無駄で無意味な最期なのに無駄な抵抗も邪魔だった。
63日目 王国 街道
ようやく「辺境地平定軍」と名乗る第1王子の率いる軍に使者を出し繋ぎを付けた。
こちらの言い分は教会と貴族に逆らった罪は小僧に在り辺境には咎は無い、小僧と迷宮王の宝は引き渡す代わりに辺境から手を引く事を条件にし調印の段まで取り付けた。
此処からだ、此処からが交渉だ。
代王として第1王子に王権を譲らせる心算だろうがそうはさせん、そもそも王都は第2王子が謀反を起こし乗っ取っているのだから正式な手続きなど出来ぬと突っぱねて第1王子に王都を解放させたうえで真っ当な摂政を付けて権限を制限して教会や大侯爵家の傀儡に出来ぬように手を打つしかない。
そして一度鉾さえ収めさせれば一般の兵は王家や王族、ましてや王女に剣を向ける事は無い。その隙に軍を解体し再編して王軍を立て直し貴族共に改めて王家に忠誠を誓わせる。
兄が臥してから私が何もかも駄目にしてしまったのだ、だからせめて元にまで戻さねば兄に顔向けが出来ないのだ。
気に入らぬ小僧とは言え異国の若者、ましてやメロトーサム様が目を懸ける者を差し出すのだから事さえ済めば無能な我が首で償おう。無能な代王の首など誰も喜ばぬであろうが代王でも無く王族でも無いただの私にはもう他に償えるものが何もない、無力で無能で無才なただ王家に生まれ付いただけの身に差し出し詫びるものは我が首しか残って無いのだ。赦せとも言わぬし決して口が裂けようとも言えぬ、恨まれ憎まれ罵られ貶され罵倒されて当然なのだ。
だが王国の為には小僧の首が必要だったのだ、許しなど乞えなくとも後で我が首で詫びる。
まるで状況が分からぬのだろう、小僧が茫洋と立ち竦んでいる。
無礼でムカつく生意気な小僧だ、運が良いだけで良い暮らしに身分まで手に入れてた。その秘宝のせいで王国が乱れ割れ苦しめられているのだ、あの小僧こそが厄介者の災厄だったのだ。だがメロトーサム卿の言が正しいのも事実、何の罪も無いのに死なねばならない。それは無能な私の業だ、気に入らんし不快な小僧だがその死は私の無能さの罪なのだ。
その傍らには白銀の豪奢な甲冑が置かれている、在れこそが迷宮王の秘宝。この争いの原因だ。
教会に渡すのは口惜しいが王国の民に、そして辺境に血は流させない。
その思いだけで此処まで来た、やっと此処まで辿り着いたのだ。
だがすべてが無駄だった。
小僧と甲冑を出すや否や囲まれた、交渉も調印も偽りだった、伏せられていた兵に囲まれて一網打尽にされてしまった。
最初から交渉する気すら無かったと言う事だ、そしてわずか数十の手兵に対して大仰にも数百、いや千はいるか? 行き成り現れた千の兵、教会の魔道具の力で姿や気配を隠していたのか? 分かった処でもう意味も無い、全てが最初から手遅れで私は自ら王国に止めを刺しに来た道化師だったのだ。
無意味どころか無能さで無駄に被害を広げ恩を仇で返し無駄死にして恥だけをを晒すか、無能な代王には似合いの喜劇だ。
メロトーサム様の反対まで押しきり小僧を連れて此処まで来た、これでやっと交渉に立てたと思っていた。
小僧と美しい白銀の甲冑を確認すると対応は「殺せ」の一言だった、端から交渉など無かったのだ自ら死にのこのことやって来ただけの愚か者の笑い者だった。
手土産にメロトーサム様が恩人とする小僧の首まで巻き添えに、わざわざ敵に迷宮王の武具を渡しにやって来た馬鹿な愚者だ。
第1王子のグヴァデーイは顔に侮蔑を浮かべて見下ろしている、お前だって無能で豚みたいな顔した駄目王子だろうが!
