第三話「実技演習」
「魔水とは、原魔から精製された液体の一種で、非常に揮発性が高く沸点に達すると一気に蒸発、膨張し、同時に大量のエネルギーを放出します。さて、この魔水ですが現在何種類確認されているか転校生君、解りますか?」
「七色に加えて無色透明の8種類。色によって発現する力の属性が異なり、無色のものは純粋なエネルギーが取り出される」
「素晴らしい、よく理解しているようですね。炎の属性を持つ赤の超重魔水、地の属性を持つ橙の重魔水、雷の属性を持つ黄の微重魔水、風の属性を持つ緑の常魔水、水の属性を持つ青の微軽魔水、氷の属性を持つ藍の軽魔水、闇の属性を持つ紫の超軽魔水、そして属性を持たない無色透明の純魔水。原魔を精製することにより、これら8種類の魔水が精製されるわけです。ですが、この中で超軽魔水の定義に関しては本当に闇属性なのか?と疑問を挟む声もあがっています。魔法科学技術の第一人者であるエミリア氏も"便宜上闇としただけ"だと語っていますし――おっと、脱線が過ぎましたね」
座学のヨハン先生はひとつ咳払いをして仕切り直しをする。
「さて、ここからは魔水ときっても切り離せない発動器についての復習です。武器型の発動器には必ず二つの魔法科学機構が組み込まれています。それは何ですか?転校生君」
この問題はいやらしい。
何故なら魔法科学による機構は一つであるとも二つであるともいえるからだ。
そして多くの人は一つしかないと勘違いしている。
発動器が発動器たる所以、つまり"人の意思を魔法に通わせるための機構"を指すのだと誰もが思うからだ。
このクラスの人間は例外なくヨハン先生にこの問題の洗礼を受けている。
流石の神代くんもこれは間違うんじゃ――
「一つではなく二つ、ということなら人の意思を読み取る感応機構が一つ。これは主に発動器のグリップ部に設置されている。直接人体と接触する部位だからというのが理由で、この精神感応には闇魔法が使われている。初心者が発動器の故障を相談してきた場合、まずこの部位に超軽魔水を供給する内部タンクの魔水切れを疑うのが鉄則だ。この機構はごく少量の魔水しか消費しない為、定期的にメンテナンスに出していれば魔水切れになることはない。技師がかならず給水するからだ。だが、それを怠った場合は魔水切れを起こして感応機構が動作せず魔法が操作できなくなる、という事態に陥る」
教室内はしん……と静まり、ヨハン先生が息のむ。
後にはただ、神代くんの声が響いていた。
「二つ目は投影機構だ。こちらは武器によって設置位置が大きく異なる。剣一つとってみても剣先のほうに取り付けてあるものや、鍔にあたる部分に取り付けられているものがある程で発動器技師の特色が色濃くでる部分だと言われている。こっちは純魔水を使い、感応機構から得た情報をもとに魔法陣を投影している」
「エクセレント……上位クラスでも座学でここまで理解している人は少ないでしょう。皆さんも転校生君を見習うように」
あの機構に実際に魔水を使った魔法が利用されていたなんて、僕は今初めて知った。
つまり発動器は僕らが実際に使う魔法の他に二つの魔法を同時に扱っている事になる。
そんな事意識しないでこれまで使ってきていたけれど、その間も3種同時の魔法行使がずっと行われてきていたんだ……なんて、なんて途方もない技術なんだ……!!
