#0 終焉の序章
そのニュースは世界を駆け巡った。
「今日、午後3時ごろ、第三次世界大戦中に活躍し、大英雄と謳われた優城慶次名誉大元帥の死亡が確認されました」
「速報です。中華連邦南部のチャオチー山の山奥で発見された一部白骨化された死体は、阿羅牙宗一郎のものであると判明しました」
世界を変えた二人の男が死んだ。
二人は戦時中に活躍した英雄と称された人物だった。
一人は、優城慶次。
彼は、戦時中、祖国を絶望的窮地から救い出し、圧倒的勝利を齎した存在である。
世界は、彼を《魔導皇帝・魔皇》などと称した。
国中は彼の功績を讃え、歓喜した。
当時、その宴は、三日三晩続いたという。
彼には国民の総意で名誉大元帥という新たな称号が与えられた。
しかし数十年の月日が経った時、突然彼は公の場に姿を出さなくなった。
人々は心配した。
しかし政府は彼は体調不良で休んでいると説明した。
数々の根も葉もない噂が、人々を駆け巡った。
だが、多くの専門家はこう言った。
彼は生命の源である魔力が常人よりも数倍多いため、身体の免疫機能や自然治癒能力も常人よりも優れている。
なにかの病気とは考えにくいですし、怪我をすることも滅多にないでしょう、と。
その理由は、今日明らかになった。
死因は、自殺。
人々は衝撃だった。
彼は多くの人々を殺したことを悔やみ、その思いが払拭できず、うつ病となっていたのだ。
そう、彼は有史以来の殺戮者であり、彼自身のその力によって推計8000万人もの膨大な人々が被害を被った。
彼の放つ、世界を撼わす魔導は、それ程の威力であったのだ。
当時開発された核兵器、荷電粒子砲、プラズマ砲といった様々な戦略兵器よりも、彼の生み出す魔導が大国を脅かした。
しかし、彼は強大な魔力で推定500年生き長らえるだろうと言われた体もたった250年ほどでその一生を終えた。
彼が戦場に駆り出されたのは、24歳。
第三次世界大戦が終戦したのは、32歳。
その命を自ら絶ったのは、248歳であった。
一人は、阿羅牙宗一郎。
数々の他国を圧倒する兵器を生み出し、戦略兵器を遥かに超える、次代の決戦兵器を製造した男だ。
優城慶次と同じく、祖国の勝利に貢献した人物である。
白衣に身を包み、淡々と殺戮兵器を生み出していく姿から、人々は彼を《白い悪魔》と称した。
彼は奇しくも、優城慶次とほぼ同じ時刻で死亡したと言われている。
なぜ推量なのか。
彼は世界を敵にしてしまったのだ。
彼の製造した決戦兵器は世界中で甚大な被害を齎した。
その死者は1億5000万人に上り、2次被害を含めて被害者数は実に世界人口の約10パーセントである、15億7500万人にまで達した。
彼の国に圧倒的勝利を齎したが、全世界の数え切れない憎悪と復讐心が彼を襲った。
世界は彼を恨み、暗殺を企てた。
政府は彼を擁護、迫り来る脅威から護ろうとした。
しかし最終的には、彼は誘拐され、殺された。
山奥で見つかった白骨死体を調査した結果、阿羅牙宗一郎のもので、死亡推定時刻は優城慶次が死亡した時刻と重なったのだ。
彼は命を狙われながらも、死をこの身を以って克服しようと試み、235歳まで生き長らえた。
決戦級兵器製造に関わり始めたのが、23歳。
彼が惨殺されたのは、235歳。
人々の英雄であり、世界の破壊神であった彼らは、死んだ。
二人の時代は戦乱の時代であった。
第三次世界大戦は、長期化し、世界人口の4割であるの62億9000万人もの死者を生み、被害者は98億3000万人にまで膨れ上がった。
終戦後、大戦を防ぐものとして、軍事力の統一がなされた。
それは各国のあらゆる軍事組織(警察などの準軍事組織を除く)の解体と、国際連合の後身として設立された世界連邦への加盟を意味していた。
世界連合統合軍が人類唯一の軍事組織となった。
世界は戦乱の時代を生き、新たな局面へと向かおうとしている。
それは人と人との戦争ではない。
『人』と『神』との聖戦である。
神は人類に審判を下しに降りてくるだろう。
その姿は、なんであれそれは人類の天敵であり、有史以来の脅威となる。
どんな兵器も、どんな魔導も、どんな人間も、全ては神には到底届かない。
しかし、神は救いの手を人類に差し伸べる。
審判者である神が、世界に危機を齎すとき、彼らは必ず現れるだろう。
優城慶次と阿羅牙宗一郎。
二人は、再び生きる力を与えられた。
優城慶次は、『神臓』を、
阿羅牙宗一郎は、『機核』を。
また人々は彼らに畏敬の念を込めて異名を付けた。
優城慶次は、古代の魔導王と呼ばれるヴラド大帝と、誰もが戦慄し畏怖する魔神サタンを掛け合わせ《ヴラド サタン》と。
阿羅牙宗一郎は、熾天使から堕天し悪魔の王となったルシファーと、誰もが崇敬する尊貴なる存在セラフィムを掛け合わせ《ルシ セラフ》と。
二人が、人類唯一の希望であり、人類が生き残る無二の方法である。
人類は突如現れた2人の救世主を、神の腕つまり、【ゼルク】と称した。
ゼルクの力を例えるならば、
恒星を壊変させ、惑星を開裂させるほどの破壊力であり、
世界を滅亡へと導き、あらゆる文明を破滅させる悪魔である。
しかし、同時にこうも言える。
人々をかつてない脅威から救い出す、決して消えることのない希望の灯火であり、
世界を平和へと導く、永久不変の人類の守護者であり、普遍の正義執行者である。
世界は変質していく。
人類史は終極を迎えた。
二人は神を敵に回した。
神は言った。
人類には、ラグナロクに審判が下されると。