第四話「対戦」
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2016/05/22 誤字修正
キラキラした陽光が窓から入り込み、その光を浴びた天蓋付きのベッドや、赤塗りの絨毯が自らの高貴さを主張するかのようだ。
端的に言って豪奢な部屋。
ミスティークのそこかしこで見られる無骨なパイプは、しかしこの城においては全て壁の中に埋め込まれており、その形を潜めている。
そんな部屋にあって、一際目を引くのは金糸の刺繍が美しい純白のドレスに身を包んだ部屋の主。
見る者誰もが愛さずにはいられない程の愛くるしい顔つきに少女の金髪碧眼も相まって、羽根さえあれば誰もが彼女を天使と言ったに違いない。
或いは羽根がなくとも。
そんな少女は、何かが待ちきれないといった風に子供らしい快活な笑顔を浮かべていた。
「ふふっ、楽しみっ♪」
弾むようなその声色からも少女の気持ちが窺える。
しかし、ふと可愛らしく小首をかしげる。
「でもどうしてお父様は急にお許しくださったのかしら?」
それは独り言。
少女の傍には一応侍女が控えていたが、その問に対する回答は持ち合わせていなかったし、少女自身それは承知の上だった。
「まぁいいですわ。お父様が何を考えておられようと、私は私のしたいようにさせてもらうのですから。お父様に乗せられてしまうのは癪ですけど、こればかりは我慢できそうにありませんし……」
そう言うと、その少女は無骨なシルエットでありながら華美な装飾によって気品を与えられた長大な錫杖を胸に抱いた。
ミスティークに住む人間ならば一目見ただけで誰もが理解することだろう。
その錫杖が彼女の為だけに作られた発動器であるということに。
「ねぇねぇ神代くん、あの噂聞いた?」
「姫殿下が視察にやってくる、というアレか」
「そうそれ!僕はもう楽しみで仕方ないよ!!」
「最底辺クラスにやってくることはないと思うが」
「それはそうだけど、遠くからでいいから見てみたいんだ」
「大樹は姫殿下にご執心なのか」
「この国に住む人ならみんな気になってると思うけどね。これまで陛下は姫殿下が人目に触れることを固く禁じていたし、僕も見たことないからね。それに姫殿下の発動器も気になるよ。この国のお姫様だけあって、きっと特別なモノを持ってるに違いないよ。はぁ~、あこがれるなぁ」
「訂正しよう。大樹は姫殿下の発動器にご執心なんだな」
「あはは、どっちかじゃなくて、どっちにも興味があるんだけどね」
最近、僕の傍には神代くんが居てくれる。
だから僕はこうして笑う事が出来るようになってきた。
それに神代くんがいるとやはり色々と仕掛けにくいのかもしれない。
最近は露骨な嫌がらせを受けることがなくなった。
そういう意味でも気分が上向いていた。
舌打ちされたり、怖い顔でにらみつけられたりはするけど、鞄を隠されたり後ろから上履きを投げつけられたりしない生活は快適だ。
でも、それだけじゃだめだ。
もっと僕は成長しないといけない。
見下されて踏みつけられる自分から、だれ憚ることなく胸を張れる自分になるために。
それに――
『俺がお前を連れて行ってやる』
あの時の、神代くんの言葉に報いる為にも。
「どうした、急に真面目な顔をして」
「あ、ううん、なんでもないんだ。今日も頑張って訓練しようって気合を入れてただけで」
お前が頑張ろうが気合を入れようが無駄なんだよ、なんて言葉がひそひそと囁かれていたが、今の僕ならそれをバネにできる。
「気合が入っているのはいいことだ。今日はいよいよ魔法着と外部装置を使った試合形式での授業があるわけだからな」
「うんっ、楽しみだね!」
頑張らなくちゃ。
「本日の実技演習は告知した通り、試合形式となる。各自、魔法着に着替え競技場に集合だ」
授業時間となり、教室へやってきた実技教官の言葉に皆気合が入る。
自分達より上位のクラスはもうとっくにこの形式の授業を受けていたのだから、これまで指をくわえてみているしかなかった僕達にとっては『やっと来たあぁぁ!』という感じだ。
神代くんと共に競技場の男子更衣室へと入る。
「いよいよ魔法着に袖を通すのかあ……なんだか感慨深いよ」
入学時に買わされたはいいものの、いまだに着たことが無かったのでどうにも自分の服という実感が沸かない程だ。
改めてみると、鎧というわけではないがどことなく騎士を思わせるような、それでいて動きやすさを考慮したデザインになっている。
白を基調としたカラーリングもそれに拍車をかけている。
