第二話 ワル、そのビガクとは
「だ、大丈夫ですか? 手加減出来なくて、本気でやっちゃいましたけど」
負けたのだ俺は。
なんという悲しいことだろう。
女に手をあげることをヨシとしなかったばかりに、負けてしまった(負け惜しみ)
違う、変なカッコをつけるな。俺は女に手をあげることが出来なかったばかりに負けたのだ(負け惜しみ)
クソッ、いいよ、負けたよ。俺の負けだよ。
俺の名前は悪童太郎。悪の秘密結社を名乗る……えっーと、なんだっけ、ほら、アレアレ、長い名前でちょっと忘れたから仮に秘密結社Aとしておこう。お、ちょっといいなこれ。法人とか㈱とかつけちゃう?
まあ、とにかく悪の秘密結社Aの戦闘員をしています。
経緯はこう。
高校に入学した時に、ちょっと手違いで迷っちゃった!
↓
色々な過程をすっ飛ばして、悪の秘密結社の基地を見つけてしまった。
↓
改造された。
↓
一年経った。←イマココ!
わかりやすいという確信がある、俺の内面図だ。誰が無いメンズだ。
本当は保険室の先生が結社のマッドサイエンティストで、ちょうど良さそうな人間をワクワクウォッチングしていたとか、正義の味方達が部活勧誘に紛れて正義の味方勧誘を行っていたとか、なんか物凄く見たいイベントが様々あったようなのだが、それら全てを俺はすっ飛ばしてしまったのだ。クソが。
ともあれ、この無駄に冴え渡る勘を発揮して悪の秘密結社を見つけてしまったのが運の尽き。
俺はなんか往年の名作ゲームの最終決戦へ向かうのもかくやという感じで改造されてしまった。
しかも戦闘員に。
なんで怪人じゃないんだ。と思うところはあったが、まあそこはもう忘れることにしたのでぐたぐだ言いたくない。思い出すと泣きたくなる。
そして、長い仮戦闘員としての下働きを経て、俺は今こうして正戦闘員として正義の味方達と戦いに明け暮れる日々なのだ。ふふ、ハードボイルド。かたゆでたまごって意味だぜ?
「あのあの、あなたは悪い人……なんですか?」
天使が俺にそう尋ねる。
「イエスアイアム」
それっぽく答える俺。
「怪人さんでしたか!」
「しがない戦闘員です」
正直者、俺。
「戦闘員さんでしたか!」
「うん、そうなんだよ。俺ってば仮面なんとかダーみたいに、最高の英知をもって改造した改造人間っぽい立ち位置にいるんだけど、なんかこうショ……ショッター? みたいな感じでさ」
言ってはみたが、なんか特殊な性癖を曝け出したみたいになってないか、これ。
「でしたら、完膚なきまでに叩き潰さないといけませんね!」
天使はあたら俺のことを警戒したように離れてから、身構えた。
そう勢いよく離れるなよ。傷つくなあ。
「あ、まあそれはそれとして、もう幾つかお尋ねしたいんですけど、なぜこの広い運動用の公園を指定されたのでしょうか」
辺りは、非常に広い草むらを敷いた運動スペースであり、アスレチック遊具が幾つか点々としているだけの簡素な景色だ。
俺達の戦いを遠目に見ていた子ども達が、巻き込まれそうにない場所から見守りながら、「いっけー、ブルーシェリフ!」「あの怪人だーれ?」「見たことねー」「みかけだおしっぽそーだな」うるさいよ君達。巷で噂の俺を知らんのか。ごめん、噂なんて無かったよ。
しかし、良い事を聞いた。天使はブルーシェリフというのか。憶えておこう。お前は俺の好敵手と今なった。
え、何で名前を知らないのかって? 正義の味方は、なんかもうベタに正義の味方協会みたいなのを作ってるんだが、まあ取り敢えずそこにお手紙を出したのだ。決闘を希望した。そしたら、オーケーされたて今に至る……みたいな?
誰が来るかなんて知らんかったんや……。
「良い質問だ。それにお答えしよう。だが、その前に一つ聞いてくれ」
「なんでしょう?」
「俺はッ! 君にッ! ひとめぼれしたッ!」
言ってみただけー。
「そ、そんな……」
体をよろけさせて、バイザーに覆われていない頬をリンゴのように真っ赤に熟れさせるブルーシェリフ。長いな、取り敢えず戦隊モノがくるまではブルーでいいか。
ブルーは、気恥かしさからか顔を両手で覆っていやいやと振る。なんだその満更でもなさそうな反応は。悪と正義の恋愛ってイイヨネッ! ていうだけで冗談交じりに言ったのに満更でもない顔してやがる。
かわいいッ!
