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5.割り込んだ、新参者に制裁を

 

 デモムービーを見終わったチームメンバーから、感嘆のため息が漏れる。


「これ、どこに持ち込んでも成功間違いナシですよ!ムービーの仕上がりといい、アバターの美麗さといい、完璧です!」

「音楽だって、ありきたりのクラッシックを使わずにわざわざ編曲して使うなんて、そんなのどこのゲームでもないですよ!」

「ふん、当然だな。俺達が本気を出して作り上げたんだ、いいものじゃないはずがないだろう?」

()()、いい加減教えてくださいよ。これ、どこに持ち込むんですか?」


 社長、と呼ばれた西園寺は部下のその言葉ににやりと口の端を上げる。


「そうだな、教えておくか。これを持ち込むのは、シュナイダーの日本支部だ」

「えっ!?」

「シュナイダーって……欧州いちのシェアを誇るあの……」

「そう。システム開発メーカーの、シュナイダーだ」


 ざわり、と先ほどとは違った意味合いで周囲がざわつく。

 それもそうだろう、シュナイダーという名は最近CMなどでもよく聞くし、本業のパソコン向けシステム開発以外でも、家電であったりカーナビであったりと一般家庭でも身近なもののシステムを開発したり、日本の企業と共同開発に乗り出したりしている。

 ただ、外国の企業ということもあって単体ではシェアをそれほど獲得できていないのが現状であり、今後はアジア進出を視野に入れてまずは日本を攻略すべく、日本支部を設立したのだと以前公式に発表されていた。


 そのシュナイダーは現在、総合商社USAMIとの業務提携に向けて既に話を進めているという情報も入っている今、どうして横槍を入れるようなことをするのか。

 そうなった場合、USAMIとの関係も悪くなってしまうのではないか。


 様々な危惧の声が飛んでくる中、声を上げたのはチームのリーダーをまかされている薔子だった。


「自信を持っていい。私たちが作り上げたものは、誰にも、何にもきっと負けない。宇佐見が何を押しているのかはわからないけど、それに勝るとも劣らないものができたと誇っていい。きっと、プレゼンは成功する。だから皆、信じて待っていて欲しい」


 彼女は、自信に満ちていた。

 最高のチームが作り上げたものが、USAMIに負けるはずがない。

 シュナイダーに認められないはずはない、と。

 その自信を受けて、不安がっていた者達も次第に顔を挙げ、いってらっしゃい、頑張ってきてください、待ってます、と次々と肯定的な言葉をかけてきた。


 誰もが、上手くいくことを疑わなかった。

『Sai-Sports』という大手から離れ、新しく『株式会社ロージア』という名の企業を立ち上げて初めて挑むプレゼン。

 それが成功しないはずはない、と。




「……と、このように初期値として入力されたデータを元にしてトレーニングメニューを組み、専属トレーナーが主人公アバターを一流選手として育てていきます。トレーニングメニューも詳細が選べる『プロフェッショナルモード』と、AIにある程度お任せの『ビギナーモード』を用意し、幅広い層にプレイしてもらえるようにと考慮致しました」


 プロジェクターによってスクリーンに映し出される精巧な映像の横で、薔子は自信ありげに唇をほんの僅か吊り上げて微笑んだ。

 同席しているプロジェクトの総責任者である西園寺は薔子のプレゼンに満足げで、デモムービーの製作者である山崎もやり遂げたという顔で安堵を滲ませており、プロジェクト全体の指揮をとった笹野や滑川も、悦に入ったように薔子とデモムービーを眺めている。


 ここは、シュナイダー日本支部の本社ビル。

 役員専用の大会議室で始まったプレゼンは、現在までのところほぼ彼らの独断場が続いている。


 彼らが今回持ち込んだのは、彼らが独立起業する前まで務めていた『Sai-Sports』がスポーツ用品メーカーとして長年蓄積してきた顧客データや利用アンケート、オーダーメイドでの注文対応のデータなどを分析した上で、『一般人を一流選手へと育て上げる、選手育成シミュレーションゲーム』のデモンストレーションだった。


 元々シュナイダーはIT系、テクノロジー系に強い会社であったが、このたび日本進出を果たすにあたってまずはゲームというジャンルを手がけ、少しでも『シュナイダー』という名に親しみを持ってもらおうと考えた。

 そして提携間近と言われていた宇佐見は、架空の企業を舞台として社長、秘書、営業、庶務の4つの職種に加え、ある一定の条件を満たすと選択可能になる隠し職種の計5つを体験できる上に、人間関係の好感度数によっては恋愛もできたり独立起業できたり、というお仕事シミュレーションを企画し、提案しているところだ。


 彼らの持ち込んだデモはただのデモに留まらず、それがそのまま製品のワンシーンであるかのような精巧かつ美麗、まるで本物の人間が生きてそこにいるかのようなリアリティを持った仕上がりとなっており、先ほどからシュナイダーサイドからも何度か感嘆のため息が漏れている。



