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第六話 ワル、その本気

「ところで、悪童君は戦うのには向いてないんじゃないかなって思うんですけど……」


 モニターから響き渡る爆発音をまるで物ともせずに、十字キーを巧みに捌きながらブルーシェリフはそう言った。

 タップまで使って古臭いコントローラーを三分岐させ、それぞれがそれぞれのスペースから爆弾で壁を壊して相手へとその危険物を押し付けるそれはボン●ーマン。四人プレイには一人足りなかった。


「ああ、太郎か……。お前の時はボロ負けしたんじゃっけ?」

「ええ、メルー様の仰る通りボロ負けしました」


 なんかこの幼女は様付の方が似合うので、ついつい様付けで呼んでしまうブルー。

 ほんの二日ほどで結社に居着いても文句を言われないどころか、馴染み出している自分については考えないことにする。今日だって仕事みたいなものだ。悪の組織を見張っているのだ。


「あー、うん、いや、太郎は強いんじゃよ……お前相手には弱いというだけで……」


 拗ねたような言い口でメルーはごにょごにょと、尻すぼみな言葉を口にする。


「わたし相手……には?」

「うーん、うーん、どうしようかのう……まあお前はなんか口固そうだから教えても害はないかなと思うんじゃが……」

「ぜ、ぜひ教えて下さい。この前のこともちゃんと黙っていますし、ね、ね。というか、その前も負けていたんじゃないんですか? 悪童君が動き出したのはほんの前ですよね?」

「しゃーないのう。そうじゃ。実質、お前と戦う三日前くらいから動き出したんじゃの。はしょっとるけど、一年くらいは育成期間に充ててぇ……まあワシらもしっかり太郎の実力は承知しておるよ」


 言ってる間にも爆弾魔達は殺し殺されのサバイバルゲームを繰り広げる。今まさに、メルーの爆弾魔が爆死し、場外から反魂の術改め、反魂の爆弾をマス内に送るようになる。


「君は、悪童君のこだわりというものを知っているかい?」


 画面に夢中のように見えて、しっかりと話を聞いていたイカルガがメルーの話を継ぐ。


「えっと、美学……でしたっけ?」

「そう。彼の強さの秘密はどちらかといえば、その美学から生み出される。美学に反すれば弱くなり、美学に沿えば無限に強くなる」

「お前との場合は、『女に手をあげない』というビガクに反したわけじゃ。その前に戦ったヤツらもなぜか女じゃったしな……その信念を曲げて上書きするほどの何かが無い限りは、太郎はただの戦闘員じゃ」


 なるほど。と、ブルーシェリフは頷いた。

 確かに、凄んでくる割には、どこか戦う気が無いというかやる気の無さが見受けられた。それはきっと、そもそも女を相手取ること自体が彼にとってはダメだったということなのだろう。


「まあ彼の力が心理に影響を受けるように仕向けたのは私達なのだがな」

「そうじゃな。ヤツにワシらが与えた改造は、肉体的なモノの他に……『業炎のイド』。燃え盛る本能が無限のエネルギーへと昇華される、究極の炎の力」


「炎は外的要因で強くも弱くもなる。彼の場合はまさに信念、それだ。その信念によって強くも弱くもなる」

「じゃがのう、その内に宿る本能的欲求・信念・テンションが正しく一つのベクトルに纏まれば……そりゃ凄いもんじゃぞ?」


 凄い。そう言われると見てみたいものだが、きっとその機会はまだ無いだろう。

 そもそも自分とは既に死闘を演じられないことは確定しているわけで。

 ブルーシェリフは嘆息とともに、頭を下げた。同時にボ●バーマンの決着もついた。イカルガの一人勝ちだった。


「わかりました。ありがとうございます。でも、いいんですか? 正義の味方にそんな話をしてしまって」

「うーん、まあオフレコで頼むんじゃ」

「はぁ」

「ま、何にしてもお前が思ってるよりは太郎は強い。それは絶対じゃ、なにせ」


 二回戦目が始まろうと言う中、コントローラーを置いたメルーは、ブルーへと顔を向けて笑った。



「太郎はうちの、唯一にして至高のたった一人の戦闘員じゃからな!」



 ***



「さあ、『悪のビガク』を教えてやる」


 悪もまた、その信念は美しくなければならない。俺にとってそれは絶対に譲れないものだ。

 俺のビガクという名の価値観が、他の悪にとってはどんな理屈を講じたとしても相容れぬ価値観であることは百も承知。


 ならば押し通すのみッ!


