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~TAKETORI~千三百年の時を越えて  作者: 秋実 怜土
12/17

11:1 オトタチバナの櫛

頼まれたものが私の知っているもので良かった。そのぶん、ほかよりも早く見つけられるだろう。

オトタチバナとは、かのヤマトタケルの妻の名だ。海に身を捧げて亡くなったそうだが、そんなお方の櫛などどこを探せば出て来るのだろう。

と考えるのは久主灘筈(くぬしのなだかつ)、位は参議である。屋敷はあるものの小さく馬鹿にされていたので、いつか上の位のものを見返したいと思っていた。ここでかぐや姫の心を射止めれば、見返してやることができるだろう。

「さてさてどこにいけば見つかるのやら………………。」

早く見つけて届けたいが、どこにあるのかさっぱりだ。そもそも存在しているのだろうか。

―まぁ、他の方もそう簡単には見つかるまい。ここは焦らず、ゆっくりいくべきだな。

そして、配下の者を呼んで言った。

「ヤマトタケル様の妻であるオトタチバナの櫛を探すことになった。」

「はぁ?」

「かぐや姫がね、注文の品を始めに持ってきた人と結婚すると言い出してな、私はオトタチバナの櫛だ。他の者も散々な品を注文されていたよ。」

「はぁ…………オトタチバナと言いますとやはり海でしょうか。」

「うむ、やはりそうなるか…………というわけでひとまず近隣の海までいって知っているものが居らぬか聞いてくれ。」

「近隣って……往路に4日かかるんですが………………。」

「十四日あれば戻ってこられるだろう。私はその間、別に可愛らしい娘がいるのでな、そちらにも挑戦してくる。」

「またですか……。」

「またではない。私は成功するまで何度でも挑戦する。」

「失礼ながら、何人目でしょうか。」

「17人目………って何を言わせる!」

「つまり、十六回失敗……いえ、何でもありません。」

「とっとといけ!早くしろ!」

「は、はいぃいぃ!」

配下の者が慌てて出て行った。

さて、私は戻ってあっちの方に歌を送らないと…………。ええと、どうしようか…………。



十四日後――――。

「ただいま帰宅しました。」

「おお、ようやく戻ってきたか。で、何か情報は掴めたか?」

「はい。まずですね、オトタチバナが海に身を捧げたのはここからかなり東の海のようです。」

「東か………。」

「ただし、オトタチバナはそこの場面で突然登場してきました。よって、本当に存在しているのかかなり怪しいところではありますが………。」

「あるかどうかわからぬか……………まぁ。かぐや姫がああいったのだからあるのだろう。流石にないものを頼むほど外道ではあるまいに。」

「そうですか………ひとまず、どうしましょう。」

「あるかどうかはあるとして、そうだとしたらいくしかなかろうに。」

「はぁ………でも遠いですよ。」

「しっとるわ!それでもいくのが漢だ!」

熱く語る灘筈を尻目に、配下の者の目は冷ややかだ。

「漢、ですか……。」

「女性に何か頼まれたら、それをしっかりやり遂げるのが貴族というものだ!」

「…………それだけ聞けば直ぐに結婚できそうなものなのに。」

「何か言ったか!」

「いいえ、何も。風の音でしょう。」

「………よし、明日出発だ!」

「えええ!急ぎすぎですよ、まだ準備すら出来てません!」

「今からやるんだよ、さぁ急げ!」

「えええええええ!」



「はいこれもって。お前はそっちもって。後は…………まぁ、大丈夫か。」

突貫一日で終わらせた準備で大丈夫なはずはないのだが、完全に疲れ切ってしまっているため誰もそのことを言わなかった。

「よし、では出発だー!……………あれ。」

「すみません…………昨日からの準備で疲れ切ってしまって元気がないです………。」

「若いというのにだらしがない。ひとまず、出発だ!」



道を進んでかなりたったころ、遂に走水の海までたどり着いた。その間に食料が尽きる、熊が出る、谷に落ちかけるなど散々な目にあって居るが、死人が出ていないというのは不幸中の幸いか。

