第三十二話 ワル、動けず
ああ、空はきっと青くて良い天気だろうに、どうして俺は……。
「どうして俺はこんなところで寝たきりなんでしょう……イカルガさん」
今俺は地下の組織の基地で布団の中で横になっています……。
腕? ねーよそんなもん。流石に学校にも行けんし、家にも帰れんし、友達の家に強化合宿しているとかふざけた嘘を貫き通しました。お泊り先が女の子の家だったらときめきイベントだったぜ。残念なことに今俺がいるのは看病すらしてもらえない暗いジメジメした地下のもう一つの我が家ですが。
「そりゃ君が無茶に無茶を重ねたからだよ悪童君。超合金の腕を両方壊すとか、流石の私も想定外だった」
パソコンに向かいながらイカルガさんが「お前が悪い」と暗に言うような言葉を投げてくる。
いや、悪いとは思ってるよ? 腕壊して。
でも、ヒーローのトップ争いしてるようなヤツと戦って、この程度で済んでるだけ運が良かったと思うんだけど。
ここの人達ってちょっとドS過ぎない?
もう少しこの唯一の戦闘員に優しくしてくれてもいいのよ?
「あの、なんかこう、ブラックメイル姿でなんですけど、看病とかしてくれていいんっすよイカルガさん」
「すまない悪童君。今私はイニシ●ダンジョンで神付与+5アーム●ウを探す作業から離れられん。自力で復活してくれ。何、腕は直らんが身体の傷くらいは寝ててもナノマシン達がどうにかしてくれる」
やっぱり俺この人のこと誤解なんてしてなかったっす。
すりおろした山芋を鼻から投入したむごたらしい泣き顔を写真に撮って、それをネットで全世界に拡散したい。ホント。
「……一つ言っておきますけど、それβテストですからね。正式やる時はデータ消えるって宣言されてますからね」
「なにッ!? それは本当かッ!? ……ほ、本当だ。書いてある。じゃあ私のこの神付与エナ●ーロッドはどうなるッ!?」
「どうなるも綺麗さっぱり消えるんだよ話を聞け上司」
腹癒せにデータ消える事を教えてやった。苦しめ……最強の装備が容易く消える事実に狂うがいいさ、ククク。
しかし、意図せずゆっくりとすることになってしまった。
これで不便な身体でなければ、もう少し楽しいお休みなのだが。
「おいーす。今帰ったぞー。イカルガ、ブラックメイルー」
暢気な親父臭い帰宅宣言でメルー様が居間に現れる。なんかこれみよがしに自分へのご褒美みたいな缶ビール手にしてるし。没収せねば。
「なんじゃブラックメイル。そんな眼で見んでもノンアルコールじゃ」
「そういう問題じゃねえんだよ児ポ法がどうこうだ少年犯罪がどうこうだ五月蠅い世の中で更なる問題の種になりそうな幼女にならんでくださいと俺は言いたいんです」
「長々言葉を切りもせずにクドクドと……お前はワシのカーチャンか!?」
「そーだよあたしゃお前のカーチャンだよ、俺に美人なナイスバディ美女姿でも見せん限りは酒とタバコは許さん」
「メルー、諦めろ。最近はババア幼女というジャンルは風当たりが辛い時代だからな。私も同様、中身がババアとなればそれはもう幼女でも美女でもないと揶揄されるような時代なのだ」
「クソッ、なんて時代じゃッ!」
時代のせいじゃねーよ。いや、別に俺は中身が歳喰っててもガワが美人なら大丈夫ですけどね?
そんなことよりですよ。この無駄に迸る元気のある二人へのツッコミという仕事から解放されたいです。
俺ってば意外にも独白の中でのボケが主なんだけど、本来は真っ向からボケたいキャラなんだよ。わかって。
「ところで、メルー様。気になってたんですけど、後ろで待ってらっしゃる方達はホワット?」
「おお、そうじゃった。あれからまあ四日くらい経つが、あらかた突貫で処理が終わったらしくて、謝罪したいっていうから連れてきたんじゃよ」
メルー様の後ろで、勢いのあるボケとツッコミに飲まれていたのは、スロスとデルフィニウムでした。
美人眼鏡ヒーローは特にどうしたものやらと言った感じで、あまりこういう適当な雰囲気には慣れていない様子だ。
スロスは悠然と構えているが、無理に話に割って入ってくる様子は無い。なんか懐かしそうな顔で基地を見回していた。
「なんか行く連絡はしとったらしいんじゃけど、お前スロスからのメール見てないの?」
「イカルガさんに代打ちしてもらってから忘れて放置してた」
実はスロスとは旅行の時にアドレスを交換していたので、無駄にナルシストンの処遇についてのメールとか貰っていたりする。あまり正義の味方のトップのアドレスとか持ってても使う機会は無いと思うが。
「まあ、座れ座れ。パソコンとテレビとゲームとちゃぶ台と手術台くらいしかないがのう」
「手術台がちゃぶ台なんかと同列に並べられてる時点で狂ってると俺は思うんだ」
「こっちの神経質な戦闘員も放っておいてくれ。死ぬほど疲れてる」
「ははは、いや、君達は本当に自分達の好きなようにやっていて楽しそうだ。久々に来たが一人新しい子が入っても空気が全く変わらなくて安心した。まあそんなことは旅行の時で大分わかっていたがね」
「まあのう。狙って自由人を入れたわけじゃないんじゃが、まあワシらと案外波長の合うヤツで助かっとるわい」
俺は結構自由な大人に振り回されてて疲れてるってこともわかっておいてね? ね?
