第二十三話 ワルとともだち
「……桃缶買ってきたけど何かそんな雰囲気じゃない?」
入ってすぐの、十畳ほどの地下基地リビング。
そこには布団で寝かされたスパロウマン、心配そうに見つめるブルーシェリフ、真剣な顔で見つめるメルー様、片手間に3●Sを操作するイカルガさ……なにやってんだアンタ。
四者四様。各々、深刻な面持だけは変わらず、こちらに視線を向けた。
「来たか。厄介なことになっておるぞ」
メルー様が困ったように眉をひそめて、こちらを見やる。
「取り敢えず、スパロウマンは大丈夫なんですか?」
「ああ……イカルガの処置に加えてワシの生命力を分けといたから、まあ一日休んでおけば完治するじゃろう」
「だが、予断を許さないような深刻な怪我であったのも確かだ。衰弱も酷かったし、状況によっては本編最初の死者になっていた可能性すらあったぞ」
「本編とか言うな本編とか」
「……笑いごとで済まん事態になるとはのう……。さて、ブルーシェリフ。一応、ワシらの面子は全員揃ったから話をして貰っていいかのう?」
「……はい」
「と、その前にワシに桃缶ちょーだい?」
「空気読めよ幼女」
「……と、取り敢えず、話します」
締まらない幼女の一言をスルーすることにして、ブルーシェリフは話を始めた。
とは言っても、そう長い話では無かった。
***
いつもと変わらずに正義の味方協会に来たブルーシェリフは、そこかしこの騒がしい雰囲気を感じ取った。
とは言っても、ここ数日の協会の雰囲気はそもそもおかしい。ギスギスしているというべきか、とにかくいつもの明るく元気な職場という雰囲気は、たった数日で吹き飛んでしまっていた。
そういう意味では、感じ取った騒がしさ程度、おかしいものでもなんでもないのかもしれない。
「何かあったんですか?」
一応……と、ブルーシェリフは戸惑いつつも受付の女性に声を掛けてみた。
「それが……私も詳しくはわからないんですけど、ジェネラルスロスが失踪した上、スパロウマンがその容疑者だという話がどうも掲示板で告知されたみたいで……ジェネラルを慕っているヒーローやスパロウマンの友人のヒーローが、正確な話を聞きたいと猛抗議しているらしいんです」
女性は困ったような顔になりつつも、少しばかり目線を逸らしながら説明をしてくれた。
「……どうかしたんですか?」
「それが、抗議に行く人達行く人達みんな、少しすると帰って来るんですよ。そして覚束ない足取りで外に行っちゃうんです……ちょっと恐くて……」
「あ、怪しい……」
「そ、そうですよね……。昨日からは、悪の組織を徹底的に殲滅すべしという方針告知も無理やり出されたり……何かおかしいのは確かなんですけど、受付嬢程度にはどうすることも出来なくて……」
「わかりました。任せて下さい、わたしが見てきます」
シェリフは、いつも通りに自信満々で胸を叩いた。
何とか出来る保証も、大した根拠もまるで無い。それでも、今の奇妙な状態の協会をそのままにするのは、ヒーローとしてのプライドが許せなかった。
「ぜ、絶対に気をつけて下さいね……危ないと思ったら退いて下さい」
「大丈夫ですよ。下手に無理する気はありませんから!」
しかし、必要があれば無理を承知で戦わなければならないかもしれない。
そう思いながら、シェリフは協会の奥。スロスの執務室に向かった。
執務室の前には八人のヒーローが立っていた。一人のヒーローは猛然とした抗議を叫びながら、扉を叩く。
「ちょっと、ナルシストンさん!! ありゃどういうことですか。スロスさんはどうなったんですかッ!!!! 答えて下さいよ、あんなエクセルで三分で出したような適当な告知で納得して貰えると思ってるんですか!!!!」
周りの人間達もその言葉に頷いて、出て来てくれと叫び続ける。
「ありゃー……ていうかナルシストンって……正義でもあまり聞きたくない名前ですね」
その実力や確かな功績よりも、『一般市民にカメラを強要した』だの『敵が自分の美意識的にグッドだったから逃がした』など、あまりよろしくない悪名の方を多く聞くヒーローである。
彼のヒーローとしての強さは認められると思うが、それ以外の部分はあまり認めたくない。
「ナルシストンさん!!」
「あーもう! うるさいですねえ、やっちゃって下さい!」
「はいはい」
不快感を隠そうともしないナルシストンの声に続いて、やる気の無さそうな男の返事が廊下を渡る。
ガチャリと開いた扉から、一度、手のひらを打ち合せるような音が聞こえた。
それとともに抗議に来ていたヒーロー達は、打って変わって不気味なほどの沈黙に抱え込まれてしまった。
「全く。こんなことをしている暇があったら悪を潰してきて頂きたいものです」
「しかし、君は歪んでいるヒーローだね。ボクにはあまり理解出来ないよ」
「ククク、私の美は誰にも理解されない哀しいものなのですよ」
「……うわぁ、これ絶対聞いちゃダメな会話ですよね。もうなんか、ヤバい臭いがプンプンしてますよ」
掌を打ち鳴らす音とともに、ゾンビのようにゆらゆらとした覚束ない足取りになってしまった面々。聞いてはいけない会話。
どう考えてもこれはヤバい。協会は現時点で既にもうダメだろうという判断を頭は下していた。
逃げるか、それとも虚ろな瞳で廊下を戻ろうとしてくる彼らをせめてでも元に戻す努力をしてみるか……?
