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2 最果てに近い場所、二人 

冒頭に引きがなかったのを反省してる。

あとあらすじもなぁ。

ただ、最初はほのぼの⇒後でガラガラガラガラっていうのをやりたくてなぁ。

 この一階建てのプレハブの研究所には、男がそれはそれは大事に背負っていた保存食がバカみたいに見えるくらいに豊富な食料が残されていた。人間が食べられるもののないこの星で、考えられないほどの幸運だった。


 施設の大半は焼失して黒く爛れた姿を晒し、残された部分も所々ヒビが入り崩れ、廃墟じみた有様だったが、食料庫と小さな寝室は残っていた。ガスコンロの蓄えもあるし、雨水を蒸留する装置のおかげで水も使える。

辺境の星にやってきて、まさかこんな文明的な生活ができるとは思ってもみなかった。

墜落してからおよそ2年間の労苦を忘れるかわりに、神への祈りを思い出すほどである。


 男には無用の長物だが、玄関ドアをあけてすぐの大きなホールには、巨大なモニターやパネル、パソコンが置いてあり、なにに使うのかもわからない機器が保管されていた。

男がもし「博士」であったのなら、多くのものを得ることができただろう。

男はそういったものに興味がなかったので、金庫にしまわれていた記録チップも乱雑に放り出した。おまけに代わりに入れるものが思いつかなかったので、一番長くもつ保存食を突っ込んでおいた。


 そうして、住まいの探索と整理、修理が一通り終わって、ここでの生活に慣れると、男は適当にバックパックに缶詰の類と飲料水の入ったボトルを放り込んで、ディーバに言った。

「ディーバ、俺はちょっとさがしものをしてくるよ。日が暮れるまでには帰るから」

 ドアを開けて、強い風を受け、少し考えてから男は左手をふってみた。すると、ディーバも真似て、人間そっくりの右手をふって返してくれた。



 外に出ると、たちまち強い風にあおられる。風にのった小石や砂利が体を打ち、手の甲は早くも血が滲む。目玉だけは守ってやろうと、風が吹いてくるほうに手をかざす。

 目の前に広がるのは、殺風景な一面の岩肌。薄赤の空。遠くに見える灰色の枯れた森以外には、なにもない。見慣れた荒涼の大地を、男は目をすがめ、よろめきながら歩いていく。


 体のあちこちに走る痛みも、足場の悪さも、それ自体は大した苦痛にはならなかった。あの快適な場所を手に入れてからはなおさら、わかりやすい体の痛みは心地よいくらいである。痛みという罰がくだされる限りは、まだ正しさから見放されていない、などという錯覚に陥って安心できるし、余計なことを考えずにすむ。


 激しい太陽の光をあびて、岩の合間へ視線を這わせる。

うつむいて歩く男の姿が、不意にぐらりと傾いた。あっと思う間もなく、削ったように鋭い突起をもった岩が顔に近づく。男は反射的に手を突きだして体を支えようとした。


 が、男がふれたのは岩ではなく、なにか柔らかいもので、次の瞬間男の腕は何かに引き上げられていた。


「ハカセ、大丈夫?」


 なに食わぬ顔で――と、男は思った――ディーバが傍らにたたずんでいた。男の腕から手――それは人間の手だ――を離して、男を見上げる。

「おかげさまで。地面とキスしないですんだよ、ディーバ」

 男は驚きに目を瞬かせながら答えた。

「なんだか気になって。ひとりでいてもつまらないし。ついてきてよかった」

 そこで男とディーバは二人で歩き始めた。ディーバは最初は何も口にしなかったが、そのうちに男の白衣のはしにつと触れた。

「ハカセ?」

 歩くだけでも困難な場所で話をしてもいいか?と尋ねているようなニュアンスがあった。男は歩調をゆるめ、顔をあげる。

「なに? ディーバ」

「さがしもの? なにをさがしているの?」

 男は、ああそうかと頷いて足を止めた。確かに、さがしものをしているのだから、なにを探しているのか知らなくては話にならない。体の向きを変えて、砂風が口に入りにくいようにする。

 ディーバが隣に寄り添い、男は口を開いた。

「ここに落ちたときに、衝撃で機体が傷ついてね、パーツがあちこちに飛び散ってしまった、その破片を探してる。今まで住まいを変えて探し回ってきたんだけど、かなり遠くにも飛んでいたからこのあたりにもあるんじゃないかな」