ちなみに魔法着には術式があらかじめ織り込まれており、魔水を供給することで試合の判定システムの一翼を担う魔法が発動するようになっている。
当然だが発動器用外部装置と対のシステムなので外部装置なしにこの魔法着に魔法を放っても判定システムは作動しない。
「ふむ、これが試合用の魔法着というものか。始めて着たが……妙に体に馴染むな」
「なんていうか、不思議なフィット感があるよね」
言いつつ、魔水ボンベを腰部ベルト背部に装着する。
とはいえ試合開始時に元栓を開栓するまではまだ判定システムは動かない。
栓を開けっぱなしにしていては魔水がいくらあっても足りないし、なにより費用がかかる。
この時点で開栓しようものなら教官から大目玉をくらうだろう。
次いで、発動器に外部装置を取り付ける。
この小型の機器は様々な形状をしている発動器に対応する為にベルトで固定できるようになっている。
何処につけても効果が発揮されるらしいので、僕は邪魔にならないようにグリップの底部に巻き付けた。
神代くんは鞘の中ほどに巻き付けていた。
これで準備は完了だ。
「それじゃあ、いこっか」
「あぁ」
二人で更衣室の奥にある扉をくぐる。
その先の廊下を抜けると、競技場のステージがあった。
皆そこで集まっていたようだ。
「よし、全員そろったな。二人一組になって順番を待て。溢れたものはこちらで勝手に組み分けするからな」
教官の声が響く。
僕は迷わず神代くんに声をかけた。
「よろしくね、神代くん」
「ああ」
そこに黒川くんがやってきた。
「へぇ、神代は大樹と組むのか」
「ああ」
「理由を訊いてもいいかい?」
どことなく黒川くんは僕と神代くんが組むことが気に入らないようだった。
きっと才能の原石が落ちこぼれのせいで開花しないままになるのが嫌なのだろう。
「ふむ……大樹には見どころがあるからな」
「えっ」
僕は思わず間抜けな声をあげる。
一方、黒川くんは驚いたように僕をみた。
「へぇ……君にはそう映っているんだね。同情とか慣れあいとか、そういうものじゃないなら俺からは言う事はないよ」
そういうと黒川くんは別の人をパートナーに誘いにいった。
どうやら女の子と組むようだ。
(……気に入らないなぁ)
子供じみた感情なので口には出さないようにする。
「組み分けは終わったようだな。ではルールを説明する。いま組んでいる者同士で1:1の練習試合を行う。他人の試合を見ることからも様々な事が学べるはずだ。私語は慎み、きちんと観戦するように。まずは黒川、アイナのペアからだ」
「黒川くん達が一番手か……」
黒川くんはこの最下層クラスで一番の使い手だ。
アイナさんが勝てるとは思えない。
(ただ、黒川くんは女の子には優しいからなあ……)
「両者、開栓せよっ!」
教官の号令で二人が魔水タンクの元栓を開栓する。
魔法着に純魔水が送り込まれ、織り込まれていた魔法式が淡く光る。
マントのような部位の先端からゆるやかに蒸気が漏れ始める。
火傷対策とデザイン性を両立させるための仕掛けだろう。
「3、2、1、試合開始!」
教官の号令で試合が始まった。
アイナさんが手に持っているのは僕と同じ『フューチャー』だ。
普及率No1は伊達ではない。
対する黒川くんの発動器は刺突剣型発動器『ペネトレイト』、イケメンの黒川くんにはよく似合っている。
フェンシングも習っているのだろう、構えた姿もカッコよかった。
見てるだけで悔しくなる。
黒川くんはアイナさんが動くのを待っていた。
恐らくはハンデなのだろう。
彼の持つ『ペネトレイト』はマガジン式、つまり特化型だ。
アームガードに沿うような形でマガジンが取りつけられており、マガジンさえ取り換えれば一応様々な属性を扱う事が出来る。
しかし3属性を矢継ぎ早に、といった小回りはマガジンを取り換えながら出来るものではない。
予め3属性を仕込んであるマガジンを用意すれば可能だが、手の内が知れた時に戦い方が予測されやすい。
もっともこの『ペネトレイト』はそんなことをせずとも奥の手として一発だけとはいえ別属性の魔弾を仕込んでおける特別な機構が取り付けられているのだが。
ともかく、それならばとシリンダー式の真似をするにはマガジンへの弾込めは時間がかる。
つまり臨機応変に連鎖攻撃を組む戦い方には向かないということだ。
戦いに柔軟さを求める者の多くがシリンダー式の発動器を愛用する理由がまさにこれである。
だがマガジン式にはマガジン式にしかない利点がある。
なんといっても圧倒的なその装弾数だ。
