第二十二話 ワル、変質の正義
「スロスが来ないな」
「これで四日連続か……」
「何が起きたのか……」
円卓を囲み、十一人はざわついていた。
会議室の照明はいつスロスが登場してもいいようにと落とされている。しかし、現れる様子は一向に無い。
「まさか……」
「これは……」
『五月病でも患ったかなァ!』
わっはっはっと笑い声が響いた。全員一致で、サボっているのだろうという結論に達した円卓は、そのままいつも通り会議を始めようとした。
大将がいなくとも会議は運行されるように出来ている。
円卓の面々は、怪我などが原因で戦いから退いて久しい者達だ。経験や知識を兼ね揃えた彼らは組織の運行には欠かせない。彼らがいるからこそ、トップを欠いても組織が普段と変わらず回ると言える。
とはいえ、名誉職のようなところがあるので基本的には薄給だ。彼らはのんびりと自営業をこなしながら、この一日一度の円卓会議をマメにこなしていた。
「しかしデルフィニウム君もいないとなると華が無くて寂しいねえ」
「彼女まで来ないとなると……」
「ふむ、ふざけてしまったが、五月病ではなく……」
「それについては私がお答えしましょう!」
パッと円卓の中央をまばゆいばかりのスポットライトが照らし出す。
そこに居たのは……巨漢。ジャケットのボタンを留めることもせず、たるんだ腹をおしげもなく曝け出した、ブサイクな巨漢だった。
「お、お前は……」
「ナ……」
「「「ナルシス豚――ッ!!!」」」
「今の響き、漢字で呼ばれたような気がする! 漢字で呼ぶな諸君ッ! 私はナルシストン。美を探求せし者ッ!」
くねくねとポーズを決める巨漢に向かって、「気色悪い」だの「帰れデブ」だののヤジが飛び交った。
それら暴言に相対しても、髪を払って流すなど仕種だけは極めて爽やかにナルシストンは言葉を続ける。
「ジェネラルスロスは大変残念なことに……彼の手によって重傷を負い治療中だ」
無駄に円卓に搭載されていたギミックが動き始める。
中央に立つナルシストンの隣、そこに何かがせり上がってきた。
やがて、重々しい音が止み、現れたのは……スズメの被り物、そしてスーツをボロボロにした満身創痍のスパロウマンだった。
「う、うう……」
スパロウマンが小さなうめき声を上げた。
死んでいなかった、と円卓の面々はホッと声を漏らす。
しかし、意識は薄く、傍目から見ても傷はかなり深いようだ。
「ス、スパロウマン……」
「ボロボロだぞ!?」
「早く治療を……!」
「やめなさい! 彼は罪を犯した咎人……情け容赦は無用なのです!」
非情な言葉とともに顔に手を当て、前傾姿勢でポーズを取ったナルシストン。はよ帰れというブーイングが一層強くなる。飲み終わったペットボトルも飛び交い始めた。
「というか、大体スパロウマンがスロスを倒せるわけがねーだろ! うちの最弱候補だぞ!」
最もらしい否定。ナルシストンはやれやれと肩を竦めてその言葉を鼻で笑い飛ばした。
「私のあまりの美しさを気に食わないと思う気持ちは甘んじて受け入れましょう。しかし、彼がスロスを重傷に至らせたのは事実なのです」
「美しいとか思ってねえから、ブサイクとしか思ってねえから」
「……。こんなにも否定されるのであれば、スロスの名誉の為にと黙るつもりでしたが、真相を告げて納得して頂くしかありませんね」
的確なツッコミに対して無視を決め込み、ナルシストンは話を続ける。
「このスパロウマンには実は彼女がいます」
「「「リア充だと……ッ?!」」」
「それが彼女、デルフィニウム君です」
ナルシストンがそう告げると、またしてもギミックが動き隣にデルフィニウムが現れた。
その体は彫像のように固まって、まばたき一つしない。虚ろな瞳をただ虚空に向けて、呆然と立ち尽くしている。
「デルフィニウム君だったのか……」
「勝ち組だなスパロウマン。末永く爆発してもらいたい」
「戯言はやめて頂きたい! とにかく、スロスは秘書である彼女にしつこく体を要求していたのです。その現場に偶然立ち合わせてしまった彼」
演技過剰なまでに、様々なポーズを取り出すナルシストンに中身が入ったままのペットボトルまでぶちまけられ始めた。
全く気にしない巨漢。その鉄の意志はどこから来るのか、面々には謎だった。
「デルフィニウム君を守るため、彼は使ってはいけないとされる呪いの手錠まで持ち出して、スロスを闇討ち……これがスパロウマンでもスロスを瀕死に追いやれた真相です」
なるほど、筋が通っている。
しかし、納得出来るかとは別な話だったようで、ブーイングは止まない。
話しが平行線を辿る中、仕方なさそうに巨漢の名前を呼ぶ声があった。
「ナルシス豚」
「だから漢字で呼ばないで頂きたい」
円卓の一席から立ちあがったのは、円卓の中でも最も経験深き老人。タイフーンマンだった。
