11:4:1 天の沼矛
大農家の跡継ぎである壱之長介は、かぐや姫亭を出ると、深く考えずに旅支度を始めた。周りの相手は貴族ばかりで気が滅入りそうだが、親にも急かされているので出来れば成功させたい。偶然にも、天の沼矛というものは聞いたことがあった。恐らく何かを読んでいるときに見つけたのだろう。天の沼矛は、イザナギとイザナミが地をお造りになったときに用いた神器と言われる。しかし、どこにおいてあるかなんて見当がつくはずもないので、ひとまず高い山にいけばそれらしい人が出るのではないかと、彼にとって神様は山の上にいるものと相場が決まっている。
何を持っていくかと考えたときにいろいろ思い付いたが、少しばかりの金と洗面道具だけでなんとかなるだろうと思い、それだけを詰めて準備は完了だ。
「おっかさん、ちょっと旅に出てくるよー!」
「こんな忙しい時期にどこいくんだい。暗くなる前に帰るんやでー!」
奥から聞こえる声を受け、家から外に出る。
さて、どっちに向かおうか。周りを見渡すと山がいくつか見える。
─ひとまず、一番高そうな南に見える山にしよう。あとはなんとかなる。
歩き出して四日で山の梺までたどり着いた。途中親切な農家のおばちゃんから干し柿を貰ったり、お礼に畑仕事をしたりしたから少し時間が掛かってしまった。山は白く雪で染まっている。あたりは静かで動物の声すら聞こえない。もう少しあとなら桜で埋め尽くされていただろう。
─ふむ………雪山というのもまた風情が感じられるな。
雪道を登っていくと岩の上に何かが倒れているのが見えた。近づいてよく見ればそれは女性だ。女性が岩の上にうつぶせで倒れている。顔はよく見えないが、髪が長く綺麗だ。上にうっすらと雪が積もっているあたり、大分長くここにいたのだろう。
「行き倒れかな………?ひとまず手を合わせておこう。」
やり方などよくわからないので、ひとまず手を合わせて目をつぶる。
─こんなときなんて言えばいいのかな………ええと、来世で幸せになることを願っています。うんこんなもんで
「ちょっと!死んでませんから!まだ生きてますから!」
目を開けて前を見ると、女性が起き上がっていた。
「死体が動いた……………。」
「いやだから死んでませんってば!それより……………何か食べるものを下さい………。」
「………えー。」
おなかがすいて力が出ない、なんていうことは有るものなのか。
女性が岩の上に座って私たち干し柿をガツガツ食べている。私は私でそれを見ながら事情を探っていた。
女性が干し柿を食べ終わる。
「ふぅ…………ありがとうございました………あ………。」
急にハッと立ち上がって、
「我は太陽の神、天照大神である!」
今までのがなければ威厳たっぷりにそういい放つ。
「えー………(何をいってるんだこの人は)。天照大神の想像と随分違うのですが。」
そうしたら、急に小声になって、
「何でもいいですから話を合わせて下さい!」
「天照大神様が食べ物がなくて行き倒れて干し柿をガツガツ食べると言うのは余りにも…………。」
「そんなこといってないで!お願いしますよ!」
そしてもう一度、
「我は太陽の神、天照大神である!」
「ははーわー天照大神様だーこんなところに太陽の神様がー。」
二人の間に流れる沈黙。
「………やっぱりもういいですグスン。」
「………ええと、行き倒れの神様………。」
「違います!」
「アホ神様………。」
「駄目です!」
「チョロ神様………。」
「もっと駄目です!」
「駄女神様………。」
「一番だめなやつですそれ!ていうかなんで初対面のあなたがその呼び名を知ってるんですか!」
「あ、納得しました。」
「何を納得したんですか!…………あれそういえばどなたでしょう。」
「駄女神様を餌付けした壱之長介です。農家です。」
「ひとまずその呼び方を改めましょうか。」
「ところで駄女神様はなんで行き倒れていたんですか。」
「………いい加減泣きますよ?まぁ、ちょっと美味しい餡蜜があると聞いたので下界まで出掛けたら、帰りのことを忘れていて………食べ物無くて………アメノミナカヌシ様にお願いしたら、「頑張れ」って言われて…………通りがかった人に食べ物を恵んでもらいながらここまで来ました。誰も天照大神だって信じてくれませんでした。………その後熊に襲われかけたり………あなたも信じてませんね、ええ。」
「………まぁ……。」
神様とかなんとかよりも哀れみの念が強くなった壱之長介は曖昧に答える。
「わかりました、何でも願い叶えますから!だから信じてくださいぃぃぃ!」
これではヤケ神様である。
「じゃあ、天の沼矛下さい。」
「…………は?天照大神様、何いってるか聞こえなーい。」
「天の沼矛下さい。」
「な、なにいってるんですか!あれはイザナミ様とイザナギ様が國をお造りになったときに使われた神器じゃないですか!」
「何でもっていったから…………。」
「ぐぬゅー……ひとまず高天原に行きましょう話はそれからです!」
天照大神が振り返って歩き出そうとした途端、グウゥ~と音が聞こえてくる。
「…………もう一個干し柿食べますか?」
壱之長介が風呂敷から干し柿を取り出して、天照大神に渡す。
「あ、ありがとうございます!あなたは神ですか!」
「いいえ、あなたが神様のはずです。」
「わかりました、天の沼矛の件、なんとかしてみましょう。」
そういってまた干し柿を食べ出す。
やはり駄女神様はチョロかった。