息もつかせぬ攻防においては連発がきく特化型発動器に軍配があがる。
つまり1:1では『フューチャー』は分が悪い。
更に実力でも黒川くんの方が上なのだから、女子に甘い黒川くんにとってアイナさんへのハンデは当然の行動なのだろう。
「やぁっ!」
アイナさんが声を上げながら引き金を引く。
純魔水の魔弾を使ったのだろう、黒川くんへまっすぐに光の筋が伸びていく。
「フッ」
黒川くんが小さく笑う。
弾道に対して斜めに『ペネトレイト』をあてると、黒川くんの純魔水による防御魔法がアイナさんの攻撃魔法を受け流した。
アイナさんの弾はあえなく地面に着弾した。
受け流しはただ回避するよりずっと難易度が高い。
それをあえて使って見せるのは、自分にそれだけのことが出来るのだとクラスメイト達に知らしめる為に違いなかった。
その戦い方で、その姿勢で、その姿で、俺についてい来い、俺について来るのならもう最下層とは呼ばせないと語っているのだ。
本当になぜ彼が最下層クラスなのか理解できない。
「うっ……このっ!!」
今度は二連射するアイナさん。
一射目はまっすぐ、二射目は反動のまま上方に打ち出した。
しかし彼女の魔法操作により二発目が曲射となって襲い掛かる。
が――
「っ!」
チュイ、チュイン、と音をたて『ペネトレイト』が二射ともを受け流す。
当然そこまでは予測していたのだろう、黒川くんが受け流している隙に『フューチャー』にいくつかの弾を込めたアイナさん。
なかなか手早い。
(そうだ、フューチャーの汎用性、見せてやれっ!!)
僕は同じ『フューチャー』使いということもあり、アイナさんを心の中で応援する。
フューチャーの本領は異なる属性の銃弾を状況に応じて装填できることにある。
頑張ってもせいぜい二属性が限度の特化武器『ペネトレイト』には不可能な連鎖攻撃……!
「いくよ、黒川くんっ!」
アイナさんが再び黒川くんに向けて二連射する。
その弾道が、彼女の意思を汲み、ナックルボールのように急激に沈んでいく。
黒川くんはその弾を受け流すことはしない。
なぜなら直撃コースを逸れているからだ。
しかし、今度の弾は軽魔水……つまり氷属性。
足元が氷に縫い付けられる。
そこまで強い拘束力はないだろうが、たとえ抜け出しても周囲の床を巻き込んで氷が張っているためよく滑る。
踏ん張りはきかないだろう。
この状況で難度の高いパリィは難しいはず。
当然回避もリスクがともなうだろう。
そこにさらに銃撃。
微軽魔水による水撃。
「くっ!」
黒川くんは受け流さずに正面から受けた。
アイナさんと同じ『フューチャー』使いの僕から言わせれば、いまのは回避すべき場面だった。
何故なら体が濡れてしまうからだ。
「これでっ!!」
止めとばかりにアイナさんが引き金を引く――その直前。
ジャキンッ、と音をたてて黒川くんの『ペネトレイト』が変形した。
(まずい!!)
『ペネトレイト』は特化武器だ。
だが、頑張れば二属性はいけるのだ。
細身故に一撃放てば再装填しなければならないが、一度だけ別属性を許容する隠し玉。
黒川くんは追い詰められたアイナさんがこのコンボを仕掛けてくることがあらかじめわかっていたんだ。
水で濡らしてからの雷での連鎖攻撃は発動器が生まれた最初期から広く使われている手法なのだから当然ではあった。
だからこそアイナさんも初めは純魔水で戦っていたのだ。
しかし純魔水の魔弾をパリィすることで連鎖攻撃を誘い、あえて水撃を受けることでアイナさんから最後の一撃を引き出した。
そこから導き出される答えは一つ。
黒川くんの勝利。
「はぁっ!」
黒川くんがアイナさんに先んじて『ペネトレイト』を突き出すと先端から、水の盾が生み出される。
さらに水の盾から一筋の水流が伸び、彼女の右足へ張り付いた。
アイナさんがしまったという表情をしているが、既にその指は止まらない。
引き金を引いたアイナさんの銃口から走る雷撃は、目の前の水に吸い込まれ、それを伝って自らの右足へと襲い掛かる。
「きゃっ!」
バチンと派手な音をたてるが、魔法着と外部装置のおかげで実際の威力は制限されている。
そして判定システムはアイナさんの負けを示した。
「勝者、黒川俊介!」
クラスメイト達から歓声が上がる。
「やっぱりすごいね、黒川くんは」
笑顔で負けを認めるアイナさん。
「いい動きだったよ。またよろしく、アイナ」
対する黒川くんもイケメンスマイルだ。
アイナさんは顔を赤くして待機場所に戻っていく。
(いい試合だったけど……それはそれとして面白くない……!)