台風の如きとも言われる程の風の力を操る彼は、昭和初期を代表するヒーローである。
彼が立ち上がると、自然と会議室もまた静けさに満たされていた。
「君の功績はよく熟知している。ジェネラルスロスと並んで戦えるほどの実力を持ったヒーローであることも。ランク分けを良しとしない我々が、実力ごとの仕事を割り振るために仕方なく組み分けしている三組のトップ……松竹梅のうち松に属している君。侵略者や道を踏み外した悪……それらの中でも銀河ギリギリぶっちぎりの凄いヤツと今だ最前線で地球まるごと超決戦を続ける君は、素直に凄いと思っている」
ナルシストンはヒーローの中で仮にランクづけをするのであれば、一位のスロスに対して二位となるだろうと言われるヒーローだった。
その実力は、今なおヒーロー達の前線を支えていることから、スロスよりも実戦では強いのではないかと言われる程である。
一方で、見え隠れする野心家な部分や文字通りにナルシストな面のせいで、求心力は比べるまでも無く今ひとつだった。
「よして頂こう。褒められたら私とて照れる」
「だがな……」
ギラリとタイフーンマンの眼に厳しい光が灯る。
「お前みたいな超がつくほどキモい自分以外はどうでもいいと思ってそうなナルシストと、超がつくほど何にも真面目なスパロウマン、超がつくほど良いヤツなスロスなら、ここにいる我々はリア充でもヘタレな好青年とお人好しな大将を信じるんじゃバァァァァ―――――――カッ!!」
「よくいったぞ長老ッ!!」
「オラお前らそこの豚を捕獲するぞッ!!」
「「「オラァァァァッ!!」」」
「ふんぬッ!!」
「「「どあああッ?!」」」
称賛の声を上げて、スパロウマンを救わんと元から大分軽い腰を素早く上げた面々。
その雄叫びのままの特に策も何も無い突撃は、ナルシストンの気合を込めたパンチの一撃で玉砕した。
どれだけ過去の功績があろうとも、現役を退いたヒーローと今だ現役で戦いを続けるヒーローの差はあまりに大きかった。
「つ、強い……ッ!」
「流石、腐っても宇宙から来る強力な侵略者にすら対抗出来る豚……ッ!」
「このブサイクが極まった醜いビールっ腹体型のどこにそんな力が……ッ!」
「ク、クソ、言わせておけば好き放題言ってくれますね」
乱れた髪を整えつつ、ナルシストンは冷静に旧ヒーロー達の攻撃を捌き、的確に攻撃して次々に戦闘不能へと落としていく。
「ふふ、しかしまさかこの私の完璧な謀略が意図も容易く見破られてしまうとは」
「どこかに完璧な要素はあったか?」
「いや、どこにも無かったな……スパロウマンを使った時点で失敗したようなもんだろ」
「ブサイクの上に頭脳まで致命的とは……戦闘力以外褒められるところがまるで何一つ無い……ッ!」
「だまらしゃあッ!? もういいです。どの道あなた達もまた、私に従わざるを得なくなるのですからね。楽に事が進まないのは不本意ですが、あなた達も彼女の……デルフィニウム君のようにしてあげますよ」
「コイツ、本音ぶちまけて力技に出ることを堂々と白状したぞ?!」
「なんてヤツだ。ここまで来ると逆に潔い」
「だが、この人数を全員どうにか出来ると思って」
「いますよ。はい、ショーダウン」
どこからともなく、それこそ影の中からでも溶け出るように、そこに居た男。
彼が指を一度鳴らすと、円卓の面々は言葉一つ無く、全員がくりと首を落として意識を失った。
「ククク、力技でこうも出来るのだから実に愉快ですよ」
「……言っておくけど、ボクの洗脳は一時凌ぎ程度にしか使えないよ? 特にヒーローのような精神的にタフな人間を相手に、そう長く使えるものじゃない」
男は自分の使われ方が存外不服だったのか、あまり面白くなさそうにそう言う。
「しかし、指一つ鳴らした程度で洗脳出来るんですよあなたは。何度でも洗脳すればいいのではないんですかねぇ?」
「慣れた相手には効かなくなるものさ。この場合は音だけだから余計に効果が薄いだろうね。まあ協力した手前、ひと月は何とか持たせてみせるけど……それ以降も効果が続くとはボクは保証しない」
「それだけあれば十分ですよ……ククク」
醜悪な笑みをウルフカットのブサイクはその顔に貼りつける。
協力者の男はドン引きするしかなかった。
「ところで、スパロウマンは洗脳出来ないんですかねぇ?」
「彼は無理だよ。そんじょそこらの人間とは比べものにならないくらい強い意志を持っていて、何より媒介にするための悪意や欲望が異常に薄い。意志の強さが無ければ、単純な行動を誘導するくらいに意識は奪えただろうけど……この意志の強さは……」
男もまた、醜悪な豚と同じように心の底から面白そうに、歪んだ笑みを浮かべるのだった。
***
なんだろう。二夜連続放送なのに、二夜連続で初めからハブにされている雰囲気とか、そんなものを感じる。
クソッ、俺ってば主人公だよね? ストーリーからハブにされてないよね?
