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幕間「尽きない疑惑」


「信じるんですか?あんな話を」

「信じちゃいないが、じゃあ他にどういう可能性があるんだ、と訊き返されると返す言葉がないからな」

「まあ、確かに……」

「だから、あえて言うなら『信じちゃいないが納得そういうことにせざるをえない』だな」

「こちらの捜査も暗礁に乗り上げてしまいましたか……」

歯噛みする褐色肌の彼とそれを見てため息をつく男勝りの女性は、先日誘拐未遂事件の犯人を取り調べた二人だった。

「で、これからどうするんです?ティナ先輩」

諸手を挙げてお手上げのポーズをとりながら言う彼に、ティナと呼ばれた彼女はつまらなそうに返した。

「新たな手掛かりもつかめないんだ、とりあえず聞かされた話を吟味してみようじゃないか」

「そうですね。では、神代悠次を名乗る男が2時間前に本署にやってきたというところからですかね」

自警団は防衛省の管轄だ。

軍と警察が一つになった時、警察庁も防衛省の管轄となり自警庁と改名することとなる。

当然というべきか、警察署も自警署へと改名されている。

「ああ。出頭してきた神代悠次には発動器の所持は認められず。署内への武器の持ち込みは禁じられているのだから当然だと言い張るが、こちらとしては証拠品として押収しておきたかったな」

「そこを見こされていたんでしょうね。実際、改めて持ってくるように伝えたら『それは任意ですか?』と訊かれてしまいましたからね」

渋面を隠しもせずに彼は言う。

正式な令状があれば無理やり持ってこさせることも可能だったが、現状でそのようなものが出ているわけがない。

なにより神代悠次は無辜の市民を救った人物である。

戸籍がない事を理由に無理やり……という事も或いは可能だったかもしれないが、再度の逃走を恐れてまずは話をと中に入れたのが裏目に出たのだ。

「戦災孤児とは上手く言い逃れたものだ。そして神代悠は生き別れの兄、ね」

『倍も歳が離れた生き別れの兄』なんて胡散臭いにも程があるが、彼のいうことが全て真実ならば不法入国、公務執行妨害、このどちらにも情状酌量の余地がある身の上だ。

できればそのあたりはきちんと法廷で解決したかったのだが……

「あぁったく、身寄りのない未成年とか、扱いにくすぎるんだよなぁ」

「全くですね。彼の主張が受け入れられた場合、仮にこれ以上我々がろくな証拠もなしに追い込んだ揚げ句それが露見してしまえば市井からの自警団への非難は避けられないでしょう。そんな事を上がみすみす許可するわけはないですからね」

ワットはいかにも"うんざり"といった表情だ。

ティナのほうは然程でもないのか、そのままの表情で話を進める。

「神代悠次は兄の財産の一部を譲渡されていると言っていたな」

「はい、確かにそう言ってましたね」

「そのくせ本人とは接触していないというんだからそこも解せない。気が付いた時には手紙と共に通帳が持たされていたなんて話、到底信じるわけにはいかないからな」

完全に子供の言い訳だ。

しかし、筋は通る。

神代悠次の発言はこういうことがままある。

一つ一つは一笑に付す程度の言い訳でしかないのに、そのすべてが綺麗につながっているような。

言動は稚拙にしか思えないのに、周到に用意されたレールにのせられているように感じる事さえある。

偶然、たまたま、結果的にそうなった"だけ"だと、だれもが普通考えるであろう稚拙さ。

だからそう考えるのは当然で、楽で、簡単だ。

しかし逆に出来過ぎているような、言いようのない不安が頭の片隅にこびり付いていた。

(荒唐無稽な話だが、嘘だと決めつけるのは危険だな)

「先輩?」

「ああ、すまん」

ティナは軽く頭をふり、思考の迷路にはまり込まないよう一旦考えることをやめた。

「では現状の理解も終わったところで出かけるぞ、ワット」

ワットと呼ばれた彼は、驚いた様子で声を上げた。

「い、行くって何処へ!?」

「なぜヤツはわざわざここに来たと思う?」

「身の潔白を証明したかったんじゃないですかね」

「だろうな。これまで通り旅を続けていくならそれは必要な行程か?」

「つまり当分この国に居座るつもり、というわけですか」

「そう考えて構わんだろう。そして奴は証書の発行を求めた。戸籍を取るつもりだろう」

かつて世界大戦で多くの国を合併した各大国は、国内に多数の身元不明者をかかえる事になった。

ミスティークではその解決策の一環として、既定の審査を通った者にのみ自国民であるという証明書を発行した。

数百年の時がたった今でも、これまでの慣習からか未だに残っている制度だ。

怪しいところだらけの人物だが話には筋が通っており、なにより合併国の一つである和国の人間(しかも未成年)であった為、通したくもない審査を通さざるを得なかったのだろう。

