第四話 ワル、……ワルってなんだ?
この世界で最も尊い悪になることを目的とした悪の中の悪の組織じゃー!
とか、なんとか言う戯言を聞かされてしまった訳だが、そういえばそんなこと言ってたなぁー、とか俺の脳味噌さんも少しばかり活性化してきてシナプスッ。
でも、ここまで意味不明だと逆に何か普通の悪の組織じゃなくて面白そうだとか思いませんか? 思いませんか。
勘弁してあげて下さい。きっと幼女様は幼女になる為に脳味噌の大部分とかを生贄に捧げられたんですよ。その結果があの幼女だとしたら許せませんか? 俺は許せる。
「ところでですね。その目標には何か具体的にやることとかあるんでしょうか?」
「そう、俺もそれが聞きたかった。そこ重要よメルー様」
「ふん。お前達何を言っておるのじゃ。それこそ朝のボランティア活動から夕方、帰宅をなかなかしない子ども達を帰らせるパトロール、何でもあるじゃろうが」
「うーん。それって悪の組織の活動なんですか?」
「そう、そこも重要よメルー様。俺もメルー様があまりに威風堂々と言うし、俺としてもその方が性に合ってるから気にしてなかったけど、なんていうか大衆的な意味での悪からは大幅にズレがあるんだよね。そこんとこどーなのよ?」
「浅はかじゃのー。そうやって街の信頼を得てゆくゆくは街公認の悪の組織、次は地域、県、地方、日本とどんどんランクアップして支配していけば、穏便に世界を手中におさめられるじゃろ? まあぶっちゃけ言うとワシ個人としては正義の味方をすり潰したいだけなんじゃがゴホンゴホン……」
「なるほど。正義の味方に恨みがあるんですね」
「そうか。それで俺というミラクルな存在が選ばれ、こうして闘争に明け暮れる日々(まだ三日くらい)を……」
「恨みがあると言われると微妙じゃけどなー、まあ悪を名乗る方がやりやすいこともあるのじゃ」
「なるほどなるほど。それでですね、次は……そちらのブラックカラーの戦闘員さんについて、なぜバイクを渡してあげないのかという」
「ああ、いやバイクあげたんじゃよ。もうチョーゼツカッコいい黒光りした自作の大型バイク。そしたら免許が無いから乗らないってだだこねて「お前は誰だッ?!」」
メルー様と俺がハモってツッコむ。ついついテンポよく話してしまっていたが、この喋り方、よく聞けばイカルガさんじゃない! ヤツは隣でパネルで●ンに夢中だ!
クソ、なんてヤツだ。思わずカッコの途中にカッコを加えるなんて言う文章作法的に無作法なことをしてしまった。許すまじ。
俺は、その声の主が全然気づかなかったけど思いの外近くにいたっぽいので、振り向きながらビタッと指差して言ってみた。
「お前は誰だッ!」
「さっき会ったばかりですけど……」
すぐ隣にブルーシェリフがいた。
「……何故ここにいるッ!」
「あなたをちょっと尾行させて頂きました」
「ストーキングなら仕方ない」
「仕方あるわボケッ! 何正義の味方に易々と尾行させとるんじゃこのっこのっ!」
「やめてメルー様! 幼女に足蹴にされる快感に目覚めそうだからやめて!」
困った。撒いたと思っていたが、どうやらブルーシェリフの方が一枚上手だったらしい。
まさか好きな女の子にストーキングされた上、幼女からごほうびまで頂くとは。
今日の俺は最高についている。ここら辺まで嘘ということに体裁上しておこう。
そうこうしているとブルーシェリフがペコリと頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。正義の味方としてマナー違反だったかなとは思いつつも、まあ戦闘員さんのノリからして許して頂けるかなーって思いまして。大丈夫です。行動に実害が無いようなので、わたしの独断だけで『悪を名乗るだけの無害な組織』を潰すことは、ちょっと出来ませんし。ですから、お互い今回の事は無かったことにしませんか?」
「うん、ワシ、この女の組織評価にすごい傷ついたけど、上に報告あげたりしないんだったらオーケーじゃ。不問にいたそう」
やだ、うちのドンってば……対応適当過ぎ!?
見かねたようにイカルガさんがパネ●ンをしていたコントローラーを投げ捨て、白衣を揺らして立ち上がった。
メルー様に向けて指をビシッと差す。俺の物語ってちょっと指を差す描写多くない?
