建築許可書を貰い忘れたから違法建築なのは内緒だ。
65日目 夕方 王都
王都の闇、豪華な貴族街の裏に隠された貧民街、商業区で扱き使われ国からの援助は貴族街の飾りつけに奪われる貧しく弱き民の行きつく所だ。
一度貧民街まで落ちれば商国関連の商業区にしか働きに出られずに生涯を奴隷のように暮らすしか無くなる、そしてそれすらも貴族共の利権だ。
王族と貴族を分け隔て互いの居住区の不可侵の約定を盾に貧民街には誰も手を差し伸べられず援助は掠め取られる、王族が奴隷制度を許さないが為に富を求める商国からの商人たちが奴隷代わりに搾取する人々の棲み処、貧民街。
その貧民街を求められた。
大量の食糧の寄付と数々の好条件過ぎる手土産を付けて黒髪黒目の少年がその地の使用許可を求めて来られた、条件は申し分は無くその意は窺い知れないがあの底が見えない少年の深慮遠望を覗こうなどと驕る気も無い。ただ従えばいい、求められたことに最善を尽くすだけで良い。
即座に第2王子と貴族会議の議長から認可を取り付けて貧民街の譲渡と委任状と営業許可証に通行証を発行させた、好条件に裏金付きの汚い契約だが私の任はあの方の為に契約を取り付ける事だけだ。
何故だか誰にも手が出せなかったあの貧民街に光を射せるとしたらあの方だけだろうと期待してしまっている、たった一度短い言葉を交わしただけだったが王都の柵や貴族達を黙殺しうる人間などは他にいない。
一時も経たないうちに騒ぎは起こった。
そして貧民街の報告が入った時にはその貴族達が狂乱の大騒ぎだったのだから私があの方に期待するなんて烏滸がましい事だった。
誰にも事態の理解が出来ないのなら相手は別格、格が違えばその考えも窺い知る事は出来ない。
見ている視点が違い見ているものの高みが違うからこそ地を這う我らには見えないものを見て誰にも理解できない事を目指す、それを知ろうとするのが愚かしい知って分かるなら最初から理解できる。
だが分からない貴族はどこにでもいるし王都には掃いて捨てる程にもいる。
「あの建造物は接収せよ! 何故に王都にいる事すら汚らわしい乞食共に住まわせる、すぐに追い出して明け渡させるのだ」
「あれは貴族街の敷地で貴族領、所有権は貴族に有ることぐらい当たり前だろう。さっさと軍を出せ」
「我ら貴族に向かって立ち入り禁止とは不敬だ、捕えて財産を没収して謝罪に当てさせてはどうだ」
貴族貴族と騒がしい。あれが貴族風情にどうにか出来るものかも分からないから手に負えない。その建造物が急に出来ていた意味が分かっていない、既に王都は落ちている、貴族街から王宮へと剣を突き立てられている。
「かの地は第2王子と貴族会議の議長からの認可で辺境の土産屋に貧民街の譲渡と委任状、営業許可証並びに全員の通行証を発行しております。取り上げる謂れも無いし立ち入り禁止も当然ですね、あの地は辺境の治外法権ですよ。既に受け取った大量の食糧を返還して建造物の建設費用をお支払いになられるなら正式に交渉されてはいかがですか」
貴族の権威で盗人するしか能がない無能が交渉なんて出来るのかな、しかも相手が分かっていない、力不足どころか舞台にも立てないか。
「大量の食糧なら商国からより多く受け取っている、その商国側からの指示が聞けぬと云うのか?」
「商国の支援だ援助だと言われても国庫は空ですよ、その商国の支援はどうなったのです? 届いたと言う割にお土産屋から買ったものしか無いし、それすらも消えているのですが商国は運び込んだのですか? それとも運び出したのですか?」
空の倉庫の無い物が支援だ援助だと言われてありがたがるとでも思っているのか、盗まれているのか横流しされているのか最初から無いのかは知らないが物も無いのに義理も何も無い。
「第2王子の命令だ、契約した以上命令に従うのが筋では無いか!」
