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第二話「その者、落ちこぼれにつき」


誘拐未遂の犯人グループの取り調べを終えた二人は、ドカっと自分達の席に座った。

その表情からは疲労がうかがえる。

ミスティークでは自警団は警察機関と軍の二つの顔を持たされていた。

冷戦の延長にある今現在、まだ歴史に登場して間もない発動器に少しでも触れさせる慣熟の意味合いもあるのだろう。

そんなわけで平時でも多忙なのだから、この上取り調べとなれば歴戦の彼らをして疲れもするのだろう。

「ふぅー、やはり今回も背後で糸を引いている人間は釣れませんでしたか」

タバコの煙を吐きながら男が物憂げに言った。

彼の持つ黒髪に褐色の肌という容姿はミスティークでは少数派だ。

大戦時に取り込まれた国の一つが本来の故郷だったのだろう。

「実行犯は現地のごろつきを金で、ってのは常套手段だからな」

男勝りな口調で言うのは制服越しにも豊満な身体であることが一目で解る赤髪の女性だ。

二人の態度を見る限り、おそらくは女の側が上官だろう。

「西か東か、はたまた北か。現状、わが国は四面楚歌ですからね。どの国が裏で糸を引いていてもおかしくないのが……」

「だな。現状、こっちは手詰まりだ。証拠が少なすぎる」

「そうですね。それよりも二人の被害者のうちの一人、神代悠次という少年ですか」

「だな。元はこの国の人間というのはいいとしよう。我が国は和国を世界大戦時に吸収しているからな。だが、我々が到着する前に現場を大樹必成に任せて行方をくらましているのがまず怪しい。その上、高等部くらいの年齢でこれまで旅をしていたっていうんだから怪しすぎる。調べてみればその年齢で神代悠次なる男は戸籍上存在しないときたもんだ」

「まあ、それだけなら偽名を名乗って逃げ去った、で済む話なんですけどね。それだけじゃなかったと」

「あぁ。丁度一週間前、夕日の出教会所属の人間が一人、失踪届を出されてる。その男の名が神代悠、となると関係性を疑っちまうわな」

「ですが神代悠は夕日の出教会の孤児院で育った天涯孤独の身の上、矛盾だらけです」

「失踪した神代悠が高等部くらいの年齢だっていうなら、子供っぽい家出ですんだんだがなぁ。神代悠は32歳だったか?」

「登録されている戸籍上はそうなっていますね」

「なぞは深まるばかりなりってか。とっさに少年が使った偽名が、偶然一週間前に失踪した男に酷似しただけなのかねぇ?」

もし仮に関係者だった場合、こちらに関与を悟られたくなければもっと違う偽名を使っただろう。

或いは、危険を承知でその裏をかきにきたのか。

(神代悠次、お前はいったい何者なんだ……?)

その問に対する答えは、まだ得られなかった。




世界は今、不安に包まれていた。

かねてより堕天フォールンと呼ばれる人外の化け物が幅を利かせていた事に加え、食料や領土の問題もあり人同士での争いも絶えなかった。

だが、ここ数百年は大きな戦争が起こることはなく比較的平和な日々が続いていた。

というのも小さな国はすべて大国に合併され、国家間の国力に大きな差が無くなったからだ。

ようやく手に入れた安寧の時間を保持するため人々は長らく冷戦の時代を過ごしていた。

しかし14年前、ミスティーク王国は地中からある液体を発見したことにより再び情勢が悪化する。

原魔。

このどす黒い液体は、精製することで魔水へとその姿を変える。

魔水は蒸発することで強いエネルギーを発し、それにより超常の力を顕現する文字通り魔法の液体だ。

この液体の研究が進み、やがて発動器が生み出され、3年前ついにミスティーク王国は魔法王国ミスティークへとその名を変える。

誰でも簡単に魔法が扱える、魔法技術が確立したのだ。

もちろん他国も座して静観していたわけではない。

様々な手を使い、原魔、或いは魔水を入手し、研究した。

しかし発動器を作り上げるには至らなかった。

なぜならミスティークで発動器が生み出されたのはひとえに希代の天才魔法科学者であるエミリア・ウィーゼ・ド・ラ・アレナーヒテの功績だったからだ。

その才能は百年に一人か、或いは千年に一人か……

ともかく他国の科学者が束になっても叶わなかったのだ。

こうして魔法科学の結晶ともいわれる発動器の根幹技術はミスティーク以外の国にとってはブラックボックスとなった。

その上、魔法科学技術の漏洩を嫌ったミスティーク王の意向により、国を挙げて発動器の管理は徹底されている。

これにより国家間のパワーバランスは大きく崩れ、一強状態となったことに周辺諸国は大いに警戒を強め、こぞってその魔法科学技術の奪取をもくろんでいた。

それはあるいは恐怖からであり、あるいは野心からである。

しかし魔法王国ミスティークの現国王であるエノク・イドゥリース・フォン・ミスティークは侵略を否定し、専守防衛と堕天駆除を表明。

表面的には和解し、辛くも平和は維持された。

そう、表面的には。

実際には魔法科学の一切を開示しなかった事が各国の過激派を勢いづかせることとなり、水面下ではミスティークの国力を削ぎ落そうと様々な国家や組織が暗躍する事となる。

つまり今回の事件は――

(発動器を狙った犯行の線が濃厚、かぁ……)

