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第八話 ワル、そして閑話

 照明の落ちた暗い室内。

 どこからともなく部屋に入ってきた男は、側付きの女性を連れ、暗がりの中、特に迷った様子も無くカツカツと部屋の上方へと歩み、そこにあった椅子に腰かける。

 すると、それが合図だったかのように部屋が轟音とともに一度揺れ、ガラガラガラガラガッシャンガッシャン、文字に起こすだけでも十二分に五月蠅い騒音をまき散らしながらギミックは動き出す。

 騒音の中、中央にあった円卓に沿うように、椅子に乗った男達が床から競り上がってきた。その光景は、仮に光のついた部屋で他者が見ていたとしたら、不気味な光景だったという感想をまず間違いなく漏らすだろう。

 実際、最初に入ってきた男の側に付いていた女性は、そう思ってた。よく見えなくても不気味だ。


 大仰なギミックは全員を床上に押し上げると、最後にそれぞれをスポットライトで照らした。

 それぞれがううっとか、ああっとかいきなりの眩しさに呻く中、最初の男が目をつぶりながら口を開いた。

 ちなみに目をつぶっていたのは眩しかったというだけで、特に大きな理由はない。


「諸君。では今から円卓会議を始めようと思う」


 最初の男がそういうと、他の十二人が拍手でそれを迎えた。

 

「では本日の議題だが……まず我らが正義の味方協会の慰安旅行についてだ」


 側付きの……というか、秘書がずっこけた。


「どうした。デルフィニウム君」

「いきなり慰安旅行の話ですか司令。感心致しません」

「いいではないか。日頃から戦いに明け暮れる正義と悪両方の労をねぎらう大事な大事な懇親会だよ?」

「いえ、そもそも前々から思っていたのですが、なぜ慰安旅行に悪の組織まで……」

「まあまあ。長年のライバルだし、交流を深めておくのは悪いことじゃないだろう?」

「それが間違っているのです! なんで我々が滅ぼすべき相手と仲良くしているのですか!」


 ずり落ちた眼鏡を直しながら秘書の女性――デルフィニウムは、相手の言葉を全力で否定する。

 相手は、腐っても正義の味方協会のトップなのだが、如何せん悪に対しても考え方が甘いのは許せなかった。


「デルフィニウム君は頭が固いねえ」

「仕方ない。彼女の能力は『頭が固い』みたいなもんだからな」

「頭が固くないと弱くなっちゃうからね」

「まあ我々くらいの柔軟性を彼女が身につけちゃうと、組織が立ち行かくなっちゃうので」

「デルフィニウム君は組織のブレインだからね」

「いやはや、頭が上がらないよねえ」

「皆様は黙っていてください……!」

「「「「「あっ、はい……」」」」」

「はっきり言って、この旅行に悪も呼ぶという風習はそろそろやめるべきではありませんか!」


 キッと目尻を釣り上げて周りを見回すと、スポットライトに照らされた年齢も様々な大人達は、ついっと目を逸らした。クソッ、ダメな大人だとデルフィニウムは歯噛みする。

 そんな一人熱くなる彼女がどれだけがなりたてようとも、最初の男――最高司令官、ジェネラルスロスは、おだやかな顔を崩さない。


「デルフィニウム君。この煮干しビスケットを君にあげよう」

「カルシウムは足りてますからっ」

「えっ、デルフィニウム君……じゃあつわり?」

「失礼ですよ?!」


 スロスはおっとりとした男だった。どのようなことにも泰然自若として、有事の際にはとても頼りになるヒーローである。

 一方で、甘い考えと評されるほど融和を主体とした意見を通しており、それが故に周りの反発を受けることも少なくなかった。


「悪には悪の、正義には正義の考え方がある。時にはそれが暴走してしまう時もあるからこそ、私は互いがいて互いを最小限のところで止められるというのは良い事だと思ってるんだよ」


 デルフィニウムにとってその意見は到底受け止められないものだった。

 悪がいなければ世界が平和になる。それは確かなのではないか? 何がいけないのか?

 何をもって悪も正義も無数にいるこの世界を許容しなければいけないのか、全くもって理解がし難かった。


「まあまあ、落ち着いて。こぶ茶飲む?」

「……いただきます」

「私もね、勿論、世界を滅ぼすだとか、住人を虐殺するだとか、最初は小物だったけど自分の上にいるものを裏切り続けて最終的になぜかラスボスになっちゃうような、そんな悪を見過ごすつもりはないよ」

「それはわかっています。今こうして世界が平和なのも、みなさんの尽力があるからこそです」

「でもまー、私達正義の味方だって一歩踏み間違えば悪になっちゃう世の中だからねぇ。まあ今くらいの互いに戦い合う姿勢くらいが丁度いいんだよ」


 はあ、と秘書はため息を吐いた。

 そんなのは結局の所、過程でしかない。そんな過程の為に、仮にも世界を征服されたりしたらどうするというのだろうか。


「リスクヘッジというには、あまりにも人々が被る不利益が大きくありませんか?」

「癒着してるわけじゃないんだから国民も許してくれるさ!」


 いや、大分癒着してると思うんだけどなあ……。なんて生真面目な秘書は、頭を悩ませた。


「やはりジェネラルの落ち着き様とそれっぽいことはタメになりますな」

「ああ、流石俺達の中でも有事以外は絶対に働く気の無い、最強のナマケモノよ……」

「あれで実はエネルギーを貯め続けて有事に備えているという言い訳が通用するんだからうらやま……いや、すごい男だ」


 そんなしょうもない会話は、扉を叩き割る音によって見事に断ち割られた。

 飛び込んできたのは、サングラスがよく似合うスーツ姿の男だった。


「た、大変です!」

「あなたへの注意と扉の修理の方が大変よッ!」


 秘書の叫びに全員が「そうだなあ……」と頷いた。

 ちなみに彼は協会の通常社員である。ヒーローから通常社員に転職した今は名も無き彼のことはまたいつか語られるだろう。多分。


「で、どうしたのかね」

「ジェネラルスロス! 箱根の山地にて、『マグマダイバー』などと名乗る侵略者が地下から現れました! 彼らの宣言では箱根の温泉を支配し、神奈川の観光事業を乗っ取り野望成就のための礎にすると……」

「なにッ……!」


 何にも動じることのないスロスが静かな驚きを持って、その言葉を飲み込んだ。

 円卓の面々は、スロスの驚きに動揺が隠せないようでざわめきだす。

 不動の山とでも言うべきスロスの落ち着きを乱したのは一体何だというのか。

 不安が色濃くなる部屋。

 ジェネラルスロスは、何かを思案していたのか一度小さく頷いてから、顔を上げた。




「ちょうどいいから今度の慰安旅行は、『チキチキ箱根温泉侵略者滅殺トラベルダービー~ポロリもあるよ~』ということでどうだろう?」

「「「「慰安じゃねーよッ?!」」」」



 

 予定に組み込みたくなっただけらしい。

 

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