「これが…………走水の海か…………。」

しかし、旅路はまだ半分を過ぎていない。むしろ、本番はここからだ。悪ければ、今までの苦労が全くの無意味ということも有り得る。そのことを理解している部下は、元気がない。それを、見た久主は、

「ふむ…………ひとまず宿探しからだな。海に行くのは明日にしよう。」

そう言ったとたん部下がきりきりと仕事を始めた。意味がよくわからないのは久主だけである。


次の日、久主は数人の部下を連れて海に出た。地元の漁師に話を付け、船を出してもらう。

ヤマトタケルとオトタチバナは走水の海を越え、安房に渡るときに暴風雨にあっている。どうなったかはしらないが、ひとまず海に出てみることが一番だと考えたわけだ。

「しっかし、オトタチバナの櫛を探すだなんて、とても正気とは思えませんで。海の底に沈んでいたら、見つかりっこねぇです。おら、三十年ここの海で漁師やってますが、そんなものみたことねぇし聞いたことねえです。」

「それをやらねばならんのだよ………。」

「久主様、しかし海の底に沈んでいるようなものをどうやって……。」

「…………なんとかならないものか。」

「なりませんよ……………潜れる訳じゃありませんし。」

そこに漁師が口を挟む。

「一応、網で底を漁るってぅことも出来ますがね、まぁ、見つからんでしょうな。」

「ううむ手っ取り早く見つけられる方法は無いものか………。」

「だから諦めましょうて…………。」

部下の小さなぼやきは久主には届かない。

強い風が吹いた。

「んん?今日は荒れねぇと踏んだが風が出て来たな………どうしませっか。」

「まだ雲が無いから大丈夫かと………。」

「おらもそう思うんですがねぇ…………嫌な風だ。」

そう言った刹那、近くで急に雲が沸き始め一気に辺りが暗くなる。

「げげっこりゃまずいですよ、引き返します!」

「なんだこの雲は……………。」

雨が降り始め、次第に風雨ともに強くなってくる。海は時化、船は大きく揺れている。

「ひえええええ!」

「何ちゅう風じゃい!漁師三十年やってきましたがね、こんな急に大荒れになるのは初めてですよ!」

「これは帰れるのかあらろろろろろ!」

「しっかりつかまってくだせぇ!落ちたら助かりませんで!」

「きっと海神が怒ってるんですよ~……!」

「ぬぬぬ、怒りを鎮めるには貴い身分の者が身を捧げねばならない!ここは私が!」

久主が海に体を向ける。そして振り返って言った。

「…………何故誰も止めない!」

「え!ああ、いやぁ…………。」

「そこは、「それはいけません!」とか言って止めるのが当然の流れだろう!」

「すいませんそんな余裕無いです。」

そんなことをやっている間にも船は大きく揺れているのだ。

「大きな波ですぜ!」

漁師がそういった途端、船が上下に揺られる。

「あああららららららららら!」

「島でっせ!島が見えましたんで、ひとまずそこに上がります!」

「助かるなら何でもいいああああああああ!」



船が島に辿り着き乗り上げた途端、先ほどの嵐が嘘のように海も空も静かになった。

「何だったんだあれは…………。」

砂浜から海を見渡すが、穏やかそのものだ。

「いやあこいつぁ困った。船に穴が開いちまいました………。」

「とすると?」

「当分この島から出られそうにないですなぁ。」

「さいですか………………。」


海岸を歩いていると、部下が寄ってくる。

「久主様………!」

「うむ、船が壊れて帰れないらしいぞ!」

部下の顔ぶれが一気に暗くなる。

「それでは………。」

「漁師がついてるから食は大丈夫かもしれんが、寝床は…………ああ、あんなところに洞窟が。ちょっと中を見てくる。」

久主はそう言って洞窟に入っていった。

