#5 カイン・ディブリッジの覚醒
書くのが楽しすぎてあーー♂
僕は瓦礫の少ない元は車道だった場所をひたすら走っていた。
もう何キロも走っただろうが、息切れは全くないし疲れもない。
相変わらず高すぎるジャンプを駆使して進んでいた。
これならもうすぐ戦闘機が向かっていた場所に着くはずだ。
何度か地鳴りが聞こえだが、特に気にせず進んだ。恐らくあの怪獣の足音であろう。
毎回驚くのも疲れるので、特に気にせず進んだ。
すると地鳴りとは違う、耳に誰かの声が聞こえる。
その場に立ち止まり、耳を澄ます。
「助けて!」
その声は確実にそう叫んでいた。
生存者がいる。
そう理解した時には勝手に体が動いていた。
近くにつれて段々とその声は大きくなっていく。
「大丈夫ですか?! 僕はここです! 救助に来ました!!」
今出せる声を思い切り叫ぶ。
声量ももしや爆発的に上がっているのではないかと思ったが、声は変わっていなかった。
今助けたところで、足手まといになるだけだし、重傷を負っている人をどのように運ぶのかなんて全く考えていない。
でも僕と同じ生存者がいたことに素直に喜びを感じた。
「ここです!! ここにいます!!」
ある車の前で止まった。僕が目覚めた軍用車両のように瓦礫の下敷きになっていたが、フロントガラスの部分は奇跡的に外に顔を出している。
しかし、フロントガラスは既に大破している。
並大抵の力では破られないはずだと思いながらも、車内を覗き見る。
そこにはエル族の女性二人がいた。
エル族。
それは生物学的にはヒト属のホモ・サピエンス・エルフと種別される生物を人間族と区別するために用いる通称だ。
地球にいた頃は何度か見たことはあったが、この惑星ネイルドに赴任してからは一度も見たことがなかった。
人間で言うところの耳介に生えているのは、真っ直ぐに横に伸びた長い耳である。
学術的な名称は忘れてしまった。
瓦礫の山を数メートル登ると乗用車が見えた。
「あの…大丈夫ですか? その…お怪我は?」
肌が色白で白人女性に見られる整った顔立ちをしているため、少し頰を赤らめながら聞いた。
僕はつくづく美人に弱い。
「私の友達の足が座席の下敷きになって取り出せないんです。無理に引っ張ると痛いと言って……」
比較的傷が少ない方の女性は必死に僕に訴える。
「わかりました。ちょっといいですか」
気を引き締めて僕は車内に乗り込む。
入ってみるとかなり窮屈に感じられた。
至る所が凹んでいる。
もう一人の女性は後部座席に座っていたのだろう。前部座席に足が挟まれている。
瓦礫の山がこの車体を押し潰して、座席に過度の力が加わり、彼女の足が挟まれたのだろうか。
一見すると彼女の脚を取り出すのほぼ不可能だ。
僕の力では全く歯が立たない。
何しろ無数の瓦礫この車体を加圧しているのだから。
しかし諦めるのは浅はかだ。
僕には不思議な力がある。
先ほど手に入れた本当に訳の分からない力だ。
今思えば彼女達の救助を求める叫び声は気絶する前の僕では聴こえていなかったものなのかもしれない。
「ちょっと外に出てて下さい。危ないですから」
比較的傷の浅い女性に注意を促し、僕は座席の下部に指を入れる。
「もしこの座席が少しでも浮いたら脚を引き抜いて下さい」
女性が出て行ったことを確認すると、一気に力を入れる。
圧倒的な力だった。
すぐに座席は数センチ程浮く。
彼女は腕も怪我をしているようでなかなか脚を全て引き抜けないでいる。
するとある異変を覚える。
ごろごろと地鳴りが聞こえる。
「な、なにあれ?!」
一体、何を見たというのか。
外で見守っている女性は驚きの声を漏らす。
すると大きな衝撃が僕たちを襲った。
物凄い風圧は瓦礫の山のバランスを崩し、今にも崩れそうになる。
「やばい、崩れる」
そう悟った僕はとっさに行動を起こす。
「今すぐ、ここから離れて下さい!!」
まだ動ける方の女性に叫ぶように呼びかける。
しかし、「え、でも」などともたついていることに苛立ちを感じ「今すぐって言ってるでしょう!!!」
余りの地鳴りに聞こえずらかったが「わかった」と聞こえたように感じたので、次の行動に移す。
一気に座席を上に押し上げる。
僕と彼女の元に無数の瓦礫が降ってくる。
僕は瓦礫が落ちても死なないことが先ほど証明されたが、この女性は一つでも当たったら即死だ。
この瓦礫の山にまだ生存者がいるかもしれない。
しかし、今はこの二人の女性をとにかく守らなければならない。
彼女達が最優先だ。
大怪我の彼女を正面から向き合う形で抱きかかえて、車の後部座席を蹴るようにして外へ脱する。
しかし、予想以上の風圧が僕と彼女を襲った。
僕たちは強風に流される。
地面に落下してしまう。
そうなれば大怪我の彼女を守れる保証はない。
「やばい!」
そう叫んだ時、背中から何かが飛び出る感覚を覚えた。
その瞬間、僕は飛んでいた。
この強風の中、空中で静止していた。
抱きかかえた女性は強風によって運ばれる粉塵で目を塞ぎながら、空中にいることに困惑している様子だ。
この状況だ。
もはや僕が困惑している暇はない。
飛べると分かったのなら、もう一人の女性も抱きかかえられるはずだ。
