第十五話 ワル、かくも危ない旅行へと⑦ ―完了―
「君達はよく頑張ってくれた。まさか敵方のボスを、経験が浅い君達だけで倒すとは思っていなかった。そういうわけで、これは君達のものだ」
……えっ?
何のかんのとオリエンテーリングが終わって結果発表。
待ち時間の間に、
「ルン●が来たら俺が貰う。異論は認めない」
「……別にいりませんし」
「わたしもそんなに家が広いわけじゃないんで、いりませんね」
「僕は結局何のお役にも立てませんでしたから。是非ともブラックメイルさんが貰って下さい」
「あれ、なんでだろう。快く譲ってくれているのに、すごい心が痛む……」
とかやってルン●権を獲得していたのに。
えっ? なに、この、えっと、なに、紙?
「特別賞の必殺技チケットは君たちの物だ」
ルン●じゃない……だと……?!
「まさかこれを若手の君達が手に入れてしまうとは、思ってもいなかった」
「……あの、無礼を承知でお訊きしますけど、要らないんでルン●にチェンジとかそういうことは……?」
「無理」
「チクショォォォォォォォォッ!!」
こうして俺の二話に亘る戦いは悲劇という結末を得て終わった。
何回ルン●って叫んだかわからないくらいにルン●一筋だったのに……酷いッ!!
「ブラック、これでわたし達まだまだ強くなれますよ!」
「……ぷ、くく、……残念でしたね」
「僕が必殺技かぁ……」
人数分の枚数を貰えてブルーシェリフ達がほくほく顔だったことが救いではあるけど、何が悲しくてヒーロー達の強化に協力してやらにゃならんのだ……キィーッ! 悔しいッ!
後、ネコミミパーカーさんは月のない夜に気をつけるんだな。
***
疲労困憊の体を引きずり、俺は温泉へと向かう。
結果は散々たるものだった。
●ンバは手に入らない。貰えたのは大して望んでいなかった紙切れ。
挙句、つい使ってしまったちょっと本気フォームで身体はガタガタである。
賞品貰った後、丸一日以上寝てて旅行台無しにしたよ。チクショウ。
しかし、本当にちょっと本気フォームは強かった。フェーズツーシフトだっけ?
理屈は知らんが、身体能力から装甲まで、持てる全てが超強化される謎のパワーアップ。
俺のただの拳ですら溶岩でコーティングされた岩の身体を穿ち貫くほどに強化するわけだから、いかにちょっと本気出すことがすごいことかわかる。明日から本気出す。
その分、持続時間に関しては一年積んだ特訓ですらまるで伸びていなかったりする。凡そ二分程度で熱排気の限界を上回り、オーバーヒートしてしまう。
一応極限まで我慢することも可能だが、メルー様から禁じ手とされていた。まあどちらにせよ、メルー様の承認によって一時的に解放されているだけなので、二分経てばその時点で強制停止させられるわけだが。
つーかもう特訓とかそういう次元じゃないと思うんだがな……。こう、改造的なあれだろ? フル改造ボーナスつけないとダメなんだろ?
だが俺が成長して熱を操れることがあのフォームに第一に必要なことと、メルー様もイカルガさんも言っていたし……ううむ、結局の所、本気出すのはやはり明日からと言ったところだろうか。明日は明後日だ。
「まあ、今の俺には関係ないのだ……もう俺は温泉に入って全てを忘れ、明日帰る。それだけなのだ……」
あーむなし。ブルーとシャムの入浴姿でも覗けば気が晴れるだろうか?
……い、いや、タイミングが合ってないだろうよ。実力的に出来んことも無いのだが、やめておこう。細く危険な糸の上を歩いてまで手にするには、用意が足りない。
くそ、せめて後一話くらい神がシェイプアップしてくれていればサービスシーン満載でお送り出来たモノを。まことに残念だが、諦めるし……か……。
あごに手を当てて思案顔で歩いていた俺の目に、ある看板が映った。
『混浴』
ドッドッドッドッドッ――――(効果音)
禍々しいフォントで描き出されそうなくらいに、心臓の音が聞こえる。奇妙な冒険が始まってしまいそうな、そんな印象だ。
なるほど、決して無理などする必要はないのだ。
いつだって新世界の扉はチャレンジャーの前にあるのだよ。
「い、いや、待て、悪童太郎――――ッッ」
自分で自分を制止する。待つのだ俺。
うら若い乙女が今の御時勢、混浴などというものに入るか―――否。
この開け放たれたアヴァロンは、決して俺を救済しえるものではない―――もし仮に中に入って、自分の母親と変わらない奥様と出くわした時、気まずさを乗り越えることが出来るか?
また、もしもカップルが入っていたりしたら……それもまた気まずい。
いかん、想像すればするほどマイナスのイメージばかりが。
その時、俺に電撃走る。
そう……脱衣所に入るまではタダなのだ……ッ!
