第十話 ワル、かくも危ない旅行へと② ―悪童君泣く―
「ええ……では改めまして、ヒーロー最弱の称号を欲しいままにしているスパロウマンです」
どわっと車内が無礼なまでの大げさな笑いに包まれた。
言った本人は、少し恥ずかしそうな、でもどこか寂しそうに頬を掻いている。
そう自分を卑下すんなと、ここで声を大にして言うのは簡単だが……。
だが、あいつがまだ自分を認められずにいるのなら、俺にそう伝える資格は無いのだろう。所詮、俺はワルモノだしなあ……。
「あ、で、でも、その内きっと返上しようと……思ってます」
自信が無さそうに、それでもはっきりと、スパロウマンは先ほどの言葉にそう付け加えた。
俺の中に「おおっ」という若干の驚きと、コイツの奥底に眠る信念を垣間見れたことへの喜びが込み上げてくる。
いや、絶対コイツは強くなる。どんなにナヨナヨしてても、芯は強いヤツだ、きっと。
「じゃ、じゃあそろそろ今回の慰安旅行の目玉……ご褒美アリ箱根侵略妨害大作戦について、解説させて頂きます」
「箱根侵……え、なに?」
「おおー、言っておらんかったが、今回の慰安旅行は正義・悪どちらも強制参加の賞品つきオリエンテーリングがあるんじゃぞ。侵略者を叩いて穴に戻せばポイントゲットじゃ」
「もぐら叩きみたいに言うんじゃねーよ。つーか体よく侵略の阻止に使われてるだけじゃねーか」
「ま、ワシらも箱根の温泉が使えなくなったり、地底人仕様のマグマになったり、『グランドウォーカーだ』とか叫びながら人類を殲滅しに来る地底人と地上の覇権を賭けて長々争うとかなっても嫌じゃろ?」
「えっと、どういうことブラック?」
「仮面を被っているだけで死亡フラグってのは建築出来るんだぜって話だ」
「もー、だからわたしにわかる言語で話てよぉっ」
「……わからない」
作戦を先に作っておく大切さも教えてくれたよね。
「この箱根慰安旅行ですが、今回はジェネラルスロスの思いつ……いや、提案で、オリエンテーリングと侵略者とのバトルを組み合わせると面白いんじゃないかということになりました」
「ジェネ……誰?」
「……正義の味方のトップ。別のバスに乗ってます……」
隣に座るシャムがぼそりと教えてくれる。
「それで、今回のこのオリエンテーリングですが、まあオリエンテーリングとか言ってますけど要は温泉地巡りのスタンプラリーみたいなものなんで、あまり深く考えずにやってください。今から皆さんにお配りする紙が、撃退ポイント記入と温泉地のスタンプ用の紙になりますね」
回されてきた紙には、地点ごと、押印するための四角で括られたスペースが軽く十個はあった。
裏側は侵略者の撃退数をカウントするマスが用意されている。
ポップな文体で描かれた『はこね しんりゃくしゃ めっさつ!』という遊び心と殺意が溢れる題字、侵略者を模したと思われる様々な形のマス、夏のラジオ体操のスタンプシートを思い出すような風情だった。
皆勤賞とか貰ったなあ……。
「景品が載ってるな……ル●バにプレ●ステー●ョン4に、夢の国のペアチケット……景品の本気具合が殺らせる気満々なんですが」
「君、どこを見ているんだ悪童君。男なら特別賞を目指すべきだろう、特別賞を」
「うおっ、イカルガさん。起きてたんですか。特別賞ってなんっスか」
「よく見てみたまえッ!」
はいはい。俺はぞんざいに手を振りながらスタンプシートを眺める。
なに、購入はいいからプレイする権利をや……。
「やめろッ! 別にワゴンの常連と言えるほどのものでもないのにネタで被害を受けている作品を不当に貶めるのはッ! これが正義のやる事かッ!」
俺は涙ながらに立ち上がって否定した。
「私も一度やってみたいと思っているのだがな……W●iを買わないと」
「買わなくていいから、ダメだから。経費とか許されないから」
取り敢えずダメって言っておかないと、この人マジで経費で落とそうとするからな。
何故か俺も運営費稼ぐためにバイトさせられてんだから絶対にやめろよ。
「……そんなことより、これ」
「そうです。今回の目玉はこれですよ、これ」
シャムとブルーシェリフが仲良くシートのある一点を指差す。
「なに……必殺技チケット……?」
ガチャでも一回回せんの? 無課金垂涎の一品?
「これはですね、すごいんですよー、なんと、このチケットを消費することで不思議な力で必殺技を得ることが出来るんです!」
「……ジェネラルスロスの謎科学の集大成、らしい」
はあ、必殺技ねえ……。
俺の悪童ナックルなんかは、本当にただのパンチなんで、高々紙切れ一枚消費して強い技を得られるってなら楽なもんだが。
でも、必殺技をただのチケットで得られてしまうってのも何か、こう、努力完全否定というか、即物的というか……。
どうもピンと来ないし、あまり魅力を感じない。原因は、恐らく俺の中のビガクがチケットの存在を受け入れていないのだろう。
そりゃそうだ。やられて修行に入ったり改造を施された悪が更なる力を手に入れるってシチュがいいんじゃねえか。
チケットを墓地に送って必殺技を召喚なんて、何とも味気ないぜ。
「私は狙ってみるのをオススメするがね。どんな力でも手に入れて損になるものではないよ」
「そうじゃのー。ワシが言うのもなんじゃがこの必殺技チケットは、どれだけ修行を積んでも開花しないようなレベルで眠っている潜在能力を引き出すものじゃから、ある意味スゲーお得じゃぞ」
「うーん。でも心に響かねえんだよなあ。メルー様とイカルガさんのオススメなら頑張りたいんだけども」
「つーか何枚も生産出来るような代物でもなくての、この機会を逃すともうほぼ手に入らんだろうからオススメしとるんじゃけどな。まあ心の片隅ででもいいから憶えておくといいんじゃよ。とは言え、人生にセーブアンドロードは無いからの。欲しい賞品の調整とかフツーは無理じゃし、狙ったところで……というのはあるがの」
うーむ、確かに無理だろうな。
実際、このチケットは他の賞品と違って完全に特別枠として用意されてある賞品のようで、『上位入賞の他に侵略者の数や様々な要素を総合して満たしたもの一人に渡す』というような曖昧な書き方をされてある。
暗に『狙って取れると思うなよ』と言われているようだ。
「ねーねー、でもほら、わたし達が手を組めば意外といいところにいけるんじゃないかな?」
「……悪と目的のためだけに手を組む」
「そう! そして、良い所まできたら悪を裏切るんです!」
「……良いシチュエーションですね。感動的です」
うん、俺は全然嬉しくないし、裏切る打算を本人の前で言わないでくれる?
ブルーとシャムはキャッキャッウフフしながら非常にあくどい会話を続ける。
その大半は俺を盾にするとか、俺が攻撃の八割を担当するとか、うん……。
俺はそっとバスの外の、綺麗な山間の景色に目を向けた。
周りに囃されて仕方なさそうにカラオケを始めたスパロウマン。彼の、その妙に上手い演歌も、どこかその景色に合わせたように遠くに聞こえる。邪悪な算段がエスカレートするヒーロー二人の、あんまりな会話も。
俺は流れる景色を見つめながら、心の中でさめざめと泣いた。
女の子って逞しいよな……。男を足蹴にして蹴落とすことも躊躇わないしな……。
悲しみに暮れる俺を余所に、バスはそろそろ旅館に到着しようとしていた。