そしてその知識が完璧に頭に入ってる神代くん、ほんとに凄い。
「当分は復習の授業をしようと思っていましたが、どうやら私は君という生徒の評価を改めなければなりませんね。少し早いですが今日の授業はここまでとします。明日からのカリキュラムも手直しが必要のようですしね。フフフ、これは嬉しい誤算ですよ。それではみなさん、また明日」
そそくさと教室を退出するヨハン先生。
しばらく教室にいる全員が放心状態だった。
「す、すごいじゃないか転校生!!」
静寂を破ったのは――
(うっ、黒川俊介……)
彼みたいな上昇志向の塊がこの優秀な生徒を放っておくわけがなかった。
「俺も君を見習わないといけないな。これからよろしく頼むよ」
「ああ、よろしく」
挨拶を交わす二人を見て、チクリと疎外感を覚える。
(あの二人が仲良くなったら、僕なんかが割って入る隙はないかもしれないな……)
きっとこのことが切欠で神代くんは人気者になる。
僕みたいな落ちこぼれ中の落ちこぼれじゃ、近寄れない程。
気配を殺し、そっと席を立つ。
誰にも気づかれないうちに消えてしまいたかった。
ふらふらとした足取りで自室にたどり着くと、僕は今日もベッドに倒れ込んだ。
「はぁー……友達になれるかもって、思ったんだけどな……」
ほんの少し視界がにじんだ。
「くそ、しっかりしなきゃ。別にこれまで通りなだけだろ、僕っ!」
頬をたたいて気合を入れなおす。
発動器を抜き、構える。
「僕だって成長してるんだ……いつか、黒川くんのことも見返してやるんだ……!」
シリンダーに黄色(微軽魔水)の魔弾を装填していく。
この間の誘拐未遂事件の犯人たちをイメージする。
(僕一人で切り抜けられる方法を考えるんだ……!)
もし次があれば、今度こそ助けは入らないだろう。
神代くんが友達にならなかったなら、僕はこれまで通り一人で魔水の補給をすることになる。
当然犯罪に巻き込まれる可能性は高い。
普通に考えれば、嫌な視線を我慢すればいいだけの話だ。
命には代えられないのだからおとなしくそうすべきだ。
でも、それが簡単に受け入れられるくらいなら、こんなに逃げ出したいとは思わない。
どうしても耐えられないんだ。
だから学院から逃げ出すか、それとも誘拐犯に備えるかの二択だ。
そして逃げ出すことも許されない。
なら取るべき行動は一つだ。
今の自分が冷静さを欠いているのは解っている。
自棄になってバカなことをやっているかもしれない。
(でも、どうせ僕はこのままずっと独りきりなんだ!だから、僕は、僕はッ!!)
発動器を扉へと構え、そして――
ドンッ!!
と、盛大な音をたてて扉が開いた。
僕が魔法を扉に撃ち込んだわけではない。
そんなことをすればただでは済まないのだから当然だ。
つまり原因は目の前の彼だ。
「か、神代くん!?な、なんでここに……」
「大樹、邪魔するぞ」
「えっ!?な、なに???」
発動器を構えたままの間抜けな姿で混乱する僕を気にするでもなく、そのまま入室すると扉を閉めて自分の荷物を置き始める神代くん。
「え、えっと、神代くん……?」
「何か腑に落ちない事でもあるのか?」
「だって!……だって、神代くんがなんでここに来たのか、全然わかんないし……」
「なんだ大樹、忘れたのか?」
「な、なにを……?」
「あの日、自分の部屋に泊まりに来ないかと誘ってくれただろう?……その、迷惑だったか?」
それって、つまり……!?
「う、ううううううううんん!?めめめっ、迷惑なんかじゃないよ!!と、とまりにきたの?僕の部屋に!?そうだったんだ、へ、へぇ~?」
こ、これは凄く、友達っぽいイベントがきたんじゃないかな?かな?
