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第七話「新たにまさかな転校生」

王とは常に謁見の間の玉座に座り続けているわけではない。

執務室で様々な陳情書と向き合ったり、時には外交に向かうこともある。

一般人とは立場が違えば影響力も違う。

短絡的に最善手を行うことが最良の結果に結びつくとは限らない。

常に大局を見て、二手先、三手先を考えた動きを求められる。

家族との会話ですらもこの国の未来を左右するのだ。

当たり前の愛情を注ぐという最善手が最良の未来を得る結果にならないのならば、鬼にもなろうというものだ。

故に彼はこのタイミングでアリアを表舞台に立たせたのだ。

「アリア、学院の視察はどうだった?」

「存分に楽しませてもらいましたわ」

「それはよかった」

「ふんっ」

彼女が派手に動けば動く程、魔法というものの恐ろしさが、強大さが知れ渡る。

恐怖というものは簡単に人の理性を失わせる。

祖国を失うかもしれないとなれば尚更なおさらだ。

これまで陰に日向に行われてきた誘拐事件の数々。

そろそろ首謀者があぶりだされる頃だろう。

「興味があるのならば、学院に籍を置いてみるか?」

「は、はぁ!?い、いえ、わたくしとしては嬉しい話ですが……本気で言っておられますか?後になって急に取り下げられても受付ませんわよ?」

「冗談でこのような事は言わんよ。そろそろ見聞を広める時期だろう。王となるにはより大局を見据える事の出来る器が必要だからな」

今のお前はにはそれが欠けている、と言外に匂わせる。

娘がそれに気づくなどとは思っていないが。

「また何を企んでいらっしゃるのか……先日私が視察を行った後、城内でいくつか人事異動があったと使用人の間で噂になっているようですが」

「お前には関係のない事だ」

己が力でその答えにたどり着けない間はな、と心中で付け足す。

「またそのような言い方をされる……お父様が何をしようが勝手ですが、ならば私も勝手にさせていただきますわ!学院には入学させていただきます。お父様が今更取り下げられても絶対に聞き入れませんから!!」

怒り心頭といった様子で執務室から退出したアリアを見送ると、彼は小さくため息をついた。

女王となるならば急ぎ政略結婚などする必要はない。

世継ぎの事を考えればいつかは結婚してもらわねばならないが、彼女自身に相手を選ばせる余裕はできるかもしれない。

だが、いつまでも成長しないようならば、貴族の中から器のものを見出して王とする未来も考えねばならなかった。

他国と友好を結ぶための結婚という道もあるかもしれないが、魔法技術を手に入れる為の道具にされるのがオチだろう。

それを拒否すれば腹いせにどんな待遇を受けるかもわからない。

この技術はあくまで抑止力でなければならない。

全ての国がこぞって用い、魔法大戦など起ころうものならどうなることか。

だからこそ断固としてこの技術を外に出すわけにはいかないのだ。

「親の心子知らずとはよく言ったものだな」

もう一度だけため息をつくと、さっと気持ちを切り替えて国民からの陳情書に目を通す王だった。




この日、学院は朝から大荒れだった。

『なんで最下層クラスなんかに……』『あいつら調子にのりやがって』等の負の感情が最下層クラスに集まっていたのだ。

(まあ僕はもとからクラスメイトからも煙たがられてたから今更敵意の視線が増えたところで気にならないけど)

ともかく、今まで見下すだけで良かった最下層クラスが目立つ事件が立て続けに起きているのだ。

より上層のクラスからは良く思われていないのは当然の事ではあった。

だが、ここまで敵意が明確化したのは、今日やってきた転校生のせいだ。

「というわけで、今日からよろしくお願いします」

「えっ、ほんとに?」

思わずそう言ってしまう僕だが、仕方ない事だろう。

神代くんの時にも説明したが、この時期に転校生なんて基本的にありえないのだ。

しかし、ただでさえあり得ない最下層への転校が二人目というのだから酷い。

そこまで長い歴史は持たない魔法学院だが、当然前代未聞の事態だ。

しかもその転校生が姫殿下だというのだから、『えっ?』と言いながら目をこすり、『えっ!?』といいながら二度見して、『えっ!!』と言いながら頬をつねってしまったのも仕方のない事だろう。

ちなみに神代くんからは変人を見るような目でみられてしまった。

「席は先日のものを流用させていただきます」

そういって神代くんの隣が定位置のように座り込んだ。

最近神代くんの主人公指数が上がり過ぎだと思う。

(少し前までは黒川くんが主人公っぽかったんだけどなぁ)

