もくもく工場
山のふもとの大きな町、その真ん中には大きな工場があります。
昔からずうっと変わらずにその工場で作られているのは青空に浮かぶ白い雲。
天まで届く大きな煙突で、来る日も来る日ももくもくと雲を作っては空に出荷していました。
クリスマスもさしせまったある寒い日、町で一番えらい町長を決める選挙がおこなわれました。
立候補したのは二人の男。若いネウスという男とオルドおじさんです。
オルドは今までも町長をつとめてきたベテランで、今回も「今まで通りにがんばります」と町の人に言います。
対するネウスは、「オルドさんのやり方はもう古い、これからは若いぼくたちの時代だ」と町の人に言いました。
町の人が「若いきみに何ができるのか?」と聞くと、ネウスはこう答えます。
「ずっと意味もなく続けていたようなものは一切やめます。効率化が何より大事だからです」
町の人はみな首をかしげてしまいました。
なぜなら、何をどうしたら効率化できるのか分からないからです。
そんな町の人に、ネウスは更に続けます。
「まずは、もくもく工場をとめます。今どき雲なんて作っていても、雲は雨や雪を降らせてみんなを困らせてばっかりです。雲が無くなれば、みんな毎日お日さまの光をあびる事ができて良い事ばかりです」
町の人たちはみんなあったかいお日さまの光が大好きです。
雲が空をおおい隠すと、雪が降るほどに寒い。
あたたかくぽかぽかとした陽気の中でのおさんぽは、もくもく工場がお休みの日だけに許された最高のぜいたくだったのです。
それがこれからは毎日楽しめるなんて!
町の人たちはみんな大喜びで、ネウスを新しい町長に選んだのでした。
ネウスは新しい町長になると、すぐに約束をはたしました。
もくもく工場の煙突に雲を作らないように指示を出すと、町の上には雲ひとつない、青く晴れ渡った大空が広がったのです。
町の人たちは大好きなお日さまの光を好きなだけあび、みんな口々に「新しい町長は良い人だ!」と喜びました。
「古いものなんて取っておくだけムダなんだ!」とみんなが褒めるので、ネウス町長も満足げです。
毎日、冬とは思えないほど暖かく気持ちのいい天気が続き、町の人たちももくもく工場の事なんて忘れ始めたある日の事。
大きな町に、となりの町の町長が自分の町の人たちをたくさん連れてやってきました。
「やあ、となりの町長さん! 今日も良い天気だね」
町の人が明るくあいさつをしたのに、なぜかとなりの町長たちはみんな怒った顔をしています。
となりの町長は怒って言いました。
「この町の町長は誰だ!」
となりの町長があまりにはげしく怒鳴りつけてきたので、町の人たちは空の色のように顔を真っ青にし、慌ててネウス町長を呼びに行きました。
「ぼくがこの町の町長のネウスです。となりの町長さん、どうかしましたか?」
呼ばれてやってきたネウス町長は、そう言うと首をかしげてしまいました。
なぜなら、となりの町長を怒らせるような事をやったつもりはないからです。
だけど、そんなネウス町長を見るなり、となりの町長は怒りが爆発してしまったように顔を真っ赤にして怒鳴ったのです。
「お前はもくもく工場の大切さが分かってないのか! あの工場で雲を作るから雨が降る。雨が降るから野菜が育って俺たちは食事ができるんだ。それだけじゃないぞ、雪が降るから子供たちは外で遊ぶし、雪がないとそりが使えなくってサンタクロースが子供たちに夢を配れなくなるんだ!」
それを聞いたネウス町長はショックを受けてしまいました。
そう言えば、大きな町の大通りに植えてある木々の元気がなくなってきていたのです。
すっかり青ざめてしまったネウス町長は、大あわてでもくもく工場の煙突のところへ走ると、こう伝えました。
「早く雲を作って下さい!」
ですが、もくもく工場の煙突は黙ったまま。
