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おやつは三百円まで  作者: と〜や
迷子捜索隊
2/3

1.駄菓子屋の前で集合 上

「リョウー!」


 小学校の帰り道。門を出たところで名前を呼ばれて振り返った。下駄箱から手を振りながら走ってくるのはクラスメイトのアオだ。

 制服っぽい紺色のズボンに白いシャツを着こんでる。確か、転校前の学校の制服だって言ってたっけ。

 東京からわざわざこんなところに引っ越してきた、いわゆる『オタク』ってやつだ。手も足もひょろ長くて、でも僕よりは身長は低い、典型的なもやしっ子って母さんが言ってた。

 最近剣道始めたとかで、いつも竹刀を担いでる。今日もだ。ランドセルに竹刀刺して走ってるの、アオぐらいなもんだ。


「またお前が一番乗りかよ、アオ」


 追いついてきたアオは、ぜいぜいと息をしながらも眼鏡を押し上げ、にっこりと笑う。


「当然だよ。僕はリョウの親友だからねっ」

「それがうざいっての」


 アオはアニメとか漫画とか、小説とかが好きで、いろんな知識を持っている。まあ、僕もアニメや漫画は大好きで、転校してきたアオと仲良くなったのは、アニメの話がきっかけだったっけ。

 アオはアニメや漫画で得た知識が役に立つと信じてる。だから、アオが知識を引っ張り出すたびにイライラする。

 でも、僕はそれが何の役にも立たないことを知っている。

 だって、あっちではそんな絵空事、通用しないんだ。……って何回言っても聞いてくれない。

 そのせいで何度か痛い目にあってるはずなのに、へこたれない。

 まあ、その点では見上げた根性だよなあ、と僕は思ってるけど。だからそれほど邪険にはしない。一応友達だし。


「待ってよぉ、リョウ、アオー」


 後ろからえっちらおっちらついてきてるのはノル。今日も柔道着着てら。最初のころは先生も柔道着以外を着て来いって言ってたけど、最近はあきらめたみたいだ。

 アオに比べたら丸々太った豚みたいに見えるけど、あれ全部筋肉なんだよな。背も低いのにがっしり型。一度背負ってみたらめちゃくちゃ重たくてつぶされた。

 家が農家で、朝と夕方の柔道のけいこ以外は、畑の手伝い。遊んでる暇、ないんだよな。でも、僕らとはよくつるんでる。


「ノル、今日は行けんの?」


 僕らの横で足を止めたノルは、大して息も切らさずににこっと笑う。基礎体力が違うんだな、きっと。


「大丈夫。夕方のけいこはお休みなんだ。畑も今日は手伝いいいって」

「そっか、じゃあ一度家に帰ったら、午後四時に駄菓子屋の前な」

「わかった。ハルとあかりは?」


 ノルはきょろきょろと周りを見回してる。

 今は金曜日の午後三時。六年生は下校時間だ。


「僕が出てきた時はまだ教室にいたよ。いつも通りなら来るんじゃないか?」

「一応メール入れとく」


 前みたいに置いてけぼり食らったとか無視されたとかかんちがいされてあかりにぎゃんぎゃん泣かれると面倒だし。

 それに、ハルを置いてったら絶対あとで文句言われる。ねちねちねちねち言われる。それぐらいなら連れてった方がマシだ。


「わかった。じゃあまたあとで」

「またな」


 僕らはノルに手を振る。ノルは学校のすぐそばの家だから、たぶん僕らが家に帰りつくまでに追いついてくるだろう。

 僕とアオは小学校から伸びるアスファルトの道を横切りながら細い路地をたどる。


「相変わらず、ここは不便なところだよね」

「そうかなぁ」


 僕らの家は小学校から山一つ越えた向こう側の斜面にある。瀬戸内海に浮かぶ島の山のこちら側から、毎日僕らは山を超えて小学校まで歩いて通う。

 家の周りは住宅地だからちょっとしたお店はあるけどコンビニはない。少し歩けば潮の匂いがして、海に行き当たる。

 これが当たり前の風景だったんだけど、アオには衝撃だったらしい。

 小学校まで三キロあるのに歩くっていう時点で信じられなかったんだって。

 だからか、転校してから一か月ぐらいはずっとお母さんがアオとアオの弟、妹を小学校まで車で送り迎えしてた。

 そんなことしてるの、アオのところだけだったから結構浮いてたよな。あのころ。

 そのあとすぐ夏休みに入って、僕らと知り合って、なんだかんだ言いながら毎日一緒に遊ぶようになって。

 夏休みが終わったころにはアオも、弟や妹も僕らと一緒に隊列を組んで学校に通うようになった。


「だって、コンビニがないんだよ?」

「家のそばには駄菓子屋があるじゃんか」

「あれだって、日が落ちたら閉まっちゃうじゃないか」

「当たり前だろ、日が落ちて出歩く奴なんかいないよ。それに、こういう田舎だからこそ、ゲートがあるんだぜ?」

「わかってるよっ」


 歩きながらしゃべってるせいか、アオはだんだん息が上がってきたらしい。

 漁港のそばまで来たところで足を止めた。潮の匂いがする。

 やっぱり都会育ちは体力がない。アオたちが一緒に登校するようになるまで、僕らは学校までかけっこしてたけど、初日にアオがぶっ倒れてからやらなくなった。それぐらい体力がない。