その時、すぐ真後ろからコツリと鳴る足音があった。
「ひいいいッ!?」
驚きのあまり、リボンを抜いて裏拳気味に思いっきり振った。
「あ――――だうッ?!」
「あっ」
振られたリボンは見事に敵の頭に命中し、横の壁へと密な出会いを仲介するという奇襲を成功させていたが―――
「デルフィニウムさん!?」
壁に頭を激突させて目を回していたのは、スロスの専属秘書だった。
***
「彼女、目を覚ましたら突然私に鍵を渡して、ぎこちない感じに地下に行けって……それで地下の懲罰房に行ったらボロボロのスパロウさんがいたんです。わたしもどうしたらいいのかわからなくなって、ここに……」
心底困っていたのだろう。ブルーの目尻には涙すら浮かんでいる。
「……ちょっと訊きたいんじゃが、手を鳴らすような音がしたら全員正気じゃなくなっていたんじゃな?」
「あ、はい……確かそんな流れだったと思います」
「うん、なんでお前正気なのよ?」
「た、確かに言われてみれば。わたしは何で無事なんですか?!」
「知らんがな」
天使の心には入り込む余地でも無かったかな。
フフ、俺と言う名の存在が大きすぎるのがいけないのさあ。嘘だけどね。うん。
細かい理屈は知らんが、まあ無事だったのならヨシとしよう。
「……うーむ」
「なーによメルー様。なんでそんな首傾げてんの」
「いやのう、ちょっと困った相手じゃ。まあ、相手も多分そういった洗脳行為以外に介入する気は無さそうなんじゃがな……」
「知り合い?」
「まあね。ここで真実を明かしてしまうのは味気ないから、私もメルーも語る気は無い……というか、多分喋ると君が真っ先に喧嘩ふっかけに行きそうだから喋らないことにしている相手さ」
えー、知らんけど俺が嫌いなタイプなの?
博愛主義者の俺に嫌いって言わせたら大したもんっすよ。
「申し訳ないんじゃがイカルガの言う通りじゃ。お前に戦われると非常に困るから、取り敢えずその洗脳してくるような相手とは戦うんじゃないぞ」
「んな無茶苦茶な。相手が戦おうとして来る場合もあるでしょーが」
「気合で乗り切れ」
肝心な所を勇気とか気合とか曖昧なものに頼らせるのはやめよう。な。
「あ、はい。ちょっと訊いていいですか。どういう能力か教えてもらいたいんですけど」
ブルーが挙手をして能力についての情報を求める。
話せないとは言っても、能力くらい聞けなければ対処どころの話ですらなくなってしまう。
「……教えていいのかい? メルー」
「まあ能力くらいなら構わんじゃろ。アレは『氷釈のエゴ』。人の理性に干渉して、相手を意のままに操るという能力じゃ」
「氷釈の……」
「エゴ……」
俺とブルーがオウム返しに能力の名前を呼ぶ。
なんかまた似たような能力の名前が出てきちゃってまあ。思わせぶりよ、やーねー。
「音や視線など感覚器に対しての情報で精神に侵入し、相手の理性を狂わせる驚異の人間スーパーハカーじゃな。一応、悪意や欲など人間的な煩悩が強くないと作用し難いって欠点はあるんじゃが」
「いや、十分脅威だろ……感覚器とか塞げねーよ全部」
「……な、何でわたし大丈夫だったんでしょうか?」
天使だからじゃないの?
