第七話 ワル、悪逆非道?のワル
今日の俺は、ヤバいほどワルだぜ……?
クックックッ、どれくらいヤバいか? いったい何をするのか?
疑問に思う諸君も多いだろうから、隠さずにバラしてしまおう。
「クックックッ……飴ちゃんやるから兄ちゃんといっしょに遊ぼうぜ……?」
「うわー黒いよろい。ヒーロー?」
「うんにゃ、ワルモノ。ほらほら、飴ちゃん欲しけりゃお兄ちゃんと遊ぶんだぜ……」
「うん、いいよー」
そう、誘拐……ッ。これ以上無いまでにワル……ッ。
なんてこった、これで俺もムショ暮らしが近くなっちまうな。
既に㈱正義の味方協会には誘拐予告を送りつけ急行して頂くよう手配済みである。
そしてノコノコやってきたヒーローをボコボコにするのが今日の俺の任務だ……。
あまりに今までとは違うダークな雰囲気と三点リーダーに、『これって賭博な黙示録だったっけ……?』ってちょっと自分でも思ってるぜ、クックックッ……。
「お兄ちゃん、なにして遊ぶのー?」
「おいおい……お前まだ立場ってモンがわかってないたみたいだなお嬢ちゃん……お前は今から俺と……」
俺が背中に背負ったリュックから差し出したのは、緑の盤に黒のチェックが描かれた……。
「オセロをするんだよ……この快晴の運動公園の気持ちのいい芝ゾーンの中でな……」
「ええー、やだー。ぶーぶー。なんか鬼ごっことかにしよーよー」
「お前年上に文句はいかんぞ文句は。じゃあほら、ボール。ボール遊びでどや?」
俺がボールを差し出すと、少女は喜んでゴムボールを奪い取って距離を取った。
やれやれ、ガキのお守りは大変だぜ……。
……。
投げて、取って、投げて、取って。
意外にもこの名も知れぬ少女は、こんな単純作業を楽しんでくれた。
それで気を良くした俺が、サッカーもどきとかなんか色々やってあげて、また喜んでくれて、俺が……、エンドレス。
というか、なかなか予告してやったというのにヒーローが来ない。
おかげさまで、この名も知れぬ七歳くらいの少女と無駄に親交が深まり、現在はボール遊びをやめて結局最初に少女の提案した鬼ごっこをやっているのだった。
途中から俺達の様子を見ていた子ども達がなんか無駄に集まってきて遊ぼうとかせがむし仕方ないね、うん。
本当は場所も指定してたから、あまりチョロチョロ動きたくなかったんだが仕方ない。実に仕方ない。
「なんだよー、黒いおっちゃんおせーなー」
「こっちこっちー」
バカどもめ。俺が手加減してやってるのをわかっていないな?
クックッ、本気を出すのも大人げないが、そろそろ年上の威厳ってものを見せんといかんかな、コレは……。
「……何をしていらっしゃるんですか?」
「うわッ、びっくりしたッ!? バカ、いきなり声を掛けるんじゃねーよ。警察かと思っただろ? 警察じゃないよね?」
「ちがいますよ……変質者さんだろうから通報はしたいですけど……」
「振り返ると見知らぬ人間ッ! どこのどなたか存じ上げませんか通報はやめていただきたくッ!」
俺にボソリと声を掛けたのは、てっきりブルーシェリフ辺りかと思えば、もっと小柄な黒いゴスロリ装束のようなものを着た少女だった。ゴスロリっぽいというのはまあ雰囲気と、どれだけ言葉を選んでみても、その服装を例えるものがあまり出てこなかったからだ。
なにせ彼女の服装自体はゴスロリドレスっぽいものなのだが羽織っているのはパーカーなので、ゴスロリと言うにはなんかチグハグ。
顔は包帯で隠し更に猫耳フードを深々と被っている。上から見下ろすと顔の造詣すら曖昧だ。
こんな意味不明で異様な顔の隠し方は間違いない。覚悟完了。
「貴様がヒーローか……ッ!」
「そうです……シャムシールと申します……」
少女はそう言って俺に名刺を差し出した。
「あ、どうもこれはご丁寧に。あ、わたくし、最近名前がつきました、ブラックメイルと申します……」
じゃなくて!