 撃つ、穿つ、貫く、通すッ! 我がビガク、想い知れッ!


「ウガァァァッ!!」

 

 筋肉袋は、その巨岩の様な重量感のある肉体からは思いもよらぬほどのスピードで距離を詰め、その大木のような腕から強烈なラリアットを放つ。

 まさに、列車が迫ってくるような威圧感さえ覚える巨体。その巨体から放たれる渾身のラリアットを俺は……。


「うおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおお――――――ッ!!!!」


 突き出して、構えた左手で、文字通りに『受け止めた』。

 想定よりも遥かに重い、力も体重すらも綺麗に乗った良いラリアットだ。

 だがなアッ!


「俺様の踏ん張った後ろ足すら動かすことは叶わねえええぇぇぇんだよおおおおォォッ!!」


 肩から生えた巨木を俺はしっかりとその左手に納め、俺はその身が千切れんばかりに振りかかる衝撃を全て受け止めた。

 足は、――動かないッ!


「う、ウガッ?!」


 筋肉の塊が自分の一撃に疑念を抱き、思わず狼狽える瞬間を俺は見逃さない。

 振り被った拳が火を噴きそうなほどに白熱する。

 いいぜ、最高に調子が良いッ!


「チェストォッ!」

「ウガァッ!」


 激越のボディブローに、肉の壁を備えたヤツもたまらずよろめいた。

 これじゃあ終わらねえ! 今までの鬱憤を全て粉砕するくらいの気持ちで行かせて貰う!

 そうだ!

 これは!


 ただの八つ当たりだァァァァァッ!!


「ああッ! ま、まさか我らがキンニク君がここまで一方的だとは……! なんだか凄い邪な想いも感じるッ!」


 そうだね。八つ当たりだもんね。

 ドン・スカルの困惑も余所に、俺はボディブローから繋げた膝からの二度蹴り、そのままの勢いを乗せた回し蹴りを頭部へ放ち、コンビネーションを終える。

 キンニク君は一度目のボディブローが存外に堪えたのか、構えることも出来ずに打ち崩された。


「ぐ、ぐぐ……ううぅッ!」


 唸りを上げながら立ち上がるその姿はまさに野獣だ。

 全く目は死んじゃいない。むしろ、闘争本能に火がついた感じすら見受けられる。


「ウガガガガァッ!」

「おおッ?!」


 連撃。やはりと言うべきか、その巨体からは想像も出来ないような身軽さで詰め寄ってきた肉袋は、俺へとパンチの雨を振り下ろす。

 ゆうに二メートル以上あるだろう巨体から繰り出されるその拳。残像すら見えそうな勢いで振り抜いては引き戻される『雨』が、俺の身を打つ。

 それでも尚足りない。俺のこの鎧を穿ち貫くには、圧倒的なまでにビガクが足りない。


 俺は何の信念無き、ただただ速いだけの右拳を掴み取る。


「ぐっ」

「テメェは強い。それは認めよう。だがそれだけだ。お前には覚悟が足りない。思いが足りない」

「キサマ……ッ!」

「怒りだけじゃあ、俺は倒せないぜ!」

「グゥァッ?!」


 掴み取った右の拳を俺の拳が握り潰すッ!