「どうした、急に挙動不審になって」
「い、いや、そんそんそんなこと、ない、よ?」
「実はもう教師達には了解を貰ってきているんだが、泊まるというか俺もこの部屋に住まわせてもらおうと思ってな」
「えええぇぇぇえぇぇぇ!?こ、ここ一人部屋だよ?よく許可降りたね!?」
「二つ返事だったが……」
そんなことが許された例は聞いたことがない。
もしかして、神代くんだから許されたのだろうか。
「やはり迷惑だったか……?それならすぐにでも出て――」
「ううん!?全然問題ないよ!!神代くんがこんな狭い場所で大丈夫なのかは気になったけど」
「構わない、俺はどんな場所でも眠れるからな」
「そうなんだ。でも床に寝るのは流石に……」
「そこは心配しなくても構わない。こうして大樹にも承諾が得られたんだ、明日にでも二段ベッドを搬入してもらおう」
「えぇぇ!?な、なんか神代くんって、色々とものすごいね……」
「そうか?普通だと思うが……」
「あっはは、神代くんが普通だったら世の中の変な人がほとんど普通になっちゃうよ!」
「むぅ……」
本当に久々に笑った気がする。
嬉しい。
「あ、あんまり笑うんじゃない」
そういいつつ恥ずかしそうに荷物を整理していく神代くん。
「あれ?」
ふと、神代くんの荷物の内容が気になった。
「その発動器……この間と違う……それ、『積乱』だよね?」
確かに今神代くんが手にしている発動器は『積乱』だった。
刀型発動器のフラグシップともいうべきモデル。
しかし誘拐未遂事件の時は見たこともない種類の刀型発動器を使っていたはずだ。
「ああ、そのことについても言っておかなければならないな。この『積乱』は学院入学の際に学院を通して買ったものだ。学院ではこちらを使う」
「か、かか、買った!?」
発動器を学生の身分で、しかも刀型を買うだなんてとんでもないことだ。
900万カリヨンは下らないだろう。
「以前みた発動器についてはだれにも言わないでもらえると助かる。あれはちょっと特別でな」
「う、うん、わかった。誰にも言わない」
(言えるような友達がまずいないんだけどね……)
情けないので口に出しては言わないけれど。
「そういえば自警団の人たちが神代くんを探していたよ」
「そのようだな。それについても謝罪する。迷惑をかけた」
「う、うん、いいけどね。でも学生なんてしてたらすぐ見つかるんじゃない?」
「いや、すでに一度出頭した。学院に入学できたのもそこで話をつけてきたからというわけだ」
「え、えぇぇ!?」
「そうでもなければいくら支払い能力があっても、この世界情勢で身元不明の人間を受け入れるわけがないからな」
「あの後すごく自警団に絞られたからてっきり何か後ろ暗い事でもあったのかと思ったよ」
「……そのように思っていたのなら、なぜ俺をこの部屋に受け入れたんだ?」
「だって、神代くんは僕の命の恩人だからね。もし何か後ろ暗い事があってもきっと何か理由があったに違いないって思ったんだ」
「むぅ……大樹、お前は騙されやすそうだな」
「え、えぇ!?」
「……もし、逆だったならどうする?」
「逆……?」
逆という状態の想像が出来ず、間の抜けた声を上げる僕。
「後ろ暗い事ばかりをしている人間が、何か理由があって大樹を助けたのだとしたら?」
「えぇぇ!?」
まるで想像もしていなかった言葉に驚いてしまう。
たしかに、そういう考え方もできる。
それは本当に怖い事だけれど――
「でも、神代くんは違うよ。だからどうもしないっ」
「そうか……大樹がそれでいいのなら、俺も助かるが」
本当は少し、小骨が刺さったような心持になった。
でもそのことを言おうとは思わなかった。
ようやく手に入りそうな友達という存在がなかった事になるのも嫌だったし、なんとなく神代くんはいい人の気がしたいたから。
そして――
この人を信じたいという気持ち、その根源にある『優しい人であってほしい』『友達であってほしい』という願望。
今まで意識したことはなかったけれど、神代くんのいう通り僕は騙されやすいのかもしれない。
だって、願望なんかに縋ってしまっているのだから。
僕はこの話題を続けたくない一心で、必死で次の話題を探した。
「そ、そういえば!神代くんは学院で魔法戦技大会があるのは知ってる?」
「いや、初耳だな……名前から察するに魔法を使って競い合う競技なのだろうことは予測できるが」
「そうだね、クラス対抗戦で、クラスの中で特に実力の高い人を代表にして競い合う大会なんだ」
「クラス対抗か。生徒の優秀さでクラスをわけている学院のやることではないように思えるな」
「確かにね。でもだからこそ下のクラスが上のクラスに勝利した時のインパクトは大きいんだ。神代くんに今日声かけてきてた人いるでしょ?黒川くん。あの人、そこで成果を上げてやるって、すごい息まいてるんだ。僕はともかく、神代くんは声がかかるかもしれないよ」
「ふむ……だが、お前が出ないのなら興味はないな」
「え、えぇ!?そ、それってどういう意味?」
「他意はない、そのままの意味だ」
(うぅ~、なにこれ?すごい思わせぶりな台詞なんだけど……友達だからってこと?友達だって思っていいのかな?)
