11:4:2 やっぱり駄女神様は駄女神様
歩き始めて半時、霧が深くなってきた。辺りは白く立ち込め、一寸先は闇ならぬ一寸先は霧だ。周りにはうっすらと木が見えることからまだ山道にいることがわかる。しかし、気を付けないと先をいく天照大神も見失ってしまいそうだ。
「大変な霧ですな…………。」
「ええ、地界と高天原を繋ぐ道ですから複雑になってるんですが………………。」
突然、天照大神が立ち止まって辺りを見渡した。
「どうしましたか?」
「いえ……………何でもありません。」
そう言ってすぐ右に向かって歩き出す。そして、また止まって辺りを見渡してから方向を変えて歩き出す。
はたからみれば完全に不審者だ。道に迷ったなんてあるまいし。
そんなことを五度程繰り返した頃─────。
「……………迷いました。」
「え?」
壱之長介は驚きの声をあげる。
「こっちだったと思うのですが……………どうも現在地がわからなくて…………そんな疑いの目を向けないでください!大丈夫です!高天原は私の家ですから!たどり着かないははずがありません!」
「家に帰るのに迷うってのは………。」
力説する天照大神虚しく壱之長介は冷静だ。
「大丈夫です!いざとなったらアメノミナカヌシ様を呼びますから!問題ありません!」
「神様が道に迷って高位の神様を呼び出すのは問題なんじゃないでしょうか。」
天照大神は一瞬黙ったあと、なにも言わずにまた前を向いて歩き出す。
更に半時も立てば、天照大神は立ち止まって辺りを見渡すことが多くなってきた。霧は相変わらず濃いままで、今どのあたりにいるのかさっぱわからない。遂に観念したかのように天照大神が振り帰る。
「完全に迷いました…………。」
「ええ、そうでしょうね。」
納得の言葉だ。
悲痛な顔の天照大神に比べ、壱之長介はゆったりしている。
「アメノミナカヌシ様呼びます………。」
「こたえてもらえるといいですね。」
「この前は聞いてもらえたので今回もきっと…………。」
天照大神がどこからともなく水晶玉を取り出す。水晶玉の中は辺りと同じように霧がかかっていて、もやもやとして奥が見えない。そして、天照大神がその水晶玉に向かってぶつぶつと何か呟く。呪文を呟いているのだろうか。
「…………が聞いてくれますように、アメノミナカヌシ様が聞いてくれますように………。」
よく聞けば、呪文でも暗号でも何でもなかった。ただの神頼みだ。いや、神様が神頼みとはこれいかに。
だんだんと中の霧が晴れてきて、それと同時に何か写り始めた。
「あ、アメノミナカヌシ様!」
「いかにも。」
どっしりとした威厳が感じられる声だ。これなら神様と言われても納得だ。
「迷ったので助けてください!」
こちらからは見えないが水晶玉を通してアメノナンチャラ様と会話しているのだろう。
「うむ、上からよく見えているぞ。」
「見てるんなら助けてくださいよー!」
「いや、オオコトヌシとお前さんが辿り着けるかどうかで賭けをしていたんじゃがな、わしの勝ちじゃ。オオコトヌシの不景気そうな顔を見せてやりたいワイ。」
そういうアメノミナカヌシは実に愉快そうだ。
「とするとアメノミナカヌシ様は私が迷って辿り着けないほうに賭けたんですか………いや、とにかく助けてください!」
「全くうるさいやつじゃ。今ニニギがそっちに向かっておる。」
「あ、またニニギですか、ありがとうございます!」
そして壱之長介に振り替えって、「とのことですよ。ね、大丈夫でしょう?」と言った。なにが大丈夫だったかはよくわからないが、壱之長介は「私の中で神様の想像が崩れた気がします。」と率直な感想を述べた。
「いえ、神様はみんなこうなんですよ?私が変なんじゃないですよ?だから、帰り道に迷うのも普通なんですよ?」
「いや、流石に自分の家に帰れなくなるというのは……。」
「うむその通りじゃ。」壱之長介の言葉にアメノミナカヌシが相づちをうつ。まだ水晶玉を通して通信は繋がっているようだ。
「全く、いくら引きこもっている期間があったとはいえ、流石に帰り道に迷ったのはお前だけじゃ。毎度思うことじゃが、お前は威厳がどうこう以前に脳ミソが足りていないというか、ネジが足りてないというか入ってないのではと思うのじゃ。全く、イザナギ、イザナミの子の三柱の一柱であるという自覚はあるのかないのか………。この前はわしの饅頭を食べるし、壺は壊すし……かと思えば結界の調整中にまた太陽を呼ぼうとするし………おい、まだ話は続いておるぞ!切るでない!………。」
天照大神は水晶玉をジーっと見つめたあと、道端にぽいっと投げ捨てた。
「さあ、ここでニニギを待ちましょうか!」
顔は笑顔だが、目が笑っていない。怒りのオーラが漂っている。
「はい………。」
その鬼神と化した天照大神の前ではただ頷くことしか出来なかった。
少し待つと、ザッザッと足音が聞こえた。恐らくさっき言っていたニニギがやって来たのだろう。
霧の中から人が現れる。なんというか、どこにでもいそうな青年だ。対して神様らしいところはない。
「ニニギ、遅いですよ。人を待たせないようにと教えたでしょう!」
「柱を呼んでおいてなんですか。迷ったのは天照様でしょうに。全く、こちらの身にもなってくださいよ!」
「そういえば前も来てましたね。」
「ええ。見事にくじで「当選」しましてね。」
前も、ということは二回目かそれ以上ということか。
「わ、私のような高位の神を案内できて誉と思いなさい!」
「天照様じゃなければそうなんですけどね…………そこの方は?」
「初めまして、天照様を餌付けした農家の壱之長介です。」
「な、なにいってるんですかそんなことあるわけないでしょう!」
天照大神が喚くのを無視してその横でニニギが納得する。
「餌付け………やはり途中で行き倒れましたか。天照様が特に荷物らしい物を持たずに地界に出掛けたので駄目だろうなと思ったらそうでしたか。」
「い、いや、確かに間違っては………いえ、そんなことないです!干し柿を二つ頂いただけです!」
「野良猫に餌を与える感覚で干し柿を渡したら、なんでも願いを叶えよう、みたいなことをおっしゃったのでついてきた次第です。」
「これはこれは気の毒に。天照様じゃなければもっとましでしたのに。」
「ニニギ酷い!そんな柱だったなんて………………!」
天照大神が喚くのをまた無視する。神の威厳などひとかけらも感じられない。
「長旅、お疲れでしょう。高天原ではゆっくりしていってください。それでは、こちらです。」
「どうせ私なんか………どうせ私なんか……。」
色々と無視された威厳(仮)ある神様は少し離れたところでしゃがんでいじけている。
「ではいじけている神様は置いていきましょう。こちらです。ここからはそう遠くありませんよ。」
ニニギの後ろについていく。
「ああ!待って!おいてかないでえええぇぇぇぇぇ!」
天照大神がドタドタと駆けていく。不思議なことに、声と足音はだんだん小さくなっていった。
ニニギと壱之長介は顔を見合わせる。
「………どうやら、すぐには高天原に行けないようです。」
「そのようですね。」
天照大神を探すという一手間が増えてしまった。