まだ誰も教えてくれないんだから覚えてなくて当たり前なのに。聞いて無いけど。
45日目 夜 オムイの領館
王都からの使者との会談を済ませ、急ぎ領館に戻り対応を部下に指図する。
「遂に王都に知られたか。」
大迷宮の死亡と調査の件は王都に知らせてはいたが、詳しい事は調査中として内密にしていたのだが遂に大迷宮の死亡が公になってしまった。
既に「大迷宮の迷宮王の装備を献上しろ」だの、「迷宮王の魔石は王室の物だ」とか、「迷宮王を倒したものを家臣に寄こせ」とか碌な事は言って来はしないのだ。
頭に来たので「欲しければ自分で倒せばよかろう。何故しなかったのだ?」と言い放って帰った来たのだが、あれで引き下がりはすまい。
だが、我が一族の恩人に、我が領地の救主に、何一つ迷惑など掛けられない。恩だけ受け取り仇で返すなど絶対に出来ないのだ、誇りにかけても、我が身に替えても守り抜かねばならない。
昨日もシモムイ村の奇跡の話を伝え聞いた。ギルド長の報告の通り今度は村が救われていた。村の者は皆泣いていたそうだ、感謝のあまり涙し語り続けていたそうだ。
そしてこの街の小さな雑貨屋、商品を集めるのにも元冒険者の店長が魔物と戦いながら仕入れの旅をし、貧しい者には安く分け与え儲け等僅か、行商人だけでは品が足りない貧しい街を支え続けた小さな店。
どれだけ街が助けられたか分からない、何度も援助を申し出たが受け取らずに、街の人々の為に危険な思いをしながら商品を仕入れ、街を街足らしめてくれた、皆が感謝する店。その街の雑貨屋も今や街のシンボルの様に大きくなり、今まで見た事も無い様な豊富な品々に住人は感動し歓喜していた。
街の豊かさのシンボルなのだ、あの溢れんばかりの商品の山が、煌びやかな装飾品が、不自由する事無い大量の食料や調味料が、あれこそが豊かな暮らしのシンボルなのだ。だから人々は群がり、眺めるだけで嬉しさに涙しているのだ。やっと辺境の人々が夢見る事を許されたのだ。今やっと皆が幸せな暮らしの夢を見始めたのだ。
今も貧しい者や病の者にはただ同然で薬品や食料を売るあの店が暴利を貪り大商店になる程に儲かっている訳など無いのだ。
だが今や街のシンボルになったあの巨大な建物が街は生まれ変わったのだと告げている。
誰に聞かなくともわかる、聞く迄もない。その象徴すらも少年が創り上げていったものなのだ。
実際に王家が何をしたと言うのか?王都の貴族どもが何の口を挟めるのだ?この貧しい辺境に微々たる援助金で、それすらも年々減少し、兵も寄こさず、迷宮にすら入った事も無い王都の王族や貴族どもが騒ぎ立てるからといって何一つくれてやる謂れなど無い。ましてや其れは私の物などでは無い、たった一人で迷宮を倒した少年の物だ、他の何人たりとも何の権利も無いのだ。
そもそもが、あの少年はこの国の者では無い。王国の国民では無いのだ。
国から助けられたことも、救われたことも無い。
それどころか本来なら辺境だけで無く、王国も大陸の他国までもあの少年には恩が有るはずだ。無い訳が無いだろう。
誰もが倒せなかった大迷宮、中層にすら到達出来なかったあの大迷宮を討伐したのだ、救われたのだ、これが恩でなくて何だと言うのか?
最早、あの大迷宮が氾濫を起こせば王国はもとより大陸が飲み込まれる運命だった、それが救われたのが何故解らんのだ?
感謝してもしきれぬ恩人に、感謝するどころか奪い取ろうなど無礼にも程がある、恥知らずにも程が有る。
どの面を下げて恩人に宝物を差し出せと言う気なのか?差し出しこそすれ奪おうとは何事か!
「少年とその仲間の事は絶対に漏らすな。他は一切どうでも良い、我らが恩人に迷惑が及ぶ事だけは許さん。」
強欲と無能の恥知らず共が、何も為さずに奪い取る事しか考えられぬ屑達が、権力以外に何も無い傀儡の王家風情が、あの惰弱な中央貴族達が束に成ろうとも有象無象だ薙ぎ払ってでも手出しはさせん、手は出させん。
「軍備を整えさせよ。辺境は守り抜く、魔物だろうと、強欲の馬鹿共であろうと我が領地で恩人に迷惑をかける事など許さん」
例え武力で威圧しようとも魔物とも戦いもせず、自領の迷宮も放置し、見てくればかりが豪華な国軍や貴族軍などに好き勝手させる程に辺境は甘くないのだ。
我が兵達は装備は貧弱で薬すら満足に持たない貧しき領兵だが、大森林の魔物と日夜戦い、大迷宮で魔物を間引き続けた精鋭だ、そして今では充分と迄は言え無くとも装備も整い、武具も強化され、薬品も揃えられたのだ。10倍だろうとも50倍の兵だとも物ともせん。
其れも是もすべてがあの少年から持たされた物なのだから、此処で戦わずして何のための装備か、誰を守る為の剣か、何のための領主か。
領民の安全も守れず、貧しさも変えられず、無能と呼ばれて良い領主だろう。
だが、その領民を富ませ、危険を退けてくれた少年を助けもしない卑怯者とだけは呼ばせん。其れだけは許せん。
「交渉にすら成らないのだろうな、街の警戒も厚くせよ、貴族共の手の者を少年たちの周りに近づけさせるな」
権力からは守り抜く。
力押しなら受けて立つ。
危険なのは間者だろう。
あの少年に危害を加えられるような間者がいるなら見てみたいし、そんな間者がいるなら迷宮倒せよって言う話だ。まあ、いないだろう。
其れ処か私が守り等せずとも王の軍など滅ぼしてしまうのだろう。
魔物の大襲撃、しかもオークキングの群れに比べれば国王軍ですら温すぎる相手だろう。
いったい王国は大迷宮を倒せる少年がどれ程恐ろしいか理解も出来ないのだろうか?
あの少年を倒せると言うなら、大迷宮を倒せたのだと言う事が何故解らないのか?
迷宮王を倒せない軍が、どうして迷宮皇を倒した少年に勝てると思うのか?
無能極まりない。
愚劣窮まる。
どうして王国等よりも強大な力を持つ少年にちょっかい等掛け様と思えるのか?
どうしたら自分たちが滅ぼされる側だと理解でき無いのだろうか?
何故に王国より強い力を持つ者に命令しようと思えるのかが理解できない。
滅亡でもしたいのだろうか?
それならば理解できる。
すぐに滅亡できるだろう。
あっという間に滅ぶのだろう。
気付いた時には滅んでいるのだ。
あの魔の大森林も。
あの大迷宮すらも。
気付いた時には滅んでいたのだから。
王国等滅んでも気づきもしないのかも知れない。
どうせあの少年は王国の名も覚えていないのだから。
王の名等知る気すら無いのだから。
名も無き王国の名も無き王として誰にも知られないままに滅ぼされる事だろう。