取り敢えず、二人を座らせてメルー様がお茶を淹れようと立つ。
イカルガさんも流石にゲームをやめて、ちゃぶ台の近くに構える。
そうして場が出来上がると、スロスは開口一番、謝罪を口にした。
「さて……あ、これ菓子折ね。で、この度はッ! 本当に申し訳ありませんでしたッ!」
「本当に申し訳ありませんでした……ッ!!」
ちゃぶ台の前に座るなり、二人が勢いよく土下座を始める。
俺もメルー様もイカルガさんも、何やらという顔で二人を見つめるしかない。
「別に謝罪はいいぞスロス。あの調子じゃったらどうせ悪の組織全体もそっくり巻き込まれておっただろうしな。遅かれ早かれってヤツじゃ」
お茶を淹れながら、事も無げに言うメルー様。
「いや、しかし……」
「まあ、そうじゃのう。強いて言うならブラックメイルの腕のための部品が足りなくてな。それを後で都合して貰えると助かる。割と高い物でな」
「リストアップは任せろ。頼むからには一番良いものをの精神だ」
「う、うむ。こちらが全て見抜けなかったのが原因だからな。それくらいは、是非とも……とほほ」
「ジェネラル。本当に申し訳ありません……」
「デルフィニウム君のせいではないから気にしないでくれ……! だけど今後はなるべく私の話も……聞いてね。うん。私も、別に考え無しで言ってる訳じゃないからね? うん」
どんだけ弱腰なんだよトップ。
「は、はい……。スパロウマンにも散々怒られましたし、もう少し柔軟に物事を見ようかと思います。……悪は嫌いですけど」
こちらに対して、どういう感情を持てばいいのかわからない様子で、ちらちらと見てくるデルフィニウムさん。
相変わらず敵視してはいるようだが、その視線には洗脳時ほどの狂気的な強い意志は無い。
……しかしあれは洗脳というよりも、彼女の中に根付いていたものを膨れ上がらせた感じだった。今の視線の感じを見ても、元々、彼女自身が悪に対して圧倒的な敵対意識を持っているのだろう。
「……ところでデルフィニウムさん」
「な、なんでしょうか。ブラックメイルさん」
この敵意について、俺は……。
「あの後、スパロウマンとは滅茶苦茶セ」
「やめるのじゃ、時としてネタを扱うのは危険な時がある。今がその時じゃ。使い方も微妙に間違っとるのじゃ」
「(真っ赤)」
「うちの戦闘員はデリカシーが無くて困る。大丈夫だ。避妊さえしてれば問題ない。この保健の先生が保証しよう」
「イカルガさんにだけはデリカシーを問われたくない……ッ!」
いや、別に訊かないよ? 何ていうか根が深そうな上、恐らく俺では絶対解決は出来そうにないからさあ。
これを解決出来るとしたら、アイツだけじゃない? もげろ。
「すんません。なんかちょっと小粋な下ネタを挟みたくなっただけなんで、スルーしてください」
「は、はあ……」
俺の非常に空気を読まないジョークに、デルフィニウムさんは顔を真っ赤にして気の無い返事をする。
だが、おずおずと顔を上げると、寝たままの俺と視線を合わせた。
「……本当は真っ先に言おうと思っていたんです」
神妙な顔つきでそう言う眼鏡美女に、俺は黙ってその憂い顔を見つめ、次の言葉を待つ。
「本当に……ありがとうございます。あなたがいなかったら、スパロウは死んでてもおかしくなかったそうですし……」
「……信じてくれと言う気は無いんですが、アイツとは"殴り合える"友達だと思ってますよ」
友情の行き着く先というのは決して一つではないだろう。
スパロウマンに感じている友情は、俺の悪としての立場で言うのも奇妙でおかしい話だが、互いに"悪と正義であっても成り立つ友情"だと思っている。
もしその時が来れば、俺はアイツを張り倒すし、アイツも俺を殴り飛ばすだろう。
そういう友情があってもいい。俺は悪を貫く。アイツは正義を貫く。
たまに協力もすれば、敵にもなるさ。
「信じますよ。私がどうしようもなく悪と正義に折り合いをつけられなかったあの時、スパロウ自身が言ったんですから」
敵意を和らげ、少しばかり微笑む眼鏡美女。
「『どうしようもない悪ばかりよりは、僕の友達みたいなちょっと抜けてるくらいの悪ばかりの世の中の方がきっと楽しいよ』って」
まあ……それはそうなのかもしれないな。俺もまた、その言葉には頷けるものを感じる。
何せ、ただの一般人だって一つ皮を剥けば同族を殺せる化け物に成り替わるのだ。
俺達のようなダメな悪党だらけであるならば、それに越したことは無いのかもしれない。
まあ勿論脅威になる悪はいるだろうけどね! 虎視眈々と世界征服狙ってるのとか絶対いるだろうけどね! 俺達ですらビル爆破しちゃうくらいだからね!