「まあ、取り敢えず対策はしておこう。ほれ」
ぽんぽんとメルー様がスパロウマンも含め、俺達の頭を叩く。
すると、俺達の身体が薄い光に包まれて何だかちょっと身体が熱くなった。
やだ、私疼いてる……? どこかの高校にいる伝説のオ●ニー●スターは、こういった疼きを学校のトイレで処理できるらしい。豆知識な。
「ワシのミラクルでハイパーでインフィニティなパワーを分け与えてやったから感謝するのじゃな。これでヤツからの精神介入はカット出来る筈じゃ」
「わあ便利。理屈の説明とかは?」
「パワーを分け与えた。以上」
たまには説明してくれ。ギャグ小説でも許されざることがあるんだよ。
「う、ん……」
メルー様が更なる力を分け与えたおかげか、スパロウマンが苦しげな声を上げながらも、ゆっくりと目を開いた。
「ここ……は……」
「悪の組織、秘密結社A(仮)の基地だ」
「いやいやいや、秘密結社ガラチャクラじゃよ、ガラチャクラ」
また変わってんぞいい加減にしろ。つーか何の縛りがあるんだその名前。
「ぶら……ックさん……。シェリフ……」
「おう、俺だ」
「大丈夫ですか、スパロウさん」
「……ッ! い、いけない。こんな……ところで寝てるわけには」
意識が完全に覚醒したらしいスパロウマンは、血相を変えて飛び起きようとする。
しかし、如何せん受けたダメージが大きすぎるらしく、身を起こした辺りで痛みに顔をしかめて倒れ込んだ。
「まあ待て、落ち着け。その身体じゃどの道どうにもならんから、安静にしとけ」
「ですが……」
「メルー様とイカルガさんがいなきゃ死んでたかもしれないんだぜ? そんな怪我負ってたんだから、今は寝てるくらいでちょうど良いってもんだ」
「そうでしたか……メルー様、イカルガさん、ありがとうございます」
「うむ、感謝せよ若人」
「なあーに、3●Sの機能をふんだんに使った治療装置が使えて私も満足したぞ」
それ関係のある装置だったんですね……。
「でも、行かないと……協会が今大変なことになっているんです……。デルフィを助けに行かないと絶対に後悔する……」
ボロボロの身体のどこにそんな力が残っていたのかは知らないが、彼はしっかりとした足取りで立ち上がった。
しかし、やはりそれはただの根性の範囲でしかなく、すぐに膝をついて息を荒げてしまう。
「ふんッ!」
「はうッ?!」
俺はそっとスパロウマンにラリアットを加えて寝かしつけた。
「ブラックメイル。一応ほら、重傷のクランケじゃから、もうちょっと丁寧にじゃな……」
「絶対安静なのに絶対安静にしてないコイツがいかんのですよ」
「いたたた……す、すみません、ブラックさん」
「ブラックの言うことも一理ありますよ、スパロウさん。今は傷を治してください」
「……悔しいな。僕に力があれば……」
前にも……助けた時にも聞いたような、自分の力の無さを憂う言葉。
スパロウマンの気持ちはわかるが、ここまで聞いてきた現状を考慮しても少人数でどうにか出来るような話ではない。
チェックメイトではまだ無いというだけだ。仮に協会に巣食うクソ野郎に立ち向かうにしても、奪われてしまった手駒のせいで戦力が足りなさ過ぎる。
そんな絶望的な状況を二人とも理解はしている。スパロウもブルーも絶望に打ちひしがれたように黙ってしまった。
……いや、ブルーの眼はまだ死んでいない。何かを覚悟したかのように、俺の無機質な仮面をじっと見つめてきた。
「……ブラックメイル。あなたにお願いがあります」
いつもの柔らかい口調を感じさせることのない、はきはきとした力強い言葉に俺は黙って頷いた。
「お願いします。わたしと……わたしとスパロウマンと一緒に協会を……どうにかして取り戻す力になって下さい」
三つ指ついて頭を深々と下げた、白い少女。
スパロウマンは、目を瞑って自分の不出来を呪うように天井を見上げている。少女の決意に、何も口を出すことは出来ないという様子だ。
向けられた期待。様々な想い。
「うーん」
俺は、その願いを―――
「いやだ」
踏み躙るのだった。




