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おやつは三百円まで  作者: と〜や
プロローグ
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プロローグ

こちらも「一人書き出し祭り」です


ストーリーはできてんですけどねー

「おいちゃん、取ってきたよーっ!」


 牛が引っ張る荷車から飛び降りて、僕らは走りながら声を上げる。

 石造りの家の前、井戸のそばで足を洗っていたおいちゃんが腰を伸ばして僕らに手を振ってくれた。


「おー、お帰り。アオ、リョウ」


 麦わら帽子をかぶったおいちゃんは、空の色を映したような髪と瞳が印象的だ。初めて会った時にはこんな髪の色の人なんてと思ったけど、こっちの世界には様々な色の人がいる。日本みたいに黒や茶色ばっかりっていうわけじゃないんだ。

 肌の色以外に、魔族と呼ばれる種族がいる。魔族は髪や目が黒いことが多くて、初めてこの世界に渡った人たちは、魔族と勘違いされて大変な思いをしたんだって。

 今ではちゃんと異世界人だってわかってくれているけど、田舎に行くとまだ、黒髪黒目を見て石をぶつけられることがある。だから、こっちでは色を抜いてる子も多い。僕らはそのままの色だけど。


「ノルも手綱を取るのがうまくなったな」


 おいちゃんの目の前で、牛が足を止めた。御者台に乗っていたノルは嬉しそうに鼻の下をこすっている。


「ハルとあかりは?」


 僕らは両手に掴んでいたカブもどきをおいちゃんに渡して、周りを見回す。二人は肉体労働には向いてないから、家の中の手伝いをしてることが多いんだ。


「まだ薬師様のところじゃ。夕飯前には帰ってくるぞ」

「そっか、残念。ミカとカインも?」

「いや、あの二人は村長のところじゃ」

「村長の?」


 おいちゃんが荷台から荷物を下ろし始めるのを僕らも手伝う。


「うむ、なんか悪さしたらしくてのう。説教受けとるよ」

「悪さ?」


 僕はアオと顔を見合わせた。

 ミカもカインもおいちゃんの孫だ。年齢は僕らと同じ十二歳。ミカはエメラルドみたいにきれいな緑色の髪と目、カインは深い海の色を思わせる紺色の目と髪。どっちも僕らの友達だ。

 異世界で得た初めての友達。


「なんでも、隣のコパ爺さんとこの畑のオレンジを盗ったとかでな……」

「えっ」


 ノルが素っ頓狂な声を上げた。僕もアオもノルを見て、それからおいちゃんに視線を戻した。

 おいちゃんは僕ら三人を順番に見て、にやりと笑った。


「なんだ、お前らもやったのか? 仕方ねえなあ」

「ご、ごめんなさい。オレンジの木もおいちゃんのだと思ったから……」

「僕がっ盗ったんですっ。ミカもカインも悪くないんですっ」

「ごめんなさいっ」


 僕らはそろって頭を下げ、懐からもいだままのオレンジを取り出しておいちゃんに差し出した。


「いや、お前たちはいいんだ。畑の真ん中にあるオレンジの木だろう?」

「はい」


 頭を上げろ、と言われて顔を上げると、おいちゃんはからからと笑っていた。


「あれは俺んとこのオレンジだからいいんだ。が、ミカエルとカインはコパ爺さんの収穫済みの箱からオレンジをくすねたらしくてな」


 コパ爺さんのオレンジ山は少し離れたところにある。僕らも収穫のお手伝いに行くことがあるからよく知ってる。今週はコパ爺さんのところの手伝いはなかったからまだ行ってないけど。


「もしかして今週ってミカとカインが収穫の手伝いだったんですか?」

「ああ、そういえばそうだな」

「じゃあ……たぶんそれ、手伝いのお駄賃ですよ」


 アオの言葉に僕も頷いた。そういえばそうだ、コパ爺さんは収穫の手伝いが終わったらいつもオレンジの箱からもいだばかりのオレンジをくれていた。

 だからそのつもりでもらったんじゃないかな。


「たぶんそうだろうな。まあ、ちょいとくすねすぎたらしい。お駄賃に十個は多いだろう?」

「うーん……」


 僕らももらうのはいつも一個か二個だもんね。なんでそんなに取ったんだろ。


「ま、戻ってきたらそのオレンジでも食わせて慰めてやってくれ。そろそろ戻ってくるだろうから」

「うん、わかった」

「さ、手を洗ったら入れ。かみさんが待ってる」


 おいちゃんに急かされて、井戸端で手を洗って家に入る。

 土間を通り抜けた先にはキッチンがある。キッチン、といっても現代日本みたいなところじゃない。土間の延長で、部屋の片側には大きな水がめと野菜やお皿を洗うための流しみたいなところ、それから調理台がある。

 かまどは角っこにあって、鍋を据える口が二口。それと外にもかまどがある。これは、焼き物専用で、上に鉄の棒が渡してある。焼き網を乗っけて魚を焼いたりするのは煙が出るからもっぱら外で焼くんだって。