僕が男のくせに気持ち悪い感じにもじもじしている間に、神代くんは荷物の整理を終えたようだ。
もとよりあまり荷物がなかったのだけど。
「……大樹、お前、実は戦技大会に興味があるんじゃないのか?」
「え?なんで?」
「自分とは縁遠いと認識していて、なおかつ興味がないのなら人というものはその話題を出そうとも思わないだろう。自分とは縁遠いとは思っているが、興味か、或いは未練がある、そうじゃないか?」
「そう、かもしれないね……でも、僕なんかの実力じゃ、出たいなんていっても笑われちゃうだけさ」
「……大樹。先ほど俺はお前が出ないのならば興味はないと言ったし、その言葉に偽りはない。だが、お前が出るのならその限りではない」
その言葉に、言葉にできない胸のざわめきを覚えた。
「う、う~ん、神代くんが何が言いたいのか解らないよ」
解りたいのかもしれないし、本当は解りたくないだけかもしれない。
届きもしない夢を見るのが辛いのかもしれない。
「解らないのなら、解るように言おう」
でも、友達は、もしかしたらできるのかもしれない……いや、できたのかもしれない。
だから、その神代くんが――
「俺と共に出場を目指してみないか?」
そう、言ってくれるのなら――
「……ぁ」
声が出なかった。
勇気がもてない。
結局僕の口から出た言葉は、本当に口にしたかったものとは別ものだった。
「でも、僕なんかじゃ……」
「大樹、お前は何故ここにいるんだ?」
「……えっ?」
「お前の教室内での卑屈な表情を見ていれば解る。嫌いなんだろう、この場所が」
「そんな、ことは……だって……」
「だが、お前はこの場所にしがみついている。どんなにつらくても、逃げ出したくても、しがみつかなければならない理由があるのだろう?」
そうだ、僕にはある。
でもだれも僕を認めてくれない、だから僕は……
「その目をやめろ、大樹。卑屈になるな、顔を上げろ。自分に絶望するな、自分に失望するな、せっかく逃げ出したいのも我慢してしがみついているんだろう?そんな気持ちで向き合っていたらお前の我慢は無駄になる」
「神代くん……」
「無駄にするなよ、自分の努力を」
そんなことを言われたら。
「でも、でも僕は、ここまで頑張ってきたんだ」
こんなこと、言いたくないのにっ!
「必死で努力してきたんだ、でも誰も、だれも認めてくれないんだ!だから、僕の努力なんて、ちっぽけな結果しか生み出せない、僕の努力なんて、いつだって無駄にしか……ッ!!」
もう何を言っているのか、言いたいのかもわからず、僕はただ感情を吐き出す為に喋っていた。
「大樹、それは勘違いだ。まだ無駄になんてなっていない」
そういうと、神代くんは『積乱』をひっつかみ、身に着けた。
「かみしろ、くん……?」
「俺がお前を連れて行ってやる」
それはもしかして魔法戦技大会に、ということだろうか。
「……ど、どうするつもり?」
「大樹、発動器使い同士での戦闘経験はあるか?」
「じゅ、授業でもまだやったことない、けど……」
「自分の発動器を身に付けるんだ。俺とやってみればいい」
「ま、待って待って!本気!?」
「何を躊躇う必要がある?」
「場所とか、時間とか、その、色々あるし……」
「そうか、試合で使う判定システム用の魔法着と発動器用外部装置も魔水を使うからな。それを含めての使用許可は優秀な生徒にしか許可されないんだったか……」
