言ってあげてくださいませ。 奥でお待ちになっておりますので」
「というわけだ、フィロウ。 すまないが急用ができた。 少し待ってもらえるか?」
「ええ、もちろんです」
花束の一つでも買ってきた方がよかったか。プライドの高い女だったからな。
まあ、何にせよ無事に息災していたのならそれだけでよかった。最初は目付だったとしても、私の妻であることに変わりはないのだから。何十年経とうとそれが変わることはない。