 デモムービーが終了し、場内に明かりが点ると皆それぞれ手元にある資料に目を通し始める。

 アッシュも先ほどからちらちらと資料に目を落としつつ、たまに「ふぅん」「なるほど」と小さく声を上げていたのだが、『ロージア』側が担当者である薔子を笑顔で出迎えたあたりでぴくりと反応を示し、隣に涼しい顔で座っている黒崎に視線だけで合図を送った。

 やるぞ、というメッセージだと判断し、彼も小さく頷いて返す。

 そして居並ぶシュナイダー本社の重役達に目配せすると、彼らは手に持った資料をひらひらと振りながら席を立ち、ぞろぞろと会議室を出て行った。


「な、っ……!?」


 わかりやすく反応してくれたのは西園寺だ。

 彼は最後に残ったアッシュと黒崎の二人をじっとそのブラウングレーの双眸で見据え、どういうことでしょうかと静かに、だが怒りの滲んだ声で問いかける。


「このプレゼンは、我々『株式会社ロージア』と貴社が業務提携を結ぶための大事なものであるはずです。それを、プレゼンさせるだけさせて、返答どころかなんの反応もなしに重役方を退席させるとは。随分と我々は舐められたものですね」

「なるほど、我が社に自信満々にプレゼンを持ち込むくらいだ、当然シュナイダー上層部の顔ぶれくらいは調査済みということか。だが調べが甘いな。先ほどまで顔を並べていたのは確かにドイツ本社の煩いジジイども…………あー、ゴホン。うちのホームページに乗っているお偉方ばかりだが、ここ日本支部を任されているのは私、アッシュフォード・シュナイダーと隣にいる黒崎響の二人であることは知らなかったようだ」

「……失礼だが、日本には上座下座というしきたりがあることをご存知だろうか?」


 入り口から最も遠い席が上座、入り口の手前の席が下座、というのが一般的だ。

 笹野は、会議室にと招かれて中に入った際、日本式で言えば上座の位置に座していた白髪交じりの年配の男こそ、プロジェクトの責任者だと誤解されてもおかしくないだろうと言いたいのだろう。

 が、アッシュはこの問いにも笑って答える。

 自分達よりも上座側に並んでいたのは本社の重役であるため、上の立場の人間であることには変わりがない。上座で何がおかしいのか、と。


 グッと眉間に皺を寄せて黙り込んだ笹野の肩を、まだ余裕の表情を崩さない滑川がぽんと叩いて宥める。


「ウチのもんが失礼したことには素直にお詫びしたい。申し訳ない。……で、結局今のプレゼンはどう受け取ってもらえたのか、聞いてもよろしいか?」




「…………素晴らしかった」


 緊迫感溢れる睨み合い、になるかと思いきやアッシュはあっさりと緊張を解き、今行われたプレゼンについて手放しで褒め称え始めた。


「まずデモムービーだが、あの短い時間でよく簡潔に纏められていた。デモとは思えないほどの完成度の高い映像と、恐らく多くのデータを元にしただろう精密なメニュー、そして生きた人がそこにいるかのような息遣いさえ感じられるアバター像。正直、立ち上げたばかりの貴社がここまでのものを作ってくるとは、本気で予想外だった」

「恐れ入ります」


 あのデモムービーの製作を担当した山崎は、どこか誇らしげに会釈を返す。


「ひとつ気になったのはあの完成度の高すぎるアバターだが……誰か身近にモデルでもいたかな?」

「…………そういった質問にはお答え致しかねます」

「ふぅん。ま、答えなくても構わないが」


 ちらり、と意味ありげに薔子に向けられた視線から、彼がそのアバターのモデルにとっくに気づいていることがわかり、山崎だけでなく他の男達も下種を見るような目を一瞬だけだがアッシュに向ける。

 だが彼は、そんなことなどお構いなしに「次に」と話題を先に進めた。


「プレゼンされた内容も、文句の付け所はないな。時間内に上手くゲームの概要や対象者のことまで盛り込んであったし、話す言葉もわかりやすくて大変結構。あれなら、生粋のゲルマン民族であるお偉方にも理解できただろう。更に、そのお偉方に配られた資料は、ドイツ語で書かれてあったようだね?ビジネスの場で使える生きたドイツ語にも堪能となると、うちにとってのメリットもまた多いと言わざるを得ない」

「ありがとうございます」


 薔子も、殊勝に頭を下げる。

 だがその眼差しは鋭く、自信に満ち溢れてキラキラと輝いている。

 それがいっそう彼女の魅力を引き立てていることに、きっと彼女自身も気づいているはずだ。



 さて、はじめようか。

 アッシュのブルーアイスが、そう黒崎を促している。

 褒めどころを指摘するのはアッシュの役目、そしてそこから追撃するのが黒崎の役目。

 彼は先ほどから読み込んでいた資料を手に、「これを作ってくださったのは?」と5人を均等に見渡した。

 そして「私です」とどこか誇らしげに薔子が名乗りを上げたことで、彼はにこりと穏やかで優しげな笑みを浮かべる。


「そうでしたか。いや、実に読みやすくわかりやすい資料だと感心していたんです。どうしてもプレゼン中は室内も暗くなり、資料に目を通すのはその後ということになりますので、さてこの説明の書かれた場面はどこだったかと思い出しながら読まなければなりません。その点この資料は、説明の上にカラーでスクショを載せてありますし、無駄なアピールも極力省いてありますので逆に好感を持てます。後々、読み返す人のことを考えた気配り、というのはやはり嬉しいものですね」