「うん……人目のない場所での個人練習とかならしたことがあるけど、何かに向けて使うには危険だからね」
「仕方ない、実技の授業まで我慢するとしよう」
「でも、ありがとう。そんな風に言ってくれる人、今まで居なかったから……」
「そうか……」
「……ねえ、神代くんはどうして僕にここまでしてくれるの?」
「そうだな……あの日であったのも何かの縁だから、かもしれんな」
その言葉は少し歯切れの悪いものだったけれど、でも僕はその言葉を信じることにした。
そうしてやってきた実技演習。
まだ僕らは実技の履修回数が多くない為、魔法着と発動器用外部装置を着用した対戦形式は許可されていない。
(まあ、弾道を曲げるのも苦労する僕みたいなのもいるから、対戦以前の問題って言われちゃうと言い返せないんだよね……)
などと栓ない事を考えながらも発動器を標的に向けて構える。
そんな僕を神代くんが後ろから見てくれている。
何か気づいたことがあれば教えてくれるらしい。
座学が凄い神代くんからのアドバイスなら信頼できそうだ。
こんな僕でも、これまで以上に成長できるんじゃないかという期待がふつふつと湧き上がってくる。
「いくね、神代くん」
「いつでもいいぞ」
「りょう、かいッ!」
言い終わると同時に発動器のトリガーを引く。
薬莢内の微重魔水が蒸発し排気口から蒸気がバシュッと漏れる。
同時に、銃口に魔法陣が表れ雷の魔法がそこを通り僕の意思を反映して標的へと延びていく――
――紫電が走る。
ダァンと、破砕音がする。
双眼鏡を使って確認すると、紙製の標的の中心が焼け落ちており、そのまま燃え広がって灰になった。
「きちんと中心には命中させられるようだな」
「仮にも王立だからね、中心への誤差修正もできないんじゃ入学試験ではねられちゃってるよ」
「それもそうか……では、少し趣向を変えてみよう」
神代くんは先ほどと同じ場所に紙の標的を設置し、その横に金属製の標的を設置した。
「ありがとう」
わざわざ100m先の標的を取り換えてくれた神代くんにお礼を言う。
「気にするな。それより雷の性質は知っているな?少しでも電気の流れやすい物へと軌道が逸れる。この状態で紙製の標的の中心を打ち抜いてみろ」
「なるほど、隣の標的はそういうことなんだね。って、こんな訓練やったことないよ……!?」
「まあ、俺が大樹を見て効果的かもしれないと思った大樹の為の訓練法だからな。マニュアル通りに訓練するより身に付くものがあるかもしれん」
「そういわれると俄然やる気が出てくるね……!で、でも、上手くいくかなあ?」
「そのための訓練だろう。試験でもないのに物怖じしていても仕方ない。やってみろ」
「が、頑張る……!」
そういいながら再び標的へと銃を構える。
(まっすぐ、まっすぐ、中心へと延びていくイメージだ……)
僕は自分に何度も言い聞かせながら、深呼吸をして集中力を高める。
(まっすぐ、まっすぐ……)
ゆっくりと息を吸い、肺の中が満たされたところで息を止める。
(中心へと、伸びていくイメージでッ!!)
トリガーを引く。
派手な破砕音と共に再び走る紫電。
双眼鏡で確認すると、紙製の標的の外縁部に着弾したようだ。
「やっぱりだめだったぁ……」
がっくりと肩を落とす僕。
「ふむ、悪くないな」
「えっ!?」
神代くんの言葉に心臓が跳ねる。
ダメだとおもったけど、悪くない……?