「我等第2師団の契約は王都へ進行して来るものから王都の城壁を守る事です、王都内のお店はそちらの憲兵のお仕事ですしそちらから王都の商人に手を出すなとご命令も受けたうえでの契約だったはずですよ。それに王都の民は辺境木刀を装備し「防御マント」も購入していましたから既に非武装ではないんですよ、もう都民は一般兵士並みかそれ以上の武装ですよ? 争えば僅かな憲兵と膨大な都民のどちらが勝ちますかね? 我らは動きません、そして民に害を為せば盟約を反故にされた以上は我等は敵となりますよ」
まったく外にはシャリセレス様が戻られてオムイ様まで来ておられると言うのに何が悲しくて第2王子なんぞの命で虎の尾を踏まねばならない。
オムイ様が辺境軍を率いて来てくださったと知らせを聞いた時は驚いたが、あの貧民街を見た後なら納得できる。
御身分を隠された謎の少年の下に駆けつけられたのだ、教国や商国とは別の何かが動き出している。
それに気づかぬから王都の中の狭い隅をつついて騒ぎまわる、所詮かの少年が立たれている場所の高みとは立ち位置が違い過ぎる。
「ならば憲兵を動かすが、契約通り邪魔はすまいな!」
「邪魔しなければ王都が落ちますが邪魔しない方が宜しいのですか?」
ここまで状況が変わり場が移り大きく動き出していると言うのにまだ見えていないのか。
「脅す気なのか、王都を守ると言う約定を反故にするならば命の契約に従いその命が「停止」するのだぞ」
「ただ事実を述べているだけで脅してなどいませんよ。それに都民を憲兵で脅し王都の中で争って民に王都の扉を開かれたら完全に終わりますよ? 外を御覧なさい、辺境の王オムイ様の旗と剣の王女シャリセレス様の旗が並んでいるんです。王都の民であれ王国の民であれあの旗を前に一体誰が第2王子に従うのでしょう、跪くべき旗はどちらでしょうね」
何も考えずにその結果も想像せずに欲に駆られて騒ぐだけ、もう誰にでも戦うまでも無く結果が分かる。
目先の金しか見えない貴族達と、その先の大金を見ている商国、そして視線の先が見えない程の遥遠くを何処までも高く果てしなく広く見ている謎の少年。
「王都で民が害されれば我らは敵です、そうでなければ城壁を守りましょう。それが契約です、守りますよ」
「「「…………」」」
諦められず睨みつけている所を見るとよっぽどあれが欲しかったのだろう、それはそうだあの素晴らしい木造建築群は大陸に並ぶ物は無いだろう。
そしてそこで暮らすのは貧民街の王都で最も貧しく救われない人々だ、笑わずにはいられないよ。
あの身分を隠された謎の少年の素性は聞くべきではないのだろうし詮索する事でも無い、王女様とオムイ様がお認めになっているならば他に何も必要はない。
敵か味方か何者で何処の者かも分からない身分も明かされなかった少年、例え敵でもあの御方を大好きになってしまいそうだ。
愉快だ。
王都が見捨てた貧民たちが貴族街の貴族達を見下ろしている、それを貴族達がもの欲しそうに見上げているなんて。
痛快だ。
最高の光景だ、王都でこんなに気持ちの良い出来事を見たのは初めてだ。これが敵であってもならばこそ賞賛し尊敬するし味方で在られれば私などもう出番もないだろう。
「孤児院は変わりなかったか?」貧民街を調査しに行っていた部下が戻って来た。
「開店準備を始めていました。身綺麗になった孤児たちが綺麗な服を着て笑いながら手伝いをしていましたよ、貧民街のみなが笑っていました」
貴族達との不愉快で煩わしい遣り取りですら笑ってあしらえる、たった許可証1枚で永きあいだ誰にも出来なかった事が出来てしまった。
従えばいい、理解できないが従うだけの価値も意味もお見せになられたのだ。
私に見える高さでは見えない高みを見て進んでいらっしゃるのだろう、ならば盲信すればいい。
貧民街のみなが笑っていたならその価値も意味も充分過ぎる。