無才な身で王家に生まれるのは悲劇だ、豊かな暮らしと立派な教育の場を与えられておきながら、最高の指導と教育を受けたからこそ分かる無才さと無能さと無力さ。だからせめて王になる兄の道具で在ろうとしてきた、優秀な道具にはなれなくても便利で使いやすい道具で良い、せめて其れ位しか役には立たない身だからこそただ忠誠を誓い忠義を貫きただ真面目に仕事をこなして王家の一員として恥をかかせないように生きて来た。
だが第1王子グヴァデーイは母親方の大侯爵家の威を借り、無能な自覚も無く権力を求めたのだ。王家の誇りすら持ち合わせなかったか。
だが結局は私こそが無能なままで恥を晒し王の権威に泥を塗り付けてしまった、無能だからと何も考えずに従い無才だからと余計な事をすまいと何もしなかったのだから代王など務められる器では無かった。分かっていた、いやと言うほど知っていた、それでも兄が回復するまでと足掻き掻き乱して最悪の結末を選んで飛び込んだ。
私の愚かさが王国を終わらせるのか。傀儡の王国が残ってもこの豚王子が王では王家の誇りは終わりだ、民の為の政などする訳が無い。
民と臣下に支えられ民の為に建てられた王家の長きに渡る伝統が私の無能さで終わる、民に助けられて臣下に支えられ来た王家はその恩義を仇で返す事になる。全てが終わった、最後の愚王が滅ぼしてしまった。
悔しがるのも馬鹿々々しいが、無駄で無意味な最期なら無駄な抵抗の一つもしてみようか。
「小僧! 逃げろ。 ……すまなかった」
王国最後の愚王として最後の馬鹿は生意気で無礼な餓鬼の盾になる事の様だ、私が連れて来なければ死なずに済んだはずの小僧だ、もはや助かる事は無いだろうがせめて盾となって死ぬ事くらいしか出来ぬ! 私は剣も才能なくスキルも満足に取れなかった駄目騎士だ、たったLv20の小僧も守れない貧弱な役立たずの騎士では時間稼ぎにもならないだろう。だが私が後に死ぬわけにはいかん。
って、あれ?
「え~と? 代理おっさん? いや代理しなくても本人がもう既に充分おっさんなんだけどおっさんの代理のおっさんなおっさん? って言うかおっさん。邪魔したら駄目なんだよ? もう差し出しちゃったんだから手遅れだよ、もう宅配済みで受け取りされちゃったんだから返送不可で代金は着払いであちらから請求でぼったくり? みたいな?」
小僧が前に出る。もう差し出したから手遅れだと言い捨てて、罵られて当たり前だ詫びる言葉も無いし今更楯になって先に死んでも助ける事など出来ないのだ。王国を救えず王国の民も救えないで異国の小僧まで巻き込んで無駄死にしに来た哀れな愚王など罵られ貶され恨まれるのが当然だ、だがなぜ前に出る?
「馬鹿過ぎ? 何で非武装の使者を襲うのに馬鹿正直に重装歩兵に大槍まで完全装備で来ちゃうの? で、何で地形位斥候出して確かめないの? こんな所にこんな平地なんて無いんだよ? 地図も持たずに戦争しようとかもう莫迦過ぎてまじで嫌だ! なんかもう今まで張り切ってやった準備って何? って言う位に無駄に馬鹿だし王子は豚だし? って何で豚を王子にしちゃったの? 前もオークを領主にしてたけど人材不足で王子まで豚? せめてオークいなかったの? あれは未だ人型してる分だけ豚よりは……あれ? どっちでも言い様な気がする! みたいな?」
「その目付きの悪い餓鬼を八つ裂きにしろ! 手足だけ落とせ! 王になる高貴な我を豚呼ばわりしたのだ、楽には死なせん。嬲り殺しにして苦しめて「殺して楽にしてください」と泣くまで拷問してやるわ!」
小僧は最後まで王家に無礼だが王族とは言えあの豚はそれくらいでちょうど良い、あれは許す! 良く言った! 寧ろ豚でも生温い位だ。王家の恥晒はお互い様だが王家の誇りすらも持たぬなら只の豚で充分だ。だがその小僧に苦しい思いなどさせる訳にはいかないし貴様らの相手は先ず私だ……? 相手? 相手は何処に行った?
