7:揺れる紅蓮の菊の花
ザッザッザッ
タッ
籠が止まる。
「姫様、我々が行けるのはここまでです。後は、お一人で………気をつけてください。」
「気をつけてくださいって………何か危ないことでもあるの?」
そう言いながら籠から降りる。半分寝ぼけた状態で来たんだけど。だってかぐや姫が途中で死ぬ訳ないし。
「あんまりいえたことではないですが…………黒い噂がちらほらと。」
…………軽い寝ぼけた気持ちで来たのはまずかった気がする。黒い噂って、何その悪徳政治家みたいなのは。
「先日、街娘が殺されました。事故死、ということになってはいますが――――。」
そこまで聞いてだいたい理解する。
「分かったわ……。でも何で私に関わってきたのかしら?」
「あの方は、たいそう美人で、プライドが高いです。綺麗な華には棘がある、というか――――――いえ、華麗ですが毒々しいような――――――――。」
「だーいたい想像は出来たわ。つまり、関わりたくないような人ってことね。」
「まぁ、そうです。」
その女性は美人でプライドが高くて自分よりモテる人がいるのが許せないわけね。なるほど、いい迷惑だ。好きでこんなことやってるんじゃないのに。ていうか急に呼び出されるとか竹取物語には出て来ないはず。竹取物語+α、もしくは全く関係ない?でもかぐや姫って名前は……………。
ええぃ、もう知らん。
「…………このまま帰っちゃ駄目かしら?」
願わくば、現代まで。
「それはいけません!唯でさえのさばっているのに………。都も、彼女に落とされた人が多く、あの方は誰にも止められません!まさか検非違使庁まで来るなんて………。」
………黒い噂どころじゃ無いじゃないの……………私にどうしろと。
「お願いします、なんとしても一泡吹かせて下さい!」
いやなんでそうなるの!?
私がどうこうできる問題じゃないでしょ!
「なにとぞ!なにとぞ!」
…………きっと随分この件で苦労したのね……………。
「……………善処します……。」
最も信用できない言葉、「前向きに検討」「善処します」。
「…っと、取り乱したことをお詫び申し上げます。それではお気をつけて。」
いきなり冷静になった籠持ちが深々と頭を下げる。
「ああ…………はい。」
―取り乱したことをって………なんちゃら議員じゃあるまいし。
籠に背を向けて検非違使庁の内部に入る。
砂利道を進みながら考える。
―さて、どうしたものか。
話を聞くに、相手は相当のやり手だろう。なにせ、帝ですら止められないというからたいしたものだ。で、それと直接対決……………やっぱ帰りたい。
それだけの実権を握っているのなら、簡単に殺すことだって出来るだろう。それをしなかったということは、見せしめ、それか単純に嫌がらせ。恐らく嫌がらせだろうけど。
相手はプライドが極めて高いらしい。そこが唯一の逃げ道になるだろう。話の観点が法律とかそっちの方になったら勝てる訳ない。この時代の法律なんて知る由もなし。ただし、相手を挑発しすぎてもいけない。癇癪起こされたらすぐさま殺されてもおかしくないからね。その絶妙なラインを………ってなにそれ無理でしょ。
でも、この道しかない。(景気回復)日本を取り戻す、じゃないそんなの関係ない。
いざとなったら無理やり逃げよう。学には剛、剛には学だ。少しばかりの護身術が役に立つときがきそうだ。今まで体育の柔道でしか使ったことがなかったから。体育はその時だけ満点でした。
あとは強引に―――――――。
裁判だか知らないけどそんな感じのは外で行われるようだ。砂利の地面に、池まである。右手にはそれっぽい感じの建物があり、左には松が植わっていて塀はその奥だ。
―もし強引に逃げるとしたら――――松が邪魔ね………やっぱり入ってきたところしかないかしら。でもなんといっても服装が動きづらい……。
目の前15メートルほど前に、それっぽい感じの椅子に座った女性――――これが噂の悪女だろう。なんかゲスイ感じがする。
その左右に二人ずつ合計四人女官がいる。おこぼれに預かろうとした曲者か、はたまた忠義を尽くしたものか。
―あの四人の持ってる竹槍…………あれさえあれば何とかなるかもしれない………ってなんかもう逃げること前提で考え始めてるし………。
気になるのは真ん中に座る悪女の着物の下に、何か棒状の物が伺えることだ。
―恐らく――――――――日本刀。ただの護身刀ならいいが、本当に剣の使い手であったとしたら話は違う。あれは切りかかられたら間違いなく死ぬ。
自分でもかなり緊張しているのがわかる。
「無礼者!」
突然女官に怒鳴られてビクッとする。
「この方をどちらと心得る!紅大納言様におられるぞ!頭を下げんか!」
しかし、そんなことでビクビクしている場合ではない。