等と考えるのは黒川くんに少し失礼だろうか。

当の黒川くんは、そういったことに嫉妬を覚えたりするような器の小さい人間ではないようだ。

一方僕は友達の事だというのに、ちょっと嫉妬していた。

やはり僕は物語の主人公にはなれそうもない。

「今日からは一国の姫としてではなく生徒としてこの場に通わせていただきますので、どうか姫殿下ではなくアリアとお呼びください」

姫殿下……アリア様のこの言葉に教室内が沸いた。

でも僕は、このことが切欠で一波乱あるだろうなと思っていた。

その時、ふと視線を感じた。

視線を巡らせる。

と――

(黒川くん……?)

何故か黒川くんと目が合った。

これまで見下されることはあっても直接的な嫌がらせを受けたことはなかったのだが……

(用事でもあるのかな?)

そう思うが、すぐに視線は外された。

偶然だったのだろうか。




放課後。

「改めて学院について教えてもらえませんか?」

「先日大体の場所は案内されているはずだが」

「そうですが、客人として見る学院ではなく共に学ぶ生徒としての学院を見たいのです」

「なるほど、一理あるな。大樹、任せた」

「えっ、僕!?」

「まだ学院に来て日が浅い俺ではやはり生徒特有の視点というのは難しいからな」

「そんなことないと思うけど……」

「まあこれも経験だと思ってやっておけ」

「お二人ともそんなにわたくしを案内するのは嫌なのですか?」

確かにこれでは役目を押し付けあっているようにも見えるだろう。

「そ、そんなことないです!」

僕は即答するが、神代くんは視線をそらした。

ほんとに嫌なのかも。

「えっと……知ってることばかりになってしまうかもしれませんが、大丈夫ですか?」

「ええ、構いませんわ」

「それでは……まず基本的な事ですが、この魔法学院は石造せきぞう建築です。チェス盤のような見た目の床は大理石と、それを模してつくられた原魔製品の特殊な建材を交互に敷き詰めてつくられていて、校内で何かが起きたとき……それが魔法によるものならば白い部分、つまり大理石で出来た床だけが破損するようになっているらしいです」

実はこれは神代くんの受け売りだった。

ちなみに魔法によるものかを知ることにどのような意味があるかというと、今の時世では魔法によらない破壊の場合は十中八九が国外勢力による仕業である為、どういった勢力の仕業かを早期に知ることにつながり、それは学院の生徒を守ることはもちろん、国を守る意味でも重要だった。

「なるほど、そのような意味があったのですね。純粋にデザイン面を考慮した結果だと思っておりましたわ」

「当然、そういう側面もあったんでしょうけどね」

そういいつつ窓を開けて、外の景色を見る。

遠くに蒸気が立ち上る街並みが見えるが、学院の敷地内ではあまり蒸気は見られない。

「一般家庭などは壁に魔水パイプが何本も走っているのが常ですが、この学院では全て地下か壁内に埋め込まれています。敷地内ではむき出しの魔水パイプを探す方が難しい程です」

むき出しの魔水パイプが見れるのは学院全体を覆っている外壁の、それも外側までだった。

本来は景観を考えれば全てそのようにすべきなのだが、魔水の種類も多く、また普及開始から間もないこともありごく限られた施設でしかパイプの埋め込みが追い付いていないのが現状だった。

