四月 帰宅した詩織と体育の授業
用事を済ませて帰宅した詩織は、今日一日のことを電話で母親に報告していた。
「入学して数日、友達ができるか不安でしたが無事にできそうです。今日、岩崎雅さんと坂下楓さんが友達になろうと言ってくださったんです。お昼休みにいきなり話しかけられてびっくりしましたけど、雅ちゃんも楓ちゃんもいい人そうで良かったです。」
「あら、もう下の名前で呼びあえる友達ができたのね。良かったじゃない。お母さん心配してたのよ。中学までは友達ができたって聞いたことがなかったから。でも、もう心配しなくて大丈夫そうね。」
中学までの私は、いつも一人ぼっちで過ごしていました。昼休みはいつも読書していたので、誰も話しかけて来ませんでしたし、私自身も友達がいないことを気にしていませんでした。でも、中学の卒業式に周りのみなさんが楽しそうにしているのを見て、高校では頑張って友達を作れたらいいなって思っていたんです。ですが、今まで友達を作ったことが無かった私は、どうやって友達を作ればいいか分からずにいました。そんな私に、雅ちゃんと楓ちゃんが友達になって欲しいと言ってくださいました。
「はい。お二人には感謝してもしきれません。いつか恩返しをしたいと思っているのですが、どういうことをすれば喜んでいただけるでしょうか。」
「どんなことでも大丈夫よ。感謝の気持ちが込もっていれば、その子たちは喜んでくれると思うわ。まずは明日、あなたから挨拶をしてみたら?きっと喜んでくれるわよ。」
「私から挨拶ですか。友達に自分から挨拶をするなんて初めてのことですから、失敗しないかすごく不安です。」
「大丈夫よ、あなたならできるわ。それじゃあ、おやすみなさい。」
おやすみなさい。そう言って私は電話を切り、明日の朝のイメージトレーニングを始めました。
キーンコーンカーンコーン……予鈴のチャイムが鳴り、廊下で話をしていた生徒たちはそれぞれの教室へ入っていく。ギリギリで登校してきた私は、彼らに混じり一年二組の教室へ入った。
「あっ、雅ちゃん! おはようございます。」
私が教室へ入ると同時に、詩織ちゃんから挨拶をされた。予想していなかった私は少し驚いたが、すぐに挨拶を返した。
「おはよう詩織ちゃん! 詩織ちゃんから挨拶してくれるって思ってなかったからちょっとびっくりしちゃったよ。」
「ごめんなさい、迷惑だったでしょうか?」
「ううん、すっごく嬉しかったよ!」
そんなやり取りをしているうちに本鈴のチャイムが鳴り、一時間目の授業が始まった。
午前の授業は滞りなく進み、すぐに昼休みになった。今日も三人で昼ご飯を食べていた私たちは、午後の授業の話をしていた。
「次の時間は体育だねぇ。って詩織ちゃんどうしたの!?すごく元気がないみたいだけど……。」
「私、運動がとても苦手なんです。球技や器械運動もダメなので、体育の授業があるって考えるだけで憂鬱です……。」
「そ、そんなに運動が苦手なのか。そりゃあ嫌になるよな。」
私もそこまで運動が得意というわけではないけど、詩織ちゃんほど苦手でもない。身体を動かすのはどちらかといえば好きな方だ。
「はい。今まで運動部に入ったことも無いですし、体育の評価はずっと低いままでした。」
「そうなんだ。でも安心して! 私、自己紹介で短距離走が得意だって言ったけど、人並みより早いくらいだから。運動が得意なのは楓だけだよ。」
楓は中学の頃にバレーボール部に入っていて、試合の時はいつもスタメンだったからそれなりに運動が得意な方なのだろう。
「得意って言うほどでもないけどね。部活をやってるうちに慣れただけだと思うし。」
「運動部に入ろうと思うだけですごいと思います。私なんか考えたこともないですから。自分から何かをやろうと思える人は尊敬します。」
「だよね。私も今まで平凡な学校生活を送ってきたから、楓がバレーボール部に入ることを決めた時はすごいなあって思った。」
私も自分から何かをしようって決意したことが無かったから、あの時は楓をすごく遠い人になってしまったように感じた。
「二人とも褒めすぎだって。誰だってやればできるんだから、まずは何かやろうって思うことが大切なんだよ。」
「そうだね。だから高校では私にできることをやろうって思ってるよ。頑張って生徒会長みたいな格好いい人になるんだ!」
今までみたいなつまらない学校生活にはもうしたくないから、高校では自分から行動するって決めたんだ。そうすればきっと、学校が楽しくなるから。
「生徒会長みたいなということは、雅ちゃんは生徒会に立候補するんですか?」
「あ、そうか。生徒会のお手伝いをしようかなって考えてたんだけど、自分が生徒会に入るっていう方法もあるんだね。そんなの考えもしなかったよ。」
「考えてなかったのかよ! 最初からそのつもりだとばかり思ってたぜ。」
楓は最初から私が生徒会に立候補するつもりなんだと思っていたみたい。だったら教えてくれれば良かったのに。
「そっかぁ。私が生徒会に立候補かあ。考えたこともなかったけど、二人が勧めてくれるなら立候補してみようかな。」
「まあ、立候補しても当選するとは限らないけどな。他にも立候補するやつがいるかもしれないんだし。」
言われてみれば確かにそうだ。他に立候補者がいないとは限らないし、一年生に投票しようと思ってくれる人がいるかもわからないんだよね。
「そうだよね。投票してもらえるように頑張らないとだね。」
「雅ちゃんならきっと大丈夫ですよ。私も選挙活動のお手伝いします。」
「ありがとう! もちろん楓も手伝ってくれるよね?」
私がそういうと渋々といったように楓が頷いてくれた。
「仕方ねえなあ。私も手伝ってやるよ。その代わり、落選したら承知しないからな?」
「大丈夫! なんとかなるよ!」
今から考えてたって仕方ないもんね。どうなるかなんて、その時になってみないとわからないし。
「楓ちゃんだけじゃなくて、雅ちゃんもすごいです。やろうとしていることがはっきりしていて。私にもできることがあればいいんですけど。」
「きっと詩織ちゃんにもできることがあるよ! 一緒に頑張ろうね!」
こうして、私は生徒会へ立候補する気持ちが固まったのだった。