実に簡単なことだった。浴場に行くまでもなく脱衣場で全てを判断し、その時初めて入るか出るかという選択肢を考えればいい。
幸いにもここは脱衣所もまた混合――諸々のセキュリティ的な意味合いでは最悪――なので、全てを判断するのはそれからでも遅くない。
ほほっ、今孔明悪童太郎と呼ばれる日も近いわい。
「というわけで、お邪魔しますッ!」
ガラリと脱衣所の引き戸を開けて、ダイナミックに突入する。今更躊躇など微塵もござらんッ!
しかし、そんな突然の闖入者に対しての反応は一つも無かった。
静かだ。俺は辺りを見回す。
誰もいない脱衣所。奥から聞こえて来る水を流す音。壁にかかったキンニク……。
?!
「こ、これは……スーパーキンニク君ッ!?」
ハンガーにかけられていたのは、スーパーキンニク君そのものだった。
スーパーキンニク君の外身とでも言うべきなのか……、なぜか背中には開閉式のチャックが用意されてあり、所謂着ることによってスーパーキンニク君というものに"擬態"するためのものだったということがわかる。
いや、"擬態"というのもおかしいか。マッスルスーツとでも言うべきか、この着ぐるみそのものが強化外装とでも言うべき効果を備えていそうだ。
恐らく、あのバカげた筋力もこのスーツから生み出されている――筈。
そして、だとしたら当然の疑問が生じる。
中身は一体……ッ?!
俺は、ごくりと唾を飲み下した。
薄い曇りガラスの向こう。浴場で身体を洗っているだろう影。それが、スーパーキンニク君の本体……ッ。
あまり良い事ではないかもしれないが、すごく興味がある。というより、こんな状況に陥って気にならないヤツなんていないだろう?
扉一つ向こうに、疑問を解消する全てがあるのだとしたら、答えは一つ。
男らしく行くしかない(最低)
行くぜ、俺のビガクッ!(最低)
クソッ、人間としてレベルの低い行動を取ったから嫌な補足がつくというペナルティが?!
でも開けちゃうね(人畜生)
「オラァッ! ちわっす三河屋でーすッ!」
黒い外装を纏った変態、突撃致します!
ガラリと扉を開け放ち、湯気を物ともせずに進んだ先。
……そこに居たのは、極々普通のかわいい女の子だった。
「……あん、なんだ。ブラックメイルか。どうした、ボーっとして」
「予想してなかったわけじゃないが衝撃の事実に、顔を見てもわからないだろうが開いた口がふさがらねーんだよマッスル野郎」
中学生くらいと言った体格の女の子は、シャンプーハットを使って頭を洗いながら、さしてこちらを気にした様子もなくあけっぴろげなままシャンプーを続行する。
……なんて漢らしい女の子なんだ。すごい女だ。
「ス、スーパーキンニク君?」
「そうだよ。女で悪かったな」
「いや、女で悪いとか以前になんであんな外装つけてんだよ……ッ?!」
詐欺なんてもんじゃねーぞ。キンニクスーツ(今命名した)を着用している時は、あんなにダミ声のカタコトなのに、なぜ中身が普通の女の子なんだよ?!
「筋肉が好きだからだ」
ああ、変質者の方でしたか。
「だが悲しいことにオレの身体ではあの筋肉は体現出来なかった。元から貧弱で病気がちなオレの身体ではトレーニングによる肉体改造は意味を成さなかったのだ」
「はあ」
「全てに絶望した時、オレを助けてくれたのはドンだった……」
あの髑髏は何をやってるんだ中学生相手に。
「河原で必死に貧弱な身体を鍛えるオレを見かねて、ドンは声を掛けてくれた。そして、あのマッスルスーツの開発までしてくれたのだ」
「そんな良い話が……」
「そして、スーツを作ってやったんだからお前ももう一員だと無理やり怪人役をやらされている」
「と思っていたらバカ骸骨の株が大暴落した」
あの骸骨おっさんも最低だな!
「まあ、オレ個人としては恩に報いたいからスーパーキンニク君という役を努めているといったところだ」
「ああ、無駄に一切聞かなくてもいいことがどんどん紐解かれてゆくッ!」
「さて」
少女はざばーと頭からお湯を掛け、シャンプーハットを降ろした。
とてとてと浴槽まで歩き、やはり大胆なまでにあけっぴろげに身体を浸かった。全裸で。
「一緒に入るか? どこまでもクレバーに一緒に入ってやるぜ」
「い、いやッ! あたいの混浴処女がこんなメン●ナックルしちゃってて漢気しか溢れだしてない女の子に奪われちゃうなんて、嫌なのォォォッ!」
脱兎。
俺は涙で霞む視界を拭いながら、自分の部屋へと走った。
こんな混浴嫌なんです。僕にだって、混浴と言うシチュエーションに合った雰囲気を楽しみたいとです……。
その日、俺は結局部屋で落ち込みながら部屋風呂に入る気力しか湧かなかった。
こうして。
結局、俺の旅行は無駄な紙切れ以外何の実りもないままに終わったのだった。