 深く内側に折れ曲がった指は、仮にヤツの自然治癒能力が高いとしてもすぐには癒せまいさ。

 拳を離す。

 キンニク君は慌てて距離を取った。痛む右手に手を添えて一つずつ、力づくで指を元に戻していく。


「さあ、決着をつけようぜ……お前に足りないものを更に教えてやるッ!」

「ぐ、グゥウウウッ……オマエキライ、マジキライ……捻り潰す捻り潰す捻り潰すゥッ!」


 俺への怒りか、個性と言う名のメッキが剥がれ、流暢な日本語がヤツの口から飛び出した。

 問題は、なんかなあ、流暢な時だけこう……違和感を感じると言うか……。


 まあ、それは後々考えよう。

 今は、ヤツに俺のビガクを刻まなければならない。そう、まさに決着の時。


「いくぜ」

「ウガガガァッ!」


 列車の次はダンプカーってところか。振り被った右手は、ボロボロの指をものともせずに拳を形作る。

 その圧倒的な巨体で全てを圧殺するかのように徐々に加速しながら進むダンプカー。

 恐らく、すごい一撃が来る。助走距離を取ったことも、初速を緩めたのも全ては今から放つ一撃に全てのパワーを乗せるための布石。

 避けるのは簡単だけど、漢ならこの勝負、ノってやらなきゃ嘘になるッ!


 俺もまた、右手を引いて構えを作った。


「必さぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁつッ!」


 誇りある悪。その前衛を任された俺に、なぜか武器は用意されなかった。悲しいかな、剣の一つも無いから恰好もつかないもんだ。

 だがまあ、それはそれでいい。

 俺はそのおかげで唯一無二の武器を見つけた。俺が一番思いを乗せることが出来る、最強の武器を。

 そいつは決まっている。

 それは。

 俺の。


 拳ッ!!


「『悪童ォォォォォ(ただの)』」

「ウガァァァァァアァァァァッ!!」



「『ナックル(パンチ)』ッッッッッッッッッッッッッッ!!!!」


 二つの点が振り被った拳を叩きつけ合う。そのぶつかり合いは、轟音を生み辺り一帯を揺らした。

 そして交差した点は解け、過ぎ、そして立っていたのは……。


 無論、俺だった。

 いや、ここまで来て負けるわけねーから。


 スーパーキンニク君の腕はあらぬ方向に曲がっている。

 決してそれは彼が弱いというわけではない。俺が強過ぎたのだ(慢心)


「な……だ、大丈夫かキンニク君?!」

「う、ウガァッ……コイツ、ツヨイ……マケタ……カンパイ」

「まさか我らが生み出したキンニクの申し子がこうも容易く赤子の手を捻るかのように倒されるとは……ええい忌々しいッ! 貴様、ブラック……ブラック……」


 ああ、そういえば名前言ってなかったや。どうしよう。

 でもぱっと良いの思いつかない。そういうセンス無いのよね俺……。


「ええい、貴様、鎧、男、ブラック……メイル、そうブラックメイル!」

「お、おう……ブラックメイル」


 なんか頭部辺りが回数一の威力九十九で攻撃出来そうだよね。うん。

 取り敢えず、もうこの名前でいいかなとか思っていると、ペラペラとドン・スカルは話を続ける。負けたら、負け惜しみを残さないと気が済まない性質らしい。


「そうだブラックメイルよ! 憶えておけ! 次に会う時、貴様は死ぬ! 我々に殺されるのだッ! 恐ろしい組織を敵に回したと泣き喚くがいいッ! それまでの間、歯はちゃんと磨いてジャンクフードは程ほどに、夜はちゃんと寝て息災に暮らすがいい!」

「ああ、うん、はい。どうも」

「くっ、ではさらばだ! 貴様の名、しかと憶えたぞ……後悔させてやるからな! おーぼーえーてーおーけーよーッ!」


 そのすかすかのボディからは想像も出来ないような怪力でキンニク君を担いだドン・スカルは、そのまますたこらさっさと神社から逃げていってしまった。

 ドン。もしかしてお前が戦った方が良かったんじゃないか……?