 男は再び視線を落とす。

「なんて説明したらいいかな。見つけたらすぐにわかると思うんだけど。人工のものだから」

「それを使って家にかえるの、ハカセ?」

 男は予期しない言葉に目を上げた。

「まさか」

 砂が口にはいるのもお構いなしに、大きく口を開けて笑ってしまった。それはなんだかとても愉快な発想だった。

「帰らないよ。それに、あれだけ盛大に壊れてしまったものを直せる技術なんて、俺にはないし」

 ディーバは黙って、男を見つめている。

 その表情は読めない。

 なにか言葉を探そうとしているようだ。

 男はディーバの体を軽くたたいて笑った。ディーバの表面が軽く波立つ。

「俺はいちパイロットだよ、ディーバ。技師じゃないし、そしてもちろん、博士でもない」

 男は手をかざして、上空を見上げた。その視線をディーバは追う。ここからは見えない星を探して、男は目を細めた。

「元々、遠いところへ行きたくて地球を飛び出してきたんだ。誰かに呼ばれても戻る気なんてないよ、ディーバ。救助信号も出してない」

「ハカセ、それでいいの? ハカセは、このフモウな土地は好きじゃないと思うのに」

「そりゃあ……まぁ、俺の星はこういうのじゃなかったけどね」

「地球。緑の星」

「そう」

 地球外生命体の口から聞くその単語は、不思議な響きに聞こえた。

 まるでひとつのメロディみたいに。

「ここは最果ての場所ではない。でも、もっとも遠い場所に近い場所だ。だから俺にはここがいいのさ」

「たどり着くまでは?」

「きっとそうだね」

 口の中にだいぶ砂がたまってしまった。男は砂を吐き出す。

 ディーバは平気なのだろうか。

 そう思って改めて見てみると、口の中こそわからないが、目の縁に砂が溜まっている。

「おいおい……、目、痛くないのか? 腫れてるぞ。ちゃんと庇って歩かなくちゃあ……」

「大丈夫。痛くない」

「だから必要ないって? そりゃあ痛覚がないってだけで、それでも目の表面は傷つくと思うぞ……」

「そうなの?」

「ああ、なんか悪いことしたな。先に帰ったほうがいいんじゃないか。おまえ、手も短いし、目が大きいから容赦なく目に入ってくるだろ」

「それならこれで大丈夫。見えなくても歩けるから」

 そう言って、ディーバはまぶたをおろして歩きだした。

 それではさがしものができない! と男は思ったが黙っておいた。ちょっとだけおもしろい。

 危なげもなく、難なく歩いているディーバの後ろ姿を見ながら、男は考えた。


「家」という単語を、これまで使ったことはない。

 捨ててきたものだ、殊更話すようなことではなかった。

 ならばディーバは、ハカセからこの言葉を聞いて覚えたのだろう。


 家。帰る場所。


 彼の博士は、家に帰れたのだろうか。

 それとも。


 嫌が応でも目に入る。白衣の裾にこびりついた茶色の染み。

 男は頭を軽く振って、夢想を追い払う。博士が死んでしまったにしても、無事に故郷の緑の星にたどり着いたにしても、ディーバの前から姿を消してしまったということには変わりがなく、重要なのはそこだろう。

 

 ディーバと少し距離があいてしまった。男は転ばないように気をつけながらも、小走りする。

 ディーバの歩き方はちょっとリズムがついていて、はねるようで、なんだか楽しげだ。それを見ているとこちらまで気持ちが和む。


 それで、男は無意識に鼻歌を歌っていた。ごうごうと吹く風には似つかわしくない、やさしげな旋律。気づくと、ディーバのはね歩くテンポに合わせて歌っている。

 けれどもこの好奇心旺盛なエイリアンは、風にまぎれて聞こえなかったのか、なんの反応も示さなかった。


 結局、その日はなにも見つけられず、手ぶらで帰ることになった。

 男は帰ってから口をゆすぎ、水で濡らした布切れで体をぬぐった。ディーバには、水を張った容器の中で目を開けたり閉じたりさせた。

 ディーバの目は真っ赤になっていた。

「いたい」

 ディーバは抑揚ない声で言った。

「痛覚、つけたのか?」

「必要かと思ってまたつけた。でも、いたいのはやっぱりきらい。いたいもの」

「まぁなんだ、無理はするなよ」

「うん」

 目の痛みにうろたえているディーバの頭あたりををなでてやる。ディーバは真っ赤な目で笑ってくれた。


どうか戻ってきて。

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