下だ。地面の中、地面に沈み溺れている……何なんだこれは?
「ぎゃあああああっ、助け、助けて……」
「た、た、たすけ、助けてくれ……」
「ぐわああぁ、出れない!出られない!」
「引き上げてくれ! 沈む! 早く……」
「ぎゃああっ! 息が息があああっ」
「誰か、誰か助けて! くそっ、引っ張るなよ!」
「何で! さっきまで沼なんて無かった……」
「鎧が脱げない! 脱がしてくれ、頼む! 助けて……」
「あ、ああ、があ。ぐおっぼぐうぅぶわう……」
幾重にも取り囲む重装甲の甲冑で全身を固めた重装歩兵の兵たちが為す術も無く沼に沈み溺れて行く、寧ろ自慢の重装甲の重荷で逃れられずに埋まっていく。先ほどまで大地だった交渉の地は突如として深い沼地に代わっていた、そしてその沼地は兵たちの地獄に変わって行った。
「助けて? 助けたの? 民を助けるのが軍の務めなんだけど、お前らが襲った村の人が「助けて」って言って助けたの? 助けて無いし助ける処か殺して置いて助けて何て言って助けて貰えるなんて本気で思ってるのかなー? もう軍人として落ちぶれ過ぎて盗賊並みなんだから落ちた序でに沈むと良いよ、だって埋める手間が省けてみんな大喜びだよ? まさか自分達が死んで悲しんでもらえるなんて思って無いよね? 人を殺せば惨めに殺されても文句何か言っちゃ駄目なんだよ? 嫌ならちゃんと軍人してれば良かったんだけどもう手遅れだから、うん助けないよ?」
小僧が語り掛けている、だがもう聞く者も答える者もいない。そんな余裕などない、悲痛な悲鳴を上げながら悲惨に大地に埋まっていく、溺れて行く、沈んでいく。
泥濘に飲み込まれて身体が沈み埋もれて行く兵士たち、恐怖に泣き喚き叫び暴れ回りながら沈んでいく、戦いすら出来ないまま自慢の重装甲の鎧の重みで逃れる事も出来ずに沈んで消えていく。
「何なんだ! 何なんだこれは! 何をした、貴様何をしたのだああああっ! ぐばああっ!」
軍隊が全て地に沈む、沈んでいく。小僧だけが黒マント姿で沼地の上に茫洋と立っている、何事も無かったように最初からずっと同じ姿で立っている。
「いや、最初から沼なんだよ? 表面を固めてただけの沼地の上に重装甲の甲冑で飛び込むと大体沈むんだよ? もう地面固めて無いから暴れるほど沈むし暴れなくても沈むし沈まなくても沈めるし? まあ沈むんだよ? って言うか 沈んでろ」
静けさが訪れた、もう悲鳴も絶叫も無くなった。静かな沼の上に我らと第1王子のみ、豚は恐怖に耐えきれず気を失っているが未だ首までしか埋まっていない、頭は焼かれている。何が起き何が起こされ何がどうなったかは分からないが生き延びた事と第1王子を捕らえられた事と…………メロトーサム卿の言っていた意味だけが分かった。
「お連れになるならばこれだけは覚えておいて下さい。本物の恐ろしさとは分からない事です、理解すら出来ない出来事を出来ると言う事が最も恐ろしいのです。強さは測れますが真の強さは恐ろしいだけなのです。そしてそれは測れません、恐ろしいとは分からない事が恐ろしいんです。お気を付け下さい、御武運を」
それが出発前に掛けられたメロトーサム卿の言葉だった、分からなかったが今も分からないが分からない事が分かった、そしてそれこそが軍神を恐れさせる程に恐ろしいものだった。
あの小僧は危険だ。あれは国すら殺しかねない。
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何故か続く時は連投なんですがまたもお礼投稿と言いうのも烏滸がましいお礼投稿です、もし万が一何かの間違いで御気に入って頂けてお付き合い頂ければ本当に幸いです。