「まぁよいではないか。所詮は礼儀知らずの町娘だったということだ。」
紅大納言、それがこの悪女の名前――――。そしてこれが私の相手―――――。それだけで十分だ。
はぁ、と息を吐いてから侮辱に最大限の皮肉で返す。
「これはこれは失礼致しました、紅大納言様。残念ながら、私の生まれた所では、自分を陥れようとする相手に敬意を払う、などという礼儀は無かったものですから。」
紅大納言の目が細まり、怒りを伴ってくる。
「貴様!」
踏み出しかけた女官の足を、紅大納言が手を出して止める。
「紅大納言様……し、しかし………。」
「まだよい。」
まだよい、つまりは今後の出方次第では四人の女官が同時に襲いかかってくることも、有り得るわけだ。
私にとってはその方が都合がいい。ここで四人が出てくるのがベストだった。そうすればあの竹槍を奪うチャンスになる。もし奪えないならそれまでだ。そうならば、私の計画は根本から破綻していることになる。一種の賭だが、他には思いつかない。
それより、話が長引いて身元について深く言及される方が厄介だ。東京出身です、なんていえる訳ない。
「…………ひとまず、空から降ってきた、と聞いている。出身を述べよ。」
「そうですね、逆に何と申し上げたら信じますか?」
「は?」
「東の方角かもしれない、はたまた地獄の底かもしれない、いやいやもしかしたら――――遠く未来で生まれたかもしれない。だから、私の生まれは――――――月である、と。」
自分でもなにをいっているかよくわからない。まぁ、紅大納言がキレてくれたほうがいいからそうしてるけど、流石にむちゃくちゃなこと言ってると自分でも思う。
「…………私を弄んでいるのか?」
あ、かなり怒ってる。
「もうよい……………罪状、妖術を使い男をかどわした。」
「妖術って………何を証拠に。」
「証拠なら沢山あるぞ、そこにある大きな石の鉢もお前のだろう。」
池の横に禍々しい字のようなものが刻まれた大きな石の鉢がある。
「他にも様々なものが見つかっている。全てあげていくときりがないぐらいにな。」
なるほど…………これならなんとかなりそうだ。
「そうですか……ではお聞きしますが、私はそれを使ってどこでその妖術を行ったことになっているのですか?」
「造の家の中に決まっておろう。」
「入りませんよ。」
「は?」
「そもそもとして、こんな大きな鉢、家の中に入りませんよ。それに数え切れないって、家の中に置けるわけがないでしょう。」
「…………それなら外で」
「いいえ、紅大納言様、あなた自身が家の“中”とはっきりおっしゃっています。また、私がここに来たのが昨日だ、ということはご存じですか?」
紅大納言が頷く。
「なら、仮に私が運んできたとして、こんなもの運べるわけがありません。つまり、この怪しげなものはここにきてから用意した、ということになります。時間的にも数え切れない程の小道具を準備するにしても無理でしょう。」
ここまでは私の流れで来ている。このままいけば、可能性はある。証拠は完全に消えたはずだ。
それなのに。
それなのに、紅大納言はまだ余裕綽々な顔をしている。
「ふふ……………なるほど、おもしろい。認めよう、確かにこの小道具は私が用意したものだ。しかしなんだ?証拠がない?そんなものは関係なかろう。どんなにそなたが正しかろうと、この場においては私が絶対だ。その絶対である私に逆らうということは――――。」
―死だ。
その言葉と同時に竹槍をもった女官四人が私を取り囲む。
―ありがとうございます!
いや、Mじゃないからね?ようやく私にとって望み通りの展開になったってだけだからね?
私は下を向いて誰が一番最初に動くか見極める。
―槍の内側に入れれば………まぁあの竹槍なら刺さっても死ぬことはない…………と思うし無理やりやってなるようになれ!
この辺の考え方がお父様に似てきたなぁと思ったがしみじみしている場合ではない。
四人が一斉に槍を構えて掛かってくる――――が、やはり僅かにズレがある。左後ろが遅い。
すぐさま体の向きを変えて左後ろの女官に突進する。
相手も予想してなかったのか一瞬怯むが、竹槍を構えて突く体勢を取る。
このまま突っ込んでいったら間違いなく串刺しだ。というわけで、
「たぁ!」
「え?」
私の履いていた草履のようなものが相手の女官の顔面に激突。
靴とばしみたいな容量でやったけどうまくいってよかった。
小学校の頃、嫌な教師にわざと靴をぶつけて「すいませーん遊んでたらぶつかっちゃいましたー」って可愛くいったら直ぐに許してもらえたのを覚えている。あれ絶対ロリコンだよ、間違いない。
槍の内側に入り込めればあとは簡単、そのまま勢いに乗って爪先を腹にぶち込む!
