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第十三話 ワル、かくも危ない旅行へと⑤ ―バトル!―

 二匹の象型モンスターと俺達は、対峙したまま膠着を解けないでいた。

 向かうにしても相手がどのように戦いを展開してくるかわからない為に、ただただ無為に時間を流すことになっている。敵と判断されていないのかもしれない。ヤツらにとって、まだ俺達は通り道に生える大きな雑草程度という評価になるのだろうか。


「どちらにせよ、そろそろ目と目が合う瞬間殺き(すき)だと気づかないとな」

「……私が行ってもいいんですけど?」

「やだいやだい、男の子は女の子よりちょっと前を歩いていたいんだい。っつーわけでッ!」

 

 腰を深く落とす。一ターンなんて待ってられるかよッ! 男なら即行動ッ!

 全力を込めた足は、すぐさまその力をアスファルトの地面に伝導し、人間では到底発揮し得ぬような驚異の瞬発力を生み出した。

 掻き消える。景色が急速にぶれて、全てが止まったようにすら感じる一瞬。


 拳……、思考よりも早く肉体が拳を引く。

 体……、何を考えずとも拳の軌道から、続く体重移動を開始する。

 足……、それは拳を追う神速の矢也。


 全ては身体が覚えていること。どれだけ自身のスピードが上がり限界を越えようとも、その動きに一片の迷いはない。


「ゼェェェアッ!!」


 極限まで加速し静止した世界。その刹那の静止を無理矢理に引き裂いて、引き絞られた拳が象頭の胴体へと吸い込まれるように放たれた。

 目視することも叶わなかった突然の一撃に、象頭の一つ目が大きく開かれる。手を上げ、俺を攻撃しようとするが、遅いッ!!

 轟音と衝撃。

 渾身の悪童ナックルは、象頭の胴を綺麗に捉え、内蔵を破壊するかのような圧巻の手応えをその手に握る。


『ブモォッ?!』


 情けないまでに顔を苦痛に歪ませながらも、象頭はその場で踏みとどまった。タフさが半端ないぜ。


『おうっ! おうおうっ!』


 もう一匹の象頭が、相方の悲惨な状態に激怒し、手に持った蔓を振り回す。

 繊細さとは無縁の巨体かと思いきや、意外にもその巨大な手で巧みに細い蔓を操り、そのまま強烈な鞭打をこちらに見舞ってきた。

 洗車機だってもうちっと優しくしてくれるぜって勢いで、強靭な蔓の嵐が俺を打つ。

 ガードを崩され、足を絡め取られ、俺の体が木の葉のように軽く宙を舞った。


(アカン)


 わりと冷静にそう思って、さてどうしようと思案。

 いや、現実は非情だ。遠心力と象頭の怪力に逆らって、この状態から脱出する術を残念なことに俺は持ち合わせていない。うーん、ジェット噴射とか空飛ぶウイングとか欲しいよね。

 仕方なくそのまま空中散歩に興じていると、小柄な影が俺に追従……いや追い越して併走してきた。


「……手助けが必要みたいですね」


 したり顔で言いに来るんじゃあないよこの子。


「クッ、悔しい、でも……助けられちゃう!」


 グッと親指を立てると、シャムはその合図をオッケーサインと受け取って、細剣を蔓に叩きつけた。


 蔓に叩きつけた。

 マジで?