人生って言う名のクソゲーは、自分が主人公かと思ってたら実は脇役だったって話がよくあるらしいからな。きこきこ。
というわけで、人生とかいうクソゲーの話はいいとして。
結局直りそうになかったからイカルガさんに強化改造を施して貰ったハビソン号で、今日はお散歩です。
前にブルーシェリフに邪魔されて、いちゃこらした気がするけど忘れてくれ。いつだって? おとといくらいの話かな多分。時間はいつだって進むのさ。
あんな話は聞かなかった……俺は聞かなかった。ヨシ、忘れた。
これで俺が謎のフラグを踏んで巻き込まれる心配は無くなった。そう信じてる。私信じてる。
「オラ、さっさと観念しろや」
「テメエ、ここで何やろうとしてたか俺達に言えよ。何か爆発物とかでも仕掛けようとしてたんだろ? あ?」
「し、してないっシュ……」
和やかな昼下がり。相変わらず高性能代返装置でエスケープを華麗に決めている俺の下へと、著しいデジャヴュを感じる不穏な声が二つ。
振り向けば、街中の小さな公園にヒーロースーツ姿の男が二人。
その二人に足蹴にされている、なんか例えようもない虫のような姿をした戦闘員が一人。
……展開がマンネリ化しているッ!
構図が逆なだけで、丸っきりこれあれやん。スパロウマンの時のやん。
うーん、面倒だしこれはスルーすべきか? まあワルが足蹴にされてるなら自業自得だよね。
「はっ、そ、そこの、そこのお方、強そうなお方、助けてっシュ!」
目をつけられた……だと……!?
「アアン?」
「なんだテメーやんのか?」
特に特徴も無いスーツの二人は、肩をいからせながらこちらに二歩ほど近づいて威嚇してくる。
チンピラみたいなヒーローっていうのはちょっと新鮮だね。うん。
「まあまあまあ……この戦闘員がなにしたのか知らんですけど、ほらあなた達ヒーローでしょ? 悪の戦闘員の僕がですね、うん、言えた義理じゃあ無いんですけど、ここは広い心を持って許してやりましょうよ、ね」
俺はチャリンコから降りて、二人に腰を低くして手を擦りながら近づいた。
取り敢えず、まずは穏便にへりくだってみよう。
「ざけんじゃねーぞコラッ!」
「テメェもしょっぴいてやろうか!」
怒りのボルテージを上げただけで、げしげしと虫の戦闘員に対してのキックが強くなっただけだった。
「痛いっシュ! 痛いっシュ!」という虫の戦闘員の泣き言が強くなる。すまん。
「まままままま、落ち着いて、落ち着いて」
「うっせんだよザコ! 引っ込んでろ!」
「この二人で一人、ジェミニマン様の邪魔をすんじゃねえ!」
「どうかお慈悲を、お慈悲を、ね?」
「だからテメエごますってくんじゃねえよダホッ!」
「こちとら悪は徹底的に殲滅していいって言われとんのじゃ!」
不穏な言葉に俺は首を傾げる。最近の正義は穏健な印象しか無かったが、いつからこんな過激派に一転したの?
