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~TAKETORI~千三百年の時を越えて  作者: 秋実 怜土
2/17

2:蝉の声が部屋に響く時、私は目を覚ます

ジリリリリリ

焦げるような音で目が覚める。

昨日、すぐに寝付けたおかげで寝起きはいい。ただし気分は最悪だが。

私は、目覚まし時計の音で起きたと思った。いや、そう思っていた。

目を瞑ったまま起き上がり、目覚まし時計を止めようと当たりを手探りで探したところでふと思い当たる。


―あら、私目覚まし時計なんてかけたかしら?


昨日は、せめて、寝過ごしてしまえばいいのにと思って、わざと目覚まし時計をかけなかった。だから、嘉山がセットしないかぎりそんなことはない。しかし、あるときを境にそんなことは一度もなかった。じゃあ、この鳴り響く音はなんなのか。

ここで初めて目を開けると、枕もとに虫かごがちょこんと置いてある。

中を覗くと、主に夏に生息、七年間地下で成長し、一週間地上で生活する夏の風物詩ともいえる虫がはいっていた。

「……………。」

蝉だ。蝉が虫かごに入って枕元においてある。

こんなことをするのは一人しかいない。

「嘉ぁ山ぁ!」

「はい、凛お嬢様。」

「これはどういうこと?」

私は虫かごを手で示す。そんな私にお構いなしに、蝉はジリジリ鳴き続ける。鳴き声からして、おそらくアブラゼミだろう。前は公園にいけばこのあたりでもセミは見られたが、今は公園すらこのあたりから消えている。

「目覚まし蝉です。」

なぜか誇らしげに嘉山が言う。どこで捕まえてきたかは知らないが、また紙の山が増えなければ私は知らないことにする。

「朝になったら鳴き出しますから、セットし忘れても大丈夫!」

つまり、セットしなくてもかってになり響くということだ。とんだ欠陥商品だが、何も言わないでおく。そのかわり、もっと重大な欠陥を指摘する。

「でも一週間しかもたないじゃない!」


すると、嘉山が少し悩んでから言う。

「仕様です。」

「とんだ欠陥商品ね!」

ため息をついて、虫かごを持ち上げて中の蝉を見る。まだまだ元気そうだが、明日死なないとも限らない。少しかわいそうになったので、窓を開けて解き放つ。

すると、蝉はするすると飛び去っていった。

このあたりでも、生活できないことはないだろう。蝉がいるとは思えないが、万が一ということもある。

「1日お勤めご苦労様!」

飛び去っていく背中に一言声をかけて、窓を閉めた。

その姿を見送り、「さて……」と振り返ると、少し残念そうな顔をした嘉山。

「なによ。」

「いえ別に……、ああ、ご主人様が車を手配した、とおっしゃっていましたよ。」

一瞬なんのことかわからなかったが、すぐに思い出す。

「ああ……………本当に行くのね………。」

「もちろんですよ、もうそろそろ支度しないと間に合いませんよ。」

「あらもうそんな時間?」

くるりと回って壁にかけられた時計を見る。

現在時刻八時半。いろいろと支度をするから30分では足りないだろう。

「……どうりで目覚めがいいわけだわ。」

「私は以前凛お嬢様に言われたいいつけをしっかりと守ってございます。」

「そんなこと…………………言って…………………たようなきもするわね?」

なんだか、休日に六時ぐらいに無理やり起こされてキレた記憶が………………?

