大体上手くいくはずなのによく考えてみたら上手くいった事が無い。
48日目 深夜 路上 ナローギ
あと少しで街に戻れる。あと少しで全てが終わる。
なんとしても間違いを終わらせなきゃいけないんだ。
きっと一族がオムイに亡命しても信じてなんか貰えないんだろう、当たり前だけどこの時期に突然亡命なんて怪し過ぎるし信用なんてされる訳が無い。
でもそれで良いんだ。
最前線で使い捨ての駒でも良い。
最後はオムイの為に戦って死ねるんだから。
きっとあの世でご先祖様達に怒られるだろう、でも最後だけでもオムイの為に戦ったって言ったらきっと許して貰えるから。
一族の最後の仕事はナローギ軍の動きと戦力と罠の位置をオムイ様に伝える事。それだけで良い、それが最初で最後の本当の任務なんだから。
遥さんの言っていたことは正しい。私だって軍事の知識は教え込まれている。
オムイは攻めなければ負ける、例え一騎当千の兵であっても地形で負ける。
仮に民を見捨ててオムイ領の中までナローギ軍を引き込めば勝てるんだろうが、オムイ様は、オムイの軍は必ず民を守ろうとする。
代々のオムイ様がそうであったように、民を守り死んで逝くのだ。
昔その守られた者の中の戦闘に向かない者たちが集まり出来たのが私たち一族の祖だ。
その恩を返す為に出来た一族はいつしか恩を仇で返してしまっていたけれど、だからせめて最期だけは恩返しする。
オムイとナローギの決戦は狭く長い長い一本道だ、幅は最大でも20メートル、狭い所は10メートル以下。
進軍速度など出せない、必ず大軍が長く伸びきり固まり止まる。
その両岸の岩山の頂上を取られれば、岩を落とされ、矢を掛けられる。
そして岩山はオムイ側は切り立った崖で登れない。だがナローギ側からは登れるのだ。
オムイは出口で包囲陣を引くしか無いんだ。でも長過ぎる包囲陣は兵力の差で突破される。
全てを守ろうとするオムイ様と、一点だけ好きな所を突破すればいいナローギでは条件が違い過ぎる。
だからオムイは先にナローギの街を攻めるしかない。その時はナローギの街の人も一緒くたに攻撃に晒されるだろう。
だがそれ以外にオムイには勝ち目が無いんだ。
そしてナローギにはそうされても仕方がない程の罪が有るんだ。気付かなかった、考えなかった罪が。
いっそ遥さんなら簡単に終わらせられただろう。
言葉の通りに火の玉を打ち込み続ければ良いんだ。
岩山の上から一方的に、軍が追いかけたところであの速さで移動されれば追い切れない。
全軍で岩山の上に展開しても街に入り込まれる、個別に動けば一方的に殺される。
遥さんに固定目標を狙われればもう止める方法なんて無いんだ。そう、あのお姉さん達ほどの力が無いと無理なんだ。
でも、それでも街の人達だけは守りたいから。
だからナローギ軍の位置も配備も知らせる、そして罠のありかも全部だ。
だから一族で全部の責任を取る、取り切れないのは分かってるけどそれしか出来ないんだから。だってこれが一族の最後の仕事だから。
するべき事は全て済ませた。もう一族のみんな動き始めている。今頃は街の人達に全てを伝えている、だから私の仕事はこれで終わり。
「オムイの街に現れた男の報告書を持ってまいりました。」
ナローギ様に報告書を手渡す、これで全部終わった。
最後に遥さんに会えなかったのだけが残念だけど、駄目駄目だった私が最後にちゃんと出来たよ。
ありがとう、遥さん。
ナローギ様は報告書を読む手が震え、顔を怒気で紅潮させる。
「貴様ああっ!これは何だ。」
「その報告書のままです。あの街に害を為せばナローギは滅びます、領地も領主も滅ぼされます。謝罪し弁償し恭順を誓う以外に報告できる内容は有りません、当たり前にオムイの後方支援の街として配下に下る以外の選択肢はありません。既に我が一族の者達がナローギの城の抜け穴から、隠し通路、地下道、隠れ家に至るまでオムイに報告に向かっています、街の防衛体制も軍の装備、各部隊の能力、指揮系統、特殊部隊、秘密部隊に至るまでオムイに報告されます、そして岩山の隠し通路、秘密基地、その配備まですべて報告されます。町の住民達にも街を捨てなければ危険だと知らせています。そして化け物のような男には絶対に勝てません、何故ならあの人は化け物なんかじゃありませんでした、とっても優しい最強無敵のお兄さんです。以上、報告終わります。」
これで終わった。
一族の長の娘として。
最後まで出来たんだ。
これでもうナローギはオムイを安易に攻められない。
強攻しても被害は甚大、攻め切れなければ逆にナローギの街が落とされる。
そしてその間に街の人は逃げられる。
ちゃんと出来たよ。
ありがとう、遥さん。
「ふざけおって、この密偵風情があああっ!」
目の前の剣が迫って来る。
周りは兵士たちが捕り囲んでいる。
逃げ場はないし逃げる気なんて無い。
だって助からない事なんてちゃんと分かってるんだから。
私の仕事はちゃんと終わったんだから。
これで御終い。
最後にオムイの街に行けて良かった。
優しい人たちに沢山出会えて良かった。
看板娘ちゃんとも会えて良かった。
お友達になれてすごく嬉しかった。
最後に今まで食べた事も無いくらいの甘美味しいお菓子も食べられた。
美味しいご飯もごちそうになった、お姉さん達にもいっぱい優しくされた。
遥さんにも出会えた。お菓子を貰って頭を撫でて貰った。
とっても幸せだったんだ。
とっても素敵な思い出が出来たんだ。
遥さんにいっぱい貰ったんだ。
だからもう充分に幸せだ。
でも、最後に一目だけでも会いたかったなー。
でも、きっと会ったら泣いちゃったんだろーなー。
泣いたらまた頭を撫でて貰えたのかなー?
それだけがちょっぴり残念だったけど。
出会えて幸せだったから笑って死ねるんだよ。
ありがとう、遥さん。
もう、目の前には剣しか見えない。
もう斬られちゃうんだ。
目に映る剣先はもう殆ど触れんばかりに近づいている。
なのに?
「おひさー?って夕方まで尾行されてたんだけど?って言うか、何でおでこに剣先引っ付けてるの?趣味なの?ああ、ニキビ?ニキビは潰さない方が良いんだよ?マジで。」
なのに?何で遥さんがいるんだろう?
何で遥さんが剣先を摘まんじゃっているんだろう?
なんでナローギ様を踏んづけちゃってるんだろう?
そして、なんで涙が止まらないんだろう?
そして、そしてまた頭を撫でて貰ってる。
もう二度と遥さんに頭を撫でて貰える事なんて無いと思ってたのに、無いはずだったのに。
頭を撫でてくれている。ナローギ様を踏んづけたままで?
「き、き、き、き、貴様ああっ!誰を足蹴にいいっ、、、ふげっ!」
ナローギ様を踏んづけたままずっと頭を撫でてくれている。
遥さんだった。