「いかんぞメルー! そんな敵の甘言に乗るな! 悪童君、こいつを取り押さえるんだ!」
「うおおぉぉい!? アンタ俺の名前を堂々と呼ぶんじゃねーよ!? 身バレとか悪の組織にあるまじきだろ?!」
「大丈夫だ。私達の身バレが起きそうな情報には認識障害が起きるようになっている。さっきのも、おおかた、アクトー君辺りまで変換されて正義の味方の彼女には伝わっている筈だ」
「あんま変わった気がしねーけど安心したよチクショォーッ!?」
「あ、悪童君……?」
俺は保険医の先生の顔をアイアンクローでアマガミして、キミキッスしたくなるくらいに顔を寄せて小声で忠告しておくことにした。
「イカルガさん。俺の理性の沸点はあまり高くないんでマジでこういうことは勘弁して頂けませんかねぇ……? 人生ゲームオーバーは嫌ですよね?」
「いけない悪童君。教師……とはバレてないだろうけど一生徒が女性とこんな密な距離で会話を交わしあうなんて。少なくとも君は身バレしてしまったわけだから、なんか悪の幹部の美人さんとイチャコラしてたなんて噂が流れたら更にマズイんじゃないかい?」
「既に俺はゲームオーバー級にマズイんだよキサマ……ッ!!」
この人が男だったらマズかった。いきなりヤバい前科持ちになっていたかもしれない。
もうこのダメなゲーム脳の大人は放っておいて、俺はそっとブルーシェリフを窺った。
すごい勢いで挙動不審にキョロキョロして「えっ」、「ホント」とか言ってるし!?
いや、前向きに考えよう。
「えっ、(わたしの好きな人だった悪童君が)」、「ホント(嘘みたいだけど現実だとしたらわたし超ラッキー!)」
……やったじゃないか俺。勝ったな。
「ご、ごめんなさい。さっきのは聞かなかった事にします」
「アルェッー?!」
何だよ……俺のプラス思考全て台無しにして虚無に返しちゃったよこの子……。
ブルーはちらちらとこちらを窺いながら、何度か深呼吸した。
流れ的に告白の前準備じゃなくて男をフる三秒前みたいなのが俺の心を空しくさせます先生。
「そ、そんなことより、コードネーム! コードネームを作りましょう」
「良いヤツじゃのー。プライベートのこと流して無かったことにした上、自然に続けられそうな話題にしてくれたぞ?」
「その優しさのおかげで俺の胸が張り裂けそうです」
「な、なんか、その……ごめんなさい! コードネームは宿題ですからね! また来ますから! ではっ!」
青い天使は赤面と混乱で爆発しそうな顔を両手でおさえて出ていってしまった。
残されたのは、微かな女子特有の甘い香りとその赤面をどう受け取ればいいのかわからない俺達であった……。
……。
「まあそんなことよりコードネームを考えましょうか」
「そうじゃな」
「いいだろう」
切り替えの早い俺達だった。
しかし、そこに更に目覚ましに似たようなピピピピッというアラーム音が鳴る。
「時間じゃ」
「時間か」
「時間ですか」
「行くのじゃ」
「行こうか」
「行きましょう」
切り替えの早さに定評のある俺達だった。
***
はぁ~、とブルーシェリフはため息を吐く。
最近はとんと平和なため、街のパトロールしかすることもなく、久々に『悪の手下から何回も何回も挑戦状来るんだけど流石に面倒だからぶっ潰すためにお前行け』という命令を受けて意気揚々としていたのに。
相手の組織の場所まで判明した上、正体まで知ってしまったのは困ったことだ。
特に相手の正体が困った。
「悪童君……か……」
組織の場所を誤魔化すのは単純に戦える悪を潰したくなかっただけだが、悪童太郎の正体を黙ることにしたのもまた更に個人的な理由だ。
あんな情熱的な告白――とブルーシェリフは本気で思っている――を出来る人間がこんなにも身近にいたなんて。
あんな告白が出来る彼は、きっと自分の好敵手となってくれる筈。
そしてゆくゆくは……。
――悪と正義のラブロマンスに目覚めて貰おう。後、お約束的にわたしの正体を知らせて驚愕させよう。
ブルーシェリフもまた、こんなところで燻っているだけあって、ダメな女の子だった。
「あう、そんなことよりお腹が減りました……」
ぐうっ、と可愛らしい音でお腹が鳴った。
仕方なくキョロキョロと辺りを探すものの適当なコンビニは見当たらなかった。
目についたのは適当なディスカウントストア。
小奇麗だがあまり見ない看板にチェーン店ではないのだろうと思いつつも、『まあ何か食べられるものがあればいいや……』と自動ドアを潜った。
「らっしゃーせ!」
笑顔……と言うにはフルフェイスの黒いマスクで、何も表情を窺えない黒い装甲の戦闘員が入り口側のレジに立っていた。
幼女とボンキュボンな幹部らしき女の人もいる。
「あ」
「あ」
先ほどのやり取りがさめやらぬ再会―――。
パニックに陥った彼と彼女の戦闘の余波で、ディスカウントストアは崩壊した―――。