職員室中に響き渡る教師の言葉を適当に聞き流しながら、昨日巻き込まれた事件について僕は考えていた。

魔法の発動自体は魔水さえあれば可能だ。

しかし、そこに人の意思が介在しない以上、爆弾や火炎瓶のような使い方しかできない。

それでいいなら、それを使えばいいだけだ。

だが発動器を介した魔法ならば熟練や才能に左右される部分はあるものの、敵を追尾する銃撃や敵だけを攻撃する手榴弾、といったことも可能となる。

もっと自由な発想があれば良きにしろ悪しきにしろ思いもよらない成果をあげることもある。

つまりは既存の兵器に比べてはるかにおおきな可能性と発展性が詰まっているといえる。

諸外国が血眼になるのも無理からぬことかもしれない。

(被害者当人としてはたまったものじゃないけどね……)

僕は胸中でひとりごちる。


「失礼しました」

そういって職員室を出ると、僕はおおきなため息をついた。

昨日の誘拐未遂事件の後、公衆電話から通報し自警団に事情説明をした僕はその場にとどまり自警団の到着を待った。

犯人グループを引き渡す為だ。

そしてもう一人の事件の被害者――つまり僕を助けてくれた少年が不在だったことで大目玉を食らった。

被害者でありながら、まるで加害者を締め上げるかのような事情聴取を終えて解放されたかと思えば、今朝は今朝で学院につくなり職員室に呼び出され、これまた根掘り葉掘りと質問された。

そんなこんなで今ようやく解放されたというわけだ。

「疲れた……」

思わず愚痴が口からこぼれる。

しかし今から教室に戻っても心休まる時間は訪れない。

(あぁ、逃げだしたい……)

その気持ちを無理やり抑え込みながら、僕は自分の教室へと向かった。

呼び出しのせいで遅刻ギリギリで教室に入ると、ひそひそ声が聞こえてきた。

「落ちこぼれのくせに重役出勤かよ、余裕だな」

嫌味を言う人間はいても、そんな僕のことを心配してくれるような友達は居ない。

というか友達が居なかった。

(はぁ……これでも、僕なりに頑張ってるつもりなんだけどなぁ……)

思い起こされるのは実技教官の言葉。

『"つもり"だと?"つもり"などという努力ではだめだ!それでは何時までたっても子供のままだ!"自分なりに"だとか、"つもり"だなんて言葉は予防線にすぎん。予防線を張らなければ主張できない程度の努力に覚悟や忍耐があるとは思えん。だから貴様には何も身に付かないんだ!』

(黙れよっ!!……くそ、これ以上思い出すな!聞きたくもないっ!!)

心を落ち着ける為に片手で顔を覆い、息をつく。

実技教官の言葉は正しいのかもしれない。

でも何をしても否定しかされないのは心底辛かった。

こんな場所からは何度も逃げ出したいと思った。

それでもこうして耐え忍んで、今も努力しているというのに。

(誰もそれを認めてくれない……)

皆、結果がすべてなのだ。

こういう考えこそが甘えなのだとは解っている、でも考えずにはいられない。

もとよりこの分野は苦手だった。

――いや、僕には何の才能もなかった。

器用貧乏というやつだ。

いろんなことがほんの少しだけできて、そのすべてが一線では使い物にならない。

何者かになれるのではないかと夢を見ていた時期もあった。

(でも今は……)

胸の内は空虚さと無力感で埋め尽くされていた。

あの日、入学試験で僕にも魔法の才能があることが発覚した。

だからこの魔法学院にきたというのに。

でもやっぱり僕はどうしようもない器用貧乏の早熟型で、成長限界の浅さは現実逃避してしまいたくなるほどで。

たまたま運よく、或いは運悪く才能が認められ入学したものの、皆よりずっと遅い成長速度がそれを裏付けている。

それでも必死に自分の苦手を克服しようと足掻いてきた。

教師たちの、先輩たちの指導に追い付けない僕に対する疲れ、諦め、呆れ、怒り、嘲り、心底うんざりしたその声、まなざし、態度にも耐えて。

それでも、結果が教師たちの、或いは先輩たちの基準に達していなければだめなのだ。

『お前トロイなあ』

『やることが雑』

『一度で覚えろ』

『一度教えた事だろう、なんでできないんだ?』

そんなに優秀だったら"こんな場所"に来ていない。

こんな場所にいる人間に何を期待しているのか。

苦手を必死に克服しようと努力して。

迷惑をかけてしまっているという罪悪感を抱えながら。

自分の成長速度の追い付かなさに自己嫌悪しながら。

自分に向けられるあらゆるネガティブな感情に耐えながら。

今すぐにでもこんな場所から逃げ出してしまいたい想いを抑え込みながら。

辛い。

苦しい。

もう嫌だ。

逃げ出したい。

何度も思考が繰り返す。

そんなに僕がダメなら、僕より優秀な人間を連れてくればいいじゃないかと胸中で泣き言を喚き散らしながら。

それでもまだ僕はここにいた。

これから魔法科学はどんどん発展していくだろう。

その時、この分野の人間でなければきっといままで育ててくれた両親に親孝行することができない。

僕はその想いだけを拠り所にこの場所に立っていた。

だから……どんなに僕が愚鈍なヤツでも逃げ場はなかった。

きっとここから逃げ出してしまえば、僕は何者にもなれないから。

数少ない僕を支えてくれた人たちに恩返しも出来なくなるから。

だから折れる事だけは許されない。

でも、でも――

(辛い、つらいよ……)