しかし、女性はいない。この強風に吹き飛ばされのだろうか。
「きゃぁああ!! 助けてぇ!」
後方に飛ばされていた。
それを視認した僕は真っ先に彼女を追う、時速何キロなのか分からないが、士官学校にいた時のあらゆる練習機でも経験したことのないような速度だった。
一瞬にして彼女の元へたどり着き、同じく正面から抱き寄せる。
「もう大丈夫です! 安心してください!」
彼女達を安心させたかったのかもしれない、カッコつけたかっただけなのかもしれない。
とっさにそんな言葉を彼女達に言っていた。
強風は数秒で収まった。
思えばここまで数秒しか経っていなかったのだ。
僕はこの数秒間が何十分、何時間という長い時間に思えた。
粉塵はまだ漂っているが、風は収まったので僕は彼女達を地上へと下ろした。
まずは怪我が少ない女性だ。
「怪我は? 大丈夫ですか? 」
思わず早口になってしまう。
反応はなかった。
数々の出来事に困惑しているのか地上に下ろした瞬間、腰を抜かしてしまっていた。
幸い、瓦礫が少ない車道に尻餅をついたようで安心した。
僕は怪我をしている方が心配なので、もう一人の女性を横抱きの状態でゆっくりと下ろそうとするが瓦礫だらけのため安定した足場がない。
横抱きのまま、診ることにした。
ちなみに横抱きとは俗に言うお姫様抱っこというやつだ。
気を失っているかとも思ったがそんな様子はなく、むしろ興奮しているようだった。
何に興奮しているのか、まったくわからない。
頰がとても赤い。熱があるのではないか。
そう思い、手を額に乗っける。
すると一層赤くなっていく。
目尻には涙が溢れていて、挙動など落ち着きがない様子だった。
「えっと、大丈夫ですか? 熱はないですか?」
彼女は頰を赤らめながらそっぽを向いて「うん」と頷いている。
身体能力や、治癒能力はホモ・サピエンスよりも優れているので、脚を見ても出血は軽微だった。
足場の安定した場所を見つけて、そこに彼女をゆっくりと置く。
すると、もう一人の女性が駆け寄ってきた。どちらももう心配することはなさそうだ。
「よかった。あなた方を助け出すことができて」
そう言い残して、空を駆け上がる。
「なんだこれ?!」
後ろを確認すると、体から大きなロケットエンジンのような物体が飛び出してる。
思わず、手で弄る。
何度触っても、慣れないが、今は状況を確認することが優先だ。
ある程度の高度に達した時、強風が吹き荒れた方角を見つめる。
まさに驚愕の光景だった。
僕は目の前の光景が信じられるず、思わず刮目した。
航空宇宙軍の誇る超弩級主力戦艦を含める多くの大型戦艦と無数の中型小型戦闘機が地面に落とされている。
「あれほどの主力戦艦が……」
何本もの黒煙が空に向かって上っている。
しかし、驚きなのはその向かいに佇むヒッポグリフ然とした巨大生命体の姿だった。
それはあの時見た、あの怪獣だった。
なんと、角が“消失”していた。
悍ましく赤い光を放つ二本の角が消えていたのだ。へし折られているようにも見える。
しかしそれでも強大な生命力を誇示するかのようにジタバタと四つ足を動かし、口からは赤い光線を放っている。
だがそんなのはまるで意味がない。
なぜなら奴は空中に浮いていて、謎の檻に閉じ込められているのだから。
水溜りに落とされたアリのようにまるで抵抗できていない。
地球儀が回っている様に奴はくるくると回っている。
滑稽とさえ思えてくる。
放たれる光線は奴を包み込む様に張られている青白い、光の球体の吸収されている様に見える。
懲りずに何度も光線を放つが球体には、微かな漣が立つ程度だ。
遥かに向上した視力で更に細かく状況が見えた。恐らくこれもあの不思議な力の一つだろう。
墜落している複数の大型戦艦と、意味の成さない抵抗を見せる怪獣のほぼ真ん中に、僕と同じように空中で静止している人間がいた。
その男は、自らがその球体を創り出しているかのように右の掌を怪獣に向けている。
その姿は、悪魔______否、魔神を彷彿とさせた。
通例に考えられるようなただ単に邪悪な悪魔ではなく、その姿は、悪魔の上位互換である魔神の様相を呈していた。
もちろんこの世界で悪魔や魔神といったものは、実体を持つ存在ではなく、単なる概念である。
しかし、彼の形容は、魔神と表現せざるを得なかった。
鋼鉄の如き硬度を持っていそうな屈強な黒い表皮、
黒に染まった全身から溢れ出す漆黒の炎、
臀部から飛び出している長く不穏な9本の尻尾、
禍々しさを増強させる前に突き出した二本の黒い角、
背中には、暗闇に引き込むような巨大な漆黒の翼を三対六枚持ち、
4つを体を包み込むように纏わせ、残り2つの翼を虚空に広げて顕示しているように見えた。
翼は何本も生えていたがどれも飛行のためには使っていなかった。
依然として、全身から漏れ出る漆黒の業火は、消える気配はなく、燃え盛っている。
それは、現世に降臨した神のような気品を感じさせる神々しさを纏っていた。
怪獣に向けている右手の掌には、空気や光をも引き摺り込む(比喩ではない)ブラックホールと思しき物体が顕現している。
その姿________
まさしくそれは『神の腕』だった。