雲を作ろうとしません。
急かすようにネウス町長や町の人たちが呼びかけていると、煙突はこう返事をしたのです。
「もう、俺はいらないんだろ? こっちは何百年もの間、休まずに働いて来て……ようやく休めると言うのに。今さら“もう一回はたらけ”なんて都合がよすぎる!」
そう、煙突は誰からもねぎらってもらえないままに役目をうばわれた事に悲しみ、怒っていたのです。
数百年分の悲しみは町の人たちや若いネウス町長の言葉程度ではいやされません。
しかし、このままでは草花も、木も、海も、野菜も、それを食べる生き物たちも……
みんな夏ごろには干上がってしまうでしょう。
とんでもない事をしてしまったと、ネウス町長はようやく事の重大さに気付いたのです。
「私に任せなさい」
町の人たちが途方に暮れていると、優しいおじさんの声が聞こえてきました。
話を聞きつけてやってきた、前の町長・オルドさんです。
オルドさんは煙突に近づくとこう言いました。
「もくもく工場の煙突さん、そんなに怒らないでください。あなたが頑張ってきた事は良く知っています。それに、一度はあなたの事を“いらない”と言ってしまった彼らも、このようにしっかり反省しています。だから今回だけ、数十年のあいだ町長をやってきた私にめんじて許してもらえないでしょうか?」
煙突は考えました。
雲を作る仕事は大変です。たまに町の人に「今日は晴れが良かった」と怒られる事もありました。
だけども、もくもく工場の煙突は雨を待ちわびる畑の人や木々の。
雪を待ちわびる子供たちの笑顔が大好きだったのです。
「分かったよ……オルドさんにめんじて、許してやる」
そう言うと、もくもく工場の煙突は勢いよく白い煙を吐き出し、それはやがて真っ青な空に白い綿を織り込んでいきます。
そして、雲は大粒の雪へと姿を変え、町中にふわふわとまいおりはじめたのです。
久々に見る雪げしきに町の子供たちはもちろん、町の人たちも……となりの町長も笑顔になりました。
「オルドさん、となりの町長さん。本当にすみませんでした。ぼくは責任を取って町長をやめます。やっぱり、オルドさんじゃないと煙突さんも言う事をきかないんだ」
ニコニコと町の人たちを見守っていたオルドさんにそう頭を下げると、ネウス町長は町長の証しを渡しました。
ですが、オルドさんはそれを受け取ろうとはしません。
ネウス町長がふしぎに思っていると、オルドさんは首を横にふり、こう言ったのです。
「いいや、私はずっと変わらない事が一番だと思い続けていたんだ。だから、君のように“それは違う”と言ってくれる勇気がとてもうらやましい。そりゃたしかに、私が数十年かけて築いた煙突さんとの関係はすぐにまねなんてできないだろう。だけど私と同じように……いや、やり方なんて違っても良いから、君のやり方で仲良くなってくれたらいいから」
それでもネウス町長は首をたてに振れません。
すると、今度はそれを見ていたとなりの町長がこう言います。
「新しいものも古いものも、どちらも同じくらい大事なんだよ。雲と同じくらいお日さまも大事なのと同じでね。だから、この町は“どちらが町長をやるか”じゃなくって、オルドさんとネウスさん、二人で町長をやれば良いんじゃないかな」
となりの町長の言葉で、二人はハッとしました。
「そうだ、雨ばっかりだと野菜はくさってしまうから」
「どちらも大切なんだ」
――山のふもとの大きな町、その真ん中には大きな工場があります。
昔からずうっと変わらずにその工場で作られているのは青空に浮かぶ白い雲。
天まで届く大きな煙突で、来る日も来る日ももくもくと雲を作っては空に出荷しています。
この町には一番えらい町長が二人います。
二人の町長はどちらもいばったり怒ったりする事もなく、町の人たちはとても平和に暮らしました。