何故ならもし真に彼が潔白だったなら、そんな彼に国籍を不当に与えなかった時に責任を追及されるのはその指示を出した自警団だ。

そして万が一彼が国籍を認めなかったことが原因で死に至った場合、目も当てられない事態になる。

担当者や上層部は相当頭を痛めただろう。

さらにこの国籍証明書を行政省に持っていけば戸籍の取得が可能だ。

ここで神代悠次を放置すれば面白くない事態になるのは目に見えていた。

「まさか、戸籍の取得を妨害するつもりですか!?」

「バカかお前は。そんなことをすれば犯罪者はこちらの方だ。そうではなく、ヤツがどこに自らの拠点を置くのかを知っておく必要があるということだ。私はこれから休暇の申請に向かう。あくまでプライベート、あくまで偶然でなければならないからな」

「はははっ、ではティナ先輩とのデートの為、俺も休暇の申請をしなければなりませんね」

「デートだぁ?気持ちわりぃ、バカいってないでとっとと申請してこいっての!」

自警団手帳を同僚に向けて投げつけるティナ。

「うひぃ!?」

ワットはそれに大げさに怯えて見せて、そそくさと部屋を退散していく。

「さて、どうなることやら」

手帳を拾いながらため息をつくティナだった。


キキッと音をたててタイヤが停止する。

超重魔水を原料に動く魔動車で自警団に先行配備されている最新の乗り物だ。

まだ一般にはあまり普及していないものの、給水用の魔水スタンドの整備もじわじわと進んでおり、ゆくゆくは一般への普及を見据えているのが窺える。

もっとも、事故やテロなどの標的になった場合の影響を勘案するとなかなか一般普及に踏み込めない等の大人の事情が邪魔をしているようだが。

「行政省を張り込みって、なんだかこっちが悪役になった気分ですね」

「なんだ、いつから自警団が正義の味方だと錯覚していた?」

「いや、流石にそこまで夢見がちなことは俺も思ってませんって。それにあくまで身内の査察ではなく神代悠次の出待ちですからね。……はぁ、張り込みって退屈なんですよね」

「贅沢言ってんじゃねーっつの。なら暇つぶしがてら、夕日の出教会についての調査報告でも頼むわ」

「はいはいっと。夕日の出教は近年急激に勢いを増している新興宗教団体みたいですね。新興宗教なんて大体『怪しい』って気持ちが先に出て誰にも相手にされないもんですが、どうも宗教とはいっても『神様が我々を救ってくださいます』みたいなノリじゃないみたいですね」

「ほう、具体的には?」

「神とは信じるものではなく、救いを差し伸べてくれるものでもなく、試練も生まず、慈悲もなければ悪意もない、ただ人の輪の中にあるものである、ってのが基本的な信条みたいですね」

「なるほど、わからん」

「ですね。もうちょっと解りやすく説明してもらえないかと思って信者に聞き込みしてみしてみたところ、簡単に言うと『皆で力を合わせて得た結果こそ神であり奇跡です、みんなで助け合いましょう』みたいな感じっぽいですね」

「なるほどなぁ、なんつーか、共産主義っぽいな」

「そこまでガチガチってわけでもなさそうですが。で、代表者なんですが名前はセシリア・ホーリィベル。『盲目の黒き聖女』とか呼ばれているらしいですね。なんでも常に両目を隠してるらしいです」