「では用事も一つ済んだし、次の用事に入ろうか。ナルシストンの処遇と……今回の件に関わっていた男についてだ」
「エスについてもか……」
「そう名乗ったのか?」
「ああ。なんか名前は無いだとか何だとか鬱陶しい面倒臭いこと言ってな。イカルガさんも聞いてたぜ」
「うむ。まあ本当の名前とは欠片も関係無いのだが、本人がそう名乗るならエスとしておかないか、スロス。我々としてもヤツの名前を根掘り葉掘りされるのは面倒が過ぎる」
「……そうだな。では、エスについてはそうしよう。で、ナルシストンだが……」
スロスが、ううむと少しばかり困ったような顔を見せた。
「君らには申し訳ないが、一番被害に遭ったスパロウマンの意向もあって無罪放免ということになった。しばらくは監視などをつけるが、罰のようなもの基本的に無いということになる」
「寛大な処置じゃのう」
「なにせスパロウマン以外の被害はほぼ無い上、大きな事が起きる前に解決してしまったからな。洗脳は重罰行為だが……まああの戦力を罰だ何だと腐らせておくのは、協会としても辛い」
「ナルシストンさんとしては、今回参加された皆さんが何か望むようであれば、如何なる罰も受けるというスタンスではあるのですが……どうされますか?」
「好きにしてくれ。アイツがどうなろうが俺ら知ったこっちゃないし」
俺の意見にうんうんと頷く、イカルガさんとメルー様。
「その言葉が聞きたかった」
「どこかで聞いたことのあるセリフ言ってないで次に行こうぜ」
「色々とおこがましいと思わんかね……。オホン。で、エスだが……」
ちらりとスロスがデルフィさんを見る。
「よくわからないということがわかりました」
どべしゃあと崩れ落ちる悪二人と、寝たまま呆れ顔になる俺。
「なんでだよ。そこは颯爽と目的とかがわかるところじゃねーのか」
「ナルシストンもアメリカのバーで会った程度らしくてな。彼が私に対して勝てない事、ティア君のことなど、色々と鬱屈したものを抱えていたのを知って近づいたのだという風に分析しているが……」
「なにがしたかったのかは神のみぞ知るセ●イと……あれ、伏せなくて良さそうな言葉が伏せられたぞ」
「そうだな。現状では目的はさっぱりだ。昔も飄々として、何を考えているのかよくわからないヤツだったが……」
スロスもまたエスのことは顔見知りらしく、懐かしそうにそう語る。
「まあ、彼の目的や潜伏場所については何かわかれば教えるとしよう。今は英気を養ってくれ」
「それでは私達はこれでお暇致します」
「うむ。気をつけろ。エスは……恐らく今のバランスを崩すために、今回の件をしかけたのじゃろうからな」
深刻そうな表情で言うメルー様に対して、スロスは黙って大きく頷くのだった。
頼れる男というのは、無駄口を叩かないのだな。
なるほど、参考になる。
メルー様もまた大きく頷くと、そういえば、と小首を傾げた。
「ところで、聞きそびれてたんじゃが、お前、一体どこに捕まっておったんじゃ」
「実はずっと執務室のタンスの中に押し込まれていた。流石に数日は辛いな。身体がバキバキだ」
台無しだ……。