微妙にもやもやしてしまう器の小さい僕だった。
「次!大樹必成、神代悠次ペア!」
「ようやく僕らの出番か」
僕が落ちこぼれだからだろう、試合は10番目だった。
黒川君の試合を含めて9試合も観戦したことになる。
一年の最下層クラスの生徒数は20人、つまり一番最後というわけだ。
ほんとにようやくの出番だった。
「まあ、気楽にやるといい」
気負った様子もなくステージへと上がっていく神代くんに僕も続く。
「両者、開栓せよっ!」
その言葉に、僕は魔水タンクの元栓を開栓する。
魔法のせいか、それとも蒸気の熱なのか、ほんのり暖かい。
「3、2、1、試合開始!」
僕はすぐに『フューチャー』で神代くんを狙った。
対する神代くんは鯉口をきったっきり動かない。
「大樹、俺の使う『積乱』が得意とする属性はなんだ?」
「風だよね!」
言いつつ狙いを地面へと変更、引き金を引きステージ上のそこかしこに重魔水の弾丸を打ち込んでく。
いくつもの石の壁が出来る。
「風を防ごうという考えか」
「あとは刀がそのまま飛んできても怖いしね……」
先日のすっぽ抜剣事件を思い出す。
かなり間抜けな絵面だし、あれが単なるミスなのは解る。
飛んでったらもう刀使えないし。
でも、当たるとかなり痛いのも間違いないだろう。
直撃したら負け判定が出るかもしれない。
十分警戒して戦うべきだ。
だからこそ重魔水の魔弾を豪華に8発も使って壁を作ったのだ。
「勝ちに行くよっ!!」
風では雷は止められないはず。
僕は素早く微重魔水の魔弾を最大装填。
石壁から飛び出し、神代くんめがけて射撃する。
しかし――
「いい判断だ」
と言いつつ神代くんの方が早い。
神代くんは刀を納刀、魔法が発動し排気口から蒸気が出る。
(蒸気を避雷針代わりに使った!?)
盲点だった。
さっきの黒川くんの戦いもあわせて考えれば、自らの発動器からの排気蒸気すらも実戦では逆手にとられかねないというわけだ。
今後は考えて使わなければいけない。
更に、神代くんは飛び出す刀の勢いに乗って凄い速度で移動していた。
「い、いつのまにっ!?そんな使い方初めて見たよ!!」
蒸気で雷を引き込む逃げ方も凄いし、刀の勢いにのって移動するという発想もすごい。
あれはあくまで居合の威力を上げる為の機構なのだという考えに囚われすぎていた。
座学で見せる知識の豊富さは伊達じゃなかった。
でも発動器の扱い自体は黒川くんほどの鋭さを持たない。
なによりアレに失敗するとすっぽ抜けるわけで。
神代くんはできるだけ今みたいな動きは控えたいはずだ。
このまま畳みかけるのが一番と見た!
「まだまだいくよっ!!」
神代くんの運動神経はすごい。
巧みに僕にフェイントをかけて雷撃をかわしていく。
でも――
(やっぱりあまり魔法を使いたくないみたいだ……これなら、いけるっ!)
再び石壁に隠れ、微重魔水の魔弾を最大装填。
飛び出して神代くんに向けて引き金を引いていく。
(1、2……そこっ!!)
最初の二射を囮に、回避の終わり目を狙って決めにかかる。
しかし、神代くんが納刀するのが早い。
蒸気が排気され、薬莢が飛び出すのが見えた――と思った瞬間、神代くんは既に別の場所にいた。
「くっ!!」
すぐそちらに向けて引き金を引こうとしたが……
神代くんが再び納刀。
(このまま突っ込まれたら――!?)
しかし神代くんがこちらに急接近してくることはなかった。
助かった……という意味ではない。
ついに魔法の発動に失敗したらしい神代くんの刀が、僕の反射神経を超えた速度ですっぽ抜けて飛んできたという意味だ。
「痛っ!?」
思わず声を上げるが、思ったほどの痛みと衝撃はなかった。
物理的衝撃に反応して、僕の魔法着が保護魔法を発動したらしい。
マント部から蒸気がぶわっと噴き出した。
「むぅ、失敗した」
神代くんはそういうものの、僕の魔法着は当然負けの判定を下した。
「勝者、神代悠次!」
なんとも締まらない感じで僕らの実技演習は終わってしまうのだった。