そこを犠牲にしたからこそのこの普及率だともいえる。

「お城でも普通のことなので、むき出しのパイプがみられる光景の方がわたくしには新鮮でしたわ」

アリア様がどれだけ箱入りだったのかが窺える言葉だ。

ちなみにこの魔水パイプの破壊は重罪である。

危険なのは当然だが、破壊されれば魔水が垂れ流しとなり、資産的損失が途方もない為である。

当然パイプは強固な素材で作られているため、そう簡単に破損することはないが、あえてそう定められているのは海外からの入国者に対する警告の意味合いが強い。

精製技術が進んでいない他国ではまだまだ魔水は入手困難であり、今でこそほとんどなくなったが、当時はパイプを破壊して魔水を持ち帰ろうとする者もいたのだ。

将来的には魔水パイプは全て地中に埋めることを考えているようだが、現時点では当分先の未来だと言えた。

他館の屋上から立ち上る蒸気に視線を移す。

「屋上は蒸気の排出先となっていることから、技師がメンテナンスの為に立ち入る事はありますが一般生徒の立ち入りは禁止されてます。これは純粋に危険だからですね」

「そういうパンフレットにも載ってそうな話はいいですわ」

「なら、この学院の各館の見た目が貴族の屋敷を意識してつくられているっていう話も飛ばした方がよさそうだね」

「学院生が将来貴族の家庭へ仕える事になった場合等に備えた配慮、でしたわね。存じております」

優秀な人材を輩出すべく国王推進のもと作られた学院なのだから、貴族宅への就職率が高いのも当然だ。

しかし一般人がそうした家庭へと就職した時、あまりの価値観の違いに色々とトラブルがあった。

物の価値が解らないままうっかり壺を割ってしまい……などという事も実際にあったらしい。

そんなわけで価値観のすり合わせや、貴族社会の常識を知るためにも立派な(或いは豪奢な)建物である必要があったらしい。

「もう少し俗っぽいお話が聞かせていただきたいです」

「侍女の方がこの場にいらっしゃったら叱られてそうな発言ですね」

「ふふっ、確かに『はしたない』等と言われていたかもしれません。置いてきて正解でしたわ」

報われない侍女さんだった。

「うーん、でもそうなるとどうしようかな。魔法記念館前が静かに過ごしたいときにいいっていうのはこの間の昼食の時に行ったから知ってるだろうし……」

「方向性としては間違っていませんわ」

「なら……学食のおすすめ料理とか?」

「そういう話が聞きたかったのです!」

目を輝かせて身を乗り出してくるアリア様。

未知の話を前に興奮しているのか頬が上気していて、それに近くていい匂いもして、なんだか……

「うっ……そ、その話はお昼に学食ですればいいんじゃないかなっ」

とっさに誤魔化して距離を取った。

心臓がバクバクいっている。

「明日の昼までおあずけですか……いえ、私も少しはしたなかったですわね」

「あはは、おあずけとか別にそういうんじゃ……ん?」

アリア様の言葉に苦笑していると、教室の外から悪意を向けられているのを感じる。

(出待ちか……)