 ふたをすればスモーク釜にもなるんだ。この間はおいちゃんと一緒にスモークサーモンも作った。サバイバルっぽくって僕は気に入ってる。


「おかえりなさい、アオくん、ノルくん、リョウくん」


 かまどの前にいたおいちゃんの奥さん――リエおばさんが立ち上がった。夕飯のために火の準備を始めてるらしい。


「ただいまです、リエおばさん」


 三人で声をそろえると、嬉しそうに僕らを手招きした。リエおばさんはおいちゃんに比べるとまだまだ若い。本当においちゃんの奥さんなのかと思うくらい若い。

 だって、おいちゃんは僕らのおじいちゃんよりももっと年上に見えるけど、リエおばさんは僕らのお母さんぐらいにしか見えないんだもの。

 そのリエおばさんの前に並ぶと、おばさんは僕らを一人ずつぎゅっと抱きしめて、「おかえりなさい」って一人ずつ言ってくれる。

 こんなに大切にされたの、自分の家でもない。……お母さんには悪いけど。初めてぎゅっとされた時は恥ずかしかったけど、今はもう慣れた。むしろ、日本に戻ってお帰りなさいのぎゅうがないのがさびしいくらいだ。

 ちなみに、おいちゃんとリエおばさんの息子夫婦は、街に出稼ぎに行ってるのだそうだ。なんでも、息子さんのヴァンさんは剣の腕がいいらしくて、街の衛兵として雇われてる。あの戦争でも果敢に戦ったんだっておいちゃんが誇らしげに言ってた。よく生きて帰ったって泣いてたのを今でも思い出す。一度会って武勇伝を聞いてみたいんだけど、なかなかタイミングが合わないのが残念。

 収穫の忙しいときとかには帰ってくることもあるけど、今は僕らがホームステイしてるから、よっぽど忙しくなければ帰ってこないんだって。それは寂しいらしいけど、寂しく思う暇もないくらい、僕らやミカ、カインのお世話で忙しいって笑ってた。


 そう。僕ら五人全員、おいちゃんのうちにホームステイしてる。

 ふつうは、一人ずつばらばらにホームステイ先が決められる。

 だって、一つの家に五人も六人も押しかけたら迷惑だよね? 食事とか洗濯とか寝るところとかさ。

 でも、おいちゃんのところ……というか、ここの村は、僕らを受け入れてくれる人が他にいなかったんだ。

 前に、こっち側の管理人に話を聞いたことがあるんだけど、大きな町だと僕らみたいな子供のための学校があるんだって。文字と言葉、それからこっちの世界の常識を教えてくれる学校。

 でも、小さな村だからだろう、ここにはそんなものはなくって。

 こっちの言葉をろくにしゃべれない僕らを受け入れて、言葉と文字を教えてくれたのはおいちゃんだけだった。

 僕らがこの村に来た時、先輩は誰もホームステイしていなかった。でも、僕らが文字を覚えて言葉を覚えてからは、後輩の子たちには僕らが教えてる。

 僕らはおいちゃんところの手伝いだけじゃなくて、村長さんの頼みでほかの人の手伝いにも行く。

 最初はずいぶん嫌がられた。

 でも、この村に顔を出すようになってもう二年。僕らの顔を覚えてくれた人も増えた。

 僕らがなじんでいくにつれて、村の人たちも僕らに笑いかけてくれることが増えた。

 僕らの後にわたってきた子たちも、おかげでホームステイ先が見つかるようになった。

 僕らもそろそろ別々の家にお世話になったほうがいいのかなって、思ってるんだけど。

 おいちゃんが別にかまわないって言ってくれてるらしい。

 だから、今も五人全員がおいちゃんのうちにいる。。


「じゃ、ご飯の準備、手伝ってくれる?」

「はいっ」


 僕らはおいちゃんとリエおばさんの手伝いなら喜んでする。

 二人は、僕らにとってはこの世界のお父さんとお母さんだから。


 ◇◇◇◇


 晩御飯にはハルとあかり、ミカとカインもそろってた。ミカとカインはおいちゃんにげんこつでも食らったのか、頭を痛そうにさすってる。

 食事の前と後に簡単なお祈りをするのもこっちの風習。

 宗教じゃないらしい。僕らがいうところの『いただきます』や『ごちそうさま』に似てるから、もしかしたら僕らより前に来た人たちが伝えたものなのかもと思ったけど、この村にきたのは僕らが最初だから違うらしい。

 ご飯はもちろんおいしかった。リエおばさんの作ってくれる料理は、この村の郷土料理がほとんどだ。時々そうでないものが並ぶ時があるけど、それはあかりが作ったものだったりする。

 そうそう、食べるものは日本のものによく似てる。

 ジャガイモにニンジン、玉ねぎ。荷車を引くのは牛や馬。時々僕らの知らない食べ物もあるから、そういうのは単語そのままで覚えてる。

 食事のあとは子供部屋にみんなで集まるのが習慣だ。ルフ茶と呼ばれるすこーし甘いお茶と、リエおばさんの焼いてくれた堅焼きクッキーを真ん中に置いて、床に敷いた絨毯の上に丸く座る。


