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1話 終結

楽しんで読んで頂ければ幸いです。

 ドスッ。


 何かが突き刺さる鈍い音が聞こえた。


「うっ……」


 途端に胸の辺りに焼けるような痛みが走り、少年は苦悶の声を上げた。既に体の限界を向かえていた少年は、その場に膝から崩れ落ちると、胸から流れ出す血が目に入った。赤く染まった槍と共に…。


「どうして…なの…姉さん……」


 少年の呟きは、四方八方から迫る魔法の閃光と轟音によって掻き消された。そこで勇者と呼ばれた少年、レイシス・フォン・アルセウスの意識は暗転した。


 魔族との最終決戦が終結してから10日が過ぎた、よく晴れた午後。


「ここは……どこ?」


 レイシスは見知らぬ部屋で意識を取り戻した。


「確か…僕は、魔王ハーデスを倒して…」


 レイシスはベッドから身体を起こそうと動いた。


「くっ……」


 途端に胸の辺りに鈍い痛みが走る。


「そうだ…。あの後、姉さんのグングニルで胸を貫かれたんだ……」


 痛みを堪えて身体を起こすと、胸だけで無く、身体の至る所に包帯が巻かれ、怪我の手当をされていることに気付いた。


 レイシスは怪我の具合を確めると、室内を一通り見渡した。部屋の窓からは木々が見え、ここが森か林の中にある建物で、景色からこの部屋は2階である事が分かった。

 室内は質素なもので、自分が寝ていたベッドの他に、クローゼット、本棚、机が各1つずつと、椅子が2つ。その内の1つはベッドの真横にあり、誰かが付きっきりで看護をしてくれていた事がうかがえた。


「一体、誰が…?」


 レイシスがベッドに寄りかかり、独り思案していると、キィーっと音を鳴らし部屋の扉が開いた。扉から姿を見せたのは、桶とタオルを持った1人の少女。


 身長は160センチ程で、髪の色は綺麗な水色、瞳の色もサファイアのように蒼く、優しい雰囲気が感じられる。10人に訊けば10人が間違い無く、美少女と言うであろう事は想像に固くない。


「お目覚めになられたのですね。お加減の方はいかがですか?」


 少女はレイシスの姿を見ると、柔らかな優しい声音で尋ねてきた。


 優しく語りかけてくる少女の姿に、レイシスは既視感の様な物を感じていた。同時に胸の奥から形容しがたい感情が去来し、いつの間にか鼓動も速くなっていた。感情の波と鼓動の速さが限界に達した次の瞬間。レイシスにとって、見たことの無い映像がフラッシュバックした。


 1人はどこか寂しげな表情を浮かべた真紅の瞳をした綺麗な女性。もう1人は強い意志を感じさせる瞳をした黒髪の青年。


「例え幾星霜の時を経ても、私の想いは変わること無く、●▲■●▲をお待ちしております」

「●▲■●…。君との誓いは必ず果たす。どうかそれまで、約束のこの地で一時いっときの眠りを…。おやすみ……」


 棺の様な物に横たわる女性に、青年はそっと口付けをする。青年は女性が瞼を閉じたのを確認すると、彼女に背を向け歩きだす。ここで映像に乱れが生じ始め、レイシスの意識は急速に現実に引き戻されていく。


(待って!彼女が誰なのか、誓いが何なのか、僕はまだ何も…くそっ、ここで目を覚ます訳には……)


 レイシスの思い叶う事なく、意識は無情にも現実へと引き戻される。意識が覚醒するにつれ、鮮明だった記憶は少しずつ霧散していき、意識が完全に覚醒する頃には思い出すことが出来なくなっていた。


(今のは、一体…)


 今の出来事がいったい何だったのか思案していると、少女から声を掛けられた。


「どうかなさいましたか?」


 少女の声に顔を上げると、レイシスの眼前に少女の顔が迫っていた。


「うわぁ!な、何でも無いですから、何でも!それよりも顔が近いですよ!」


 少女はレイシスが顔を真っ赤にして叫ぶ姿に、クスクスと笑うと「そんなに照れなくても良いんですよ」と言って顔を離した。


「では改めまして、お加減はいかがですか?」

「ま、まだ少し、その…痛みますが、大丈夫です。貴女が僕を助けてくれたのですか?」


 少女の笑顔にドギマギしながらも、自分の今の状況を確認する為に尋ねると、少女は頷いた。


「はい。私が重症を負っていた()()()()()を治療させて頂きました」

「そうですか。助けて頂き、ありがとうございます」


 レイシスは少女にお礼を言った後、ふと、何故自分の名前を知っているのかと疑問に思った。まだ名乗っていないのに、少女は自分の名前を呼んでいた。それも様付けで。もしかしたら、勇者として各地を転々としていた際に立ち寄った街や村の何処で、顔と名前を覚えられたのかなと当たりをつける。そこまで思考を終えると、今度は少女の名前を聞いていない事に気付いた。


「お名前を伺うのが遅くなりました。宜しければ、貴女のお名前を教えていただけませんか?」


 少女はそっと微笑み「私の名前はリエルと申します」そう言ってドレスの裾を摘まみ一礼した。


 リエルの立ち振舞からは貴族令嬢の様な気品と、淑女としての優雅さが感じられる。実際着ている衣服も、青を基調としたドレスで、彼女のふんわりとした雰囲気を際立たせており、とても平民が気軽に買えるような代物には見え無い。