このままだと面倒事は避けられない。

僕は覚悟を決める。

「ごめん、ちょっと用事。やっぱりアリア様の事は神代くんにお願いするね」

「お、おい、大樹?」

僕が教室を出ると、待ってましたとばかりに囲まれる。

「こっから先は通行止めってやつだ」

「解ってるよ」

「ほぉ~、知っててやってきましたってか?ぎゃはは!」

「で、お前の名前なによ?」

「大樹必成だけど……」

「なんだ、釣れたのはしょぼい方かよ!」

「まあいいじゃねぇか、どっちもウザイのに変わりねぇし」

しょぼい方と言われたからにはしょぼくない方が居るのだろう。

どう考えても神代くんの事だ。

神代くんとならこんな人たち倒せるかもしれない、と思う。

でも余計なことに巻き込みたくなかった。

「で、どこ行けばいいの?」

「殊勝な心掛けじゃねぇか、いいぜ、案内してやるよ」

僕は高圧的なこの集団に囲まれて、さながら護衛でもされるかのように体を隠されながら移動する。

もっともこれは護衛などではなく後ろめたい事実を隠すための行動だろうが。


言われるままについていくと、そこはごみ焼却場だった。

確かに魔法記念館前以上に人が来ることはないだろう。

こんなゴミと煤の臭いが漂う場所に好き好んでくる者はいない。

袋叩きにするにはうってつけの場所だ。

「おとなしくついてきたことだけは褒めてやるよ」

「だが、おめぇらちょっと調子に乗り過ぎたな」

最下層クラスが調子にのったくらいでどうにかなるなら、そっちのクラスもその程度なんだろうと思ったが口には出さない。

そんなことを言っても長引くだけだ。

さっさと殴らせて素面に戻してやろう。

「さっさとやれば?殴ったり蹴ったりすれば満足でしょ」

それに神代くんやアリア様にこんな学院の汚いところを見てほしくなかったのだ。

「な、てめぇ……!望みどおりやってやんよっ!!」

「うっ!?」

腹を殴られる。

一発で僕はうずくまった。

「ぎゃはは!口ほどにもねぇ!!」

「おらおら!まだまだお楽しみの時間はこれからなんだよっ!!」

「ぐ、ぁっ……」

されるがままに殴られる。

いじめというのはあまり直接的に殴る蹴るに至ることはない。

気持ち悪い、気に入らない、はけ口が欲しい、そういうものが原動力で、陰湿な嫌がらせが主だ。

しかし特別に暴力が好きな相手ならばその限りではない。

そういう場合は運動能力等でもこちらが相手より劣っている事が多い。

その上人数まで用意してくる。

だから相手は絶対的優位を確信している。

そして教職員に報告したところで9割9分解決しない。

自警団に報告したところで彼らも暇ではない、そんなものでは動かない。

それに仮に彼が動いてもその場限りの反省をし、再び呼び出され『よくもチクってくれやがったな』『チクるとか卑怯な真似しやがって』と絶対的優位な状態をつくってからぼこっている事を棚に上げて言いがかりをつけてくる。

根本的な解決を望むなら、自分が変わるしかない。

連中に『こいつをいじめるのは高くつく』と思わせなければならない。

されるがままなのは僕がおちこぼれている間だけだ。

(今に、見てろ……)

胸中で復讐心を育てる。

いつかの為に、心の牙だけは折られないように大切に守らなければならない。

「許してくださいって言ってみろや!」

「土下座したら許してやるよ!!」

100%許されない。

泣いて謝っても暴行が陰湿な嫌がらせにシフトするだけ、図に乗るだけだ。

痛い、逃げ出したい、許してほしい、でも言っても助からない。

だから黙ってやられておけばいい。

絶対に後悔させてやる。

泣いて許しを乞わせてやる。

その為にも、僕はもっと優秀な生徒にならないと……結果を残せるようにならないと……

「かはっ……ぐ、うぅ……」

相手の方は決して見なかった。

怒りと憎悪に満ち、復讐を誓ったこの顔を見られたらまた長引く。

そこに声が響いた。

「お前ら、なにをしている!!」

(神代くんが来てくれた……?)

