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何度も何度も見ても慣れる事が出来ないのは老化の始まりかもしれないよ?

56日目 夕方 領館



 其処に置いてあるものは大貴族どころか王家と言えど手にすることは叶わないであろう程の見事な剣と甲冑、「あげる」のだそうだ。貰ったのだそうだ。


 「また受け取った物が増えてしまったか、ならばせめてこの剣と鎧に恥じぬ生き様をせんと顔向けが出来んな~~~しかし、このマッサージチェアーと言う物は病み付きになるな~~~あ~。んんっ。少年から拝領した剣と鎧だ、代々の領主に継がせ家宝にせんとな。そしてこの剣に恥じぬ者を育てて行かねばならん、家訓も作ろう。「悪い事したらこの剣で突き刺す。」とかどうだろうか?」


 「私まで装備を頂いています、効果付きの上質なドレスまで。ドレスはお母様の分まで有りましたよ、いつ採寸したのでしょう?すっごくピッタリだったんですけど?」


 少年が我が家族に武器と装備を送ってくれた、「採掘権のお礼」なのだそうだ。お礼も何も無いのだ、誰も知らなかった鉱脈を一人で見つけ、誰も掘れなかった坑道を一人で掘り、そして自分で採掘したのだ。黙っていれば誰にも分からないまま独り占めだって出来たのだ、そして其処の鉱脈があると聞いたところで手に入れられるのは何年も先の話だったはずだ。それだけの量と坑道だった。


 それが大量の鉄鉱石を置いていき、「邪魔だから取ったからあげるよ。」の一言で辺境に齎された、過去何十年分の量を事も無げに礼も求めずにただ置いていった。


 貧しい故に物資すら無かった辺境に大量の鉄と木材が供給されたのだから辺境中が大騒ぎだ、建物も道具も次々に造られては街の商店に並べられていく。売り物も僅かでその買い手もいなかった辺境が物が溢れそれが飛ぶように売れて行く、もう何度も見たのにこの目でその奇跡を見ると涙が止まらないのだ。


 何度も何度も奇跡を見せられても慣れる事など出来ないのだ、何度見ようとも民が笑い街が豊かで平和など見慣れる訳が無い。先祖代々にたったの一度も見た事の無い光景を見慣れる事など出来るはずがない。


 そしてやっと鍛冶場に火が入った。


 この辺境の貧しさに磨り潰されていた、それでもこの辺境を脅威から守り支え続けた、今迄この街で報われる事など無かった男が漸く鍛冶を始められた。やっと炉に炎が籠められた、誰をも救い誰にも救えなかった男が少年に救われた。


 まともな鉄すらも揃わない辺境で屑鉄を集め砂鉄を混ぜ込みながら魔物と戦えるだけの武器を作り上げてくれていた男、まともな木材すら手に入らずに廃材を加工しては槍を作り、矢を作り、辺境の軍と冒険者を支え続けていた男。


 かつて王都へ修業に旅立ち王都でも最高峰の鍛冶工房で最高の鍛冶師と称され跡継ぎにまで指名された程の天分を持ちながら「辺境にこそ武器が必要だ」と言い切りこの街に戻って来た男、それ程の男に僅かな鉄すら用意できなかったと言うのにこの辺境に残り粗悪な材料で必死に武器を作り続けてくれた男がやっと報われたのだ。もう倒れるまで止まらないだろう、今頃は最高よりも更に上の頂を目指し鉄を打っているだろう。


 少年が山の様に鉄と木材と炭に革まで積み上げていったそうだ、「儲かったら倍返しだー」と言って置いていったそうだ。今頃は死ぬ気で鉄を叩き続けているのだろう、たかが倍返しなどで報いれる筈は無いのだから。命と誇りとその使う事すら許されなかった腕をかけて鍛冶をしている事だろう。


 やっと鍛冶師に戻れたのだ。王国最高の鍛冶師スミスに、ならば最高を超えようと叩き続けているのだろう。あの少年に報いる為には最高ですら生温いのだから。


 恥を忍び自ら出向き頭を下げ、そしてやっと初めてあの男に真面な依頼を出す事が出来た。その時にこう言われたのだ。


 「今迄満足な武器も鎧も用意出来ずに沢山の勇者を無為に死なせてしまった、だから今度こそ戦える武器と命を守れる鎧を用意する。すまなかった。」


 死んでいった者の誰が不平を言うものか、皆が何もない所から戦えるだけの武器を作って貰いどれ程感謝していた事だろう、それでも悔いていたのだろう。満足な武器や鎧を渡せない事を、だから自らを「武器屋」と呼び「鍛冶師」と名乗らなくなっていたのだ、我らが名乗れなくさせてしまっていたのだ。