「Jesus!」


 細剣は蔓を糸でも断つかのように、すっと無慈悲に蔓を半ばから斬り落とした。

 悲痛な叫びとともに俺の空中散歩は終局を迎え、漆黒の鉛玉と化した俺は近くの旅館へとグラウンドゼロした(詩的表現)。


「……なんて酷いことを」

「お前や」


 旅館の外壁でうまく衝撃を殺したおかげで、外壁の一部が割れるだけで済んだ。

 この請求は正義の味方協会に送るからな。絶対。バリアサボってたお前らが悪い。


「……まあ、ブラックメイルはそこで見ていて下さい。……この程度、私一人で十分です」

「うん、全く悪びれてないけど、ここにいるのお前のせいだからね?」

「……過去は捨てました。私は輪廻転生の枠組を越え生きる新人類」

「え、お前そんなキャラだったの?」

「……キャラじゃないです」


 ぶすーと頬を膨らませている間に、彼女の後ろに二匹の象頭が並び立った。

 その自由自在に捌かれる蔓が今度はシャムへと襲い掛かるが、しかし小柄な猫は難なく前へと跳んでそれを回避した。

 四方八方自在に飛び跳ね回る姿は、まさに俊敏な猫そのものである。それでも追いすがる蔓を、時に剣で流し、時に剣で断ち、攻撃手段をも奪い取っていく。


 二匹の象頭は、小さな人類が自分達の持てるパワーとテクニックを存分につぎ込んだ攻撃を易々と回避するのが、余程苛立たしいようだった。

 怒りから『お゛うっ!』と一言一匹が叫ぶと、もう一匹も強く雄たけびを上げる。

 そして二匹ともが蔓を両手で握ってそれを捻った瞬間、異変は起こった。

 蔓が突如苦しむかのように強くうねり出す。

 数秒の苦しみの後、突如蔓の先端が割れ、中から更なる蔓が継ぎ足され長大に伸びた。

 そんなのアリかよォッ?! サツマイモの蔓とかそんなのかと思ってたのにッ!


「うっ……?!」


 突然の射程の変異に、流石のシャムシールも対応することは敵わず、二つの蔓に身体を絡め取られた。

 そのまま宙に放り上げられ、未だに伸びる蔓に身体を強く縛られていく。

 苦悶に呻く表情。ちょっと危ないところまで縛り上げちゃう蔓。

 な、なんてこった……こりゃあ……。

 しょ、しょ……。


「疑似触手プレイだァ―――――ッ!!」

「ぐ、……くっ、ま、真面目に……う、やってください……!」


 ヒャッホウ! コイツぁたまんねえぜ!

 あまりに最高の眺めにバトルを忘れて取り敢えずガン見して目に焼き付けておく俺。

 はー、眼福眼福。今日のパンツ様は気合の入った黒だったぜ。

 え、カッコいいシャムシール? 何言ってんだよ、この娘ってこういう担当でしょ?


 しかし、クソッ、旅行……そうこの旅行の最初、それがもし拉致ではなく普通参加だったとしたら、俺はきっとはしゃいでデジカメを用意していたことだろう。

 そうすれば、この良い子には見せられない光景も永遠にフィルムの中に……クッ、よくも、よくも拉致なんて姑息な真似をヒーローどもッ!!


「許さんぞヒーローども、ジワジワとなぶり殺しにしてくれるわ……」

「シェ、シェリフ。なんかブラックメイルさんが僕らを殺意の眼差しで見つめてるんですけど!?」

「集中してくださいスパロウマン! よそ見して勝てる相手じゃありませんから!」


 まあいい。シャムシールの触手プレイとおパンツ様は俺の脳内フォルダに保存された。

 それだけで俺の心はこんなにも晴れやか。怒りから解放され、私の心も今やシャムシールさんのブラジャーの色やデザインを考えることで頭がいっぱいです。

 ……ダメだ、俺はもう。


「シェ、シェリフ!? 今度はよくわからないけど凄い落ち込んでます、ブラックメイルさんが!」

「きっと、『自分がダメ人間なことはわかっているけど、ついつい本気でダメ人間な自分の側面に触れちゃったよマジ死にてぇ』みたいな感じで、ちょっと真面目に落ち込んでるだけだろうから放っておいてあげて下さい!」