そう思ったが、どうにも声が違う気がする。

芋虫のように這いつくばりながらも、なんとか声のほうへ顔を向ける。

そこにいたのは……

「くろ……か、わ……くん?」

黒川俊介だった。

「なんだてめぇ……」

後ろめたい場面を見られた人間の反応はいくつかある。

その中でも最もポピュラーな反応は逆ギレだ。

「おめぇこいつの仲間か?なら最下層のごみだろ、名乗ってみろよ、なぁ!?」

「お前らなんぞに名乗る名前はないな。そういうお前らもそんなに鬱屈してるんだ、どうせ下層あたりの底辺クラスだろ?」

「最下層ごときにごちゃごちゃ言われる筋合いはねぇんだよ!!」

図星だったのか、烈火のごとく怒り狂う集団。

「くろか、わ、くん……なん、で……?」

「別になんでもないさ」

言いつつ黒川くんが発動器をスラリと抜き放つ。

それを見て連中がにやりと嗤った。

「抜いたな?」

連中も一斉に発動器を構えた。

不味い。

いくら黒川くんが優秀でも、それは最下層クラスを基準に考えた話だ。

下層程度なら十分通用する練度だとはおもうが、人数が違う。

「にげ、て……」

「プッ」

僕が黒川くんを心配するのが相当に可笑しかったようだ。

逃げてと言ったら噴き出された。

「てめぇ!!」

下層クラスの連中が一斉に魔法を放った。

しかしそれを横に跳んでよける。

そこに着地を狙った避けられない一撃が飛んできた。

「くろかわくん……っ!!」

しかし――

「なっ!?」

着地を狙った一撃を見事に受け流していた。

そのままくるっと刃を相手に向け――

「寝てろ」

「がっ!?」

驚きで硬直している相手を立て続けに二人打ち倒す。

「す、すご……」

僕は思わず声をもらしていた。

いつか僕がやってやろうと思っていた事が、目の前で実現されている。

最下層クラスにいながら、上位クラスに勝ってやろうといつも息巻いている彼の言葉は伊達じゃなかった。

「くそ、まずは足を止めろ!」

リーダー格らしき男が周りの連中に命令を出す。

命令を受けて弾を詰め替えようとしているところを立て続けに3人、撃ち抜いていく。

「ひっ!?」

残ったのはリーダー格一人だった。

「最下層クラスの人間一人相手に6人がかりでこのざまか……お前、なんで最下層じゃないんだ?」

心底見下したような目で相手を見つめる黒川くん。

「ひぃぃ!?」

その迫力に尻尾を巻いて逃げ出していった。

「…………」

僕は無言でその様子を見つめていた。

そんな僕に目を向けると、黒川くんがため息をついた。

「お前なんでこんなことをしたんだ」

「何、が……?」

「解らないのか?」

「……?」

何を非難されているのか解らない。

僕はやられているだけだったのだから。

「なんで、お前は、わざわざ、あいつらの挑発を、受けに行ったんだ?」

ひとつひとつ噛んで砕いて教えるように区切って言われる。

「それは……別に、なんとなく……」

「嘘をつくな」

何か確信でもあるのだろうか。

やけに断定してくる。

最下層クラスの中にあって最底辺の僕が、あのクラスに悪意が持ち込まれるのが嫌で、なんて生意気な理由を語るのがものすごく恥ずかしい事のように感じて、僕はつい不機嫌な口調でごまかした。

「なんでもいいでしょ、別にくろかわくんにはかんけい――」

「関係なくはないだろ、同じクラスだ」

「めいわくかけ――」

「かけられたろ。助けさせられた」

「別にたのんで――」

「助けてやってんのにそういう言い方すんな」

恩着せがましいとか、いろいろと嫌な感情が胸の内を渦巻き始める。

優秀な黒川くんは僕みたいな底辺の塵なんて放っておけばいいじゃないか――そう思ったところで、神代くんの言葉がふと頭をよぎった。

『その目をやめろ、大樹。卑屈になるな、顔を上げろ。自分に絶望するな、自分に失望するな、せっかく逃げ出したいのも我慢してしがみついているんだろう?そんな気持ちで向き合っていたらお前の我慢は無駄になる』

胸を張ってみるべきなんだろうか。

自分の気持ちに。

それはとても恥ずかしい事のように思える。

いつか実力が伴うまでずっと胸の内に抱えておきたいと思う。

でも、それを誤魔化すために卑屈になることで、僕が積み上げている色々なものが無駄になってしまうのかもしれないなら。

頭が上から押さえつけらているかのように重い。

顔をあげたくないのだ。

でも僕は理性を総動員して拒否する本能をねじ伏せて、顔をあげた。

「クラスの……」

「ん……?」


「あのクラスの中に、嫌なものを持ち込みたくなかったんだ……」

「あぁ……そんなことを考えていたのか?」

「まあね……僕なんかがそう思うのはおこがましいかもしれないけどね……」

「いや、そんなことはないさ……それより、お前はもっとクラスの連中を恨んでいると思っていたよ。あんな扱いを受けていたんだからな」

「嫌いだよ、皆の事は」

「正直だな。でもならなんで?」

「神代くんと、アリア様の為に……汚いものは見てほしくなかっただけだよ……今を純粋に楽しめているみたいだったから、少しでも長く純粋にこの生活を楽しんでほしかったんだ……僕は縁のなかった生活だから……」

純粋に楽しめる学院生活というのはどういうものだろうか。

手に入ったことがないから解らないけれど、きっと素晴らしいものに違いない。

友達の手の中にそれがあるのなら、それは守るべき財宝だと思ったのだ。

「お前……」

「それより、どうして黒川くんは僕を……?」

「姫殿下がクラスに来て、皆浮足立っていたからな。外の連中に気が付いている様子がなかった。気付いていたのは俺とお前と、あと多分神代だけだな」

「神代くん、気付いてたんだ……」

「まあでも少なくとも姫殿下の為にはなったろう。お前の気持ちは無駄じゃなかったはずだ」

「黒川くん……」

「俺がここに来たのは、まああんな空気の中にあってきっちり周りを見ていたお前を少し見直したからだな。神代はお前のそういうところ、初めから気付いてたのかもしれないな」

「……僕にはよくわからないよ」

「お前らしいな。まあいい、医務室へは一人でいけるか?」

痛みと吐き気でふらふらだが、強がってみせる。

「だいじょうぶ……」

「なら一人で行ってくれ。男に肩を貸す趣味はないんでな。俺はもう行く」

「うん、ありがとう……」

「ふっ……」

僕のお礼の言葉を鼻で笑って、黒川くんは教室へと戻っていった。

僕はおとなしく医務室にいくことにした。

黒川くんは僕の事情を話すだろうか?

正直に話すくらいなら黙っていてほしい。

どうせなんの解決にもならないのに、アリア様に知られてしまうだろうから。

黒川くんならそこを理解して黙っていてくれるだろうという気がした。

だってこんなに察しがいいんだから。



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