「リエルさんは貴族の方ですか?」


 レイシスはリエルが貴族か、少なくとも豪商の子弟だろうと思って聞いたのだが、リエルから帰って来た返事は要領を得ないものだった。


「いえ、私は貴族ではありません。付け加え増すと、平民でもありません」


 レイシスは困惑の表情を浮かべた。彼女が貴族でも平民でも無いのなら、人としての一切の人権を奪われた所有物、即ち奴隷ということになる。

 レイシスは没落した貴族の末路は悲惨なものだと、とある皇子が言っていたのを思い出していた。こんなに器量の良さそうな子が、奴隷に身を落としていると思うと、やりきれない思いが込み上げてくる。


「リ、リエルさんは、その…つまり……」


 レイシスは言葉に詰まってしまった。どんな言葉をかけたら良いのか分から無い。命を助けてくれた恩人に、貴女は奴隷なのですかとは聞けない。かといって、このまま黙り込むのも良く無い。どうしたら良いのか逡巡していると、リエルがパチンと手を叩いた。


「レイシス様。もしかして、私の身分を奴隷と勘違いしていらっしゃいませんか?」

「えっ!!違うんですか!?僕はてっきりそうだと思ってしまって…」


 レイシスは自分のとんだ勘違いに、恥ずかしさの余りから毛布に顔をうずめてしまった。


「私も勘違いさせる様な言い回しでした。以後、注意致します。どうかお顔をお上げください」


 リエルに言われて顔を上げたレイシスの頬は、まだ赤く染まっていた。まだ恥ずかしさが抜け切っていないのが見て取れる。


「では…その、リエルさんの身分は一体?」


 レイシスの問にリエルは思いもよらない答えを返してきた。


「身分というよりも、まず種族が違います。驚かれるとは思いますが、私は魔族です」

「や、やだなぁ~リエルさん。魔族だなんて。冗談でもたちが悪いですよ」


 苦笑いを浮かべてリエルの返答に応じるレイシス。たがリエルは表情を真面目なものに変えて言葉を続けた。


「冗談だと思われるのも仕方ない事ですが、本当です。今、証拠をお見せします」


 リエルが瞼を閉じると、今まで彼女が発していた雰囲気や、魔力の質が変わっていく。再び瞼を開いた彼女の瞳は、魔族特有の赤眼に変わり、雰囲気も圧倒的な強者を思わせるものに変わっていた。


「これで信じて頂けたでしょうか?」

「魔族特有のその瞳、圧倒的な魔力、リエルさんは本当に魔族なんですね」


 リエルが魔族としての姿を現してから、第六感が今までに無い程度の警鐘を鳴らし続けている。リエルの発する武威と内包する魔力は、魔王ハーデスを凌駕し、例えるなら大人と子供の差、もしくは天と地の差程に違う。


  (正直、魔族としての格が違う)


 額からは玉のような汗が流れ落ち、背中も汗でびっしょりと濡れている。リエルの圧倒的な武威の前に、レイシスは勝機を見出だせないでいた。それでも、このまま無抵抗で終わる訳にはいかないと、レイシスは全神経を研ぎ澄ます。リエルの一挙手一投足を見逃すまいと。


「信じて頂けたのですね」


 硬い声音で尋ねるリエル。声音とは裏腹に、発する武威は少しずつ弱くなっている。まるで何かに安堵したかのように…。


(おかしい。彼女から攻撃してくる気配が感じられない。なら…)


「はい。だからこそ残念です。助けて頂いた恩を仇で返すことになるなんて…」


 レイシスは魔法を行使するため己の内側から魔力を引き出し、右手をリエルへと向ける。魔法式が即座に組み上がり、魔法を発動しようとした瞬間だった。突如レイシスは急な目眩に襲われ、呼吸も苦しくなりだした。


「どう…して…。これは…魔力…欠乏症の症状……」


 魔法は術者のコントロールを失い、発動すること無く霧散した。レイシスもそのまま意識を失いベッドに倒れた。


 レイシスが目を覚ますと、外は既に暗く、室内は灯りで照されていた。首を真横に傾けると、ベッドの側で本を読むリエルが視界に映る。


 リエルはレイシスの視線に気づくと「お目覚めですかレイシス様。では、少し水分をとってください。気分が楽になりますから」と言って水差しからコップに水を注いで手渡してきた。


 リエルからは先程の一件の後とは思えない程、慈しみに満ちた感情が感じ伝わってくる。それがレイシスの胸にひどく突き刺さった。


(僕は…、一体何をしているのだろう……)


 後悔の念からコップを受け取れずにいると「警戒されなくても大丈夫です。毒は入っておりませんから」言ってリエルはコップに口を付け、水を一口飲んで見せた。


 リエルは再び別のコップに水を注ぎ直すと、「どうぞ」と言って再びレイシスへと手渡した。


(僕は彼女の気持ちを無駄にするのか?そんなこと、僕には出来ないし、してはいけない)


 レイシスは手渡されたコップを受け取り、水を一口、二口、と飲みすすめる。気付けばコップの水は空になっていた。


 その姿を満足そうに見ていたリエルが「お水のおかわりは如何ですか?」と尋ねてきた。


「頂きます」


 レイシスがコップを差し出すと、それを受け取ったリエルは、水差しからゆっくりとコップに水を注いでいく。水が一杯になったところでリエルからコップを手渡されると、今度は一気に飲み干した。


「お水、美味しかったです。それに気分も大分楽になりました」

「それはよかったです」


 リエルが浮かべた笑みから、心の底から安堵し、此方を気遣っているのがわかった。だからこそ、知らなければいけない。彼女の想いを…。


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