未来編・これから紡ぐ未来へ
「自然妊娠は出来ないものと、ご理解下さい」
それは、僕があの男に刺された事が原因で病院に通院していた頃に医師に告げられた言葉。
どうやら怪我が原因で、精子が外へと出る道が切断されてしまったらしい。
精巣に精子があれば、それを手術で取り出し、体内受精か体外受精かで子を成す事は出来るそうだが、この時僕は思ったんだ。
──良かった、と。
だって、あの男の血は僕で途絶える。
あの男の血を引く子供なんて、いくら自分の子供だからといって愛する事は出来ない。
それは君と付き合うようになってからもずっと変わらなかった。
君の子供は欲しい。
きっと可愛くて仕方がないだろう。
でも、そこに僕の血は要らない。
だから、初めて君と身体を交わらせる時に言ったんだ。
「眞紀、聞いて欲しい事がある」
「……なに?」
僕の部屋で深いキスを交わして、何時もと違う甘く熱の籠った雰囲気に、僕はそうなる前に話しておかなければと口を開いた。
君は僕の腕の中で頬を仄かに赤らめたまま顔を上げてくれた。表情はまだ、あまり変わらないけれど、僅かに変化が見られるようになった君。
「僕は子供が作れない身体なんだ」
「……え?」
唐突な僕の話に、君はきょとんとした。
それが可愛くて、思わず軽いキスをしてしまった僕に、君は少し慌てながら話の続きを促したんだ。
僕は話した。
医師に言われた事と、僕の意思と。
……言うと、君は僕を抱き締めてくれた。
君の身体を抱き締め返しながら、僕は続けた。
「僕は眞紀を離すつもりはない。……だけど、何時か眞紀が子供が欲しいと思ったとしても僕は叶えてあげられないから、その時は別の人の精子を分けてもらって欲しい」
──本当は、嫌だった。
君の身体に、抱かれるわけではないにしろ他の人の精子が入るなんて。
けれど、僕のその感情なんて関係はない。
君が望んだとしても僕には叶えられないのだから。
「……謙吾の馬鹿!」
「……眞紀?」
突然、君に怒鳴られ、僕は瞬いた。
君は僕の頬をその優しい手で挟む。
「私が何時か子供を産みたいと思ったとしても、それは謙吾の子供をだよ。他の人の子供を産みたいわけじゃない。馬鹿な事を言わないで!」
怒る君は、ぽろりと涙を流した。
「!眞紀ごめんっ、泣かないで……、!」
慌てる僕の唇に、君の唇が触れた。
そっと顔を離した君は、間近から僕を見つめた。
「謙吾じゃないと嫌なの……。謙吾以外は嫌なの……。──ここに、誰かの一部を受け入れるのならそれは謙吾のでなければ、嫌」
そう言った君は、僕の手を自分の下腹部に押し当てたんだ。
「眞紀……!」
愛する君がそう思ってくれている事を知って歓喜に打ち震えるのと同時に、僕の中の雄の部分が顔を出した。
衝動的に君の腰を抱き寄せ、激しく唇を奪う。
それに君は一切抵抗しなかった。
気が付けば、ベッドに押し倒していて。
「……眞紀。眞紀の全部が欲しい。……良い?」
「良いよ。私の全部を貰って」
君はそっと僕の首に腕を廻した。
誘われるように、何度も何度も唇を啄ばみ。
──そして、僕達は初めて情を通じたんだ。
互いに初めてだった。
子供は出来ないと分かってはいるが、生は君が嫌がるかもしれないと一応避妊具を着けようとした僕。
だけど、君がそれを止めた。
「そのままの謙吾が良い」
──僕達の間を遮るものは何もない。
繋がった時、このまま死んでも良いと思えた。
それ程に、幸せだった。
初めての君は痛そうに顔を歪めたけれど、それでも一つになれて嬉しいと涙を流してくれた。
──あの事件から、表情を失くしていた君は、こうして僕との事に、まだまだ少ないけれど表情を見せてくれる。
大切にするよ、眞紀。一生、大切にする。
だから、離れないで。
その日、幾度も幾度も愛を交わした。
数年後。
大学を卒業し、理解ある会社に就職する事が出来た僕は、君と結婚する。
二人の交際が始まった当初から反対していた周囲は、君が必死に説明してくれた事と、僕の君への誠意が伝わって、漸く僕達が共にある事を認めてくれるようになった。
簡単な事ではなかった。
君が傍にある時はそこまで酷くはなかったけれど、一人で行動すれば『殺人者』と罵られ、石を投げつけられ、──君には言えないけれど、君の祖父母や叔母さんには刃物を向けられ、刺された事もある。
軽症だったぶんは病院にも行かず自然治癒に任せ、少し深かった怪我は入院を拒んで通院のみで済ませた。
だって、入院すれば君を悲しませる事になるだろう?
この事実は、僕は墓場まで持って行くよ。
それに、彼らが僕の事を許してくれるようになってからは『悪かった』と一言謝ってくれたし。
これから先は、君と二人で歩む人生だ。
「眞紀、愛してる」
「私も。謙吾を愛してる」
僕の全ては君のために。
【これから紡ぐ未来へ【完】】