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野生の雑種犬 短編集

ありふれた帰り道の物語

ジメジメとした熱気が街に溢れ、強い日差しに目が眩みそうな午後。


車の排気ガスと土煙が混ざり、灰色の霧のようになって、かすかに立ち込めている。大通りでは、ひっきりなしにトラックが行き交い、道路を激しく揺らしていた。


道路沿いには、飲食店・電機屋・ボロボロのアパート・昼間から営業している酒場・打ち捨てられた廃屋……などが並んでいる。

このような混沌とした街並みからは、人々の騒がしい声が止むことが無い。



「ハルカ、今日あるって言ってた数学のテストどうやった?」

「ふふふ、リュージ先輩に教えてもらったおかげで、バッチリでしたよ」

「まあ、数学と物理はワイにまかせろや。あっ、でも英語は苦手やから、勘弁な」


そんな話をしながら、道路脇の道を並んで歩く、少年と少女。


ハルカは、爽やかな色合いの夏服がよく似合う小柄な少女だ。

無邪気さと快活さを感じさせる笑顔が、まぶしい太陽の光に照らされて輝いている。一方のリュージは、腕っぷしの強そうな大柄な少年だ。穏やかな表情からは、

彼の人の好さがうかがえた。


ハルカは、汗ばんだ自分の体を、隣を歩くリュージにぐいと押し付けている。背の高いリュージと並ぶと、二人の体格差がくっきりと分かる。


ハルカはリュージの太い腕をしっかりと掴み、そこに身を任せて、安心しているようであった。


「しっかし、昨日から突然暑くなったよなあ」

「そうですね、私の服も汗だくになってますよ」

「こんだけ暑いと、なんか冷たい物飲みたくなるよなあ」


ちょうどその時だった。道を歩くハルカの視線の端に、ココナッツミルク売りの屋台が見えたのは。


「あっ、リュージ先輩、ちょっとココナッツミルク買ってくるんで、待っててください」

リュージの元を離れ、慌ただしく駆けていくハルカ。

その姿を遠目に見ながら、軽く溜息をつくリュージ。


しばらくすると、ハルカは両手にココナッツミルクを持って帰ってきた。

リュージに頼まれてもいないのに、2人分のココナッツミルクを買ってきたのだ。

もっとも、これはいつものことなのだが。


「おお、ありがとうやで。これ、ワイの分の代金な」

「ふふふ、別におごってあげてもいいんですよ?」

「いや、流石に後輩におごらせるのはアレやし」

それを聞いて、無邪気な微笑みを浮かべるハルカ。

対して、リュージは少し苦笑いしているようであった。


ハルカは、先程買ったばかりのココナッツミルクを早速飲み始める。ココナッツミルクは、彼女の好物なのだ。

一方のリュージは、実のところ、ココナッツミルクがあまり好きではないのだが、そのことはハルカに言えずにいる。


ハルカは、豪快にココナッツミルクを飲み干す。

愛しい後輩の素晴らしい飲みっぷりを眺めることが出来るのなら、この水っぽいココナッツミルクを飲むのも悪くはない。リュージは、そんな風に考えていた。


リュージは、なかなか減らないココナッツミルクに少しイライラしながらも、遂にはそれを飲み干した。



やがて、二人は古びた石造りの門をくぐり、街の外に出た。

巨大な門は、長年の風雨にさらされているにも関わらず、威厳を失うことなく堂々と立っていた。


街を出ると、レンガの道は、舗装されていないむき出しの土へと姿を変える。

連日の雨が道を濡らしたらしく、あちこちが水たまりになっている。


この辺りになると、車の姿は消え、人通りも少ない。

田畑はちらほらと姿を見せるが、ほとんどは放棄され、荒れ放題になっている。


突如、空模様が変わり、激しい雨が降り出した。

それと共に、湿ったモンスーンの風が、辺りに広がる草むらの中を吹き荒れる。


突然の土砂降りに、慌てて駆け出す二人。

鞄を傘代わりにして、ぬかるんだ道を走り抜ける。


「あそこで雨宿りしましょう先輩!」

「おお、せやな」

彼らは、道の真ん中に立つ巨大なマンゴーの木の下へと駆け込む。


滝のようなスコールが、止まった時間の中に彼らを閉じ込めた。


リュージが、ふとハルカの方へ目を向けると、雨に濡れた彼女の制服が透け、艶めかしく魅力的な身体が露わになっていた。

彼は不覚にも、それに目を奪われてしまった。


「どこ見てるんですか、先輩……」

ぼんやりと自分の胸を見つめるリュージに対し、呆れた様にそう呟くハルカ。



これが、リュージ・アルカディオとハルカ・チャンドラーのありふれた帰り道の物語だ。



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