「そりゃまた、代表者らしい派手な人物みたいだねな。私ならそんな二つ名、死んでも御免だが」

「はははっ、まったくですね。まあ聖女の時点でティナ先輩には無理――」

「ああん?」

「ヒィッ――!?」


閑話休題。


「あと調べたのは宗教名ですかね。そもそも日の出教じゃなくて夕日の出教っていうのがまずおかしいんですよ。朝日はいずるもんですが、夕日は沈むもんですからね」

若干顔が変形したワットが続ける。

「で、何か得たものはあったか?」

あまり期待してなさそうな声音でティナが言う。

「残念ながら。一般信者には教えられてないっぽいです。幹部クラスじゃないと知らないのかもしれませんね」

「てっきり『由来は解ったが何も得られなかった』という結果だと思っていたが……少しひっかかるな」

「まあ、新興宗教ってだけでひっかかるところはありますけどね」

「んなことより、神代悠の捜索について何度かせっつかれている事が気にかかる。30超えたおっさんの為によくもまあ……」

「教会の幹部だったんですかね」

「さあな。っつか、そこを決めつけちまうと今後の捜査で躓きそうだ。お前も捜査課の人間なら出来るだけ先入観は排除して物事を考えろよ」

「アイアイ、マム」

(神代悠と親しい人物からの依頼なのか、それとも教会にとって有益な人物だったからなのか……それとも――)

考え込むティナだったが。

「っと、奴さん出てきたみたいですよ!」

「おっと。見失うんじゃないぞ。気取られないようにな」

二人は目立たないように下車すると歩いて尾行を始めた。


「にしてもこの方角にあるのって……まさかミスティカ魔法学院に行くつもりですかね?」

尾行しながら表面的には談笑しているように見せながら、小さな声でやり取りする二人。

「その可能性はある……奴が接触した大樹必成は学院生だ」

可能性はある、どころかかなり高い確率で学院に向かっているだろう。

なんらかの目的があって大樹必成に接触したとみて間違いな――

(チッ、またか……)

決めつけそうになり自戒するティナ。

危うく解りやすい理由に飛びつくところだった。

あの言い訳の数々を聞いている身としては十中八九大丈夫だろうと思うのだが『もしこれが捜査を攪乱するための餌だったなら』と思うと冷汗が出る。

もっと慎重に情報を分析しなければ。

「あそこは全寮制ですからね、正式に戸籍を持って入学されると手が出しにくくなって困りますね」

「仮に神代悠次が善良な一般市民だったなら問題はないがな」

しかしそう口にはしたものの、既に様々な状況を想定していたティナはそのような甘い認識は捨てていた。

「いくら我が国が和国を取り込んだとはいえ、他の国に和人が全く居ないわけではないからな」

「諜報員、ですか」

「だから決めつけるのはよせといっているだろうが」

そうは言ったものの、当然彼女も可能性としては考えていた。

「ですが怪しいの事実です!保身に走って国籍や戸籍まで認めてしまうなんて……最悪の場合、外患誘致になる可能性もあるってのに……!」

「だがこの結果は自警団上層部と行政省のお偉方にとってはいい風向きなんだろ、自警団と行政省で責任をなすりあって有耶無耶にできそうだからな」

「くそっ!」

「まあそう熱くなるな、誰にだって自分の生活はある。綺麗ごとだけで人は生きていけない、お前だってもう十分味わってきただろうが。それに神代悠次が外患だと決めつけるのも早計だ。確かに怪しいが、瓢箪から駒が出るかもしれんしな」

「すいません」

ワットが熱くなっていた事を謝罪する。

もしこちらの邪推が全て不幸なすれ違いから来るもので、予想がつかない事態によってそのすべての誤解が解けたなら、神代悠次が我が国に多くの国益をもたらす人物ということが発覚するかもしれない、という可能性もティナは一応検討して。

(ないな……)

自分の考えを一蹴。

しかし、すぐに考えを改める。

可能性がどれだけ低くても、0%とは言い切れない現状だ。

確定するまで決めつけてはいけない。

例え心情的には0%だと思っていても、一蹴してしまった今の考えを頭のどこかに留めておくべきだと再び自戒した。

そこからしばらくは余計な会話はなるべく控えて尾行を続ける二人。

どんどん学院へと近づいている。

「んー、ここまで来れば学院で確定だろうな」

もう目と鼻の先まで来ているといっても過言ではなかった。

「あっ、ほんとに入っていっちゃいましたね……これほんと、大丈夫なんですかね……?」

「ったく、おめぇは男のくせに肝っ玉がちいせぇなぁ、びびりすぎなんだよ」

「で、ですがあそこは前途有望な若者たちの学び舎です。そこが未曾有の大事件に巻き込まれたらと思うと……」

「アホか、んなことになったら間違いなく国王が正当防衛という名の粛正を決定する。つまりこのミスティークと戦争になるってことだ。よそ様も流石にそこまで能無しじゃないだろう」

「そうあってほしいもんです」

二人は遠巻きから彼が学院に入るのを見送った後、次の一手を打つ為に帰途についたのだった。





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