「なんか君ブラックメイルさんのことやたら詳しくない?!」

「気にしちゃダメです!」


 ああ、なんか色々なやりとりが俺の耳に聞こえるけど、もうなんかどうでもいい……。

 完全に鬱のスイッチが入ってしまった俺は、愕然と手を大地について落ち込むことしか出来なかった。

 こういう感情制御が出来ないところは自分の未熟な部分だと頭で理解出来ているが……。

 ブラックメイルになることによって生み出されるエネルギーは感情を引き金にしている為、一層感情の操作が難しくなるのだ。

 何か、押しの一手が欲しい。


 その時、かぼそい声が耳に届いた。


「ブ……ブラックメイル……」


 シャムだ。蔓は少女をきつく縛り上げていた。彼女の身体をゆったりと覆っていたゴスロリドレスは、身体の線がわかるほどに蔓によって巻きつけられている。

 顔を上げる俺と、シャムの視線が交差する。


「た、すけ」


 スイッチが。

 入ったッ!


「おっしゃああああああああああああああああああッ!!!!」


 俺は跳ねるように起きる、飛ぶ、全てを一動作にせんとして、シャムシールへと向かう。

 勢いはそのままに、俺は宙で身体を回転させ、その遠心力を踵へと集中させ、全ての力を蔓の一点に叩き込む。

 鋭利なエッジを備えた踵の装甲が、容易く蔓を切り裂いた。

 蔓の拘束が解けたシャムを俺は優しく受け止める。

 やだ、すごい主人公してる?


「……それは気のせいです」

「ちょっと心読まないでくれる。で、どうよ? 惚れた?」

「……別に。……責任を取ってくれるなら考えます」


 ふいっと顔を逸らすシャム。

 やだねえ、この子ったら。もうベタ惚れなくせに、おばちゃん困っちゃうよ!

 いや、でも本当はね、予定の段階ではもっとこう、蔓を引っ掴んで、象頭達に向かって「……離せよ」とかカッコよく威嚇して、たじろぐヤツらをボコボコにしてとか、そういう構想があったのよ?

 うん、この悪童君の脳内でだけどね。うん……、世の中うまくいかないもんだ。


「……そんなことより、私はご立腹です」

「ほう? そうなの?」

「……あ、あんな、あんな! ことされて! 怒らないわけありません!」


 超絶サービスシーン提供しちゃったもんね。


「……見ました?」

「黒い……とても黒いおパンツ様だった」

「み」

「み?」

「みぎゃああああああああああああああ―――――――――ッ!!」


 シャムシールが壊れた!

 ていうか見境なく剣をぶん回しててもれなく俺の首と身体がパイルダーアウトしちゃうッ!


「うううううう、いいからやるです! ……あのかわいくもない象どもをヤるのです」

「はい」


 逆らったら死ぬ。

 だから俺は覚悟を持って拳を構える。決して後ろ向きな考えで、首をすっ飛ばされたくないからとかじゃないもん!


 まあ、そろそろ長々コメディーなのにバトルやってるのも割に合わんしな。

 俺はいつもの喧嘩殺法の構えを作ってシャムと並んだ。


「よし、まあ当初の予定通り二人仲良く化け物退治だ」

「……はじめから二人でかかれば良かったんです……」


 それじゃあ面白くないだろ。男の子は二匹相手に正々堂々いどまにゃあ。


「おおおおぉぉぉしいくぜッ!」

「……フンッ」


 駆ける。シャムシールのスピードは強化人間の俺と比べても、まるで遜色無いスピードだった。

 改めて、ヒーローというのも大概人間を止めてやがる!

 繰り出される蔓は、俺が払い、シャムが落とす。

 止まらぬ超速の前進に、象頭たちは躍起になって蔓を振るうが、全て俺達の連携の前に叩き落される。

 一歩、二歩、三歩。彼我の距離はすぐさま無くなり、極限まで接敵した俺が拳を振るう。

 右のストレートッ!


『おぐぅっ?!』


 痛々しい叫び声とはいえ、止まってはやれねえッ!