「って、時間がない!身支度してくるから荷物はお願い!あの鞄に財布と携帯だけいれてそこおいといて!」

「かしこまりました。」

嘉山が恭しく頭を下げる。



九時五分、ようやく家を出発する。車は何が出てくるかと心配したが、普通のワゴン車だった。

助手席にお母様、後ろに右から私、お父様、嘉山の順だ。

今日の私は赤いドレス、髪は下ろすことにした。ドレスといっても軽めのものだけれど。

お父様はいつもの紺のスーツに青い縞模様のネクタイ、お母様は黒いドレスを着ている。

乗るやいなや、いきなりお母様から言われる。

「凛、今日は絶対にはしたない行動をとるんじゃありませんよ。確かに、あなたも初めての見合いということで緊張しているかもしれませんが、くれぐれも平常を保つように。」

お母様に言われるとなぜか緊張する。前から何かあったらお母様に叱られていたからだろうか。あの高一の時のも、最終的にはお母様が出て来たし。

「はい。」

すると、お父様が慌てたように言う。

「ちょっとちょっと、お見合いのことはサプライズじゃなかったの!」

私、お母様、嘉山が一斉に反応する。

「え?」

「あ。」

「え。」

すると、お父様が首を傾げて言った。

「あれ?いやでも確かにサプライズにしようとしてたよね?」

「…………そういえばそんな話もありましたね。でも、凛にとっては先に伝えておいた方が凛のためにもなりますよ。」

「いやそうだけど……………。」

実はお母様から聞く前に嘉山から聞いてたんだけど嘉山のためにも黙っておく。

「そういえばなぜお父様はサプライズにして隠そうとしたのですか?」

私が、少し気になったことを尋ねる。

「もちろん、凛が驚き慌てふためく姿が見たかったからだよ。」

聞かなきゃよかった。

「ああ………はい……………。」

お母様も困ったようにため息をついている。

運転手が車を出発させる。

低い音を立てて車が走り出す。思ったよりも振動が少ない。

「ねぇお父様、もしかして…………。」

「そう!いろいろ改造が加えてあって、たとえ大砲に打たれたって走り続けるさ!」

お父様が得意気に言うが、そんなことはどうでもいい。そんなことは聞いていない。

「いえ、他にもまだ何か企んでいませんか?」

すると、意外にも、というべきか当然というべきかあっさりと認めた。

「もちろん!」

「そんなに堂々と言われても……。」

「まだまだあるから、一つぐらいバレてたってなんら問題はない。」

お母様がもう一度ため息をつく。

「ふざけるのもたいがいにしないと怒るわよ、凛。」

「はいお母様。」

なぜ私が怒られたのかはよくわからないが、反射的にそう返す。

そこに、運転手から声が飛ぶ。

「えー水道管破裂による通行止めと、出発時刻が遅れたのとで、時刻に間に合うには少々、荒い運転になるかと思われますがどうしますか。」

「荒い運転で!頼んだ元F1レーサー!」

そう即答したのはお父様だ。

「了解しました。ご令嬢はこれが初めてですか、念のため、何かにおつかまりください。」

「え?何かってえちょちょちょちょちょちょ!」

壊れたレコーダーみたいになっている私を尻目にさらにアクセルを踏み込んでいく。

精々高速道路ぐらいだろうと思っていたが、甘かった。メーターはよく見えないが、時速二百キロぐらいにはなっているだろう。

必死で前の席に捕まりながら訴える。

「ちょっと!流石に、きゃ!」

ほとんど速度を落とさず、そのまま曲がっていく。

「ん?なにかいったか?」

車の音に負けじと声を張り上げる。

「こんな速度だして大丈夫かってことよ!」

「大丈夫だ!エンジンはポルシェに積んでるようなやつだし、タイヤはレーシング仕様、トランスミッションとかもいじくってるから時速三百キロぐらいまでならいけるはずだぞ!」

「そんなこと聞いていない!」

お母様はと見てみると静かに目を閉じている。

私もお母様を見習って外をできるだけ見ないようにした。




九時二十八分―――

無事、事故を起こすことなく美術館にたどり着いた。いや、無事なのは車体だけだ。当の私はといえば、車に揺られに揺られて、完全にふらふらのグロッキー状態になっている。

「凛、もっとシャキッとしなさい。ふらふらしてはみっともないですよ。」

それに対して、お母様は平然とした顔で、いつも通りに背筋を伸ばして立っている。

「逆に、何故お母様はそんなにも平然としておられるのですか……。」

「これくらいできて当たり前です。もう少し我慢しなさい。」

そんなことは、と思い周りを見渡すが、お父様は楽しそうだし、嘉山は静かにしている。

……いや、周りがおかしいだけよね?

「時に周りが異常だと感じたとき、仮にそれが異常だったとしてもそこではそれが常識なのですよ、覚えて起きなさい。」

納得はできないが、ひとまず頷いておく。

―――と、頷いたところで急に吐き気を催して―――伏せて道端に吐き戻す。

「ぅおろぇ……。」

少し頭を揺すっただけで、この有様だ。

その様子を、お母様がため息をついてじっと見ている。

私は深呼吸して落ち着かせる。

「はぁ……はぁ……………はあ。」

「水でございます。」

いつの間にか私の隣にいた嘉山がペットボトル入りの水を手渡してきた。「あぁ………ありがと……………。」

その水で口を濯いでから一口だけ飲む。

確かに、私は乗り物酔いしやすいほうかもしれない。それでも、あんなのに耐えきれる人なんてそうそういるはずがない。いてたまるか。例えるならば、20分ぶっ続けでジェットコースターに乗ったような、そんな感じ。つまりは、二度と乗りたくない。

お母様はお母様で、ダメね、みたいな目で見てくる。なにもそこまで冷たい目をしなくても…………。

「行きますよ、もう皆待っています。はやくしなさい。」

「はいお母様。」

まだまだクラクラする頭をふらつかせながら美術館の中へと向かう。

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