洞窟には若干苔が生えているが、所々光も射していて、寝られなくもなさそうだ。更に奥に進んでいくと、岩の上に何か乗っているのが見えた。

「これは…………櫛………え?」

流石に、と思って手に取ってみる。

「あ゛~まって、まって下さい持ち去らないでください!」

少女の声が更に奥から響いてきた。

暗がりから、巫女のような少女が出て来る。黒髪の美人で、かぐや姫にも通ずる所がある。

「はぁ……はぁ…………それ、私のです…………。」

「………えぇと。」

「ここに置き忘れて……………ん、に、人間!?」

「もしや名はオトタチバナと言うのでは?」

「はい………なんで知ってるんですかていうかなんで人間がここに……………。」

「随分かわいらしいですね結婚してください。」

「は!?ちょっと意味がワカリマセン。私、既にヤマトタケル様の妻ですし。」

「それが駄目なら言葉責めか踏んでくださ……ああ、何でもありません気にしないでください。」

オトタチバナが完全に引いているのを見てそれ以上言うのを止めた。

「………何しに来たんですか?そう簡単にこれる場所じゃないですよ?」

「嵐に巻き込まれて………目的はあなたのこの櫛を探してきました。どうかそれを譲っていただけないでしょうか。」

「これ、ですか……これは駄目なんです。これはヤマトタケル様が持ってきてくださったものなので………事情は分かりませんが、これを探して遙々やってきてくださったところすみません。」

オトタチバナが頭を下げる。

「そこをなんとか。」

「いけません。」

「誰だそこにいるのは!」

鋭い声が洞窟内に響き渡る。

「ああ、いらしたんですかヤマトタケル様。よくわかりませんが人間がいます。」

「人間が…………?何かの拍子に紛れ込んだのかな。」

刀を腰に差した男が出てきた。これがヤマトタケルなのだろう。

「なんでも、私の櫛を探してここまでいらしたらしいのですが……。」

「ふむ、その櫛は私の最後の心の支えでもあった思い出の品だ。だから、それを譲るわけにはいかない。ただ、手ぶらで返すというのもなんだ、大判小判でも持って行け。もしそれでも尚欲するというのなら………真剣にお相手させてもらう。」

ヤマトタケルの気迫に押されてしどろもどろになる。

「い、いえ、それには及びません、今すぐ帰ります、帰りますけれど…………帰れません。」

「なら、私が送り届けよう。ほかのものも集めるが良い。」

「は、はい。」

洞窟を出るときに、「あんな不審者が紛れ込むこともあるんです。だから、ミヤズヒメのところにいくのも大概にしてくださいね?」「う、うむ………。」という会話が聞こえた。


部下と漁師を集めて洞窟に入る。

「これで全員だな、お前たちは京に、漁師は港まで届けよう。」

「あ、ありがとうございます。」

「あと、これを持って行け。」

ヤマトタケルが後ろから巾着袋を出す。

「土産だ、京に帰って開けるといい。」

久主がそれを受け取る。

「それでは皆さんさようなら。こうして出会ったのもきっとなにかの縁、皆様の幸せをお祈りします。」

「それでは。」

ヤマトタケルが手を叩いた瞬間、体が浮き上がるような感覚を覚える。

気がついたら自分の家の庭に戻っていた。一緒にいなかった部下も一緒に送り届けてくれたようだ。

「京に戻ってきたか…………。」

「もう流石に諦めましたよね?」

久主は少し考えた後に頷いた。

「流石に、神に喧嘩をうるほど間抜けではないさ。かぐや姫に諦めますって文を送ってこのことは忘れよう。いろいろとまだ信じられん。」

嵐にあって漂着して神にあって帰ってきた―――――なんていったら笑われるだろうか。

「ひとまず、荷物を片づけといて。文を書く。」

そういって久主は中へ入っていって筆を取る。

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