「で、なんでオレンジ十個なんか盗んだんだよ」

「盗んでないって。コパ爺さん、ひどいんだぜ? 俺らにいくらでも持ってっていいって言ったのにさあ」


 ハルの少しとがめるような口調に、ミカは唇をとがらせた。カインも機嫌悪そうな顔で頷いている。


「じゃあ、コパ爺さんが嘘ついたのか?」

「わかんねえ。でも、すっごい剣幕でさ」

「そうそう、めちゃくちゃ怒ってたよな。そんなに珍しかったのかな、あのオレンジ」


 僕はアオと顔を見合わせた。おいちゃんの畑のオレンジは、晩御飯のときにカットしてみんなで食べたけど、そんなに変わった味はしなかった。いつも食べてるオレンジの味だったよな。


「変わってたからアレにしようって言ったの、ミカじゃないか」

「そりゃそうだけど……」

「変わったオレンジ? どんな感じに違ったの?」


 ハルが顔を上げた。それまで興味なさそうに聞いてたのに、今は目がキラキラ輝いてる。

 きっといつもの悪い癖が出たんだ。ハルは知識欲がすごいんだよな。僕らでも時々引いちゃうくらい。


「どう違ったって……なんか少しでかかった」

「皮の色が少し赤かった気がするけど、日がよく当たったオレンジってあんな感じだろ?」

「でかくて少し赤かった。……持ったときの感じは? 硬かった? 柔らかかった?」


 さっと取り出した紙束と携帯用ペンにいろいろ書き付けていく。こんな時でもちゃんとこっちの言葉を使うんだ。まあ、ミカやカインがいるところでは日本語は使わないことにしてるし、日常生活で使ってる方が、言葉は覚えやすいし。


「んー、言われてみりゃ、なんかいつものより柔らかかったな。なんか、ふにふにしてた」

「……他には? 匂いとか、味とか」

「わかんねえ、結局全部取られちまったし、食べてもねえ」

「じゃあ、もしかしたら新種なのかも」

「新種?」


 ハルの独り言に声を上げると、ハルは立ち上がって棚から一冊の本を持ってきた。

 手書きっぽいその糸綴じの本は、ずいぶん使い込まれてるみたいで表紙が黒い。


「うん、この村でとれる作物はあらかた調査済みだから。僕が作った作物図鑑にはなかった」

「へえ、そんなのあるんだ」


 ハルの手から本を取り上げる。


「乱暴に扱わないでね。糸が切れるから」

「りょーかい」


 ぱらぱらめくると、葉っぱや実の形のデッサンが挟み込んである。白黒しかないのが残念。こっちの世界にはまだ色鉛筆ってないんだよね。

 絵具はあるらしいんだけど、こんな田舎の村じゃ手に入らないし。

 図鑑はちゃんと分類別にしてあって、情報が増えたら綴じ直してるらしい。

 柑橘系の果物のページをざっと見たけど、言ってるようなオレンジは載ってない。


「コパ爺さんところだったよな。明日調べに行ってくる」

「えっ、大丈夫なのか? 勝手に潜り込んだりして」

「そうだよ、せめてじいちゃん連れていきなよ」

「ミカの言う通りだよ」


 ハルの言葉にミカとカインが声を上げた。じいちゃん、つまりおいちゃんを連れて行けってことだよね。


「でも、おいちゃん忙しいだろ?」

「俺たちから頼んどくよ。ほっといてもハル、行くだろ?」

「違いない」


 アオと顔を見合わせて笑う。そうなんだよな、ハルは頭がいい。新しいことを知るのが大好きで、日本でも、こっちの世界でも本を読んだり話を聞いたりして知ったことを全部まとめてるんだ。

 頭がいい反面、知りたいと思うと周りが見えなくなるところがあって、僕らはいつもハルの護衛兼お目付け役だ。

 今回も、ほっといたらきっと一人で突撃するんだろう。


「じゃあ、ミカ、カイン。よろしく」

「おう、頼まれた」

「もし本当に新種なら、この村の特産品になるかもしれないしな」

「特産品かぁ。いいな」


 この村の特産品っていわれてもピンとこないんだよな。オレンジは特産品って言えるのかもしれないけど、他所でも作られてるし。


「そうなればいい金になるだろうし、今より余裕ができるだろ?」

「なるほど、いいな」

「まあ、調べてみないと何とも言えないけどな」


 ハルは照れくさそうな、ちょっとうれしそうな顔をしている。

 こういう時、ハルがうらやましいなと思う。ハルの知識欲は、こっちの世界の役に立ってるから。

 あかりも薬師のところでいろいろ教えてもらってるのを知ってる。先週なんかけがした時の傷薬作ったとか言ってたし、ノルは牛の手綱さばきをほめられてた。

 僕らは――僕は何か役に立ててるんだろうか。

 十八歳まであと六年。

 僕はその時、どっちを選ぶんだろう。

 日本か、異世界こちらか。

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