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誰が認めてくれなくても。




 僕が傷付く事が君の望みなら、僕は喜んでこの身に傷を負おう。

 僕が全てをうしなう事が君の望みなら、僕は喜んで全てを棄てよう。

 僕が死ぬ事が君の望みなら、僕は喜んでこの命を絶とう。


 けれど君は僕に、笑って、と願う。

 けれど君は僕に、楽しんで、と願う。

 けれど君は僕に、幸せになって、と願う。


 その願いは、叶えられないよ。

 その願いだけは、聴けないよ。


 僕はいてはならない想いを、いだいてしまった。

 僕は望んではならない未来を、思いえがいてしまった。


 そんな事はあり得ないのに。

 そんな事はあってはならないのに。


 僕が心から笑えるのは、君のそばだけ。

 僕が心から楽しめるのは、君の傍だけ。

 僕が心から幸せと感じられるのは、君の傍だけ。


 だけど僕は、君が憎むべき者。

 だけど僕は、君が忌み嫌うべき者。


 僕は、君の家族を奪ったあの男の息子なのだから。

 僕は、君の眼の前で君から家族を奪ったあの男の息子なのだから。


 あの男は、もうこの世にいない。

 その妻も、もうこの世にいない。


 生きているのは、僕だけ。

 あの男の血を引くのは、僕だけ。


 唯一残った僕は、君の憎しみを受け止める。

 君に殺されるのは、本望なんだ。


 なのに、君は。


「好きだよ、謙吾」


 どうして、君は。


「答えはいらない。ただ私が謙吾を好きだって事を、……愛してるって事を知っていて欲しかったの」


 表情を喪った君は、優しい心を僕にくれるんだ。

 憎しみの籠った心でなく、愛おしい心を僕にくれるんだ。


「……どうして、僕にそんな事を言える?どうして、僕に好きだなんて言えるんだ。僕は眞紀まきの家族を殺した男の──……!!」

「息子だから、って何?謙吾けんごは何も悪くないでしょう。謙吾が私の家族を殺したわけじゃない。私は、謙吾の為人ひととなりを見て、謙吾を好きになったの。──本当は、告白するつもりなんてなかった。だって、私が告白すれば、必要のない罪悪感から気持ちがないのに受けてしまうかもしれなかったから。……だけど、ね。もう、見ていられなかったの。謙吾、死に急いでいるようで、もう、……我慢がまんが、出来なかったの」


 ──ああ、だから君は返事はいらない、と。

 自分は憎んでいない、と教える事で、僕を生かそうと。


 何て愛しいのだろう。

 何て綺麗なのだろう。


 家族を喪ってから、表情を無くした君は、静かに涙を流す。


 ──僕のために。

 僕を想って。


「……ごめん。もう、行くね」

「待って!」


 立ち去ろうとした君の腕を取った。

 君から伝わる熱は、こんなにも僕の心を震わせる。


「返事、したい」

「謙吾……」

「聴いて……?」


 立ち止まり、真っ直ぐに見つめてくる君の瞳に、僕の全身はけてしまうかと思った。

 けれど、それは決して嫌なものではなくて。


「……眞紀。僕は、眞紀が好き。ずっと……、ずっと大好きだった。だけど、僕はあの男の息子で。だから想ってはいけないと、ずっと、気持ちを抑えて来たんだ。幸せな未来を想い描いてはいけないと、そう思ってたんだ」

「違うよ、謙吾。謙吾は何一つ悪くない」

「……うん、ありがとう眞紀。……ね、眞紀。僕に幸せになって欲しいと思う?」

「思うよ。謙吾に幸せになって欲しい。苦しくても悲しくても、最後は必ず笑顔になれるような未来を生きて欲しい」


 優しく綺麗な君は、願ってくれる。


「なら、僕の傍にいてくれる?眞紀が、ずっと僕の傍にいてくれる?僕は眞紀がいないと、笑えないんだ。眞紀がいないと、幸せを感じられないんだ」

「──いるよ。ずっと。謙吾の傍に、ずっといる。それに、謙吾がいないと笑えないのは私も一緒。謙吾がいないと幸せを感じられないのは、私も一緒なの……!」

「眞紀……っ。ありがとう、眞紀。愛してる。ずっと、ずっと……愛してる」


 事件以来、初めて触れた──抱き締めた君の身体は温かくて、柔らかくて、良い匂いがして。

 それだけで、心が満たされた。


「きっと、僕達が一緒にいる事を周りは許さないと思う。だけど、もう離さないから。もう、離れないから。眞紀は僕が必ず護るよ」


 加害者家族である僕と、被害者である君。

 周囲の人間は、共にある事を許してはくれないだろう。

 だけど、一度手に入れた愛しい存在を、僕はもう二度と離せない。


 ずっと叶わないと思っていた想いが実り、たがの外れた想いはとどまる事を知らず溢れ出るばかり。


 離されれば、確実に僕は狂う。


 どうか離すなら、その時は僕を殺して欲しい。


 一度君が隣にいる幸せを知った僕には、君と離れるなんて事は耐えられないから。




 ──ああ、だけどやっぱりその時は、君の手に掛かって死にたいと、そう思うんだ。




【誰が認めてくれなくても【完】】

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