 パワーもあるみたいだし、それに少なくとも、攻撃が当て難いという意味では苦戦していたぞ。きっと。


「まあ、やはり首領はどっしり構えて部下に任せないといけないんだろうな、うんうん」

「あの……」

「ああ、先ほどのバードヘッド。まだ倒れてたのね」


 バードヘッドは俺の心無い指摘に、うう、と情けない声で呻いた。

 バトルの間も倒れてたなんて難儀なヤツめ。踏まなくて良かった。


「本当にありがとうございました……ブラックメイルさん。君は僕の命の恩人です。あのまま暴行されていたらと思うと……」

「気にすんな。まあ、何となくだし。俺のビガクに従ったまでよ」

「そうですか。ビガクとは凄いんですね」

「そうだ。お前もお前の信念を持てば、何者にも負けない己になれることを保証しておこう、無責任かつ適当に」

「ははは、そうだといいんですけど、僕は歴代からしても最弱のヒーローみたいですからね。強くなりたいですけど、信念があるだけじゃ……」


 バードヘッドは、言い終わらぬ内からどんよりと落ち込んだ。

 どうやら彼の地雷を踏んでしまったらしい。まあ、そりゃそうか……正義の味方なのに悪にあれだけいいようにされて、それがきっと毎回だとしたら落ち込みもするか。

 ううん、どうしたものか。


「ええっと、お前の名前はなんだバードヘッド、鳥系みたいだけど。鷹?」

「僕ですか? 僕はスパロウマンです」

「スズメかよッ?!」


 既にモチーフからして駄目だろ……。捕食者ではなく捕食対象じゃねえか……。


「あはは……そうですよね……スズメじゃ勝てませんよね……はあ……」


 ものごっつ落ち込んでしまった。ちょっと罪悪感。


「スパロウマンッ!」

「ッ、は、はい!」


 よんでみただけー。

 じゃダメかな。この律儀で正しい人間にも俺のビガクを伝授してやろう。


「いいか、お前は弱いかもしれない。だけど、お前は何者にも勝る正義の信念を持っている。それを信じろ! それがお前のビガクだ! オーケィ?」

「あっ……は、はい! ブラックメイルさん!」

「俺は悪のビガク。お前は正義のビガクだ。頑張れよ、ほら」


 倒れていたスパロウマンに、取り敢えず手を差し伸べる。

 友情ごっこになってしまうのは不本意だが、悪と正義は表裏一体。決して、争い合うだけが全てでは無いのだ。

 

「あーッ! 黒い鎧の怪人がスパロウマンを倒してるぅー!」


 しかし、その差し出した手が握られた時。

 低学年故に学校が早く終わって、さっさと帰ってきたのだろう子ども達がその姿を許さなかった。


 困った。別に俺が倒してるわけじゃあないんだけどなァ……。


「ど、どうしましょう」

「よし、俺に考えがある。いいか、俺が一・二で引き上げるからお前はしっかり立ち上がれ。取り敢えず、それでいい」

「えっ、は、はい……わかりました」

「いくぞ、一、二!」


 俺はスパロウマンを引き上げると、そのまま入れ替わりでなんか勢いよく地面に倒れておいた。


「え、ええっ?!」


 狼狽えるなバカチンが。


「子どもが正義を信じなくなるのはビガクに反する。いいか、俺を踏みつけて、俺の屍を……越えてゆけッ!!」


 そう、何代にも渡る絶望はここに置いてゆけ。

 ううん、いいこと言った気になっておこう。


「ブラックメイルさん……!」


 スパロウマンは取り敢えず、遠慮せずに俺を踏みつけてポーズを取って子ども達に宣言した。


「ぼ、僕の勝ちです!」


 子ども達は、おおっとどよめいて拍手を始めた。


「おお、すげー! あのスパロウマンが勝ったぞ!」

「負けだけスパロウマンが勝ったぞ!」

「あの黒いよろいのやつ見かけだおしでよわいんじゃねーの?」

「だなー、なりはかっこいいのにげんめつだぜー」


 クソ、このガキども、好き放題言いやがって……クスン、いいんだいいんだ。どうせ俺は見かけ倒しだよ。

 いじけてのの字を書き始めた俺を見て、スパロウマンは心底申し訳なさそうに俺を見下ろして言葉を作った。


「ごめんなさいブラックメイルさん……僕がもっとしっかりしていれば」

「ま、こういう日もあるぜ。それもまた、ワルの宿命だ」


 大体だな。



「悪のビガク! 今日のその一! 最後は正義に負けること!」

 このビガクもまた、なくてはならない美しさだ。

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