 左のジャブから右のフック、続く、ラッシュ、ラッシュ、ラッシュッ!

 俺の拳を止める術なんて存在しないと知れッ!


『おおおおおうっ!!』


 追いつめられる相方に、もう一方がやはり怒りを上げて迫るが、今度は同じようにはいかないぜ。

 俺はラッシュをぴたりと止めて、回転しながらの打ち降ろすような斜めからのキックを振り向きざま、もう一方に叩き込む。渾身の一撃は相手を何とか吹き飛ばし、敵は俺との距離を開けることとなった。

 それで十分だ。


「……先ほどの借り、ここでノシつけてお返しします」


 剣を胸元で構えていたシャムシールがそこにはいた。

 乱戦では振るわれる剣と俺との相性がよくないからこそ、彼女は少し距離を取った。

 そこに俺が敵を飛ばせば、それはそれで連携ってヤツよッ!


『ぶ、ブモォウおうッおうッ!!』


 痛みに狂ったような叫びをあげる象頭を、シャムシールは冷たい目で見つめた。


「……我が過去生全ての時間を費やして生み出した秘技……受けるといいです」


 ……ん?


「―――『魔曲那由多葬送(ビリオンエッジ)』」


 そう呟いた時には、シャムシールは既に消失していた。

 同時に象頭の周囲に銀色に煌めく無数の線が走る。

 きっかり二秒の後、シャムシールは現れた。象頭を背にして。

 そして、くるりと剣を回して地面に突き立てると……。



『ぶ、ぶもおッ?!』

 象頭は細切れになっていた。




「ノォォォォォォ―――――――ッ!!!!」

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおうううううううううううううッ!!!!!!!!!(相棒ォ―――――――――――――――ッ!!!!!!!!!)』

 

 あまりに残酷な事態に、俺が叫び、象頭が泣いた。

 一方のシャムシールはやり切った顔で、額の汗を拭っていた。


「……手強い相手でした」


 いや、ダメでしょ。


「待て待て待て待て、お前が厨二病を患っていたことも那由多なのにビリオンっていうのもツッコみたいがあれはダメでしょうが?!」

「……何がですか?」


 素知らぬ顔で惨殺死体を無かったことにしてやがる……。

 俺よりコイツが悪役やった方がいいんじゃねえの?


「……気にしてはいけません。あれはモブです」

「モブとか言っちゃダメだよシャムちゃん?! 君の心すごい荒んでるよ?!」

「……ブラックメイル。そんなことはありません。……あれは、きっとモブなのです。……しばらくしたらまたポップして元気に徘徊を始めるので、忘れましょう」

「これはネトゲじゃねーんだよォォォッ?!」


 あーもう。もう一匹の象頭相棒喪失の悲しみに号泣しちゃってるじゃあないですか。


「……私をまるでエロ担当のように苦しめたことが、彼らの罪だった。……その罪は、きっと次の輪廻までには浄化されることでしょう」

「イタイこと言ってれば流れるなんてことは無いからな」

「……私みたいな剣を扱ってるタイプにはよくあることなので……修復光線は用意されてます」

「なにその便利なの」


 ギャグ時空じゃなかったら、これR-18Gってことになっていたんだよ? 本当にもう。

 まあでも、なんかもうシャムの超絶剣技のせいで、こいつらと戦うテンションとかじゃなくなっちまったよ……。


『おおおぉぉうおうおうおうっ』


 泣き叫ぶ象頭の肩……は届かなかったから腰辺りを叩く。


「お前もこうなりたくなかったら帰っとけ、な?」

『おおおうおうおう……』


 象頭は言葉を理解したのか、ゆっくりと頷くと無念そうに悲しい泣き声を響かせながら穴へと帰って行った。

 命あっての物種だよ。うん。


「……侵略者を見逃していいんですか?」

「いや、だって俺そもそもワルだし。侵略者側だし本来」


 でも、●ンバ、遠そうだなあ……。


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