「待たせに待たせてくれたなァッ! 貴様をドカンと一発倒して偶にはビガク完了とさせて頂こうかッ!」
「……どうするんですか?」
「貴様、これだけの人質が見えていないとでも?」
「人質にするんですか……? できるんですか……?」
「うおおおおおおおお、嘘だよ俺にはできねええええええええええッ!」
俺が頭を抱えてのた打ち回っていると、シャム(略した)はフッと嘲りの笑いを浮かべた。
『やっぱりダメなヤツだ』と言わんばかりにこちらを見下したような雰囲気――だってこいつら毎度毎度顔隠してさあ、いや俺も人のこと言えないんだけどね?――で口を開く。
「小さい男ですね……目的のために犠牲も選べないなんて……」
「アアン? お前聞き捨てならんことを……」
「……シェリフから聞いていた通りですよ……無駄な信念で悪らしいことも出来ない……」
ビュッと俺の腕が風を切り裂いた。神速の拳が小柄なゴスロリ少女の顔のすぐ近くを唸り飛ぶ。
俺の最強にして最大の武器は、触れることも無く彼女の頬を軽く切り裂いた。ツッと滴った血を見て、シャムは舌打ちをした。
ぼく満足。
「……女に手を上げるなんて最低だと思いませんか?」
「そうだな、だが俺のビガクを揺らされてまで黙ってるのは性分じゃねえ。俺の優先順位まで勝手にわかった気になるなよ」
「そうですか。あなたがビガクに捉われて何も出来ない人だと思っていたことを訂正しましょう……」
「是非ともそうしてくれ。そしてその訂正に付け加えておけ。俺は……」
「俺は……?」
「俺は女に手も足も出す男だとなッ!」
鋭い声とともに、気迫の乗った拳をお見舞いする。無論、どれだけ気合が入っていようが、信念とは空回り気味なところにあるその拳は、悠々とシォムシールに回避されてしまう。
こういう時は手数とアイディアで勝負である。俺は女に手を出す(意味深)男だッ!
俺は、そのまま振った拳の勢いを利用して後ろ回し蹴りへと攻撃を発展させる。コンボよ繋がれ!
しかし、無念なのかいいことなのか吹き飛ぶ少女の耳障りな悲鳴は無く、かわりにぶつかり合う鋭い金属音が耳を突いた。
俺の必殺のキックは、少女が支える細長い銀色の刀剣によって、火花も散らさんとばかりの勢いでの迫り合いを余儀なくされ届くことは無かった。
「ぐっ……やりますね……」
「なるほど、だからシャムシールってわけかッ! だが、俺の蹴りを止めるなんて万年速ェェェェッ!」
押し込む。信念はどうあれギアの入ってきたテンションに、俺の蹴りも熱を帯びてきた。
俺のテンションの熱が、本当に脛当部分にまでジリジリと伝導しているのではないか。そう錯覚させるほどに、止まった回し蹴りに重みが乗る、乗ったのなら、貫くッ!
「ダリャァッ!」
「っ!」
ゴスロリ少女は自身の剣によって宙に縫い止められたそれが、まさか勢いを戻すとは思わなかったようだ。
軽々と剣を押し切られた少女は蹴りの勢いを止めきれず、後方へと吹き飛ばされる。
だが、それだけだ。当たることの無かった蹴りは地面を抉って止まり、少女は吹き飛ばされるも、くるりと器用に回って脚から着地する。うーん、十点満点。
「……いいのもらっちゃいました……お返しします……」
シャムシールは改めて剣を構え直すと、瞬時に距離を詰めた。
彼女はどうやら見た目通り、小柄な体を活かしたスピードタイプの戦士だった。それであの迫り合いを行えるのだから、実力はブルーシェリフ同様高いようだ。見た目はアテにならんなあ。
振るわれる剣を、紙一重で避けていく。スピードとパワーのバランス配分がよく考えられた一撃は、恐らく俺の装甲を最低限貫くことを可能としているのではないだろうか。
この女はやらしいまでに計算の出来そうな女だからな。そのくらいの勘定はしていてもおかしくない気がする。
当たるのは流石に嫌だ……となると、早期決着しかないだろう。
目の前で繰り出される銀色の閃きの数々を、そういつまでも回避出来るほど今の俺に集中力とか無いんでなッ!