「ほ、ほんとに?」
「ああ。初回でここまで雷の性質を御したんだ、もしかしたら大樹は"曲げる"というイメージが苦手なのかもしれんな」
「そういうことってあるの?」
「当然ある。感応機構は人の思考を読み取る。つまり精神的な部分に左右される。他にもいろいろ試してみないと解らないが、現状を鑑みるに大樹はまっすぐ飛ばす事はそれなりに上手いようだ」
「あ、ありがとうっ!!」
初めて魔法で人に褒められたかもしれない。
じん、と胸が熱くなる。
「喜ぶのはまだ早い。とりあえず中心に命中させられるようになるまではこの特訓を続けることになるだろうからな」
「うんっ!あ、でも神代くんが積乱使うところも見てみたいなあ」
「そうか。あまり発動器の扱いは上手くないんだがな……」
そういって困った風に頬をかく神代くん。
でもこれだけ指導が上手いのに自分が下手っていうのが想像できない。
謙遜だよね、多分。
もうちょっとおねだりしてみよう。
「刀型発動器の使用者なんてクラスにいないし、見たいなぁ」
「ふむ……そうだな、馴染みのない発動器を見ておくのも悪くないだろう。まあせっかく教えるんだ、この発動器の特徴も教えておこうか」
「うんっ!」
「この『積乱』は現存する全ての刀型発動器の原型となったモデルと言われている。魔水の蒸発時のエネルギーに加えて相転移による気化膨張も利用して抜刀する蒸気抜刀機構が搭載されているのが特徴だ。これが『積乱』が蒸気抜刀式居合発動器と言われる所以だな」
言いながら、安全装置を付けたまま抜刀する神代くん。
慣れた手つきだ。
そのまま鞘を僕に手渡してくれる。
「思ったより軽い……」
「そうだろう。鞘には非常に多くの機構が詰め込まれている。その結果高い耐久力が求められ、強固且つ軽量な日緋色金製となった。つまり居合発動器がどれもこれも他の発動器に比べて高価なのは鞘に希少金属を使わざるを得ないことも理由なわけだ」
まるで高価な壺を持たされた気分になって慌てて鞘を返すと、気負う様子もなく再び腰に下げて納刀する神代くん。
「鯉口をきると安全装置を外すことができ、安全装置を外した状態で納刀しきると魔法が発動する仕組みになっている。常魔水の使用を前提に作られており、汎用性を捨てたベルトマガジン式になっている。つまりこの発動器は相手や状況にあわせて属性を変えられないという事だ」
周囲が水だらけのところでさっき僕がつかっていたような雷魔法を発動するわけにもいかない。
そういう時、リボルバー式ならシリンダー内の好きな場所に好きな属性を詰め込むことが出来る。
でもベルトマガジンは長いし重い。
何本も携行できないし、ましてや属性分携行なんて狂気の沙汰だ。
その代わり一属性に絞って開発されている特化型発動器は、汎用発動器との同属性対決で一歩も二歩も先を行けると言われている。
「尚、このように長いベルトマガジンを下緒のように鞘にまきつけて携行するのが主流だ。前述の汎用性が犠牲にされている点と、抜刀時に排莢される為、空薬莢を失くしやすい点の二点が運用上の欠点といえるな」
「すごいすごい!神代くん流石!!」
「自分の使う発動器の事くらいはだれでも詳しいだろう」
「あはは、それもそうかも」
「発動器の紹介を終えたところでお披露目といこう」
そういうと、神代くんは左手だけで鯉口をきり、安全装置を外す。
周囲のざわめきから、皆が神代くんを注目しているのが解る。
視線をめぐらせると案の定黒川くんも神代くんを見ているようだった。
視線を戻す。
すると、彼がちらりとこちらを見て言った。
「……笑うなよ?」
「えっ?」
どういう意味、と訊く間もなく神代くんは納刀した。
当然、魔法は発動し――
「ええええーーーーーーーーーーーーーー!?」
――それは『すっぽーん!』という効果音が聞こえてきそうな程、見事な光景だった。
あ……ありのまま今起こった事を話すよ……
僕は居合と魔法の共演を目の当たりにできると思ったら、標的の方へ柄を向けたまま鞘から弾丸のように刀が発射された。
何を言っているのか解らないとおもうけど、僕も何を見たのか解らなかった。
「……くっ、だから嫌だったんだ」
「そっかぁ……そっかそっかぁ……うんうん、神代くんも、実は魔法使うのほんとに苦手だったんだね……これから二人で一緒に頑張ろうね!!」
仲間が増えて嬉しいだなんて、他人の不幸を喜ぶみたいで言えないけど、心の中で言う分には問題ないよね。
す っ ご く 嬉 し い ! !
「くっ!!なんだ、その今にも天国に昇ってしまいそうな喜び様は……ッ!帰っても構わないか?」
「ままっままっまって!!ごめんごめん、そんなつもりはなかったんだよ!!あ、だめ、口角があがっちゃうっ!!」
「帰らせてもらうっ!!」
「ごめんって!!」
この日は神代くんの機嫌を損ねてしまって、その後の訓練には付き合ってもらえなかったけど。
でも僕にとっては忘れられない一日になった。