「あ、あの、ごめんなさい。わ、わたし、あなたのことを全く知らないから、宜しければお友達からはじめましょう。ね?」
なんてこった。なりゆきでガールフレンド(直訳)を手に入れちまったぜ。やったな太郎。ありがとう俺。
「オウケイ、ユーはミーのものですね……オウケイオウケイ……」
「だ、ダメですよ。まだ手も繋いでいないんですから」
ノリがいいな、この子。顔がヘルメットで隠れている上、認識阻害らしきものも感じるから、一口に年齢は判別し辛い。背格好も小柄なほうだし……まあ、きっと同い年くらいだろう。
「さて、じゃあここを選んだ理由だったか」
「あ、はい。そうです。どんと市街地で戦えばいいものを」
「悪のビガァァァック、そのイチッ!」
「わわっ」
俺が叫べばブルーが揺れる。その小柄な体格に似合わない胸も揺れた。
くそっ、油断していた。
戦闘の時は気にしていなかったが装甲部があれほどまでに柔軟だとは……どうせやられるんだったら、目に焼き付いて離れなくなるくらい見ておくべきだった。閑話休題。
「悪は正義を磨り潰すものなりッ!」
「はあ」
「そのニイィィィッッ! 正義を蹂躙するために関係無いものに手をあげるなど言語道断!」
そう、言語道断。
「悪といえども公共物と子どもは大切にねッ!」
器物損壊で警察行きと罰金はごめんだ。
「えっとぉ……そ、それでいいんですか?」
「いいもなにも、俺の悪とはそういうものだ。これはビガク……決して譲らぬ俺の精神。悪の花道だ!」
「あなた正義の味方の方があっているんじゃないんですか?」
「笑止、俺はもう悪の手先。戦闘員になってしまったのだ。決して酔い痴れているわけではないが、あ、もう一回言っておくぞ? 決して酔い痴れているわけではないが、もはや戦闘員となった以上、悪という崇高な使命に沿うのが正しい姿だと思わないか?」
「いえー……今のあなたを見ているとあまり。自転車で来るし」
あ、こいつ、俺のガラスのハートに傷一つ。一番気にしていることをずけずけと。
「自転車は関係ないだろ自転車はァッ! 俺のハーレーダビッドソン号を侮辱するなよォッ! 六段変則付きでカーボンフレームだぞッ!? 大体免許がねーんだよォォォォォ」
「あ、あのですね、そうではなくて、あなた、悪い人なんですから免許なんてなくてもバイクに乗ればいいのではありませんか?」
「お前、その、無免許運転はいけないだろ。法律的に考えて」
「だからあなた悪の手先ですよねェーッ?!」
「いいか、悪だから何でもしていいというのは正義側の勝手な都合だ。俺は俺の信念に基づいて悪を遂行する。正直、俺も時に『悪ってなんだっけ……』とか思うこともあるが、それはそれ、これはこれだ」
認識阻害のかかっている顔からでも呆れたという表情は受け取れる。
俺の決意表明を身振りと表情で、『やれやれ』とブルーは呆れていた。
「面白いお方ですね。戦って細切れにしないといけないのが残念なくらいです」
なにこの子超物騒。
「ま、さっきは負けたが今度も負けるとは限らんだろ。俺は本気出すと超つえーぞ。なにせ悪の秘密結社の記念すべき戦闘員第一号だからな」
俺は赤いマフラーをしっかりと締め直して、ブルーシェリフに向き直る。
まあ、正直言って死ぬほど本気だしゃあ勝てないヤツなんていないとは思っている。
俺……悪童太郎をそこまでさせるような存在がいた時、俺はそいつの前に最強の戦闘員として立ちはだかれればいいなぁとか、妄想するわけです。いや、実際雑魚戦闘員だけど強いんだよ、俺?
矛盾と言いたきゃ言えば良い。
俺はァッ! やるぜッ!
「いくぜ、今、必殺のォォォォッ」
いきなり腰を落とした俺を見て、ブルーも隙なく構えた。
ひとつ前の戦闘が思い浮かぶ。ブルーは長い新体操用のリボンのようなものとハンドガンを使った、全く新しい格闘術でこっちと戦ってきたかなァ。
ああ――――――――――――。
「『悪童ナックル』!!!!!!!」
「『リボンホールド』! 『ワンショットスナイプ』ッ!」
だんと掴まれ、だんと撃たれた。
やっぱり負けた。