 既に鉱山は予定の何倍もの速度で運行されている、依頼した5倍もの坑道が掘られていたのだから順調どころの話ではない。しかもその料金など上乗せされてもいないのに「採掘権のお礼」など受け取ってしまった、ならばこの剣と鎧ににかけて民を守らねばならない。もうこの剣と鎧が有ったら全部突撃で良いだろう、それ程までの逸品だ。


 それに王国最高の鍛冶師スミスが兵の為に武器装備を作ってくれている、これほどまでの贅沢があろうか?これで、ここまでされておめおめと民を見捨てて敗走するようなら辺境軍など我が手で縊り殺してくれる。生き恥どころか大恩すら報いれぬ恩知らず等この辺境で息をする事すら許さぬ!よし訓練だ。特訓だ。突撃戦だ!


 「お父様?遥さんからも「動かない事?って言うか側近さんの言う事聞いてね?マジで。」と言われたでしょう?なんで戦装束の準備をしているんですか?今から撃って出たら王国軍より先に辺境軍が王都に乗り込んじゃいますよ、交渉どころか宣戦布告と同時攻撃の電撃戦ですよ?それ民を守るんじゃなくて首を取りに行っちゃってますよ?怒られますよ?マジで。」


 マジらしい、どうして皆は口を揃えて側近の言う事を聞く様に言ってくるのだろう?私は領主なのだが?そしてあの側近は突撃をすべて却下しちゃうのだよ?


 「辺境を守り民の為に死ねるなら其れが本懐、代々そうやって生きて来たんだよ。今更命を惜しめなどと言われてもその様な生き方を知らんのだ、それにもう歴代が見る事処か夢見る事すら許されなかった平和で幸せな辺境領をこの目で見る事が出来た、果報者過ぎて思い残す事すら無いほどだ。この恩を返せぬままに死ねないが恩が日に日に増大して巨大化していく始末、もう返すどころか受けた恩の総額が把握できない程なのだろう。それのにあの少年は感謝の意を送らせてすらくれない。感謝しようとすると逃げるか混ぜっ返すのだよ?それ以外にはもう何一つ悔いの無い程の果報者なのだ、これ以上の幸せな生涯なんて想像も出来ないのだから。」


 

 「敵である私まで見事な剣と甲冑を頂きました。エロドレスも頂きました、凄くエロかったです。何故あの少年、遥様はあそこまで辺境やそれに係わる人々を救い守ろうとしているのですか?オムイ様も何故遥様とお話になると口調がメタメタなのでしょうか?そして本当にそれほどまでに強いのですか?あのLvで?」


 シャリセレス王女まで剣と甲冑を貰っていた、「壊したお詫び」なのだそうだが敵の武器を破壊してお詫びするなど聞いた事も無いから戸惑っていらっしゃるのだろう。


 「貴女が全滅しようとした事には怒っていましたが貴女が辺境を守ろうとした事、王国を守ろうとした事は認められたのですよ。だからこそ貴女の為に剣と甲冑を作り持ってきたのですよ、ドレスは……趣味?……まあそういう事です。そして私等が貴族だ領主だと威張って見せてもあの少年は気にも留めませんよ、面倒な領主としての威厳を持った言葉など意味が無いのです。だから普通に話した方が良いのですよ、私にはあの少年に礼儀を求める様なもの等何一つないのですから。唯々感謝するしか出来ないのです、例え少年が嫌がっても逃げ回っても感謝するしか出来ないのです。そして…強いのです。確かにあの少年はレベル的にもステータス的にも弱者と言って良いでしょう、今ですら駆け出し冒険者以下の見習い程度。ここに現れた時は村人程度の能力でしたよ、それは低いステータスでしたし今も低いままです。でも強いのですよ。その弱さでオークキングを殺し迷宮王を殺し魔の森も迷宮も殺し続けているのですよ?これほど恐ろしい事がありますか?Lv100でも敵わないLv20です、強さなんて言うものは結果なのです、殺して生き残った者が強いのです、どれ程Lvが高くても殺されれば意味など無いのですよ。そしてあの少年は全てを殺して生き残っているのです、あれこそが強さです。」


 強さに意味など何もない。強い事に意義など含まれていない。勝つこと、殺す事、そして生き残る事、それ以外の強さなどに意味は無い。


 皆あの少年の恐ろしさを理解できていないのだ、弱いままに勝ち、殺し、生きている事の意味を。あれこそが強さだと言うのに。


 そしてそれが理解出来ぬような無知蒙昧の愚か者だからあの少年がいるこの辺境に戦争を仕掛けようなどと愚かしい事が出来るのだろう。


 それがどれ程恐ろしい事かが分からない程の愚かさなのだから。


 あの強さの怖さが。


 不可能を可能にすると言う事の恐怖が。


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