 頑張って鍛えてる最中だっていつも胸張ってるけど、朝晩歩く程度じゃ体力つかないと思う。


「東京二十三区のゲートは全部封鎖されたんだ。危険だからって。だからわざわざここに来たんだ」

「うん、知ってる」


 アオがこっちに転校してきた時にさんざん聞かされた。

 転校してきた理由。

 それが、異世界につながるゲート。僕らは『狸穴まみあな』って呼んでるけど。

 僕の家のすぐそばにある神社の裏手に、狸穴があるからだ。


 ◇◇◇◇


 それが世に知られるようになったのは、もう二十年ぐらい前の話なんじゃないかな。僕らはもちろん生まれてないし、狸穴の歴史なんか学校でやらないからよく知らない。

 ただ、新聞で騒がれてたらしいことは、お父さんやお母さんの話で聞いた気がする。

 だから、いつも遊んでる神社の裏手でそれを見た時には、何か分からなかった。

 神社の裏手に回ると、本殿をくぐるように暗い通路がある。何のためにそんな通路があるのかとか知らない。でも、本殿の周りにはでっかい木が何本も植えてあって、日中でも日陰になるその通路は夏場でも涼しいんだ。

 だから、幼いころから僕らはよくそこで遊んだ。

 神主さんに見つかったらぱーっと逃げるけど、またすぐ戻って来てそこで遊ぶ。

 蒸し暑い家の中で遊ぶより、よっぽど涼しかったんだ。

 その日もいつも通りに一番乗りでそこに飛び込んだのは僕だった。

 まさかそこに穴が開いてるなんて思わずに。

 次に目が覚めた時、僕は自分の部屋のお布団の中にいた。お父さんとお母さんが僕をのぞき込んでたのを覚えてる。

 穴に飛び込んでから、三日が経っていた。

 お父さんとお母さんの話によれば、三日前に遊びに行ったきり帰ってこない僕を皆で探してくれたらしい。

 その時にはまだ、あそこに狸穴があるなんて誰も知らなかった。誰も――僕らがいつもあの場所で遊んでいることを知っている仲間たちでさえ、あの場所を探しに行かなかったんだって。

 そして今日。

 僕が向こうから戻って来て、穴の横に転がっているのをノルが見つけた。

 当然大騒ぎになったらしい。狸穴を管理する団体があるらしいんだけど、そこから人が来て調べてったとか、僕も寝てる間にさんざん調べられたとか、ノルとハルから聞いた。

 目が覚めてから、僕もその人に引き合わされた。フルネームは忘れちゃったけど、ゆきと先生というらしい。

 僕が聞かれたのは、穴を通って向こうに行ったのかどうか。行方不明の三日間のことをとにかく聞かれた。もしかしたら誘拐だったんじゃないかとも言われた。

 三日間のことを、僕は隠し通した。

 その時にはもう、知ってたんだ。

 ううん、ハルが教えてくれた。

 ハルは、将来は研究者になるんだと言って憚らないほど、僕らの知らないいろんなことをよく知っている。狸穴についても教えてくれたのはハルだった。

 狸穴には、十歳になるまで入っちゃダメなこと。ううん、十歳に満たない子供が入れないこと。

 僕はその時九歳だった。

 だから、どうして僕が向こうに行けたのか、分からない。

 でも、きっと向こうに行ったことを知られたら、僕は二度と穴を通れなくなるような気がして、向こうに行かなかった、何も覚えていないと繰り返した。

 きっとゆきと先生は全部お見通しだったんじゃないかと、今なら思う。

 僕が何も覚えていない、ということで調査を終わらせたあと、先生は僕らの小学校に臨時教員としてやってきた。

 僕のクラスの担任が産休に入る代打として。

 それから今まで、僕がゆきと先生のクラスから外れたことは一度もない。

 きっと先生は、僕を監視してるんだと思う。

 どうして九歳だった僕が穴をくぐれたのか。向こうに行けたのか。

 その原因を調べたかったんじゃないかと思う。

 僕がそれを確信したのは、まだ九歳のヒナ――僕の妹が、ゲートをくぐった時だった。

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