「やぁ!」
女官がくの字に折れ、竹槍を地面に落とす。それを拾って裏側でもう一度腹を突く。これで、まず一人。
後の三人は――――作戦会議中…?
なにやら輪をくんでヒソヒソやってる。
一回こっちをジッと見て――――また作戦会議。
「いや………何やってんの………………。」
私はどうすれば。竹槍もあることだしこのまま三人に突撃するか。
紅大納言も呆れ顔、そりゃそうだ。戦の最中に敵の目の前で作戦会議なんて聞いたことがない。
遂に三人は隊列を組んだ。前に二人、その間の後ろに1人で、槍を構えている。近づいたら後ろが槍で刺すつもりだろうか。
…………あの、私が手に持ってるもの見えてますか?竹槍もってそんな近づく訳ないでしょう?
~三分後
女官はぎったぎたのメッタメタにしておきました。これは私が強いんじゃない、女官が弱すぎるだけ。紅大納言もため息をついている。
「まさかここまで弱いとは………全く。」
「どうするの。もうあなたを守る女官はもう居ないわ。」
「いや……正直いてもいなくても変わらんわ。それに」
紅大納言が腰から刀を抜く。
―やはり持っていたか…………。
槍と違って刀は厄介だ。刀は、技が達者で無くとも威力が大きい。近づいても切れないわけじゃない。
「私が信用しているのはこの刀だけだ。」
「そう……………。」
ここでの選択肢は2つ、逃げるか戦うか、だ。
逃げたとして、その先はどうするのか。どうせ紅大納言は追ってくる。そうなれば、竹取物語自体が大きく狂うことになる。出来るだけそれは避けたい。竹取物語の道なりに進めば帰れるはずだ。結末が変わることだけは避けねばならない。
そして戦った場合、これでも良くはならない。仮に戦って勝ったとして、行き着く先はどこにあるのか。勝ってそうすれば何もかも都合よく終わり、というわけには行かないだろう。
―…………あれ?詰んでないかこれ?
逃げても駄目、戦っても駄目、ならばどうしろと。
………どうしろと。
「…………その刀で私を斬り殺すつもり?」
「もちろんだ。」
断定されてもね………………。
「でも斬り殺したら問題になるでしょ?」
こんなことが何の意味のないのはわかってる。相手には権力がある。問題になるわけがない。
「暴れたため抑えるためにやむなく刀を使用したところ、斬り合いの末死んでしまった、とでも言えば咎められないことはお前もわかっておろう。」
―そもそもお前がここにきた時点で死ぬことは確定しているんだよ、どうあがこうがな。
その言葉が脳内に響く。
無理だった。完全に詰んでいる。そもそも、これは挑んではいけなかった。穏便に済ませようとすれば、まだほかにやりようがあったはずだ。
それなのに――――愚かにも挑んでしまったためにこのざまだ。最初から、王手ではなく必死の状態であった。最後のあがきを考える。
―この槍で払いにいったとして………可能性だけならまだ………。
無言で紅大納言の足を払いにかかる。
決して軽く打った打撃ではない。しかしいともたやすく刀で受け止められる。
「なるほど、確かに良い筋だ。だが、無駄だ。その程度では私に掠りもしないぞ。」
「……お褒めの言葉ありがとうございますっ。」
そこから槍を回転させ反対側で顔を狙うがまたしても刀に止められた。
「敵ではなければ守りとして傍に起きたいぐらいだ。だが、敵なら仕方ない。」
そこから紅大納言がさらに刀に力を込めた。
カランコロン
慌てて後ろに下がる。
竹槍の先が、スッパリと落ちていた。
「………随分もろく作ってあるわね………。」
「当然だ。女官に使わせるものなど、この程度で十分だ。」
最悪だ。最後の望みが絶たれた。技術で紅大納言には適わない。その上武器が違いすぎる。
―もう、どうしようもない。
「――――空から降ってきたと聞いて少しは期待したが…………所詮はこの程度か。」
声が頭に入ってこない。紅大納言が近づいてきても、動く気にならない。何か言っているようだが、全く聞き取れない。
私は今まで親以外で負けたことがなかった。そりゃじゃんけんとか完全に運の物やただの遊びだったら負けたことはある。だが、重要な局面では絶対に負けない。弁論大会で日本一まで登りつめたこともある。それだけに――――初めての敗北だった。
紅大納言の刀が横になぎられ着物の裾が数枚地面に落ちる。そんなことは気にもならない。
また刀が振りかぶられ―――――。
私は蹴飛ばされた。
「………………え?」
背中に足が乗せられる。
「…………最高だ。」
もう一度強く蹴られる。
「んがぁ!」
「最高だよ、この気分は!」
ああ、なんだ、そういうことか。紅大納言の目的は私を殺すことじゃない。
―私をなぶり殺すことだった。