「……避けないで当たれば、楽だよ……?」
「その死ねば楽だみたいな発想をヒーローがすんなよォッ?!」
「……悪は裁くものだから。ほら、死のう?」
「お断りだッ! ええい、三十秒だ……三十秒で貴様をお仕置きして矯正してやるッ!」
「……できるものなら」
「やったらァッ!」
気合一閃。俺は剣に対して、気合を入れて得意の回し蹴りを放つ。
ギンッという何とも歯を食いしばりたくなる嫌な音が鳴って、剣と蹴りは止まった。
シャムシールはしまったと言わんばかりに舌打ちをした。
その通りだ、流石に人体の急所である場所くらいはガンガンに装甲を固めてあるからな。それに加えてテンションの上昇による鎧の強化も大きい。この鎧は俺の肉体も同然であるため、俺の中に宿る本能や様々なモノを力に変える能力の範疇である。
まあ、でも、そんなごたごたした理屈はどうだっていいわなッ!
今俺にとって大切なのはヤツの剣を一時的にでも止めたこと。
俺は足を曲げて剣を滑らせ、つま先でその手を跳ね上げると、相手の懐へと巧みに潜りこんだ。
よっしゃベストポジションッ!
「秘技ッ!」
「な、なにを……?!」
「『悪童――――――――――――――』」
『πタッチ』
俺は少女のなだらかな双丘に手を置く……むっ、ただのなだらかスレンダーさんかと思えば、なかなかこれはどうして。
着痩せするタイプだった。
重要情報をインプットしつつも、まあここまで来たご褒美に一揉み。
「ひッ?!」
シャムシールが未知の恐怖に……というか見ず知らずの悪党に胸を揉まれた恐怖に腰を引く。
そりゃそうだなーとか思いつつも一片の同情も無く、俺はトドメを刺す。
やるときゃ徹底的に叩き潰すのみよッ!
一歩下がった少女に向かって俺は右拳を引いた。
秘技!
『 風 の イ タ ズ ラ 』
俺の右手が少女のスカートの裾、ぎりぎりのところに入り込み、絶妙なスナップを持って強力な風を送り込むッ!
これにより少女のスカートはッ!
「ッ?!?!?!」
風の力によってあたかも羽ばたく翼のように浮き上がり、我らをアヴァロンへと導かんとその道を示すッ!
……少女のパンツは、その黒づくめの衣装とは正反対にフリルのついた清楚でかわいらしい白だった。ベネ。
子ども達は女の子も含め、年上の女子の履くパンツというものに興味津々で目を爛々輝かせてガン見していた。フフッ、保健体育の授業にはまだ早かったかな。
「ひぃっ、あ」
「……清楚な白だったな……」
その一言がトドメになったのか、シャムシールは一度がくりと頭を落とすと。
「うわあああぁぁぁあぁぁぁぁぁあ―――――――――――――――――――んっっっっ」
一瞬間を置いて、喉が張り裂けんばかりの大泣きをしながら逃げ去っていってしまった。
……。
「お兄ちゃん」
一緒に遊んでいた名も無き少女が、ぽんぽんと俺の腰を叩いた。
「さいてー」
「……まあなッ!」
流石にちょっと反省した。
逃げ去っていくシャムシールを見送りながら、今度会ったら謝ろうと心に誓うのだった。
――戦績――
――ブラックメイル、判定勝利――