「…………」

「正直、素晴らしいプレゼンというものは準備さえ怠らなければ誰でもできますが、主張しすぎない主役を立てるほどのさりげない気遣い、というのは中々に難しいものです。それができるというのは、人としてきちんと相手の立場に立って考えられるということでしょうね」

「…………恐れ入ります」

「おや、どうかしましたか?先ほどより随分とテンションが落ちたようですが」

「……いいえ。お気遣いなく」


 それも当然だ。

 彼が褒めちぎったその資料は、かつて香澄が新人営業部員のために考えて作ったプレゼン資料、その使いまわしが殆どなのだから。

 香澄は、こちら側の担当者の顔を覚えてもらえたらと名刺にメッセージを書いて添えることを提案し、更に後から読み返してもわかりやすいようにと画像をふんだんに取り入れ、妙にへりくだった挨拶を抜いて実務的な文章に拘って作った。

 それが先方に気に入られたのだと聞いて、ならばと薔子はそれをお手本にして今回の資料を部下達に作らせた、というわけだ。

 香澄がどんな資料を作るのか知っているアッシュや黒崎からすれば、こんな猿真似な資料はマイナスイメージでしかない。


 あえて、彼らからは全く感じられない気遣いや気配りといった言葉を使って強調したことで、薔子の顔色が悪くなったことを確認し、なるほど自覚はあるのかと内心嘲る。

 そして「ただ、」と黒崎は極力感情を押し殺した平坦な声で逆接を継ぎ、その冷ややかさを湛えた双眸で薔子をひたと見据えた。


「資料ひとつひとつに顔写真つきの名刺を添えたのは、マズかったかもしれませんね。失礼ですが、いつもそのような方法を?」

「……ええ、ここ最近関わったプレゼンでは特になにも言われたことなどないのですが」

「ここは日本ですから名刺交換は当たり前のことですし、担当者の顔を覚えてもらうという意味でも写真つきというのはいい案です。そこに、今後ともよろしくとでも書いておけば、あああの時の彼女かと想い返してもらうこともできるでしょう。貴方のような華のある美人なら尚更のこと」


 ですが、と彼は続ける。


「渡した相手が悪かったですね。彼らは貴方とは初対面で、なおかつ日本のビジネス形式に慣れてはいない。あらかじめ名刺を交換していた相手であるならまだしも、口頭で名乗っただけで資料にただ挟みこまれた名刺を『担当者の証明』だとは思いませんよ。ただのメモ代わりに使われるならまだいい方です。おあつらえ向きに携帯の番号や手書きのメッセージまで書いてあるのですから、誘われているのだと勘違いされても不思議はないでしょうね」

「それはまた随分と乱暴な発想ですね。しかもそれを信じるなら、シュナイダー社の重役方というのは営業に来た取引先を娼婦のように見下している、とも取れますが」

「笹野さん、でしたか。そちらの発想こそ乱暴そのものだとお返し致しますよ。それにそもそも、貴社はまだ()()()ではありませんよね?しかも決まりかけていた提携話に無理やり横槍を入れてきたのですから、無礼者だと見下されても文句の言えない立場であると理解されてはいかがですか?」


 大体『娼婦』も立派な職業ですよ、と黒崎はそう付け加える。

 顔は笑ってはいるが、その底冷えのするような目は決して笑みを湛えてはいない。




 確かにアッシュが絶賛するように、プレゼンの内容はとても素晴らしかった。

 もし彼らに対し何の偏見も先入観もなく、宇佐見との提携話も進んでいない状態であったなら前向きに検討できただろうほどには。

 だが、既にシュナイダー日本支部のプロジェクト自体、USAMIの提案してきた内容で進み始めている。

 それに自信満々に横槍を入れてきただけの実力はある、だがここが日本だとかどうとか言う前に会社同士の社交のマナーくらい学んでこい、というのが黒崎の本音だ。


 代わろう、とアッシュが視線だけで交代を切り出してきた。

 今の黒崎では冷静さを欠いている、それでは彼らの思う壺に嵌ってしまうだろうから、と。


 あっさり引き下がった黒崎から、ここへ来る前に手直ししてもらった資料を受け取ると、彼は手ずからそれを西園寺恭一率いるプロジェクトメンバー達に配って歩いた。


「参考までに。これは宇佐見と提携するにあたり、我が社が担当する業務について簡単に纏めたものだ。特に機密に該当するものではないから、何ならそのままお持ち帰りいただいても構わない」

「っ、ふざけたことを……」


 ぐしゃり、とろくに目を通しもせずに西園寺がそれを握りつぶし、その隣で薔子は目を大きく見開いてそのA4サイズの紙の束を見つめた。


「…………これ、桐生……さん……?」



『ロージア(笑)』ざまぁ、後半へ続く。


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