組織の方針転換でもあったのだろうか……。
まあ、それはそれとして。
「落ち着いて落ち着いて悪童不意打ち内蔵殺しッ!!」
「ホバグフゥッ?!」
近づいたところに、不意を衝いた強力なボディブローをお見舞いする。
特徴のない上に名前までそのままな感じのヒーロー、ジェミニマンの片割れの内臓を破壊する。
バカめ。俺に向かって散々失礼な言葉を浴びせた報いを受けろ。
「ひ、卑怯な!」
「うるせえ。あまり俺をイライラさせるんじゃねえぞ。今度は真っ向から殺人パンチをお見舞いするぞ」
「ち、ちくしょう、兄貴、大丈夫か」
「に、逃げるぞ……弟よ……俺達は二人で一人……片方がこんなことでは戦えない……」
「アニキィ――ッ!!」
だばだばと二人そろって仲良く逃げ去っていくヒーローを俺は見送った。
フッ、手応えの無い勝利だ。空しい。所詮はモブか。
スーパーキンニク君の十分の一でもいいから熱いバトルを交わせたら、モブ扱いじゃあなかったろうに。
「す、すごいっシュ……自称戦闘員が一人でヒーローを追い払ったっシュ」
「おう、お前、じゃあ達者でな」
「ままままままま待つでシュ。メアドを交換して欲しいっシュ。憧れるっシュ! 組織は違えどアニキと呼びたいっシュ!」
「え、マジで? もう仕方ねえなあ」
おだてに弱い俺なのである。
「じゃあなんだ、モスキ君は何もしてないのにボコられたのか」
虫の……モスキートの戦闘員のモスキ君。
メアドを交換ついでに彼から聞いた話からすると、全く彼に非は無かった。
「そうっシュ。『最近ヒーローがピリピリしてて恐いから』って首領が動くのを躊躇ってたから、公園でゴミ拾いしてただけっシュ」
「悪っぽいことをしなさい」
「よく言われるっシュ。せめてポイ捨てくらいはしろよって言われるけど、不法投棄はレベルが高いっシュ」
確かにね。俺も紙ゴミくらいが限界だよ。
「なんか、ここ数日ヒーロー達がおかしいのは本当っシュ。パトロールくらいしかしないような実力の無いヒーロー達も、我こそはと弱い戦闘員をボコボコにしてるっシュ」
「ふむ……」
俺はヒーロー側にあからさまに面が割れてる上に、実力自体は確かにほどほどあるから狙われなかった感じか。
いや、それともブルーとかシャムとかスパロウマンの影がちらつくせいか?
「今までこんなことはなかったっシュ。悪事を予告することもままならないっシュ」
「深刻だねえ」
「適当な相槌っシュ! アニキのところは困ってないシュか」
「困るほど活動してない」
「そうっシュよね……こんな強い戦闘員がいたらもう少し噂になってるシュ」
うるさいよ。俺達はスロースターターなんだよ。
この前なんてビル爆破したんだから、結構派手な悪事だってしてるよ。
「僕なんて蚊から進化させて貰ったただの蚊人間っシュから、アニキが羨ましいっシュ」
「なにそれすごい。転移先に蚊でもいたのかよってくらいすごい」
「進化光線とかそういうのっシュ。でも所詮蚊だから、戦闘力は皆無っシュ。情けないっシュ」
いや、蚊が知恵を持って喋れてるだけでも十分すごいと思うんだが……?
「お前しかし、だとしたらよく解雇されないな」
「戦闘力は無いっシュけど、飛べるし諜報とかは得意なんで大丈夫っシュ。首領様も優しいお人っシュ。弱くても面倒は見るって公言してくれてるっシュ。実際のところは、そもそも首領様達に身勝手に作られた存在だから思うところはあるんシュけど、ありがたいと思ってるっシュ」
「ううん、面倒見の良い上司が羨ましい」
うちの上司は……面倒見が悪いわけではないが破天荒だからな。ゲームジャンキーだし。
そんな他愛も無い話を続けていると、モスキ君の携帯が鳴った。どうやら、組織からの呼び出しらしい。
「じゃあ、僕は帰るっシュ……アニキも気をつけて欲しいっシュ。ヒーローは絶対何か企んでるっシュ」
「ああ、モスキ君も気をつけてな。後な、ヒーローよりも俺達が企まないとダメなんだからな?」
「悪事って難しいっシュ……それじゃあっシュ!」
元気に手を振りながら、助走をつけて飛んでいくモスキ君。
俺は手を振り返してモスキ君を見送る。謎の達成感があるな、コレ。
もうなんか、悪助けもしたし、今日は満足したいという気分になる。
そういえば近所のスーパーが広告を打ってたっけか。どうせだしタイムセールでも狙いに行くか。
そう思っていたところに、俺の携帯にも着信が入った。
珍しいことにイカルガさんである。彼女の昼間はゲームに始まりゲームで終わるため、余程のことでもなければ連絡なんて無い筈だが、さて……。
「もしもし」
『悪童君か!? 早く帰ってこい。我々が、ではないが何か大変なことになっている!』
「ゲームジャンキーのアンタから昼間に電話を受け取ることからして、なんか大変なことがあったのだろうとは思ってるよ」
『そんなレベルじゃない! ボロボロのスパロウマンがシェリフとともにやって来たんだ! 急げ』
強引に連絡が切られて、俺は困惑する。
やはり火の無いところに煙は立たないと言うべきか。
確実に正義は何かおかしくなっている。確信とともに、俺はハビソン号に跨った。
急ごう。
「……急げば卵九十九円を狙っても、何食わぬ顔で帰れるか?」
しかし、食にも妥協出来ない俺だった。