英雄は忘却の彼方
彼の者は弱者であった。
彼の者は無能であった。
彼の者は臆病者であった。
しかし、卑怯者では決してなかった。
どこまでも誰かのために尽くした。どこまでも他人のために戦った。
その果てに自身がどうなろうとも、それは変わらなかった。
彼の者は、まさしく英雄であった。
彼の者の名は――――
かつて、英雄と呼ばれた者がいたらしい。
らしいというのは、そのものに関する記録が一切残っていないからだ。
名前も、姿形も、其の者が何をしたのかや、其の者が誰と親しかったかさえも。
何一つ。
しかし、其の者が存在したことは確かなのだ。
世界を襲った脅威から全てを護った者がいたはずなのだ。
脅威が存在した記録は残っているのに、その脅威から人類を救ったものの記録が残っていないというのは、実に奇妙なことであった。
弱小。臆病。無能。
そんな彼には、たった一つだけの取り柄が、ある種の呪縛のような能力があった。
とある代償を払うことで、絶大な力を得る能力である。
その代償とは
『自分が救おうとする者達の自分に関する記憶全ての消失』
その力を使い誰かを救ったとしても、その人は自分のことを覚えてはいない。
これは、全人類から忘却された英雄の物語である。