肉体的にも精神的にも追い詰められていた。

こんな日には僕にとって何が一番の不幸だったのかをつい考えてしまう。

そして決まって『なんでも中途半端にできてしまったことが一番の不幸だったのかもしれない』と思うのだ。

(くそ、しっかりするんだ、僕!)

深呼吸。

少しは気分が落ち着いてきたからだろうか、なんとなく学院から貸与されている"発動器"に目を向けた。

コイツは魔法を発動させるために必要不可欠な器具だ。

これさえあれば誰でも魔法という超常の現象を具現化できる。

しかしその先、魔法の制御に関しては才能と研鑽が重要となる。

そして僕は入学できたという誇りを胸に何者かになるため研鑽を重ねてきたし、自分ではその成長を感じている。

しかし周囲はそうは思わなかった。

僕の成長速度はあまりにも遅すぎて話にならないらしい。

そうして僕は最下層おちこぼれクラスへと振り分けられた。

この学院では入学、或いは進学するたびに一月の観察期間を経て、能力に応じたクラスわけをされる。

そこで最下層と判断されたというわけだ。

挫折を覚え、悔しさに歯噛みもした。

でも、ここでなら分相応のペースで成長していけると思ったのに。

そんな最下層クラスにあって、なぜこのクラスにいるのか解らない程才能を感じる男がいた。

黒川俊介くろかわしゅんすけ

当然クラスの中心的存在だ。

上のクラスを見返してやろうという気概、常に成長を考える上昇志向、細やかな気配りもできて容姿も端麗。

僕らは底辺だ、だから身の丈に合った訓練をして底辺は底辺らしい速度で少しずつ成長していきたいのに。

あいつを基準にした成長を求められる。

ここでも僕に居場所はなかった。

傷をなめあう事すら許されなかった。

(……いい迷惑だよ)

あんな物語の主人公みたいな奴に付き合わされる身にもなってほしい。

でも、僕は逃げ出すわけにはいかない。

精一杯真正面からその身の丈に合わない指導を受けて、必死に成長しようと足掻いていた。

そうでなければ何者にもなれない。

逃げたい。

でも、何者かにならないと……

常に相反する想いに葛藤しながら、それでも自分が正しいと思う道を進む以外になかった。




それから数日。

新たな事件に巻き込まれることもなく、ただ耐え忍ぶかのような日常が続いた。

しかし、その変わらない日常が、この日破られた。

「えー、本日は転校生を紹介する」

「「えっ!?」」

クラスの多くが驚きの声を上げた。

魔法の素養があるものはその多くが入学試験によって見出される者だ。

故にまず魔法学院に転入というのが異例だ。

そしてその異例が通るとするなら、まず優秀な生徒でなければならない。

だというのに、その優秀なはずの生徒がこの最底辺クラスに転入。

つまり優秀なのにこのクラスに来たか、優秀でないのに転入できたかのどちらかだ。

そのどちらにしても、異例中の異例。

クラスのみんなが驚くのも無理はない。

かくいう自分も驚いた。

しかし、次の瞬間、僕はもっと驚くことになった。

「さあ、入ってきなさい」

教師の言葉を受けて入ってきたのは、切れ長の瞳、黒髪に黒目、見間違えるはずがない。

彼は、彼は――

「自己紹介をお願いします」

「ああ。俺の名は神代悠次かみしろゆうじだ、よろしく頼む」

「では席のほうですが――本人の希望もあり、大樹くんの隣とします」

「えぇっ!?」

僕は驚きのあまり大声を発した。

「それでは大樹くん、一番後ろへ座席を移しなさい」

「わ、解りました」

再び教室内がざわめいた。

普通に考えれば空いているスペースに机を設置し、そこに座らせるはずだ。

しかし彼の意見を尊重して僕の座席を移動させたのだ。

明らかに担任が『扱いに困っている』のが解る。

何か大きな後ろ盾の下、この落ちこぼれクラスにやってきたようにしか見えない。

いったい何のために。

ともかく、僕はすごすごと机や椅子を運んだ。

僕の後ろの生徒達が前へと席を詰める。

ただでさえ落ちこぼれだというのに転入生のせいで輪をかけて悪目立ちしていた。

これからの事を考えると頭が痛い。

そうは思うものの――

「大樹、よろしくな」

「う、うん。よろしく」

もしかしたら学院生活はじめての友達が出来るのかもしれないと、期待する自分がいた。



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